相談
夜、食事の時間。
私はフィル様に心配され、今日の出来事を伝えた。
「なるほど、それは悩ましいことだね」
彼は食事を中断する。
それから「ふむ」と声を出した後、提案した。
「君の店で雇ってあげたらどうだい?」
「……お戯れを」
同情して一時的に手を差し伸べたところで、それは自己満足にしかならない。だから、もどかしい。そのように説明したのに、彼はその道を勧めようとしている。
「僕は大真面目だよ」
「……それは、あの子の為になりません」
「どうしてそう思う?」
「一度でも手を差し伸べれば、必ず二度目があります」
「何度でも助ければ良い」
「あの子だけならば、それでも良いでしょう。しかし同じような平民は少なくありません。やがて噂が広まれば、手に余ります」
「他の店に協力してもらおう」
「……そもそも、子供を働かせるのは、悪いことです」
「まさか。僕は労働こそが《《彼女》》を救うと思うよ」
「子供の自由を奪うことになります。奴隷として酷使する悪人が現れた過去も有ります」
「なるほど。アイシャはしっかりとした教養を持っているね」
フィル様は微笑を浮かべた。
それから一口だけ料理に手を付けて、ゆっくりと咀嚼した後で言う。
「悪とは、なんだい?」
「それは……」
悪いこと。あるいは人を不幸にすること。
パッと頭に浮かぶ言葉はあるのに、確かな答えが出てこない。
フィル様は悩む私を楽し気な様子で見ている。
その姿に少しだけムッとして、私は質問を返した。
「フィル様は、どのようにお考えなのですか?」
「僕かい? 僕は、善悪なんて存在しないと思っているよ」
彼は微かに目を伏せ真面目な声色で言う。
「本来、ヒトは自由だ。しかし誰もが好き勝手に生きては社会が成り立たない。だから法を作った。秩序を壊す行為に罰を与えることで、バランスを取るためだ。これが実に難しい」
それは、まるで為政者のような言葉だった。
「良かれと思った法が誰かを不幸にする。逆に悪法が誰かを幸福にすることもある。だから僕は考えた。善悪は本人が決めるべきことで、他人の偏見を押し付けるべきではない」
物事を見る視点の高さが私とは違う。
貴族よりも、さらに高位に感じられる。
……フィル様は、何者なのだろう?
私は彼の正体について再び疑問を抱いた。
フィル様は、そんな私の目を真っ直ぐに見て言った。
「大事なのは、アイシャの気持ちだよ」
「……私の、気持ち」
「君の行動が引き起こす結果なんて偉い人に任せておけばいい。ただのアイシャは、やりたいことをやればいいのさ」
その言葉には不思議な力が有った。
「とにかく! 僕は君に立ち直って欲しい! ああ、僕の花よ。素敵な笑顔が萎れてしまっているよ。そんな姿を見せられては、気になって食事が喉を通らないじゃないか!」
フィル様は、思っていたよりもずっと、素敵な方なのかもしれない。
「……ふっ、僕の花?」
「エリカ、なぜ笑うんだい?」
「だって、ただの、お友達ですよね?」
「……君、さては僕を傷付けることが癖になっているね?」
この夜、私は初めて彼に好感を抱いた。
そして、あの子について、考え続けた。