不審者
「……来てしまった」
アイシャの店から少し離れた場所。
ちょうど大通りを挟んだ向かい側にある建物の上。
一人の魔法使いが、屋根の上に座っていた。
「見るべきではない。分かっている。しかし! 気になって仕事が手に付かない!」
フィルは隠蔽魔法を使用している。
その練度は非常に高い。これを看破するのは至難の業である。要するに誰にも見えない。
「ふふ、アイシャ、とても嬉しそうに花屋を見ている。僕の位置では背中しか見えないけれど、伝わってくるよ」
それから彼は石造のように店を見続けた。
何時間も、ずっと、ずっと、ずっと──
「おや? エリカが出てきたぞ?」
それは、アイシャが来客の無さに疑問を抱いた頃。
「アイシャ! ああ、やはり美しい。僕の花よ。一体、何をするのかな? まずは空を見上げて、それから……笑顔! 眩しい! まるで白系統の大魔法で爆発を起こしたかのような衝撃だ!」
フィルは恍惚とした表情で言った。
それは人様にお見せ出来ない大変アレな表情だった。
「おお! あの老人は、お客さんかな? ああっ、あ、あ、アイシャが喜びの表情を浮かべて! ……うっ、そうだね。これまで一人もお客さんが来なくて不安だったよね。良かったね」
フィルは比喩ではなく涙を流して言った。
「ああっ、アイシャが楽しそうに話している。持っている物から察するに花の説明だろうか? もしも、あの笑顔で僕に話をしてくれたら……」
フィルは咄嗟に鼻をつまむ。
そこからツーと血が流れた。
「いけないっ、これ以上は危険だ!」
そして彼は姿を消した。
このおかしな行動は、誰にも知られないまま、定期的に行われるのだった。