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まずはお友達から

「本日、主が戻ります」


 三度目の朝。

 私の世話をしてくれている侍女の方が言った。


 彼女の名前はエリカ。

 透き通るような蒼い髪と瞳を持つ少女。元々は別の色だったけれど、水系統の魔法を使い続ける間に変色したそうだ。


 エリカさんに魔法を教えたのは、この家の主。

 彼女は無詠唱魔法を使えるのに、魔法学校どころか普通の学校にも通ったことが無いそうだ。


 才能か、あるいは主の指導力か。

 どちらにせよ、私は命の恩人のことが気になった。


「あの、主様は、どのような方なのですか?」

「大馬鹿野郎です」

「おおばかやろう」


 予想外の言葉を思わず復唱した。


「大馬鹿野郎です」


 二度も言った。

 私は頬が引き攣るのを我慢できない。


 この家はとても大きい。

 主はきっと名の知れた貴族である。


 だけど給仕は一人だけ。

 没落したか、あまりに愚かで愛想を尽かされたか。


 どちらにせよ、ただ一人の給仕に罵倒されている事実は変わらない。しかし、私を助けてくれた人でもある。


 善人か、悪人か。

 頭の中でグルグル意見を変えていると、エリカさんが私の肩を掴んで言った。


「アイシャ様の家名を教えてください」

「……家名など、ありません。ただのアイシャです」


 私は追放された。

 今後あの家とは無関係だ。


「ご家族は?」

「……遠い場所に」

「生きていますか?」


 首を横に振る。

 私の家族と言えるのは、遠い昔に亡くなった母だけである。

 

「ご結婚はされていますか?」

「いいえ」

「だ、そうですよ」


 エリカさんが大きな声で言った。

 その直後、バンッ、と勢い良くドアが開く。


 一人の男性が立っていた。

 真っ白な髪と、燃えるような紅い瞳。

 凛とした顔立ちからして、年齢は二十代だろうか。


 服は魔法職の方が着る正装と似ている。

 色は黒。派手さは無いが、艶のある光沢からして高級な素材が使われているのだろう。


 あの服と、この状況。

 間違いなく、彼がエリカさんの主だ。


 彼は私を見て、真っ直ぐに歩いた。

 ベッドに寝ていた私は慌てて身体を起こす。


 彼は床に膝を付いた。

 何事かと驚いた私を見上げて、彼は口を開いた。


「一目見て貴女に心を奪われた! どうか僕の妻になって欲しい!」


 まるで道化のような芝居がかった口調。

 冗談なのか本気なのか分からない。


 私は助けを求めてエリカさんを見る。

 彼女は心底呆れた様子で首を横に振った。


 大馬鹿野郎。

 直前に聞いた言葉が脳裏に蘇る。


 色々な人柄を想像していたが、まさか節操が無いとかそういう意味なのだろうか?


「……あの、何かの冗談でしょうか?」

「まさか! 僕は本気だ! 貴女はまるで月夜に咲く花。本来は一晩しか見られないその美貌がいつでも見られるのに、どうして手元に置かない選択ができるのだろうか!?」


 もう一度、エリカさんを見る。

 頭を抱え、呆れた様子で溜息を吐いていた。


 ああ、またか、という反応に見える。

 それを見て私は、彼が軽薄な男性なのだと理解した。


 しかし、彼は命の恩人。

 私には帰る場所も行く当てもない。


 受けた恩に見合う謝礼を出すには、それこそすべてを捧げる他に考えられない。


 我ながら極端な発想。

 家を追い出されて自暴自棄になっている気もするが、このまま野垂れ死ぬよりも、恩を返して貴族の妻として生きる方が幸せになれるはずだ。


「はい、分かりました」


 だから私は首を縦に振った。

 もしかしたら死よりも恐ろしい辱めがあるかもしれない。でも私は……どうにも、人の頼みを断るのが苦手なのだ。その相手が命の恩人であれば、どんな頼みも断れるわけがない。 


「アイシャです。どうぞよろしくお願いします」


 頭を下げ、返事をした。


「正気ですか?」


 ぼそっと呟いたのはエリカさん。

 私は、まさかの発言に驚愕する。

 陰口ならともかく、主の目の前だ。考えられない。


「そうだっ、もっと良く考えた方が良い!」


 あなたまで!?


「アイシャ、君は美しい。それに対して僕は、こんなだぞ?」


 ……どういうこと?


「見ての通り僕は惚れやすい。相手が女と見れば息を吸うように求婚する男だ。もちろん全て本気だけれども、そんな軽薄な男と結婚しても幸せになどなれるものか!」

「主様、お黙りください」

「しかしエリカ! これは重要な話だよ!」

「女性を口説くなら、そのヘタレっぷり矯正してからと言いました。もう忘れましたか?」

「それは、すまない。しかし僕は愛の奴隷。この衝動には、抗えない!」

「……はぁぁぁぁ」


 二人のやりとりを見て頭が真っ白になる。

 こんなの、知らない。貴族と侍女のやり取りではない。


「……お二人は、ご兄妹か何かですか?」

「やめてください! 虫唾が走る!」


 エリカさんは肩を抱き、本当に嫌そうに悲鳴をあげた。

 男性の方は、少し傷付いた様子でギュッと胸を摑む。それから苦しそうな声で言った。


「エリカは養子だよ。五年前に引き取って、それから二人で暮らしている」

「……そう、ですか」


 五年前……彼、外見よりも歳を重ねているのでしょうか。


「それより、アイシャ、君はもっと自分を大事にした方が良い。例えばそう、まずは友達から始めようじゃないか。清い交際をして、お互いのことを知って、それから結婚を考えよう」

「……はい。あなたが、それを望むのであれば」

「待て待て待て、良いのかい? そんな風に頷いてしまって? だってほら、見てくれ、白髪だ。こんな男を愛せるのかい?」

「はい、もちろん。あなたがどのような外見、どのような人柄でも、愛してくれと望むのならば、私は望みを叶えるため努力いたします」


 私は再び頭を下げた。

 我ながらスラスラと言葉が出てくるのは、教育の賜物だろうか。


 妻の役目は夫に尽くすこと。

 幼い頃からそのように教えられ、育てられた。


「エリカ、ど、どうしよう?」

「……何がですか?」

「あまりにも清楚で可憐で、鼻血が出てしまいそうだ」

「……それは良かったですね」

「これから先、手を繋ぐようなことがあれば失神してしまうかもしれない」

「……あー、そうですか。子供ができるのは随分と先になりそうですね」

「愛想を尽かされないためにはどうすればいいだろうか!?」

「……そういう発言を本人の前で避けることでしょうね」


 その後も愉快な話が続いた。

 彼の名前はフィル。家名は無い。ただのフィルだと言った。


 きっと噓である。

 大きな家と養子を持つような方に家名が無いわけがない。

 だから私は自分がまだ信頼されていないのだろうと判断した。 


「そういうわけでアイシャ、これからよろしく頼む」

「はい、よろしくお願いいたします」


 フィル様とエリカさんの議論は、お友達から始めるというところに着地した。


「早速だけど、何か欲しい物はあるかい?」

「……欲しい物、ですか?」

「ああ、友人になった記念だ。なんでも言ってくれ」

「……お仕事、でしょうか」

「お仕事?」

「友人ということであれば、ただお世話になるというのは気が引けます」

「なるほど! それは道理だ!」


 彼は手を打ち、ふむと声を出して考え込む。


「どういう仕事が良いかな? 希望があれば教えてくれ」

「……私は、それを申し上げる立場ではありません」

「それこそ、友人を相手にする態度ではないと思うよ」


 彼は私と目線の高さを合わせ、花が咲いたような笑顔で言った。


「……花」


 思わず口を突いて出た声。

 それが私の思考を誘導する。


「……お花が、好きです」

「そうか! ならば店を開こう! 早速手配するよ!」

「ああいえ、そこまでして頂かなくても…………あぁ、行ってしまわれた」


 フィル様は私の静止を聞くよりも早く、外へ走り去ってしまった。


「……あいつ逃げたな」


 エリカさんが何かボソッと呟いた。

 私は苦笑して、脱力しながら天井を見上げる。


 ……この先、どうなるのでしょうか。


 そんなこんなで。

 私の新しい生活が始まったのだった。


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