花を愛で、花よと愛でられ
あれから3日が経った。
直ぐにアルルの報復が有ると思っていたけれど、今のところ店は被害を受けていない。
ただ、物騒な噂を耳にした。
スピカの街外れに、武装した集団が現れたそうだ。
しかし、偶然そこを通りかかった強い魔法使いによって、全て牢に入れられたらしい。
貴族の力を使った妨害も無い。あれだけの出来事があったのに、あの妹が3日も大人しくしているなんて考えられない。
きっと、見えない力が働いている。
私は詳細を知らない。だけど、もしかしてと思うことがある。
今日は、お店の定休日。
私は庭に作って貰った花壇で手入れをしていた。
「うふふ。ローズ、ミリア、お水の時間ですよ」
花に名前を付け話しかける。
他人に見られたらちょっと恥ずかしい場面。
そういう時に限って、彼が現れる。
「やあ、アイシャ。ご機嫌だね」
私は唇をギュッと結び、水やり用の魔道具を地面に置いて振り返る。
「ごきげんよう、フィル様。何か御用ですか?」
「何、大したことじゃない。僕の花の様子を見に来たのさ」
「そうですか。最近は随分とご多忙の様子でしたが、落ち着いたようで何よりです」
「おお、心配してくれていたのかい? ああ、なんと素晴らしいことだ。今日を国民の祝日にしたい気分だよ!」
フィル様は相変わらず道化のような話し方をする。
実際、何も考えていないことが多いのだろう。だからこそ彼の正体というか、根っこの部分が滲み出ているように感じる。
……国民の休日にしたい、か。
聞きたい。気になる。
その気持ちをグッと抑えて、私は言う。
「フィル様は、どうして私を助けてくれたのですか」
「何度も言っているじゃないか。一目惚れだよ」
私は何も言わず、じっと彼の目を見る。
一秒、二秒と無言の時間が続き、彼がサッと目を逸らした。
「それにしても! 今日は良い天気だね!」
「……そうですね」
彼を雑に扱うエリカさんの気持ち、少し分かった気がする。
「君と初めて会った時には美しい月が出ていた! その光を浴びた儚い笑顔を昨日のように覚えているよ! 隣に咲いていたルナフラワーよりもずっと綺麗だった!」
儚い笑顔。
最近の私とは、少し遠い言葉に聞こえる。
「もちろん今の君も素敵だよ」
そんな私の心を読んだかのように、彼は言う。
「月の下で咲く花も素敵だけど、青空の下で輝く花も良い! 僕は二度目の恋に落ちてしまったよ! 一度目よりもずっと深い。ああ、僕の花よ。明日にでも結婚しようじゃないか」
ここで「はい」と返事をしたら、きっと彼は「冷静になってくれ!」と情けないことを言う。それがいつもの流れ。
私は、本音が分からない態度と、そんな彼に好感を抱いている自分自身に対して、心の中で溜息を吐いた。
「フィル様、花を育てるのに大事なこと、分かりますか?」
「花を育てる? さぁ、なんだろうね」
「真剣に考えてください」
「分かった。考えるよ」
フィル様は真面目な表情をして目を閉じた。
それから数秒後、ピンと人差し指を立てて言う。
「愛だ! 間違いない! 毎日水をあげる根気、話しかける慈しみ、どれも愛が無ければ続かない!」
「土です」
私がピシャリと言うと、彼はしょんぼりした。
「良い土が無ければ、花は咲きません」
「それは、もっと良い土を買ってくれというおねだりかい?」
私は首を横に振る。
「フィル様は、私のことを花だと言ってくれます」
「そうだとも。アイシャは僕の花だ。ずっと傍に置きたいと思っているよ」
相変わらず歯の浮くような言葉がスラスラと出てくる。
不覚にも照れてしまった私は、コホンと咳払いをしてから言う。
「花が咲くには土が必要です。私が花ならば、私にとっての土とは、なんでしょうか」
「ほぅ、それは中々に面白い質問だね」
彼は得意げな笑みを浮かべ、自分の頬に親指を向けた。
「ならば、それは僕だ」
「フィル様、真面目な話をしています」
「大真面目だとも。僕は本気だ。こんな男だけども、本気で君を愛しているよ。花屋を開いてから毎日のように成長する君を見て、一目惚れした時よりもずっと、ずっとね」
また、こう、どうしてスラスラと言えるのだろう。
「本当に本当ですか?」
「本当だとも。世界の全てに誓うよ」
「あちらでエリカさんが見ています」
「なに!? 本当かい!?」
彼は私の指先を目で追いかけた。
そして一瞬、無防備になった横顔に、そっと触れる。
「……アイシャ? これは、なんだい?」
思ったよりも柔らかい頬。
そこに人差し指を当てたまま、私は言う。
「初めて、男性の頬に触れました」
「……そ、そうかい。それは光栄だね」
少し前に分かったことがある。
フィル様は相手を褒めるのは得意だけど、逆は苦手らしい。
だから私は、お返しをすることにした。
「次の機会があるならば、指ではなく、唇にしたいと思います」
「…………」
フィル様は固まってしまった。
「失礼します」
私は彼に背を向けて、歩く。
ほんの数歩で我慢の限界を迎え、走り去った。
やってしまった。やってしまった。
あんなこと少し前までの自分なら絶対にできない。
でも彼が教えてくれたことだ。
やりたいことをやる。思ったことをやる。
その結果が、アレだった。
本当はキスしてやろうかと思った。
でも直前で冷静になった。果たして私は、彼のことを愛しているのだろうかと。
貴族らしくない考えだ。
愛が無くても結婚するし、子供も作る。
だけど彼は毎日のように言う。
好きだ。愛してる。結婚してくれ。いや、やっぱり友達で。
だから気になってしまった。
恋とは、どのような感情なのだろう。
「……いつか、教えてくださいね」
彼から遠く離れた後、こっそりと呟いた。
「何をですか?」
そこに、エリカさんが立っていた。
「……い、いえ、その」
途端に恥ずかしくなる。
私は彼女にも背を向けて、走り出した。
「なんでもありません!」
──ほんの少し前。
私は人形のような人間だと言われていた。
しかし今は、こんなにも感情豊かに生きている。
大好きな花を愛でながら、情けない男性に花よと愛でられて。
こんな生活、想像できるだろうか?
きっと、世界で最も賢いと言われる大賢者様にも不可能だ。
未来に何があるかなんて分からない。
だけど私は確信していた。これから先、きっと、幸せな未来が待っている。
ならば、その未来に向かって歩み続けよう。
いつか最高の土を得て、静かに、しかし力強く咲ける、その日まで。
以上、完結です。
最後までお読み頂きありがとうございました。
小説勉強中の初心者です。
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