わがまま
「はたらくから、はなくれ!」
次の日、やはり現れた女の子が言った。
まさか向こうから「働きたい」と言ってくることは想定していなかったけれど、私は用意した通りの言葉を口にする。
「お母さん、連れてきて貰えるかな?」
「やだ!」
「お母さんと話せないと、働かせてあげられないかなぁ……」
少し意地悪な口調で言う。
女の子はムッとして、目に涙を浮かべて私を睨んだ。
私は苦笑を浮かべて問いかける。
「どうして、お花が欲しいの?」
女の子は返事をしない。
でも大体の事情は想像できる。
ひとつ。盗みをしていた。
ふたつ。その度に母親が謝りに来た。
みっつ。最近は盗みをしていない。
よっつ。大人の話を聞ける。
さて、この子はどうして商店街に顔を出している? 真っ先に思い浮かぶのは空腹だけど、花は食べられない。
この子は花を買って、何をする?
……そんなの、ひとつしか考えられない。
「お母さん、お花が好きなの?」
「!?」
女の子は表情で返事をした。
「なんでわかった!?」
その後、言葉でも返事をした。
そこで私はフィル様の言葉を思い出す。
──大事なのは、アイシャの気持ちだよ。
「ねぇ君、名前は?」
「イゥム!」
ちょっと舌足らずな声。
多分、正確にはイルムかな?
「イルム、お手伝いしてみない?」
「てつだい?」
可愛らしく小首を傾けた。
おてんばに見えるけど、会話は成立する。しっかりした子だ。
「これ、何か分かる?」
私は紙を手渡した。
記されているのは、シンプルな図形だけで描いた地図。
「このへん!」
大正解。この商店街を描いた地図である。
もしも地図を読めなかった場合のアイデアも用意してあったけれど、一番楽な方法が伝わったので、私は安堵した。
「この場所に、これを届けて欲しいの」
私は地図の中に描いた印を指差して、イルムに手紙を見せた。
簡素な封筒の中には、ちょっとしたメッセージと押し花が入っている。
「全部で二十七枚あります。一枚ずつ、届けてください」
「ぜんぶやったら、はな、くれる?」
「はい。全部届けてくれたら、お礼にひとつ差し上げましょう」
イルムは嬉しそうな顔をして、元気よく頷いた。
「でも、ひとつ問題があります」
「もんだい?」
「イルムが昔、泥棒したお店が有ります」
「なんでしってる!?」
イルムは怒られると思ったのか、警戒した様子で言った。
「そのお店は、怒って手紙を受け取ってくれないかも」
「なっ……」
イルムは焦燥を絵に描いたような顔をした。
思っていることが全て顔に出る。可愛らしい。
「受け取って貰える魔法があります」
「ほんとか!?」
それから私は彼女に魔法を伝えた。
無属性魔法、ごめんなさい。誰でも使える魔法である。
「手紙を受け取って貰えたら、こちらの紙にスタンプを押して貰ってください」
「わかった!」
その後、イルムはとことこ駆け出した。
「転ばないでくださいね」
私は手を振って、その背中を見送る。
そして彼女の姿が人混みに紛れて見えなくなった頃、私は背後に立った人物から声をかけられた。
「意外でした」
エリカさんの声。
私は振り向いて言う。
「何がですか?」
質問すると、彼女は私の目を見て言った。
「アイシャ様は、もっと貴族らしい方だと思っていました」
私はイルムに話を伝える前に、全ての店に挨拶をした。
見知らぬ子供のために頭を下げて回る貴族なんて、少なくとも私は見たことがない。
「私は、ただのアイシャですから」
あえて、その言葉を言った。
私は自分の過去について何も話していない。しかし拾われた時に来ていた服や普段の会話などで、貴族の生まれであることは見抜かれているはずだ。
だから私は、自分のやりたいことをやったのだと答えた。
この行動が生み出す結果は分からない。
ただの自己満足にしかならないことは分かっている。
それでも、やりたいからやった。
多分、生まれて初めてワガママを通した。
不安はたくさん残っている。
でも……とても、心地良い気分だった。





