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第0.9話 羽化する孤独

「またコクられたわー」


「ふーん」


いつものように部活で筆を揮う。

部室に幼馴染の慶太とユキちゃんだけ。


コイツは入部してきたが、毎日来ては少し書いた後に、スマホを弄るだけだった。

ユキちゃんは、コイツがいる時は喋らないので、基本私がコイツと会話する事になる。


「なー夏希ー」


「あん?」


「付き合わね?俺たち」


見るとスマホを弄っていて、顔はこちらを向いていなかった。

彼は言いづらい事があると、いつも目線を合わせない。


「彼氏できたことないじゃん夏希」


「それが何?」


「経験にもなるやん。俺好きだし夏希の事」


「・・・」


実は慶太から付き合うよう誘われるのは、これが初めてではない。

毎回断っているが、口を開くとこの話題に持っていく慶太が最近は面倒になっていた。


面倒くさいだけで、特別彼に対して嫌悪はない。

ただ、自分を実物以上に大きく見せようとする彼に、人としても魅力を感じてもいない。


いや、特別彼にそういう特性がある訳ではなく、男子学生なんていうのは、それが普通なんだろう。


幼馴染である彼の家庭も知っている私にとって、彼は、年相応な経験をしてきただけの男にしか見えなかった。


私は、幼い時から父への葛藤を抱える母と過ごして、父の顔色を伺い、機嫌を取るための言葉を選択し、母に対して怒りが沸きそうになるのを我慢して、家族を恨んでは一生恨みを抱えることになると思い、我慢し続けていた。


そのストレスを抱えてきた私は、普通の家庭の子である、コイツが羨ましいと思った事もあったが、乗り越えた今となっては魅力は感じない。


言い換えるなら『何で私がアンタごときと付き合うのよ』と言う感想。


「私に何のメリットがあんのさ」


「メリットとかじゃないだろ。理屈とか理由あるもんじゃないし、付き合ってから探したって遅くはなくね。付き合ったってその後色々あって、それで終わりじゃねーじゃん」


「・・・・」


うーん。

一理はある、と思った。


一見意味のないと思う事でも、何らかの意味があると理屈付けされているのが現代だし、みんな男女交際するんだから、それを経験して得るものがあるんだろう。


それに私にとって、コイツは最近、うっとおしい存在になりつつあって持て余しているのも事実。


クラスメイトが言っていたが、一度付き合ったら、結婚でもしない限りは別れる訳で、そうなったら友達には戻れないという。


ならその経験をコイツでして、その後別れたら、縁も切れる。

考えると総合的にこの提案は経験としてアリかとも思った。


流石にこいつも私に対して無茶はしないだろうし。

熟考の末、私は交際について後日、同意した。









「いや先を越されてしまったな。まぁまぁ、私と違って夏希ちゃんはモテるから先んじられるのは必然だろう。私は焦らず、じっくり成功確率を上げていくかな」


「あー、またあの先輩の話?」


「ああ。一意専心で先輩を落とす事に心血を注いでいるよ。私はいつだってその目標達成の過程にいる。勿論、先輩と付き合う事が最終目的ではないがな」


その男は今、ユキちゃんの策略でクラスで針の筵の状態。

友達は殆どいない状態という事。


クラスのカーストに敏感な慶太に、その先輩の話をした時、嫌悪感のあるリアクションを取っていたので、クラスでの立ち位置は察するものがある。


ほーんと。同情するわ。


・・・・


「ねぇ」


筆を進めながらユキちゃんに話しかける。


「その先輩と付き合えたとして、それは先輩と付き合えたって言えるの」


これは、たびたび私が疑問に思っていたこと。


今ユキちゃんがやってる事は、彼を人間的に追い詰めて正常な思考を奪い、自分の要求を飲ませようとしているという行為。


まるでパワーハラスメントをしている会社の上司のような。


ただ、それは本当の意味で先輩を獲得するという行為になるのだろうか。


獲得したうえで、彼の思考を奪い続けるのか、それとも彼の好みに自分をすり合わせていくのか。


普段はこんな事は聞かないが、私も男女交際をしている身であるから、自然と興味がわいてしまい聞いてしまう。


慶太とは彼女らしい事は何もしていない。

強いて言うならベタベタと近づいてこようとするのが鬱陶しいくらい。


「それは理想論だ!」


ユキちゃんが大きな声で言う。

この子は声量のコントロールが苦手だ。


ここの校舎は殆ど部活動もないし、問題はないが。

私自身も、もう慣れた


ジャージのチャックを上までしめて胸をはるので、大きな胸が強調される。


女の私でも思わず見てしまう。


あそこまで大きいと私生活に支障は出ないのだろうか。

靴紐は結べる?


わざわざ聞かないけどね。


「これはメルヘンで、努力が必ず成功するファンタジーではない、残酷な現実なんだ!」


はは。

ユキちゃんが言うとリアル感あるわね。


「先輩を獲得した上で私は努力を怠る訳ではない。私は先輩に持続可能な幸せを提供し、私も獲得する。幸せの相互補完ができて、先輩は私と離れる意味はないはずなんだ」


この「幸せ」というワードは、ユキちゃんと話をしている時にたまにでてくる。


「愛情ってそういうもの?」


書き終えた字を見る。

あまり良い出来ではない。


慶太と付き合ってからあまり良い字が書けていない気がする。

ストレスでも溜まっているのだろうか。


ムカついてきた。


「愛情の定義は曖昧だ。極論愛情により、人間は結婚する訳ではないからな。世界各地で男女が結婚という形で1ペアになる事が多いのは、結局のところ、人間の子供は自立が遅く養育する期間が長いからという事だ。つまり生物として、自分の遺伝子のコピーを残すという役割を果たすための、本能的な衝動による物で、定義付けする事じたい人間の知性による傲慢という奴だな」


その後ユキちゃんはヴィーガンがどうのこうのの話をしだしたが、その話には興味が無かったのでBGMにしていた。


愛情の定義付けは傲慢。

少しユキちゃんらしくない理屈だと思った。


ユキちゃんは本能からくる行為を理屈付けて説明したがる癖に、愛情に対してはそれをはぐらかすのかと。


そこにユキちゃんの自意識と怖さを感じて、同時にその先輩とやらに、心底同情した。











いつもの放課後。

書道部の活動教室。


私の機嫌はすこぶる悪かった。


慶太が私と付き合っている事を、人に言いふらしているのがわかったから。


「試しに付き合って」という話だったのに、私が別れられないよう根回しをされているように感じたし、事実そうなんだろう。


私は自分のする事は自分が決めるし、その決定が成功であっても失敗であっても堂々としていたい。


だからこそ、ベストを選んできたつもりだったが、慶太と交際すると選択した事は、果たしてベストだったのか、自分でも迷いがあった。


その上、クラスメイトに「何故付き合ったのか」と聞かれると「男女交際を試してみたかったのと、縁を切るタイミングにもなるから」という理由を、私はハッキリ言えるだろうかという葛藤が、まるで自分が弱点を抱えているように感じた。


男女交際という、他者と深い仲になるという契約は、やはり結婚のように自分に足かせを増やすだけだ。


今書いた字も最悪。


他人が介在すればするほど、人生は自分の思い通りにはいかないと再認識した。

私はしばらくは男女交際はごめんだ。


・・・・・


視線を感じる。

教室のドアを横目で見ると、ドアがやや開いており、男子生徒がのぞき見していた。


っち、何よこんな時にイライラするわね。


「おい」


目線を向ける。


「ひ」


男子生徒が情けない声をあげる。

なんやねんこいつ。小動物か。


「何だお前?ジロジロ見るなや、見世物やってる訳じゃないんだけど」


こういうちょけた事をする奴は調子に乗ってるから、強めに行った方が良い。


「ダンマリかい。言葉も喋られない赤ちゃんが制服着てんのか?覗きに黙秘権なんかないんだよ」


一瞬クラスメイトかと思ったが違った。


何故そう思ったかというと、見覚えがあったから。

同学年でもない。


・・・・こいつ、ユキちゃんの言ってた先輩じゃん。


何でこんな所に。

ここは、アンタを食おうとしてる肉食動物の巣みたいな所だってのに。


彼を見ると、先輩だろうにとても弱々しく見えた。


「はん、ホンマに赤子なんか?あー気が散るから失せろ」


ビクビクしているのも、ユキちゃんによる成果なのだろう。

そう思うと少し心が痛む。


まるで、子供の時の自分を見ているようで。

全方位に気を使った。


父にも父型の祖父にも。

じゃないと母親に怒られるから。


怒られたくなくて、言うことを聞き続けていた。

苦しくても、悲しくても、しんどくても。


「し、失礼しましたっ」


彼が何か謝罪をしていたが、いたたまれなくなり、目線を半紙に戻す。


ユキちゃんから話を聞いていたが、実物を見ると悲しい気持ちになったから。


ただ、彼の気配は消えないし、立ち去る足音もしない。

ドアを見ると、彼はまだドアの前に立っていた。


「あ?何でまだここで突っ立ってるのさ。聞こえなかったんか?おい」


感情的になっているのかもしれない。

自分で思ったより、語気が強くなる。


「見学に来ました」


「あ?」


小動物のように弱々しい彼の目は、何かを訴えているように見えた。


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