27話 遭遇
「お待たせいたしました」
「うん」
時間は朝の7時40分。
家を出れば高校に十分間に合う。
今日凛花の高校は開校記念日でお休みなので、それを知っている両親に呼び出されて凛花は一度家に帰るとの事だ。
ゆっくりしてから出れば良いのに、一緒に駅まで歩きたいとの事で、今日は少し大人っぽい私服のワンピース姿の凛花と近くの駅まで登校する。
というか元々土日は実家に戻るという話だったのに凛花が中々家に帰らないので、たまには泊まって行ってみたらと提案すると、やんわりと拒否されてしまった。
理由を聞くと僕が心配なのだそう。
心配と言っても極論1日2日ご飯なんか食べなくても大丈夫だと思うけど。
それに僕だって子供じゃない。
「兄さん、口の端に歯磨き粉がついていますよ」
少し微笑みながら優しくハンカチを当てられる。
・・・・何だか自分が情けなくなってきた。
「ありがと」
以前僕は、身だしなみは自分のためじゃなくて相手のために整える必要があり、不快な格好をしていれば、相手の視界に入った時に嫌な印象を与えてしまうと自慢げに凛花に話した事があったのに。
自分で言った癖に僕は抜けていて、こういうミスをしてまうんだよなぁ。
典型的な仕事でミスを繰り返す人間になりそうで自分の将来が少し怖い。
凛花が僕の口元を拭いた流れで、先ほど巻いてもらったネクタイや、僕のワイシャツのシワなどを直していく。
「自分で直すよ」
幼稚園に通う子供のような扱いに感じて、恥ずかしくて凛花を制止する。
いや毎日ネクタイを巻いてもらう時点で恥ずかしいのだが。
「はい、いつも私が直せる訳ではありません。兄さんがご自分で整えなければいけない時もあるでしょう」
そう言ながら凛花が胸ポケットからはみ出たハンカチを直してくれる。
「私がいる時は私が致します」
余りに自然流れで、止める間すらなかった。
凛花って拳法とか習ったら達人とかになれるんじゃ無いかな。
確かスポーツでも全国に出てジュニアのナショナルメンバーに選ばれた事があったと聞いたしありえるかもな。
「やっぱ僕ってちょっと抜けてるね」
自分が情けなくなる。
こんなできた妹がいるのに、僕には何の取り柄もない上にだらしない。
「そうは思いません。ただそうお考えであれば、その分、私が兄さんと一緒にいられるよう努力します」
「はは、ごめんね手間かけて」
昨日、部活で帰りが遅くなったが帰りドアを開けると、玄関に凛花が立って出迎えてくれた。
まさか僕が帰るまで、ずっと玄関にいたのかと聞くと、たまたま玄関にいただけとの事だった。
「それが私の役目ですから。愛しい人のために何かをする方が私にとっては心地良いのです」
むず痒い事を言われた気がする。
いつもなら可愛い妹だなと思うだけなんだけど。
前に締められた首が疼いた。
・・・・・役目、か。
「兄さん?行かないんですか?」
「あ、ああ」
「一緒ですね」
「え?」
「こうやって一緒に歩けるのは幸せです。兄さん」
毎朝一緒に家を出るのはいつもの事なのに、嬉しい事を言ってくれる。
「相変わらず大袈裟だな凛花は」
「兄さんと一緒の高校に進学していれば良かった。そうしたらもっと長くいられました」
「僕の高校じゃ大きなステップダウンだから凛花のお父さんが許さないよ。私立中学でも成績3位以下とった事なかったんでしょ?」
「・・・・」
凛花が黙る。
「凛花?」
「勉強なんてどこでしても一緒です。それより、兄さんは照れ屋ですから、手を繋ぐのはやめておきますね」
凛花が嬉しそうに言う。
柄にもなく少しウキウキしているようだった。
私服姿だと心持ちも違うのだろうか。
凛花が嬉しそうだと、やはり僕も嬉しいし、笑った顔はとても綺麗で可愛いと思った。
「うん、行こう」
・・・・やはり『あの時の凛花』は溜まりに溜まったストレスが外に出た結果で、本質は優しい子なんだ。
凛花を怖がるなんて事はやめよう。
それよりも早く僕から解放してあげないと。
♢
夏が終わり外は涼しくてちょうど良い気温だ。
にしても最近の夏は異常な気がする。
もっと幼い頃は夏が好きだったけど、僕が好きだった夏は絶対今と同じではない。
「あ」
コンビニが潰れていた。
学校登下校の時にたまに寄って飲み物やお菓子を買っていたコンビニで、金曜まで普通に営業していたのに。
「兄さん?」
「見てコンビニ。よく行ってたんだよね、ここ」
テスト前に借りたノートをコピーしたり、帰り道に買い食いのために寄ったり、スマホの充電コードが壊れて慌てて買いに来たりと思い出が詰まってた所だった。
高校生になって初めてのテストの日の朝に、前日に勉強でシャーペンが壊れたのを思い出して慌てて買ったっけ。
過ごした場所が無くなると寂しいって感じるのは、思い出として残っていた過去が消えてしまった気がするからなのかな。
「次は何のお店になると思う?」
「次のお店・・・」
凛花に話を振ってみたけど、余り興味がなさそうだった。
そういえば凛花がコンビニ行くイメージって全くない。
「コンビニ行った事ある?」
「はい。文房具やノートは売ってる所近くに無いですから」
そうだよね。
コンビニくらい行くよね。
「兄さんは寂しいんですね。私は少し嬉しいです」
「え?」
「兄さんが寄り道する場所が無くなったという事は、少しでも早く家に帰って来るという事じゃないですか。それにコンビニは兄さんとお出かけする口実にもなりません」
堂々と言われる。
これは暗に、いつも帰りが遅いと言われているのだろうか。
「たまに買い食いとか、飲み物買ったりしたくならない?」
「私はありません。必要な物があれば私に言ってくだされば、私が用意します」
う〜ん、そういう事じゃないんだよな。
予定外の行動をする楽しさがあるというか。
というか寄り道はやっぱり嫌だったんだ。
というか部活を辞めるという一週間が近づいてきていて、
まだ続けたいという事すら言えてないのに。
でもいつかは言わないといけない。
あれ?ていうか今って言うには割と良い機会かも。
歩きながらだと落ち着いて会話ができると聞いた事があるし。
隔週で行くとか、そういう条件を提示してみたら許可してくれないだろうか。
「あのさ、この前の部活の件なんだけど」
「部活?ああ、あの件ですか。それがどうかしましたか?」
先ほどまでの機嫌が良かったのに、少し不機嫌そうになる。
やはりこの話は地雷みたいなものなのか。
だけど話さないと。
そう決意をしたが、結論から言うと、この登校の時間に凛花に部活の話をする事はできなかった。
もっと早く話し始めるべきだった。
潰れたコンビニを曲がった先は大通りで僕の高校の同級生もこの時間大勢いる。
その大通りには僕の幼馴染。
斉藤茜がいたのだ。




