24話 初デート
「ふー」
夕食後。
出された温かいお茶を飲みながらソファでくつろぐ。
凛花は僕と自分の制服に手際良くアイロンがけをしてくれている。
いつもと変わらない日常。
ほぼ全ての家事をやってもらっている立場なので当たり前だが凄く居心地が良い。
兄離れか。
必要かもしれない。
今だって、晩御飯を食べると眠たくなるけど、それは凛花だって同じはず。
それでも毎日ご飯を食べたら、すぐ食器を洗って、制服にアイロンをかけて、食事だって作っている訳で。
今朝のあの出来事だって、日々のストレスが具現化した物に違いない。
空見や由希奈の言葉が頭に浮かぶ。
「恋人か・・・」
「どうかなさいましたか?」
気がつくと、触れるか触れないかの近さで隣に座っていた。
もうアイロンは終わらせたのか。
つけっぱなしにしたテレビは、ちょうど恋愛物のドラマがやっている。
というか凛花に彼氏は作る気はないのか。
そちらの方が僕が恋人を作るよりも何百倍も簡単だろう。
よし、ストレートに聞くと、ややこしい事になりそうなので遠回しに聞いてみよう。
「もし恋人が出来て初デート行くならどこに行きたい?」
この聞き方は自然だと思う。
恋人を作るよう促すのではなく、出来た上での仮定を話すよう提案する事で、自然と意識付けする事ができるし。
「初デートですか?もう済ませたと記憶していますが」
え?
す、済ませた?
「どこ行ったの?」
「駅前の駄菓子屋さんです。手元にある100円の中で、何を買うのか相談しあってお買い物しました」
駄菓子屋さんで100円の中で相談って・・・
凄い青春みたいな事をするじゃないか!
駅前の駄菓子屋といえば、昔お小遣いを貰って、凛花がうちに遊びに来た時は二人で行く事もあった所だ。
「覚えていらっしゃいませんか?」
この話を聞いた事あったっけ?
こんな印象的な話、覚えていないハズは無いと思うんだけど。
でも凛花が僕に言った覚えがあるという事は、この話をした事があるのだろう。
自分の記憶力より、凛花の記憶力の方が圧倒的に確かだ。
何せ僕と初めて会った時の事を、今でも覚えていると言っていたくらいだし。
あの時の凛花って確か2歳くらいだったはずだ。
「うん、忘れてたみたいだよ。でもなぁ・・・・」
「はい」
凛花が首を傾げて、長い髪が揺れる。
今朝の事が嘘のように機嫌が良さそうだった。
思い出話をするのが好きな傾向があるから、そのせいかも。
「少し寂しく感じたよ。僕もシスコンだな」
これは嘘偽りない本音。
先ほどまで兄離れ云々などと考えていたが、妹離れできていないのは自分なのかもしれない。
「兄さん」
スッと、僕が無造作に置いていた手の上に、凛花の少し冷たい手が重ねられる。
「私は一生ここにいますし、これからも決して変わりません」
柔らかく凛花が微笑む。
う、何だか嬉しくなって涙が出そうになる。
僕を安心させるためだろうか、『一生』なんて大袈裟な言葉まで使って。
・・・・でもこれじゃダメなんだよな。
デートって言ってたけど、その後その人とはどうなったんだろう。
今の家事中心の生活サイクルだと、流石に容量の良い凛花でも関係は終わっているかもしれない。
やはりこのままじゃダメだ。
デートも済ませているという事は、潜在的に遊びたいという欲求があるに決まっている。
僕が背中を押してあげないと。
ちょっと寂しいけどね。
本気で彼女作る案を頑張ってみようかな。
「ところで、部活は順調ですか?」
その一言で、和やかだった居間の空気が一瞬で変わった気がした。
パッと凛花の顔を見ると表情は柔らかいまま。
「ぶ、部活か」
こ、これは何と答えるべきなんだ。
というか、この『順調』とはどういう意味で言っているんだろう。
この話題には地雷が詰まっていそうなので何とかやり過ごしたい。
「うん、順調だよ。そ、それよりこのお茶いつもと味が違うね!」
柔らかい表情のまま1、2秒のラグがあるように凛花が固まり、そして返事が返って来た。
「季節の変わり目ですし、味もいつもと変えてみました。リクエストがあれば仰ってください」
よし、部活の話は流れたな!
とにかく、今はちょっとずつ凛花から僕という重荷を取り除く作業に集中しよう。
頑張るぞ!




