17話 お迎え
2人で夕焼けに染まる道を歩いている。
まだ残暑が残っているが、日が落ちるのは確実に早くなっていた。
日が落ちるのが早くなると、行動の活力が落ちる気がするのは、やはり生物としての本能なのか。
となると秋になると食欲がわくのは人間の哺乳類の部分が冬眠の準備をしているという事なのだろうか。
「書道はいつ頃から始めたの」
物思いに耽っていてぼーっとしていたが、我に帰り空見に喋りかける。
僕が話しかけない限り会話が生まれないから、自然と場が無言になっていた。
「部活動」という一つの目的ありきの中では会話のネタも生まれるが、その枠を出ると僕たちは先輩後輩の間柄であって、もしかして向こうも遠慮しているのかもしれない。
しかも僕たち男女なわけで、そういうのが気になる人もきっといるよね。
「アンタがお腹にいる時から」
お前は年下だろ。
そう言いかけるのをグッと堪える。
先輩だからな、うん。
こんな事で一々腹を立てるのは、子供の遊び声で一々腹を立てるのと同じだと自分に言い聞かせて堪える。
共通の盛り上がる話題といえば・・・・
あ、テスト!
今日見えた答案用紙の中に数学らしき物も見えた。
「そういえば僕もテスト今日帰ってたよ。数学だけは学年トップだったんだ」
共通の話題という点で、色々な思考が働いた上での発言だったが、切り取ると唐突に自慢しだした変な先輩みたいになっちゃたな。
「マウント取る気?はぁ、男はすぐ自慢話したがるっていうけど本当だったのね」
いつも通りシカトされるかとも思ったが、想像以上に食いついてきた。
「良いでしょ。数学の試験は2回連続学年トップだった」
空見が少し黙る。
前を向いているので表情は読み取れない。
「ふーん、どうしようもない奴にも取り柄ってあるんだ」
そう言って空見が石を蹴飛ばした。
どうしようもない奴って。
確かにダサい所もあるけど、それだけじゃない・・・はずだ。
「数学だけは昔から得意なんだよね」
「ウジウジしてる虐められっ子の癖に」
「だ、だから虐められてないって」
「しょぼいプライド守ろうとするわね。虐められてないんじゃ聞いてた話と違う」
聞いてた話?
誰かに僕の話を聞いていたのか。
共通の知り合いなんかいるんだろうか。
あ・・・・
もしかして慶太君?
慶太君の事。
今まで空見が話題に出さないから触れていなかったが、やはり昨日の事は僕から謝った方が良いかもしれない。
正直彼に僕が直接何をしたという事はないはずだ。自覚のある範囲では。
ただどうみても僕のせいで二人が揉めた訳で、二人は明らかに以前からの知り合いのようだったのに。
それに書道部の壁もあんなことになったし。
・・・うん、やはり謝ろう。
「昨日はごめんよ」
「あ?」
空見は嫌悪感もなさそうな、シンプルに何を謝ってるんだって顔をしてる。
「話題に出さなかったから、あえて触れなかったんだけど、やっぱり迷惑かけた。慶太君の事」
「ああ、その話ね」
彼女はあー思い出した。という感じ。
あまり気にしていなかったのか、そう装っているのかはわからない。
「いつも空見は集中して部活動してるのに、勝手に見学にきてトラブル起こしちゃって、ごめん」
初日も初日で迷惑かけている。
僕ってトラブルメーカーなのかも。
「一々気にするな。私がしたくてしただけ」
「でも、壁が」
「ああ、あれは大丈夫」
「へ?」
「私の家の壁じゃないから」
空見はそれだけ言った後、遠回しに数学の勉強方法を聞いてきた。
彼女は僕が思っている以上に豪胆なのかもしれない。
ちゃんと謝罪できた事で心のつかえが取れて、安堵感に包まれていた、そう思っていたのが。
「兄さん」
凛として、品のある声が通学路に響く。
見ると通学路の真ん中に人が立っていた。
「お迎えに参りました」
夕日が逆光になっており、顔ははっきり見えないが、誰かはすぐにわかる。
あの制服、あの声、つやのある髪が影になっていて、シルエットでもわかる上品な佇まい。
僕の妹、凛花が道の真ん中に立っていた。