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長谷川が何かしたって

長谷川、ペット拾ったって

 ペットを家族だ、と主張する人たちがいる。

 その主張を認めるのであれば、当然のことながらファミリーネームは共有することになる。

 佐藤さんちのポチなら佐藤ポチがフルネームだし、渡辺さんちのエリザベスなら渡辺エリザベスがフルネームだ。


「んで、長谷川(はせがわ)のとこのペット、名前は?」


 飼い始めたペットに齧られたという指を指し示すと、バツが悪そうに視線を逸らされた。血がにじんだ絆創膏が痛々しい。

 ブレザータイプの制服に合わせたパーカーのフードで顔を隠された。

 長谷川は四季を通してほぼ必ずパーカーを着ている。厚みに違いはあるものの、真夏にすらパーカーを身に纏うその姿は、浮世離れしているようにも見えた。

 雨風には無頓着なくせして、都合が悪くなると降ろすフードは彼女と世界とを隔てる壁であり、盾なのだろう。


「名前は―?」


 先ほど聞いたばかりだが、独特なセンスで付けられた名前をからかってやろうと再度訊ねると、ややくたびれた感じのローファーですねを蹴られた。

 いってぇ。


「言いたいことあるなら口で言え口で」

「うっさい」


 コミュ障で口下手な長谷川は、黙っていれば美少女だ。

 インドア派で本の虫だから肌は透けるような白。整った顔に黄土色にも見える色素の薄い瞳は、アンティークのビスクドールを連想させる。

 手――ここ数年は身長差が開いてきたのでもっぱら足だが――が早いのが玉に瑕だが、それでもお近づきになりたいと思う男は一定数いる。

 幼馴染でよく一緒にいることもあって、紹介してくれ、なんて言われたりもする。

 長谷川が恋愛なんぞに欠片も興味のない、おおよそ一般的な女子高生とはかけ離れた生態をしていることもあって俺は体よく男除けに使われているが。

 幼稚園からの腐れ縁だから、まぁそのくらいの面倒はみてやっても良いだろう、と曖昧な関係をズルズルと続けていた。

 つい昨日も仲介を頼まれていたことを思い出し、さて、今度はどんな言い訳をして断ろうか、と長谷川を見ながら思案していると、黄土色の瞳が不安そうに揺れた。


「……椎木(しぎ)。痛かった?」

「痛かった。折れた。慰謝料寄越せ。もしくはペットの写メ見せろ」


 ふざけて返せば、フードをさらに引っ張って俺のこともシャットアウトしてしまった。

 うーん……結構気にしてんのか?

 そろそろ揶揄うのを止めて普通に話すか。

 口下手なコイツがわざわざ話題にあげてきたのだから、何かしら話したいことがあるはずなのだ。


「しっかし、藤崎、ねぇ」


 呟いた言葉は長谷川のペットの名前であり、どう考えても苗字にしか聞こえない。

 長谷川がペットを家族だと主張するのであれば、フルネームは長谷川藤崎だ。売れない芸人のコンビ名だろうか。

 どういういきさつでこの変人がペットを飼うことになったのかと尋ねれば、


「拾った」


 やや不機嫌そうに返された。

 今時、捨て猫や捨て犬などほとんど見ない。いないわけではないが、日本の保健所は優秀なのでさっさと回収してしまう。その後の運命はお察しだが、どうやら長谷川に拾われたヤツは幸運に恵まれていたらしい。

 まぁ、長谷川が生き物を可愛がっている姿なんて想像つかないので、ある意味では不幸とも捉えられるけれど。

 本に熱中していると、ペットの餌どころか自分の食事すら忘れるような奴だしな。


「そんで、どんな奴なの?」

「……」

「からかわねぇから」

「……コレ」


 おずおずと差し出されたスマホには、鯖缶が映し出されていた。

 有名な食料品メーカーのロゴに、分かりやすく『さばの水煮』と書かれている。プルトップ方式の缶詰は、どこのスーパーにも置いてあるだろうし、何ならうちに帰れば台所でも見つけられるかも知れない。


「……はぁ?」


 思わず気の抜けたコーラみたいな声を出すが、長谷川はフードの下で不機嫌そうに言葉を重ねる。


「私も、おかしいと思ってる……!」

「頭が――ってぇ! 蹴んなよ」

「コレ、野菜の切れ端食べるし、時々噛むし、夜中に鳴くの」


 エイプリルフールじゃねぇよな、と思い返したくなるくらいイカれた発言だ。

 長い付き合いなので、長谷川が嘘を吐いたり揶揄ったりしてるわけではないことは理解できた。

 でも、だとしたら、鯖缶が野菜食って、指を齧って、夜中に鳴くのか?

 ついに長谷川の頭が、と思わなくもないが、そうすると指先の絆創膏に血がにじむようなことにはならないはずだ。


 どう反応すればいいか分からないでいると、黄土色の瞳がフードの隙間からちらりとこちらを窺った。


「……どうしたら、良いと思う?」

「……鯖缶だろ? 食えよ」


 賞味期限だけ見てからな、と告げたら何を納得したのか、長谷川はフードを外して頷いた。


「お勧めは?」

「今の時期なら新玉ねぎのスライスと一緒に深皿にあけて、ラップしてレンチン」

「分かった」


 しばらく歩き、長谷川の家の前で別れた。

 夜になって、料理の写メが送られてきたので何となく安心していたら、ビデオ通話の要求が来た。


「助けて。脱皮した」


 映し出されたモニターには、空になった鯖缶と、その横にまだ開いていない鯖缶が並んでいた。

もし面白いと感じて頂けましたら、評価・ブクマ・感想等を頂けると幸いです。

また、普段はコメディを中心に短編から長編まで雑多に書いておりますので、興味をもっていただけましたらお気に入りユーザー登録をしていただけると嬉しいです。

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