僕のとなりの白猫さん
ふと気がつくと、
僕の隣に、猫がいた。
僕の名前は佐々木 悠。
僕は仕事もせず、ただ部屋に閉じ籠ってゲームをするだけの毎日を送っている。
「お前は汚いネコのしょんべんでも飲んどけ」
小さい頃いじめを受けていた僕は、猫が好きだった。
「大丈夫?辛かったらいつでも相談して」
と言ってくれる、たった一人の親友と一緒に家に帰る途中、一匹の捨て猫を見つけた。
太陽に照らされ美しく輝くはずの白い毛並みは、汚れて黒く濁っていた。
体に傷もいくつかあった。
「ニャー…」
何故かその子が自分の姿に見えて、可哀想だと思った僕は、その子を家で飼うことにした。
だが、親にきつく反対され、僕は家を追い出された。
猫は無残な姿で殺されてしまっていた。
「クソッ…クソーッ!」
僕はとても腹が立ち、親を刺してやろうと思ったが、そんな事ができる性格ではなかった。
それからは、人が少し怖かったが、道行く人に親切にしてもらって、なんとか住む場所とお金を手に入れた。
そして今に至る。
「ニャー」
ふと気がつくと、
僕の隣に、猫がいた。
あの時の猫とよく似た、白猫だった。
「どうしたの?」
白猫に問いかけた。
「ゴロニャーン」
意味は分からないが、雰囲気だけは伝わってきた。
「何処から来たの?」
また質問をしてみる。
「ニャーン」
人の言葉が分かるのか、ちゃんと返事をしてくれるので、思わずクスッと笑ってしまった。
「可愛いね」
何故か勝手に言葉が出てくる。猫の特殊能力だろうか。
「ここで何をしているのかニャ?」
「ゲームだよ……えっ!?」
猫が…喋った!?
「そう驚くのも無理はないわ。だって突然猫語が分かるようになったんだもの。」
混乱しすぎて日本語も理解出来ない。
「どうして喋れるの?」
「私が日本語を喋ってるんじゃなくて、私の能力であなたが猫語を理解出来るようにしたの」
「じゃ、じゃあ他の猫の言葉も…?」
「そうよ。」
僕は言葉で表せないほど嬉しい気持ちになった。
「私はリン。ちょっとあなたの家に住みたいの」
「い、いいよ。」
まだ混乱して頭が回らない。
「やった、嬉しいわ!これからよろしくね」
「よろしく…」
待て待て…エサとかトイレとか何も用意してないぞ!どうして許可してしまったんだ!
「あ、エサとかトイレとか用意してないの?」
「心も読めるの!?」
せっかく元に戻りかけていたのに、また頭が混乱し始めた。
「でも大丈夫。私の魔法はすごいのよ」
エサやトイレ、さらにキャットタワーが家の中に現れた。
「あまり位置を動かさないでね。悪い事が起きるから」
その一言が気になったが、今は状況を整理するのに精一杯だった。
「私はベッドで寝てるから、元の作業に戻っていいよ」
寝るんかーい!でも猫の睡眠時間は12時間から16時間あると言われているからな…
ってそれより、家の中に何があるか知っておかないと大変だな。
見に行こう。
「はあ…」
家の主が家の中の探検ってどういうことだよ…
「それにしても広いな。」
改めて見ると、とても大きい家なのがわかった。
ちょっとキャットタワーを良さそうな位置に動かしてみた。
自分の家の探検も案外良いかもしれない。
「さて、ゲームの続きしないと」
僕が最近ハマっているのは、猫になって敵を倒すゲーム。
子どもも作れて、成長すると一緒に戦ってくれる。
そうだ、リンちゃんの家族は何処にいるんだろう。
聞いてみよう。
「ねえ、リンちゃんの家族は何処に住んでるの?」
「………」
リンちゃんは、黙り込んでしまった。
「辛い事があったなら、別に答えなくていいよ」
「殺されちゃったの、人間に」
一瞬はっとした。
「だから人間は嫌いなの。でも、あなたは特別」
僕も人間が苦手だったから、似てるなと思った。
でも特別ってなんだろう。
僕も親友がいたからそんな感じかな。
「私のお母さんはね、すごく優しかったのよ」
リンちゃんはそう言って話を続ける。
「私はとある家の天井で生まれたの。食べるモノは少なかったけど、安全だからってお母さんが」
「でも段々食べるモノが減ってきて、お母さんが降りて家の中に入る事になったの。私はダメって言ったんだけど。そこでお母さんは…」
いつの間にか頬に涙が流れていた。
「そっか…そんな辛い事が…」
「いいよ、私の事は心配しなくて」
そう言われると余計心配したくなる。
「………」
「………」
「ちょっと、話しづらくなっちゃったね」
「ごめんね、家族の質問なんかして」
ちょっと気まずい。
どうしよう。
「私は寝るから、あなたもお昼寝しない?」
「良いよ」
一匹と一人…いや二人でごろんと横になった。
「はー、気持ちいい~」
リンちゃんはお腹を出してすごくくつろいでいる。
僕もくつろいでみる。
はー、気持ちいいな。
「起きて!ねぇ、お願い!起きて!」
目を覚ますと、リンちゃんの声とともに、燃える臭いが鼻に突き刺さった。
「火事!?」
「良かった…起きたのね!」
僕はとっさに叫んだ。
「リンちゃん!早く逃げないと!」
「私の事は心配しないでって言ったでしょ!早く逃げて!」
「ほら、私は速く走れるから…きゃあっ!」
「リンちゃん!」
だが、リンちゃんは炎に包まれてしまった。
「大丈夫…!すぐ助けるから!」
やけどを負いながら炎を無理矢理かいくぐり、リンちゃんの元へ向かう。
「大丈夫か!リンちゃん!」
「リンちゃん?リンちゃん!」
「嘘だ…」
リンちゃんが倒れている。
そう、間に合わなかったのだ。
悲しむ暇も与えず、炎が僕を激しく包む。
僕を焼いている炎は、全く熱くなかった。
「リンちゃん!嘘だろ、リンちゃん!返事をしてくれ!」
何度問いかけても、リンちゃんは返事をしない。
僕は現実が受け入れられなかった。
同時に、怒りがこみ上げてきた。
僕は…僕は………!
僕のとなりの白猫さん、
花のように咲いて、僕のもと。
僕と猫さん水のように、
流れ落ちてく、その命。
僕のとなりの白猫さん、
最後の別れは、火の海で。