9話 暗転
村長に連れられて広場に向かったアルド達一家は既に始まっていた祭り騒ぎに驚きつつも直ぐに交じった。
小さな村ではこういったイベントは珍しく普段の決して裕福とは言えない料理しか食べることしかない村人達にとっては簡素だが豪華な料理はとても喜ばしいことだった。
アルドも例に漏れず前世よりも質素な食事だった食事だがやはり豪華な料理は心躍るもののようだ。
アルドは目についた串肉を手に取り齧り付こうとしたところで手を止める。
「そうだ、【吸収】の効果は見てなかったな」
能力を確認していなかったことに気付きもう一度ステータスを確認する。その詳細には「あらゆるものを取り込み糧とする」と記されていた。
「つまり口にできるものは問題なく食べられることだろうか」
考えてもそんなところだろうと判断し改めて串肉に齧り付く。じゅわあっと熱々の肉汁が溢れタレと絡まり肉を強く引き立てている。元は恐らく猪の魔物の肉なのだろう。少し硬いがその硬さが噛むほど味が染み出しアルドの舌を楽しませる。
村の主婦たちが腕によりをかけて作ったのだろうその完成度にアルドは驚嘆を隠しきれない。串肉一つでもこうなのだ。他の料理―――スープや炒めものは一体どんな味なのか、自然とそう思わせられる。アルドは時間を忘れて料理を堪能した。
『マスター、私も少しだけ頂いてもいいでしょうか?』
「ん?ああ、どうやって食うか分からんけど」
一通り料理を食べ終え少し食べすぎたアルドが食休みをしているとあの少女の声が聞こえてきた。どうやらアルドの邪魔をしないように気を遣ったのだろう。
少し気恥ずかしげに料理をねだる声はまるで食べたことのない料理を興味本位で食べたがる子どのようだなとアルドは一人思った。
『えっと……じゃあその串肉の中にある光を胸の奥に仕舞い込むようなイメージを持ちながら吸収を使ってくれると有り難いです』
「分かった。光……光……よし、これを仕舞い込むようなイメージを……こうか?」
意識して串肉を見ると僅かに光を内包しているように見える。それに手をかざし食事と同じように意識しながら胸の奥に仕舞うイメージをしながら吸収を使用すると、串肉の光が消え失せ自身に流れ込んでくるのにアルドは気付いた。
その光が心臓のあたりまで来ると僅かに温かい力の源が、胸に染み込むような感覚を覚えた。
『あ、来ました。ありがとうございますっ!病院食以外の初めての料理……いただきますっ!』
そして、それはどうやら成功したらしく無事少女に料理が届いたようだ。とてもはしゃいでいて嬉しそうだ。そして、ふと、気になって手にしていた串肉を見ると肉は灰燼に帰して串だけしか残っていなかった。
『美味しいですっ!ありがとうございますっマスター!』
「それは良かった。そういえばお前名前は?」
串肉を食べてとても嬉しげな声にたまにはこの子に料理を食べさせてあげたいと考えたアルドだが、名前を聞いていなかったことに気付いた。
『……私はスキルなので一個体としての名前はないです』
だが、名前を聞いた瞬間少し少女は黙り何かを思い出そうとしている気配のようなものをアルドは感じたがその違和感は少女の言葉に掻き消されてしまった。
そして、あまり聞いて良くない話だったと判断したアルドは謝罪しようとするがそれを遮るように村長がやってきて簡易ステージに登るようにアルドに告げる。
村長は少し出来上がっているらしく、いつもよりかなり明るくなっていたり、何やらしみじみと感慨にふけっていたり少し情緒不安定になっているようだ。
「えー、今回アルドがユニークスキルを手に入れた祝に祭りを開きました。祭りの途中ですがアルドからどのようなスキルなのかを発表してもらおうと思います」
村長の言葉に感嘆のが周囲から漏れアルドにスキルを明かすよう催促する声が増えていく。元はあまり言いふらしたくなかったアルドだが、この空気では言わざるを得ない。
仕方がなく少し声を大きめに出す準備をして、手を出し村人達を鎮めると宣言した。
「俺のユニークスキルは【吸収】だ」
するとざわついていた空気が一気に静かになった。否、子供たちは一部を除いてはしゃいでいたが。
特に静かになったのは大人たちでゆっくり近付いてくる。
「アルド、冗談は言ってないよな?」
「?うん」
「そうか……」
その中から一人がそう問い、周囲がアルドの答えに微妙な顔をした。
「どうしたの?みんな」
状況が読めずに一人困惑するアルド。そんなアルドにボイラーが寄ってくる。そして。
「【吸収】は龍人族なら誰でも持ってるんだよ」
衝撃の事実を告げた。そう、龍人族はかつての古龍の力を継ぐ種族でその一端の能力を使えるのである。
まず喰らうほど成長する【捕食成長】。
龍鱗を再生し、また鎧のように硬質化させる【龍鱗鎧化】。
食らったものを己が物にする【吸収】。
そしてそれを蓄える【貯蓄】の計四つ。
これは星霊の儀を受ける前か終えたあとに親から伝えられる事でアルドは後者だったようだがこの騒ぎで伝え忘れられていたため気付かなかったのだ。
ならば、ステータスと星霊の儀が本当なら―――
「俺、【貯蓄】も無いんだけど」
その言葉を発してしまった。すると、大人たちは一斉にアルドに視線を向けたそしてすぐに目を逸らした。大人たちはアルドのその言葉に動揺を隠せないようだ。中でもアルドの両親はとりわけ動揺していた。
母のアルテミナに至っては何故か泣き崩れ父、ルイスもアルテミナを支えながら顔を歪めている。
村長はその空気から祭りを続けることは困難だと判断し解散するように呼びかける。
散ってゆく村人達の哀れみの目とそんなことは露知らない子供たちを眺めながらアルドは何やら酷く嫌な予感を覚えたのだった。
帰宅すると両親に促され面を向かって席についた。二人のただ事じゃない雰囲気にアルドの嫌な予感は大きくなっていく。
「アルド……よく聞け。【貯蓄】は俺たちが成長するために欠かせないスキルなんだ。俺たち龍人族は成人と同時に【進化】するんだが、蓄えていた養分を物凄く消費してしまうんだ」
「そうなんだ」
唐突に成人の事について語りだした父にアルドは困惑しながら話の続きを促す。
「その成人は12歳でその時に貯めていた栄養が足りなかったり、【貯蓄】を持っていなかった子供は例外なく死んでいるんだ」
そして、父がそこまで話したところでようやく話が見えた。つまり自分の余命は残り6年ということに。
父が言うには進化とは古龍の力が覚醒することを言うらしくその肉体改造に膨大なエネルギーを消費するらしい。常日頃からエネルギーを消費して活動する生物は養分を蓄えるために脂肪があるが、龍人族は脂肪が20%以上つかない為に【貯蓄】スキルがあるため、このスキルを持たない龍人は進化で急速な栄養失調に陥りそのまま死亡するのだそう。
そしてそのような子供にはかなりの自由が与えられるらしい。と話を括った父からアルドは自分の運命がある程度見えた。
つまり死が決まっているからせめて最後の時間は自由に生きてほしいということだ。
そして、その自由は村を出ることまで含まれている。これは実質自殺に近い。死が決まっている者からすればこれは死に場所探し。完全に死を受け入れ村に戻るものは過去一人としていないようだ。
(マジか……貯蓄なくて死ぬとか早速積んでるじゃねーか)
『貯蓄ですか?現在進化に必要な50%の養分が溜まってますよ?』
つい心で悪態をついたアルドに少女が貯蓄されている栄養量を報告する。
そう、栄養量をだ。そう、吸収には貯蓄が備わっているためステータスにも表示されなかったのである。
(え?貯蓄できてるのか?)
『あ、はい。私の中には複数のスキルが内蔵されてます。その中に貯蓄もありますね』
一瞬で問題解決してしまったアルド。なら、道が見えてきた。
(もう、どうせ信じてくれないだろうから村を出よう。アイツにも会わないといけないしな)
そう、このまま死んだ扱いにされ村を出てしまおうと考えたのだ。そして、それを両親に告げる。
「なら俺はこの村以外の外の世界を見てみたい」