第95話 『田中の育成指南』
列車はトレンを出立し、快速に大陸を進む。
結局トレンには一泊しかしなかった。街を見て回ることもなく、ただ通り過ぎただけになった。
行きがかり、スケルトと猫のアクロが同行することになったほかは、特に変化はない。
俺もちょっとは観光したかった。とほほ。
朝一番の列車に乗り、昼を過ぎ、止まる事無く列車は大陸を突き進んでいく。
景色は街中から、林、平原と姿を変えながら、緩やかな平地を進んでいく。時折、農場や砦が見えた。太陽の方向に、聳える山脈。裾野には森が広がる。
最初は、外の景色に気をとられていたが、やがて飽きてきた。
オタク気質の田中は「あれがロレント式鉄橋ですね」とか「ジガの木の群生は初めて見ました」とか、独り言を呟いている。
図鑑で見たものを肉眼で見て、感動しているのだという。
田中は異世界文化の研究をしていたと言った。元々、そういう感性が豊かなのだろう。
俺は、正直、そういった文化的な事にはあまり興味はない。生きるために必要な知識を覚えるだけでも精一杯。元々、そんなに頭は良い方ではない。
「飽きた」
「えええ。クロガネさん、マジで言ってます? 世界の車窓とか見ない方ですか?」
なんの話だよ。
列車は、2人がけの椅子が向かい合った形で固定されている。扉がある部屋になっていて、個室のような空間だ。
2等客室らしい。1等はさらに豪華、3等は、俺たちがいつも乗っていたような区切りのない座席らしい。新幹線みたいな感じだろう。
「せっかくなので、今後の方針とか話しませんか。特にクロガネさんの戦力アップが、何より優先されます。僕にぜひ、スキルビルドを考えさせてください」
なんかすごい圧力で田中が言う。
「そう言えば、お前、火魔法使ってなかった?」
田中が胸を張り、
「8属性全て習得しました。その面では、異世界人は優遇されてますね」
と言った。
8属性。もしかして、田中は強いのか?
「え? え? 優遇とか、なにそれ、てかお前、割と強い?」
「我々異世界人は後天的にスキルを覚えることができるんですよ。知ってますよね」
「ああ、知ってるが。優遇・・なのか?」
「さっきのスキルレスの扱いを見たでしょ? この世界ではスキルの優劣で身分が決まることも少なくありません。この世界の人々が後天的にスキルを身につけても、スキルとして表示されないんです。その点、私たちはスキルとして表示されます。その為、あらゆる方面にスキルを構築することが可能なんです。オリジナルやゴッドは無理にしても、レアくらいなら頑張れば習得できるんですよ。これってヤバくないですか」
て言うか、なんでこいつは興味のある話は、鼻息が荒くなって早口になるんだろうか。
「つまり、魔法は身につけられる、と」
「ええ、血のにじむような努力の末、僕は手に入れました。ご覧なさい! エル=フレイム!」
大げさな叫び声とは裏腹に、田中の指先に小さな火が灯った。
「お前、この前の時は、詠唱してなかったろ。そのエルなんとか必要?」
「・・・こういうのは、カッコイイ呪文名が必要なんですよ」
横で黙って聞いていたレイアが、
「それ、トーチでしょ。生活魔法じゃない」と言った。
「火魔法も使えるんです! こんな電車の中で使ったら事故になるでしょ!」
と憤慨した。田中。大人になれ。
「8属性って、全部そのレベルか?」
「まあ、そうですね。国民的RPGで言えば、メラレベルですね。ダメージ10そこそこ。そもそも敵に当てられません」
胸を張って言うことではない。田中よ。
「おほん。そこは本題じゃないんですよ。クロガネさんには膨大な魔力があります。なので、これを活かして魔法を身につけてはどうでしょう。
簡単な習得方法なら、僕が教えられます。融合が使えるんなら、尚更、覚えて損はないと思いますよ」
「融合と魔法がどう関係ある?」
「戦闘中にエンチャントを行う場合、2系統の方法があります。一つは付与魔法。これは各属性の効果を武器に持たせる魔法です。付与は一定時間で消える為、安定はしませんが、一方、武器の持ちかえが不要な為、戦術の幅が広がると言うメリットがあります。
そしてもう一つの系統が、融合です。融合のスキルがあれば、様々な効果を武器に織り込むことができるのはご存知の通りかと。融合で効果を付与できないものは光と闇と上位空間魔法と言われています。それも逆に言えば、それ以外の属性効果は融合で永続的にエンチャントできると言う理屈になります」
すでに、炎と氷と風の属性武器は作った。魔力を込めれば硬くなる融合や、逆に柔らかくなる融合も、いくつか試した。
確かに、融合だけだと、火の属性をエンチャントするために、高熱の炉を必要とする。それよりも魔法で現象を引き起こし、それを武器と融合できれば便利ではある。
「話は理解した。で、どうやるんだ?」
「いくつか方法はあるようですが、列車の中で行える訓練法で行いましょう。私も試したことのある方法です。
まず、人差し指を立てます」
はい。指を立てる。
レイアは、頬づえをついて、微笑みながらこちらを見ている。スケルトは両手を組み、目をつむったまま微動だにしない。
猫はスケルトの膝の上で、ニャアとあくびをした。
「指を立てたところに、まずは魔力を集中しましょう」
魔力を集中するって、どうやるんだよ。よくわからないので、錬成を行なっている時の感覚で、魔力を指先から通すイメージでやってみた。
「筋がいいわね。テツオ」
レイアがからかうように言う。
すると、指先が輝きだした!? え、どうなってんのこれ?
止まらないんだけど。
「え、止めて、クロガネ! ちょっと魔力暴走!?」
どんどん光が大きくなる。
と、次の瞬間。
パクリ。
猫が指先に食いついて、目が光った。
目が!
うおおお。
「ニャア」
猫はスタッと着地して、再び、スケルトの膝の上に座ると、あくびをして寝た。
「???」
何をした、猫。
「こっちの猫は、魔力を食うのか?」
俺が聞くと、レイアと田中は首を振った。
「今のはなんというか、かなりヤバかったんじゃ無いでしょうか・・・。なんというか、クロガネさんの魔力だと、この訓練法も危険な感じがしますね・・・」
「今の・・・完全に魔力暴走よ。あのままだったら、この列車も吹き飛んでいたかもしれない。この猫、何なのかしら。また寝てるし・・・」
レイアは驚愕の顔で猫を見た。
猫はのんびり寝ている。
レイアも首を振って話題を戻した。
「猫は、もうどうもないみたい・・・。
もう魔力集中の訓練はやめた方が良いんじゃないかしら。爆発したら大惨事だし・・・。そうね、列車の中でできる訓練法は・・・別の方法を試しましょう。
クロガネの相性的には、金属系は土魔法が一番合いそうだから、小石を出してみたら?
指先はさっきみたいにして、砂を出すイメージをするの。
上手くいったら、指先から砂が出るわ。あと、大切なのは止め方。一番簡単なのは、別のことを考えること。
それでも、やばいと思ったら、広い空間に指先を向けて“ジェクス”って唱えるの。これは発射の術式。良い手段ではないけど、近くで爆発するより良いでしょ。ジェクスって覚えておいてね」
レイアがアドバイスをくれた。
列車で退屈してたから、まあ、やることもないし、事故を起こさないように慎重にやってみよう。
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自分で言うのもなんだが。天才かもしれない。
指先から溢れ出る砂つぶ。流砂のように流れ出る。
床のカーテンが、砂まみれになっている。後で掃除が大変だ。
田中が右手をかざして、風を巻いて砂を集めて窓から捨てた。
「て言うか、飲み込み早過ぎないですか。経験値10倍、やばいですね」
「そんなこともあるさ、はっはっは。で、次はどうすれば良い?」
「魔術は基礎となる八属性に分類されています。それぞれ、扱う現象の量の変化と、速度の変化が主になります。そして、それぞれの現象に合わせて、派生の効果を呼びます。例えば、風属性の魔法で空気の分子を振動させることで、静電気を発生させ、雷へと変化させると言った現象です。水属性の場合、分子の運動量を下げる術式は火魔法に属しますが、それと融合させることで、氷魔法が使えます。八属性は、水風火土のエレメント、時空明暗の次元魔法に分かれます。それらを足して八属性。
魔法は、基本的には、より大きく、より重くすれば、それだけ難しくなります。一般的な訓練としては、量を多くするのが基本ではありますが・・・。まあ、言わなくてもわかるでしょうが。列車の中でやる訓練じゃあないですよね。なので、理力操作を覚えてはどうでしょか」
魔法の属性は以前習ったことがあるが、理力操作。初めて聞く名前だ。
「理力操作? なんだそれ」
「こう言う感じです」
田中が、砂つぶをひとつまみ持ち、それを手のひらに乗せた。次の瞬間それは手のひらの上で舞い上がり、複雑な動きで回転し始めた。
「ね、こうやって魔力を通じて物体を操作するんです。メイザフォースビーウィズユーってやつですよ。見たことあるでしょ」
ねえよ。
「簡単にやってるけど、それ、どうやってるんだ」
理屈が分からない。
物が浮くなど、想像できない。
「最初は、浮かすのでは無く転ばせる感じでやってみると良いです。次に跳ねさせる。そして最後に跳ねた物体を留める。そこまでできればあとは自在です。
ちなみに、一流の魔法使いは家くらいの重量を浮かせると言います。ただ魔法の消費量が半端ないので、多くの魔法使いはこの使い方はしませんけどね。だから訓練用のスキルです」
「わかった。早速やってみる」
手の上に砂つぶを乗せて、転がす。転がす・・・。絶対転がす!
うんうん唸るが、転がらない。
転がらない。
転がらない。
転がったと思ったら、手が動いていた。
魔力の流れを意識して転がす。転がす。
全く転がらない。少し動いたと思ったが、電車の揺れなのか、砂が転がっているのか分からない。
俺はしばらく、集中を続ける事にした。
「・・・・・」
「・・・・・」
集中し過ぎて、呼ばれている事に気付かなかった。
レイアが肩を揺さぶってきた。
「ご飯にしましょう」
外はすでに薄暗くなっていた。
手のひらで砂を転がすのは、思いのほか、難しい。
理力の方は、あまり才能がないようだ。
ふうと息をつく。
「列車の中は安全だ。食堂で食べよう」
無口なスケルトが言った。腹が減っているのだろうか。
列車には食堂車があるらしい。
確かに腹が減った。
昼は弁当ではないが、紙に包まれたサンドイッチのようなものを列車の部屋で食べた。ナンのような生地だったので、タコスとかトルティーヤの方が近いかもしれない。
「食堂車か、贅沢な列車だな。よし、行こうか」
俺たちは移動した。
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食堂車は、4人がけのテーブルが6つほど並び、その向こうにカウンター席6つほどがある。
食事時なのだろう、満席だった。
「ご予約のお客様ですか」
乗務員が近寄ってきて問う。
「ええ、お昼に予約したレイ=カトレーヌです」もちろん偽名。
「カトレーヌさま。お待ちしておりました。前のお客様が間も無く終わられますので、しばらくお待ちください」
乗務員が笑顔で言った。
しばらくして、席が空いたようで、乗務員が再び声をかけに来た。
「カトレーヌ様、お席が空きました。こちらにどうぞ」
そういって俺たちを席まで案内する。
「おい貴様ら」
野太い声が後ろから浴びせられた。俺たちに言っているのか。
振り返ると、なんと言うか、着膨れしたような豪華な服を着たおっさんと、従者らしい男とメイドが立っていた。なんと言うか、威圧的な3人組だ。
着膨れしたおっさんは、首にびろびろしたレースのような生地を巻きつけている。南蛮渡来の人のようだ。
「シーワルド公国フォンハイゼン公爵様である。貴様ら頭が高い。そこの席は、公爵様が目をつけられた。速やかに譲るが良い」
ずいと前に出てきた従者の男が甲高い声で言った。ひょろ長い色白な男だ。
「お、お客様! たとえ、公爵様であろうと、予約の方が優先いただくのが、ルールとなって、うわあ」
乗務員が突き飛ばされた。
「やかましいぞ。下僕の分際で。黙って席を譲れば良い。死にたいか」
公爵が凄む。
なんと言うか卑しい連中だ。権力を笠に着る奴は、俺は嫌いだ。
排除するか、と思った時、背中を引っ張られた。
「クロガネさん、ダメですよ。騒ぎは禁物です」
田中が諌める。
ぐぬぬ。かと言って素直に席をゆずるのは癪だ。
「公爵どの。ご無沙汰しておりますな」
俺の前に壁が立ちはだかった。
スケルトが割り込むように公爵に言った。
「貴様は・・・いや、貴殿は。スケルト殿! なぜこのような場所に・・・」
「はっはっは奇遇ですな。某は、こちらの殉教者たちを案内するようお屋形様より申しつかり、いま、この席で食事をしようとしておった次第。某も気配が薄くなったようでござるな。これほどの図体で、気付かれぬとは、はっはっは」
スケルトは、ぐっと身を乗り出して、
「政とは離れておりますが、兄には時折、手紙で身の上を伝えておりますゆえ。此度の公爵のあり様も、伝えることといたしましょうぞ」
「あ、いや。待たれい。予約の手違いであった。そうぞ。ワシらは部屋へ食事を運ばせる手筈。あまりに遅いゆえ、こうして催促に来たのじゃ。スケルト殿も息災で何より。ではまた」
明らかに方便だが、公爵は焦ったように踵を返して、食堂車を去っていった。
「大丈夫か」
尻餅をつく乗務員をスケルトが助ける。
「ありがとうございます。助かりました」
「うむ。未だ、あのような特権意識のものがおるとは・・・わが祖国も先が思いやられるな・・・」
スケルトが誰に言うでもなく言った。
「皆の衆、座らぬのか」
スケルトが席を促す。
「ああ、そうだな」
突然のやり取りに、少しばかり気が飛んでいた。
余談
この後、本編では、描写はないですが、クロガネは日夜、田中くんが教えた理力訓練と属性魔法訓練をコツコツこなしています。
そのお披露目までは、しばらくお待ちください。




