第91話 『色ボケ勇者ぽっ君』
沼尻保雄。のちに色ボケ勇者として名を成す男は、今から70年前に異世界エ・ルガイアにやってきた。
目が覚めると、古代遺跡の中で、大勢に囲まれていた。
スキゾニアの強制勇者召喚の儀式であった。当時、第一の魔王を退けおよそ50年経ち、しばらく平和な時期が続いていた。
スキゾニアが強制召喚を行えるのは、20年に一度。先の大戦で、召喚を数度行ったため、施設が急速に老朽化しており、この度の召喚も不要論があった。
そんな中、呼び出された沼尻保雄は、いわゆる外れ勇者だった。
保雄ことぽっくんにしてみれば、誘拐されたようなもので、連れてこられた当時は、憤慨していた。
異世界転生など、物語のもので、ありえない。不満タラタラで王宮で過ごす日々。
特に目的もなく、スキゾニアの外交の駒として、他国の挨拶回りや、有力貴族の暇つぶしの相手として、呼び回された。
異世界に来た際、勇者に付与されるスキル。保雄が手にしたそれは。
魅了。
それも、絶対魅了。
異性に限らず、あらゆる人間を魅了し、好意的に思わせるこれまたチートスキルであった。
地球時代、小柄で中性的であまり異性にモテなかった保雄は、そこで弾けた。
異世界に来た当初は不満だったものの、いく先々で美人が寄ってきた。
結果。5年間、特に異世界に何ら寄与することもなく、奥さんを13人娶った。
ちなみに異世界の多くの国は一夫多妻、もしくは重婚が認められている。
どこに行っても、女性を侍らせていたため、ついたあだ名が色ボケ勇者。
当時は、半径5メートル以上に魅了は通じなかったため、遠くから保雄を見て、その姿にやっかんだ人々がそう名づけた。遠くの人物には魅了は効果がない。そのため、憎まれた。
保雄の周りには、優秀な人材が集まった。口説けば、必ず思う通りになる。
5年過ぎ、10年が過ぎ、20年が過ぎ、保雄は虚しくなってきた。
愛する妻たちは、本当に自分を愛してくれているのだろうか。まるで人形を相手にするようではないか。
最初は、横柄に振る舞うこともあった保雄だったが、次第につまらなくなってきた。
群がってくるペットのようだと思った。贅沢な悩みだと思うかもしれないが、スキルをオンオフできないのは、呪いに等しい。
保雄は、そこで思い立った。魅了スキルを切る方法を探そうと。心から自分を愛してくれる人だけを近くに残そうと。
そこから保雄の冒険が始まる。勇者ぽっ君の冒険である。
魅了スキルにかまけていた保雄は戦闘スキルを持たなかった。
しかし周りには優秀な人材が集まり、好意を持って接してくれる。目的を持った時、人は生まれ変わる。保雄はそれを地で行った。
世界最高の剣士に指南を頼み、基礎からみっちり教わった。足の運び方、剣の振り方から学び、試合をして、実戦を経験し、精神を学び、才能はなかったものの剣を一通り修めた。
スキルを任意でオフする方法。これが案外難しかった。スキルには、パッシブとアクティブがある。それに、呪いと祝福、バフデバフ、状態異常がある。それらもスキルを得ている状況だとも言える。スキルとアーツの差は何なのか。アクティブは自身で意識して使うスキル。パッシブは常時効果を及ぼすスキルだ。アクティブでも常時効果を及ぼすものもあり、パッシブでもオンオフができるものがある。
さらにややこしいのが、1つのスキル系統の中にアーツごとにパッシブとアクティブが異なるものがある。
例えば、黒魔術のスキルのアーツで、魔力増加がある。これはパッシブ。しかしそれぞれの攻撃魔法はアクティブ。これらが組み合わさりスキルが存在する。
さらに、先に述べた呪いも、ある種、パッシブスキルと言える。マイナス面が多いので呪いと言われるが、逆の祝福も呪いと同様、自身の意思では効果を無くせない。そして効果は、ある意味スキルと何ら遜色がない。スキルとの違いは自身で選んだものではないというだけだ。スキルもそういう側面があるため、保雄は研究を通じて、呪いとスキルの違いがより分からなくなっていた。
文献を漁る内に、一つの可能性があった。S級ダンジョン“記憶の最奥”への挑戦である。
記憶の最奥は、この世界のありとあらゆる知識を保有しており、あくまで噂ではあるが、スキルの真髄に迫るなんらかの秘宝が眠っているという。
13人の妻に今生の別れを告げ、S級ダンジョンへ挑むこととなった。
優秀な人材が集まり、ダンジョン探索はスムーズに進んだ。
しかし、下層に進むごとに、皆、精神が病んだ。魂が汚染されたのだ。魂の汚染。様々な魂が、明かりを求めるように集まってくる。そして魂に触れる。中には乗っ取ろうとするもの、強要するもの、懇願するものなど、悪影響を与えてくるものも少なくなかった。
脱落者は、廃人のようになった。自分を見失い、生きている意味が分からなくなってしまった。魂の汚染を防ぐ手段はない。
2年に及ぶ攻略の冒険で、保雄自身、魂が傷み自我の限界が見えた。
諦めようとした時、ある部屋へ出た。そこは最奥の少し手前。壁に大きなタペストリーで、スキル合成工場アズガルドと書かれていた。
施設は近代的というか未来的で、白い壁に青い光のラインが走る。医療用の椅子があり、そこに横になるようだった。
保雄は勇気を振り絞り、そこに横になった。ゴーグルのようなものが目にはまり、スキルのツリーが表示された。
その形こそ、魂の形だと、保雄は理解した。
中央の「絶対魅了」の文字には鍵のマークでロックが掛かっている。
直感的にこのロックを外すと魅了のスキルが解除されるのだろうと分かった。
手を動かすと、目の前のモニターが動く。絶対魅了のスキルを持ち、あれやこれや動かすと、ロックが砕けた。
こうして保雄は目的を果たした。それ以降、魅了のスキルはオフにしている。
ロックを壊した時に絶対魅了はただの魅了へと名前を変えた。
呪いは解けたのだ。
旅を終え、家に帰ると、13人の妻は待っていてくれた。保雄は喜びに涙して、家族を生涯愛することを決めた。
色ボケと言われた勇者だったが、その時すでに40を超えていた。
子供も10人以上おり、これからまだまだ稼ぎ養う必要があった。すでに国からの援助は打ち切られて久しい。
記憶の深奥を探索した経験を活かし、冒険者ギルドを手助けしようと考えた。冒険者ギルドは、かつて異世界勇者が創設したと言われるが、先の大戦以降、機能的な限界が見えていた。
自身の不満を元に、育成プログラムの見直し、優秀な人材を見出すためのノウハウや、教師たちを教育するためのカリキュラムの開発など、積極的に取り組んだ。
その傍ら冒険者としていくつものダンジョンに挑み攻略。
なぜか女性ばかりのハーレムパーティになっていた。以前とは違い、特にやましい気持ちもなかったのだが、優秀な人材を集めたらこうなっただけ、と本人は思っていたが、過去のアダ名がひきづられ、その後も影では色ボケと揶揄された。
実際、魔法やスキルがあるこの世界では、男女の戦力の違いよりも、スキルの優劣で戦況が決まる。機転が早く、スキルを理解し、行動力のある人物であれば、一流へより早くたどり着ける。そこに男女の差はない。
力量に差はないが、見た目には、大いにあった。ぽっくんのパーティはいつも華やいでいた。一流のダンジョン攻略パーティは、装備の見た目も一流になっていく。女性戦士レイラが被る輝く翼が生えた金縁の白い兜など、それだけで美術館に飾れるほどの美しさだった。
ぽっ君の元にはいつしか、上を目指す人々が集まるようになり、50歳を前にして一線からは退いた。その後は後進の育成を続けると共に、各地に日本食のレストランを展開。
年を経て、最初に結婚した数名の女性は、天に召された。
その後、ぽっくんの魅力に惹き寄せられ、新たに妻になったもの数名。
大いに富を成し、各地を転々としながら、冒険者の育成と魔王軍への抵抗のため活動を続けているという。
この話を聞いてクロガネは、なんだよ、自慢かよと率直に思った。




