第88話 『タナカフミヒコの野望』
“大切なのはシナリオより、レベルデザイン”
これが、田中の信条である。
人生を豊かにするために大切なのは、どう生きるかではない。
どのように成長するか、だ。
田中は若くして、そう悟っていた。
田中文彦は、数多のゲームをクリアした経験から、そのことを実感していた。
FPSよりTPS。
TPSよりRPG。
RPGよりSLG。
田中は自身の得意なゲームをそのように理解する。
そうした経験から。
田中は、自分は参謀向きだと思っていた。
事実、運動神経はあまり良くない。
異世界に転生した時、夢が叶ったと大喜びした。
いよいよ田中の時代が来た。そう感じた。
この世界を満喫し尽くす。それこそ、田中が抱く、心からの願望であった。
「未踏をねぶる」
異世界に来て、丘の上。街を見下ろしながら、言いたかった言葉を言えた。
神聖教に保護され、異世界について学ぶと共に、スキルや魔法についても独自で研究した。
だが、そこで田中が痛感したのは、自分のスキルは便利ではあるが、戦闘には向かないこと。
元来の運動音痴。それを覆すだけの異世界ボーナスは無かった。
自身の得たスキルでは、到底この世界の人間の枠を超えた猛者達にはとても太刀打ちできないであろう。
と言う残酷な現実だった。
神聖教での暮らしは穏やかで、満ち足りたものではあったが、若く好奇心にあふれる異世界の若者にとっては、少しばかり、退屈に過ぎた。
ウイユベールから相談を持ちかけられたのは、およそ2ヶ月ほど前。
夜中。薄暗い田中の部屋へウイユベールが忍び込んできて、すわ夜這いか、とテンションが上がりまくったが、ヘタレ男子の面目躍如。
女神の勇者を救いに行きたいと必死に語るウイユベールの話を聞いて、淡い期待は砕け散った。
エロマインドは砕かれたが、その一方、田中は別の情熱を燃やすこととなる。
それは、冒険心。
異世界を救うべく、同郷からやってきた勇者。
その勇者に会い、道を示し、そしてその冒険を目の当たりにする。
自身の無双は諦めたが、無双キャラを作ることはできる。
田中は胸踊った。
田中はまだドラゴンもオーガも見たことがない。異世界なのに、である。ゴブリンも後姿を見ただけ。いつも、地球の生物に似た、うさぎやイノシシやへびを倒すだけ。それも遠距離から鉄砲で。
魔法の実戦も未経験。魔族との戦いも、巨大なモンスターも、ほとんど見たことがなかった。
時折、使役獣に出会えたので、大型の異世界獣と全く出会っていないと言うことはない。事実、ウイユベールの護衛、グリフィンを見たときは、気絶寸前まで興奮した。
しかし、まだまだ足りない。そして何より、ゲームとして、いや育成シミュレーションとして、異世界を満喫できていない。
異世界といえば、スキルビルド。
スキルで無双して、ザマアしてホルホルするのだ!
貴族の三男坊に生まれ変わって、ギルドを追い出されて、雑魚スキルを鍛えて、クズオヤジを見返すと言うのは諦めた。
だが、チートハーレムは辛うじてまだ手が届く。
「勇者様を助けに参ります」
ウイユベールが切実にそう語ったとき、田中は異世界勇者のスキルを育てたいと言う欲望を描いていた。
――僕がそばにいたなら。最高のスキルビルドをアドバイスできるのに――
事実、田中にはその能力があった。
大極を読む知識量。
情報を整理する把握力。
危険を察知する想像力。
細かい違いを見分ける洞察力。
黒金鉄男に欠けている能力を田中は備えていた。
出発の夜中。
グリフィンの背中に乗り、水都の空へ飛び出した時。
田中の本当の冒険は始まった。
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それにしてもコーヒーが美味い。
「・・・今となっては、頼れるのはキミだけか・・・。分かった。信用しよう。漫画はいらない」
俺は、半ばやけくそで言った。
今回ばかりは積極的に信じてみよう。
誰のせいでもなく。裏切られても俺の責任だ。
田中の話を聞いて思った。こいつは、絶対童貞だ。
そんな男が、わざわざ俺を裏切るとも思えない。
息子とは全くタイプが違うが、まるで息子を見るような気持ちになった。
はっきり言って、俺は人を見る目に自信はない! だが、好きか嫌いかはわかる!!!
こいつのことは、嫌いではない。
もう迷わない! ・・・多分・・・。きっと。・・・。おそらく。
「方針は決めた。ヤマモトこと、ウエジを探す。問題は、どうやって奴を探すか。だ」
「良いアイデアがありますよ。占いです。『困った時の占いババア』っていうことわざがあるでしょ」
「そんなことわざは知らん。占いって、占いだろう。そんな不確かなものに頼るわけにはいかん」
「おっと、ここは異世界ですよ、クロガネさん。神託やら神眼やらが普通にある世界で、占いが外れるわけがないでしょうに。
あと、千里眼とか探索眼とか。スキル持ちに頼れば、多分、すぐに見つかると思いますよ」
おいおい、田中くんよ、正気かね。
「そんな簡単にはいかん。仮にも国が手を打ってるんだ。ガードナーのギルド長、マインのギルド長が探すと言い、まだ手がかりがない。
つまり、そんな都合の良いスキルは無い」
「ねえ、田中くん。もしかして、貴方、トキミさんの事を言っているの?」
「なんでも、魔法学園都市に、百発百中の占い師がいるとか。その人に占ってもらえば、探せるんじゃ無いですかね」
あのババアか。レイアに話したら、有名人とか言ってたな。
「あいつか・・・予約3年待ちの占い師。俺にカツオブシを売ってきたバアさんだ」
「へえ、会ったことあるんですね。じゃあ話は早い。その人に聞けば教えてくれるんじゃ無いですか」
「3年待ちなんだろ」
レイアに聞くと頷く。
「そんなの行ってから考えましょうよ。世界の危機なんですよ。多分、優先してくれるんじゃないですかね」
とハナクソをほじるくらいの顔で、適当なことを言う。
「よし、じゃあ、目的はババアだ。早速向かおう。グリフィンで行くのか」
「そうですね。一度、トレンへ行きませんか? 何か情報が手に入るかもしれません。グリフィンで向かうにせよ、ここからだと山脈を越えなければいけません。流石にグリフィンも、数千メートル級の山を越えていくのは大変です。
トレンからなら、鉄道沿いに平地を進めます。もちろん列車に乗っても良いですが。
懸念は、神聖教の検問ですね。トレンは自由貿易都市ですから、神聖教の影響も比較的薄いので、たぶん、大丈夫でしょう。諮問兵団より先にトレンに行くのが良いですね」
コーヒーを飲んで休んだとはいえ、空を飛んで向かうのだ。馬に負けることはないだろう。
善は急げ。俺たちはグリフィンに跨り、トレンの街を目指した。
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トレンまでの空の旅。
俺はこれまでの経緯を田中に話した。
勇者であることを知られている以上、特に隠し立てすることはない。
第三の魔王とのやり取は、話をぼやかした。
どこで邪神が聞き耳を立てているかわからない。
田中は驚きと羨望を交えながら、俺の話を夢中で聞いてくれた。
特に魔王軍との戦いとクラーケンとの死闘、そしてモーゼルの話は食いつきが凄かった。
山本(植地)の話になり、田中は少し考えると、こう言った。
「ウエジですか。そいつ、やばいですね。さっきはウイユのことを助けなくて良いって言いましたけど、ウイユ無しでは、勝てないかもしれない。うん、予定変更して、山本いやウエジと対峙する前に助けましょう」
あっさり予定変更してウイユベールを助けると言い出した。
「おい、お前、さっきはほっておくと言ってただろう。急にどうした」
「いや、単純な戦力の話です。スキルを40近く持ってるって言うのでしょ? 神眼があれば、対策できるじゃないですか。逆に無いと、何されるか分からないですよ」
と言った。確かに。
そうこう話している間に、遠くの山並みにうっすら白みが差してきた。夜が明ける。
眼前に広がる薄雲の下、異世界の森が徐々に太陽にさらされる。
街道の先に街が見えた。大きな街だ。川がいく筋も流れている。
あれがトレン。商業都市トレン。
馬で2日ほどの道のり。空を飛べば、数時間で着いた。
「見えてきましたね。トレン。適当に人目につかないところで降りましょう」
「グリフィンはどうする?」
「呼べば来てくれるはずですけどね。よし、いけ」
田中が言うと、グリフォンのドールは空へ舞い上がりやがて消えた。
「これを着てください」
田中が服を渡してきた。頭から被る貫頭衣と言うやつだ。白い麻の生地。
「それなら、こっちの服とあまり遜色ないので、その辺の地面に擦り付けてから着てくださいね。綺麗すぎると目立つんで」
異世界ショッピングで取り寄せたか。
鎧の上から貫頭衣を着る。巡礼者のような格好になった。
「じゃあ行きましょうか。あとこれも持ってください」
木の札だった。
「大量に巡礼札を持ってきてるので、これで街に入れると思いますよ」
顔に似合わず抜け目のないやつだ。