第85話 『タナカ君とウイユちゃん』
女神の神託は乗っ取られた。
状況からするに、それが正解だろう。
俺への指名手配といい、女神がそんなことをするわけがない。となれば、嘘の情報だと自ずとわかる。
だが、それを判別する手段は無い。俺以外の人間には。
事実。あの時、ボーゲンは言った。女神は手の内にある、と。
「エルクリウス様は神託を信じ、クロガネ様を指名手配しました。なぜなら、それが女神様の神託であるが故に。ただそれだけで絶対的な真実。我々神聖教徒ならば当然のことです。
しかし、ここに来ておかしなことが続いております。聖なる都、オルベリオンのごく一部、神殿を中心に私の目が通じなくなってきました。霧で隠すように、何かの意図を感じます。
さらに、先日の即位式では、新たな勇者を探すと、エルクリウス様が直々に宣言をなされました。異常な事態です」
あらかたの状況は理解できた。
「俺は、ガリウスという大司教と会うべく水都を目指している。今の話で、状況は把握した。水都へ向かうべきかどうかを聞かせてもらいたい。なぜ、俺を探していた?」
ウイユベールは頷いた。
「実は、勇者様を案内する役目は、私だったのです」
おお、急展開。
「ガリウスは?」
ウイユベールは首を振る。
「残念ながら、ガリウス様に会おうとしても、たどり着けないでしょう。水都に行くのは危険です。それよりも、これをご覧ください」
少女は懐から「極秘」と書かれた封書を取り出した。
そこには見覚えのある丸文字でこんな内容が書かれていた。
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ウイユさんへ。
この手紙は他の人に見せないでくださいね。神聖教国にも、今や、私たちに敵対するものが根を張っています。以前なら我々の力で、全てを見通せたのですが、今では水都の中でさえもぼんやりしています。
邪神の力が日に日に強くなり、私たちの力は逆に弱くなっています。困ってしまいます。プンプンです。
最後の手段として、これより私たちは異世界から勇者を召喚します。
計画通りに行けば、ヨーラスの侵攻を防ぐことができます。あまり時間がなく、ギリギリなので、良く理解してくださいね。
貴方の役目は、勇者にスキルを教えてあげてください。
貴方の神眼で見たときに、初めて全てのスキルが明らかになるでしょう。
その後、私は聖魔鉄の塊を授けちゃいます。
勇者は、この聖魔鉄を増やすことができます。勇者を鍛え、聖魔鉄を増産し、第一の魔王を倒すべく軍を揃えなさい。
基本的なことを勇者に教えたら、勇者を「記憶の深奥」へ向かわせなさい。魔王を倒す力を得るでしょう。
もう一度言います。くれぐれも誰にも言わないようにしてくださいね ❤︎。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
相変わらず軽いノリ。これは間違いなくあの青い女神の文章だ。
「これは? 女神の手紙だな?」
俺の質問に巫女は頷く。
「はい。枕元に置いてありました。日にちは、今からおよそ3ヶ月ほど前。おそらく勇者様が召喚されたタイミングかと」
「この記憶の深奥ってのは?」
「S級のダンジョンです。オルベリオンの中央、魔法都市の南の山脈にある太古の遺跡です」
ちなみに未踏破です。
ウイユベールは神妙な面持ちでそう言った。
「だいたいの事情はお分りいただけたでしょうか」
不安そうな顔で俺を見る。
「女神から極秘の任務を受けたあんたは、最近の神託に疑問を持ち、俺を探してこっそり抜け出した。
こういうことで良いのか」
「理解が早くて助かります。モーゼル様は有名人。モーゼル様が死んだことはまだ一部でしか知られていないようですが、関係者の間では、女神の勇者が関係していると話題になりつつあります。
ガードナーとしては国防の弱体化を外に知らせることになるため、まだ、モーゼル様の死を公にはせず、秘匿しているようです。ですが、徐々に噂は広がっています。
私はそれを聞き、独自に調べました。そして、勇者様がマインに逗留しているとの情報を手にし、いてもたてもいられず。こうしてお迎えに上がったのです。
では早速鑑定して、ダンジョンへ向かいましょう」
待て待て。話はまだ済んでいない。こいつだ。田中君。正直、そっちの方が気になる。
「まだ話は終わっていない。俺の方の話もある。
その日本人。そいつは何だ?」
「タナは、護衛です。信用できる人がタナしかいなかったので」
タナ。タナねえ。仲は良いご様子。
巫女はぽっちゃり少年をちらりと見て、恐縮した顔をする。
頭をボリボリ掻く小太りの田中君。見た目は中学生くらいだ。
田中くんは、名前を呼ばれて、笑顔で立ち上がり、声をあげた。
「よくぞ聞いてくれました。
アニメもゲームも無いこの危険な世界で、何回も死にかけたんです・・・。それで、なんとか保護してもらって・・・。聞いてくれます? 苦労話・・・」
田中君は、話したくてウズウズしていたようだ。メガネをクイっと持ち上げて、大仰に話し始めた。
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田中文彦。19歳。大学生。属性・メガネ。
都内の大学に2時間かけて通う。
趣味はゲーム。アニメ。漫画。映画。アイドル。
彼女なし。
背が低く、ぽっちゃり、童顔。中学生に間違えられる。
ある日、通学中、スマホでゲームをしていたら、突然めまいがして、気がついたら、見知らぬ街にいた。ちなみに、田中は服を選ぶのが苦手なので、大学生になっても下は高校の制服で通っていた。
中世ヨーロッパのような石造りの街並み。明らかに日本の風景とは違う景色に、異世界キタコレと喜んだ。
数々の異世界転生モノを見知ってきた田中にとって、歓迎すべき状況。
まず周囲の状況から、街の中。人々の様子から察するに、治安は悪くはなさそうだった。
平原スタート、密林スタート、遺跡スタートに比べれば、比較的イージーモードと判断した。
現状把握しようと道ゆく人に声をかけても言葉が通じない。変な顔をして遠ざかっていく。
ここで田中は、持ち前のオタク知識をフル稼動し、テンプレ発動を目指す。
街スタートの場合、テンプレ的には3パターン。
1、ギルド直行
2、衛士保護
3、女冒険者に頼る
田中が選んだのは女冒険者に頼るだった。
理由としては、ギルド直行はギルド嬢に話した途端先輩冒険者に絡まれた際死ぬ自信があったから。衛士保護のパターンは、当たる相手が悪ければ不審者として牢獄行きの可能性も高いという理由だ。
周囲を見渡し、ビキニアーマーを探す。
エルフでビキニアーマーならスタートガチャでSSRを引くようなものだ。と、田中は思い、町の広場で日暮れまで待った。
夕方になり依頼を終えた冒険者が街に戻ってきた頃、田中君は小豆色のビキニアーマーを着た長身の女冒険者を発見!
近寄り、抱きつき、ボコられて、意識を失った。
意識を取り戻し、「見知らぬ天井だ!」とお約束のセリフを述べたのち、起き上がるとそこは教会だった。
のちに神聖教の教会と知る。
そこには美人のシスターが居て、笑顔でパンフレットを差し出してきた。
相変わらず、何を言っているのかは分からない。
手渡されたパンフレットには「異世界にようこそ welcome to another world」と日本語と英語で書かれていた。
「えーと、なになに。突然異世界に来て驚いているでしょう。大丈夫です。まずは落ち着きましょう。
このパンフレットを持っているということは貴方は今、安全な状況です。
ペキゾナ名前 と発音してください。私の名前は●●です。という意味です。
エケソゾメと言ってください。異世界から来たという意味です。
エケソゾメ。あ、通じた。
私のように異世界からこちらに来て、苦労がないようにこのパンフレットの他に、本を書きました。異世界大全という本です。それを読めば、大体のこちらの生活は大丈夫です。各ギルドに1冊は保管してもらうようお願いしています。落ち着いたら是非読んで見てください。
注意点がひとつ。驚くべきことに、この世界には魔法が実在します。人々も弱そうに見えてもとても強いので、怒らせないようにしましょう。
街の外は危険です。もう体験済みですか? 生き延びたのはラッキーです。
では素敵な異世界ライフを!
ドクター山田」
田中が思った以上に、異世界は整備されていた。顔も名前も知らぬ先達たちに感謝しつつ、田中はこうして異世界デビューを果たした。
田中が舞い降りた街は、水都にほど近い街で、異世界人保護プログラムに基づき、田中は神聖教に保護された。
直後、田中は馬車を用意され、水都へ移送された。
保護プログラムは、すこぶる快適で、1日5時間のデスクワーク、週2日の休み、冒険活動他権利の付与、法の元の人権保護、清潔な寝床、興味深く栄養価の高い食事と、何不自由なく過ぎた。
スキルの活用も教えてもらった。
田中の持つオリジナルスキルは、異世界ショッピング。
対価を払うことで、地球からものを輸入できるぶっ壊れスキルだった。
田中はそれを用いて、コルトパイソンを輸入した。憧れのマグナムである。
異世界ショッピング。このスキルがかなり曲者で、取り寄せる物の値段がめちゃくちゃだった。
コルトパイソンの値段は5ゴルド。弾は100ゴルド。めちゃくちゃ安い。
だが、お気に入りの漫画の新刊は1冊、120万ゴルド。
大好きなゲームに至っては、桁が一目で分からない9桁の数字だった。さらにテレビ、発電機などもめちゃくちゃ高い。
何度か使っているうちに、田中は法則性を発見した。
生死に関わるものは比較的安い。生死に関係ない娯楽品はべらぼうに高い。
食材は安い。調味料は高い。
下着は安い、デザイナーブランドのスーツは高い。
要するに贅沢品がめちゃくちゃ高いのである。これは、享楽的な生活を送るな、という訓示だと理解した。
ちなみに、魔導銃ではないコルトは、禁制品だが、異世界人特権で特別保有を認められた。余談ではあるが、時折、街の外に出て、魔物を遠くから打って経験値稼ぎをしたのも良い思い出だった。流石にマグナムを喰らえば、このあたりの大人しい魔物はオーバーキルだった。
田中が就任した仕事というのが、異文化研究だったため、この異世界からものを取り寄せるスキルがものすごく重宝した。
田中はこうして、何不自由なく異世界文化を堪能しつつ、1年ほどこちらで過ごした。
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うっすらと涙を流しながら話す田中を、俺は軽蔑の眼差しで見下ろしていた。
こいつ、満喫してるじゃねえか。俺が死にかけているのに、めちゃくちゃイージーモードじゃねえか。
何が死にかけただ。1回も死にかけてない。
カップ麺の謎が解けた。
めちゃくちゃ羨ましいスキルじゃねえか、この野郎。
無邪気な顔で泣きながら話す田中が、だんだん憎らしく思えてきた。
「・・・話は分かった。俺にもカップ麺くれ。これはお願いではない、命令だ」
初対面であるにも関わらず、こいつはこういう扱いで良い奴だと理解した。
「ウヘエ。いいですけど。お金は後で払ってくださいね。カップ麺、割と高いんですよお」
こうして、俺はその後、旅を共にすることになる親友・田中に出会った。
田中の話を終え、意気揚々とウイユベールが立ち上がる。
「じゃあ、早速、記憶の深奥に向かいましょう!」
と息巻いた。
「あ、俺、スキル盗まれたよ」
そう言うと、ウイユベールが顔を真っ青にした。口を手で塞ぎ、
「なんと言う、罰当たりなことを」と言い、黙り込んだ。




