第84話 『トレンへの道 新たなる出会い』
マインの街の門は、重い銅の城門で、鉄の壁と威嚇的な装飾で外敵を防いでいる。
来た時は、心ここにあらずで、良く見てなかった。離れるときに初めて、しっかりと見ることとなった。
マインの街を振り返る。坂道に並ぶくすんだ石造りの家々。多くは煙突が立ち、その多くから煙が出ている。
変わらず人々が多く、雑多な人種で道は混んでいる。
見送りは無し。
俺とレイアの二人旅が始まる。
俺たちは馬上で、並んでいる。マインのギルド長リューシー=リンが手配してくれた馬だ。
馬。当たり前のように、異世界にも存在する。これも地球からの輸入品。いわば、日本におけるトマトのようなものだろうか。
俺たちの知らないところで、異世界との交流は進んでいたと言うことか。
馬は得意ではないが、しつけの行き届いた馬という事で、乗っているだけで良いと言われた。恐る恐るではあるが、少しだけ慣れてきた。
山間の道を縫うようにして、のぼり下りを繰り返す道を見る。
次に向かうのはトレン。もともと予定していたルートであるが、フライドチンキの商隊はすでに発った。
「さあ、行こうか」
レイアに声をかける。うなづくレイア。
こうして再び俺は歩き出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
トレンへ向かう道は、活気があった。マインへ向かう冒険者が絶える事無く通り過ぎる。
馬上からの景色は、歩くよりも爽快。お尻と背中が痛くなってきたが、身体強化もちの今の俺には、問題ない。
風景は岩山の曲がりくねった道を過ぎ、針葉樹が生い茂る暗い道へと変わり、やがて広くなり、川に沿って進んでいった。
「ねえ、あの時の、リンさんと戦った時の錬成だけど」
馬上でレイアが訪ねてきた。
「なんだ?」
「ムチのように使っていたじゃない。操鉄術みたいだったわ」
「これか」
俺は剣を変形させ、尖らせたり短くしたりする。
「かなり自在に動かせるようになった。だが、操鉄術の直接操作とは違う」
「同じように見えるけど・・・」
周囲を見渡す。話が聞かれるほど近くに人はいない。
街道、人気は街の近くに比べてまばら。
ここなら、見せても良いだろう。
「見ろ」
鉄の剣を変形させてムチのようにしならせる。
馬上から剣を振るい、五メートルは離れた木の幹に絡ませる。
「形を変えることはできる。そして硬度も変えることはできるが・・・操作することはできない。操鉄術なら、ここから筋肉のように動かして、木を引きちぎることや、ワイヤーを縮めて移動することもできた」
鉄のムチを変形させ、手元へ戻す。
そう、自在に変形させることはできるが、力を加えることができない。動力の再現はできなかった。
錬成というスキル上の制約なのだろう。
「使い勝手は?」
「ああ、悪くはない。錬成だけでも十分に戦える。もっと鍛えるさ」
そう、もっと鍛えるだけだ。
「あの坑道で地面から鉄を生やしたのは?」
「あれも錬成だ。以前より、数は扱えるようだな。重量制限は感じない。魔力があるだけ鉄を操れるようだ。
鉄鉱脈があったから、かなりの量を使えた。収納がないから、持ち運びはできないから、置いてきたがな」
「すごい技だったわ」
「まあ、有利な地形だったよ」
俺がいうと、レイアが微笑んだ。安心したように見える。
俺からも質問がある。
「良い機会だから、聞きたかったんだが」
「何?」
先を進もうとしたレイアがこちらへ顔を向ける。
緑のふわふわの髪が木漏れ日に揺れる。
「その、あれだけのことがあって、なぜ、俺に・・・」
少し言い淀む。
良くしてくれている、一緒に来てくれている、寄り添ってくれている。何というべきか迷った。
「・・・世界のため。じゃあ、不満かしら」
レイアが自然な笑顔でそう言った。
「怖くはないのか。俺は魔族に狙われている」
「そりゃあ、私だって怖いわよ。だけど・・・勘だけど、多分、最後のチャンスなんだって思う。人類にとってね」
人類。なんて重い。
「時々、わからなくなる。本当に、俺が人類を救う、そんなことが実現できるのか」
実感を失くすわけでもなく、使命を忘れるわけでもなく。ごく稀に途切れるのだ・・・決意が。
「ねえ。自信を持って。貴方は強いわ。ナミートの街で多くの冒険者を見てきた私が言うのよ。私が貴方のそばにいるのは、そうね。良いわ、あんまり煽てても調子に乗らないでね。可能性を見たからよ。可能性。死の大陸を生き延び海を渡った生命力に、貴方の成長に、そしてその強い心に」
レイアがやや怒ったように言った。
「・・・・」俺は何も言えない。
そして沈黙。
しばらくしてレイアが言った。
「焦らず、行きましょう」
とだけ。
俺は「ああ」と答えた。
レイアと二人、馬の上でゆっくりと進む。途中、何も事件は起こることなく、景色は過ぎていく。その後は特にとりとめの無い話をしながら、ゆっくりと歩んでいく。
トレンとマインを結ぶ街道は武器街道とも呼ばれ、多くの冒険者が通っていた。冒険者が数多く通るというだけで、治安は良くなるのだろう。
盗賊やモンスター、もちろん魔族も。俺の気配察知に引っかかるようなことな何もなく、馬は歩みを進めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一つ目の宿場をすぎ、2つ目の宿場に着く頃、ブエレウドと言う宿場町で、日に陰りが見えたので、今日はここで逗留する。森林の中に開けた宿が数件並ぶ宿場町だ。
数件の宿を見比べ、明るそうな宿を選び、部屋を取る。当然のように二部屋。
荷物を部屋に置き、落ち着いたところで、レイアをメシに誘う。
夕食は、宿の1階の食堂で食べる。
食堂は三十人ほど座れる広さ。今は、十人ほどが部屋にいた。
注文を言って、テーブルで待つ。太ったおかみさんが、料理を運んできてくれる。
夕飯は、謎肉のシチュー。謎肉と言ってもあの謎肉では無い。本当に何の肉か分からない豚とクジラの間の子みたいな肉だ。
赤い色はトマトかビーツか分からないが、良い匂いがしている。
こちらの世界の食事は、基本美味しい。
その理由は、海水から作った塩にあると思われる。
以前、海を旅した時にも思ったが、こちらの塩は、なんと言うかダシが効いている。
昆布風味。おそらく、日本人なら馴染みのある味だ。
海水塩が流通しているおかげもあって、単純な料理も美味しいと思えた。
旅の途中で出てくる料理は、割と単調で、肉と野菜を煮たものが多かった。入っているものは、豆やら、芋やら、日によって変わったが、味付けは似ている。
贅沢を言えば、醤油と味噌も味わいたいが、異世界で望むべくも無いと諦めている。
俺は平らな器に盛られたシチューをスプーンで口に運ぶ。
食堂は割に賑わっていて、空席も少ない。
レイアと会話しながら食事していると、ふと、目をやった先に奇妙なものが。
俺は、少し向こうのテーブルに座る人物が気になった。
黒髪でこちらに背を向けている。が、テーブルの上にあるそれは・・・。
白い発泡スチロールの器? 見たことのあるあの、即席麺?
俺は目を疑った。異世界でカップ麺?
「ちょ? なに?」
急に立ち上がる俺に驚いてレイアが声を上げる。
俺は、勢い、駆け寄り、男の肩を掴んで振り向かせた。
「おい、あんた、これは?」
小太りの少年。明らかに日本人だ。
「え、あの、日本語? え、なんで?」
俺は少年を注視した。薄汚れた麻のシャツの上に、獣の毛皮のベスト。手に腕時計。腕時計?
ズボンは、所々破けているが・・・学生服?
「俺も日本人だ。あんた、日本人だろう? なぜカップ麺を持ってる?」
「え、いや、あの、え? 日本人? マジですか? 僕、埼玉出身です。あなたは?」
「俺か、川崎だ。神奈川。それより、カップ麺! なぜ、そんなものがここにある!?」
「ちょっと、ガーネ! どうしたのよ、この子、怖がってるでしょ!」
レイアが止めに来た。
「黙っててくれ、こいつは同郷だ。おい、あんた名前は? 俺はテツオ、クロガネテツオだ」
「え、僕ですか。田中です。タナカフミヒコです・・・」
「テツオクロガネさん・・いえ、様。良かった! 見つけました!」
澄んだ声がして、声の方へ向くと、タナカフミヒコの向かいに座っていた少女だった。全く気がつかなかった。
15歳くらいの女の子。ふんわりしたフード付きのレース生地の服。そこから見えるカールした銀色の髪の毛。薄い水色の瞳。純真を絵に描いたような透明感。
アニメに出てきそうな女の子だった。
「ん? 俺? あ、手配されてたの忘れてた・・・」
つい名前を言ってしまった。
タツヤのことがあったというのに、カップ麺に興奮して、つい警戒を怠ってしまった。
まあ、良いや。敵意は感じられない。
フードを被った少女が、俺の手に縋り付く。
「やっとやっと」とうわごとのように呟いている。
「あんたらは、仲間か? ん? 俺のことを知ってるのか? ん? それよりカップ麺?」
俺の意識は、カップラーメンに釘付け。それ以外は、今は、ちょっとどうでも良い。
俺は、美味いとはいえ、この世界の食べ物に飽きていた。
ジャンクフードが食べたい。
カレーも食べたい。醤油も。卵かけごはんも。
「なんだか、事情があるみたいだし、部屋で話さない? 食事を終わらせましょう」
とレイアが言った。
「それもそうだな。おい、タナカくん、逃げるなよ」
俺が釘をさすと、大人しそうな少年、タナカフミヒコ君は、おどおどと頷いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺の部屋。正しくは俺たちが借りた部屋
俺はベットに腰掛け、レイアとタナカ君と、少女はそれぞれ椅子に座った。
「で、まずは。俺に何の用だ? お嬢ちゃん名前は?」
少女はフードの下に、白いベールを被っていた。結婚式の新婦のようなレース編みのベール。なんというか、清楚な印象だ。
「先ほどは取り乱しましたことをお詫びいたします。まずはお会いできて光栄です。女神の勇者様」
と立ち上がって丁寧なお辞儀をした。
「私は、ウイユベール。神聖教の巫女です。少しでも早くお会いしたく、タナと共に極秘で抜け出してまいりました」
かなり重要なことを言った。事情を知っているのだろうか。
「ちょっと待て。聞きたいことが山ほどある。何がどうなっているのかさっぱりだ。なぜ、俺は手配されている?」
と、それより、こいつは本当に神聖教、女神教の巫女なのだろうか。
「その前に、お前の身分を明かすものは? 騙っていないとどう証明する?」
少女は、首からペンダントを外して、レイアに渡した。
「これは、神聖教の高司祭が持てる血結晶ですね。盗んだものでなければ、彼女は巫女で間違い無いでしょう」
少女は頷き、俺の質問に答えた。
「勇者様の指名手配。それを説明するためには、神聖教の現状をお話しせねばなりません。
ご存知でしょうか。神聖教には派閥があります。女神派と融和派です。
女神派と融和派は表立っては対立していません。どちらも女神様を信奉し、その教えを守ることは絶対なのです。
元々、女神派は女神様のお言葉を忠実に守り、どのようなことであれ疑いを持たない、という主義なのです。
融和派は、先の大戦以来、女神様に頼ることをやめ、人間は独自で歩むべきだとする派閥です。これは、女神様のお言葉でもあるのです。
派閥は違えど、考え方に大きな違いは無かったのですが、ここに来て魔族の侵攻が激しくなり、主張が大きくズレて参りました。
先の教皇、オルベリウス様は、女神派のお立場から、魔族を滅すべしとして大陸内での連合軍を組織、支援するという方針で動いておられました。
オルベリウス様がお亡くなりになり、後を継がれたエルクリウス様は、ここに来て魔族との対話を主張されておられます。
そこで出てきたのが、勇者様、あなたの処遇なのです」
確かオルベリウスという教皇は毒を盛られて死んだとか。つい最近のことだとニュースで見た。
「俺がどう関わる?」
「神託の巫女から直接聞いた話では、最後に女神様から第二の魔王より攻められており、今後通信できないと女神様が仰った後、女神様からの神託の内容が大きく異なるようになったそうです」
「異なる? 通信は続いているのか?」
「はい。ただ、その内容は・・・」
神託とは何なのか。全くイメージができない。
女神との通信はどのように行われるのだろうか。声が聞こえるのか。映像が見えるのか、文章でやり取りするのか。
「その女神の神託は、巫女にはどのように届くんだ? 文字か、声か? それとも見えるのか?」
少女は頷き、目を閉じた。
「はい、神殿に供えられた石板に文字が浮かびます。それを信託の巫女が模写し、人々に伝えるのです」
「確か、神託っていうスキルがあるとか?」
「はい、神託のスキルを持つものが石板に触れることで、女神様と通信ができるようになるのです。神託のスキルは当代、3名のものが持っております。非常に貴重なスキルです」
世代に1人では無いのか?
「1人しか持っていないと聞いたが?」
巫女は頷き「一般的にはそのように伝えております」
と言った。
「神託のスキルは非常に珍しいものですが、唯一ではありません。一般には、神秘性を高めるため、当代随一の系統スキルと知らしめていますが、実は、複数名の保有者がいます。
鑑定により神託スキルの所有者が見つかると、神聖教徒として礼を尽くして迎え入れます。王族であれ、物乞いであれ、身分に関係なく。神託は女神の石板がなければ、意味のないスキルです。しかしながら、神託を行えるものが、今回のように突然に身罷ることがあれば、女神様のお言葉を聞けなくなるやもしれません。
そのため、表向きはただ一人が神託を行えると知らしめ、極秘に数名のものが神託スキルを有しておるというのが、代々、続いております風習です」
話を戻そう。
「で、神託の内容が以前と異なるようになった・・・と」
「はい。そうでございます」
「具体的には?」
「・・・意図的に、致命的ではないながらも、人類が不利になるような命令を送られてくるようになった。そう神託の巫女が申しておりました。以前の女神様なら絶対に言うようなことがないような言葉もあったと聞いております。女神様のお言葉に疑念を挟むなど、我々、神聖教徒にはあるまじき行為でございます。しかしながら。普段より女神様のお言葉に触れておった巫女が申すには」
「神託が乗っ取られたのではないか」
と。
俺の目の前で、神聖教の巫女が穏やかにそう言った。




