第83話 『炭鉱の百頭竜』
ギルド長リューシー=リンとの話を終え、いよいよ旅立とうとした時。
バタバタと走る男がして、激しくドアが開いた。
「大変です、ギルド長! 炭鉱に竜が出ました!!」
訓練場に若いギルド職員が飛び込んできて、そう叫んだ。
いよいよ旅立とうとした俺たちの目の前で、リューシー=リンが、目を見開いた。
「どこの坑道だ? 竜だと? まさか」
「58番坑道です。百頭竜です。傷つけられ怒り狂っています」
「っち! 厄介な。作業者ならびに冒険者の避難は? ええい、すぐ行く」
リューシー=リンが只ならぬ様子で駆け出した。
レイアは口に手を当てて驚いている。
「お、おい何事だ!?」
「貴様も来い! 戦力が要る!」
ギルド本部を飛び出し、坂を駆け上がり、すぐそばの坑道へ入っていく。
走りながら、レイアが教えてくれる。
「百頭竜っていうのは、坑道の奥に生息する大人しい竜です。普段は、土の中でミミズのような生活をしています。竜といっても、蛇玉みたいに何匹もの口の大きなワームが絡まった巨大な球を形成した群体生物です。石炭や鉱物を好んで食べます。しかし、時折、鉱山を掘る際に運悪く傷をつけてしまうことがあり、そうなると怒り狂って坑道を潰しながら反撃してきます。一度暴れると手が付けられないため、地雷竜という異名でも知られています」
走ると、あっという間に鉱山の入り口が見えてきた。ヘルメットを被った炭鉱夫らしい人たちが、口々に叫んでいる。聞き取れたのは、まだ中に、とか、あいつがいない、とか。
「ギルド長!!」
人垣の向こうから声をかけられる。人垣を分けるように「どけ、道を開けろ!」とギルド職員らしい人物が叫ぶ。
銀髪の長身エルフの姿は、皆に知られているようで、人垣は自然と開いた。
炭鉱の巨大な鉄柵の向こうに、トロッコの線路が続いている。
「58番だな。あそこは、左手の最奥か」
リューシー=リンンが問うと、職員は、
「55番に誘導して、今は空の備蓄場でなんとか足止めをしています」
「竜のサイズは?」
「中くらいですね。7メートルクラスです」
7メートルで中くらいなのか。デカいな。
「では、行くぞ、クロガネ、いやガーネ」
さらっと参加を促された。え、旅立つ気満々だったのだが。
冒険者が多いのだろう? 俺?
役に立てるのだろうか。いささか不安。
世話になったので、恩返しの機会だと考えよう。
「ついて来たは良いが、俺の役目は?」
坑道はランタンで照らされ、ほの赤く奥に続いていく。入り口に近いからか、思っていたより広く、足場は悪いが、並んで走れる程度には道幅があった。
壁は湿った岩で、掘削機がつけたであろう筋と、コンクリートのような平たい板で、壁を補強している。
「牽制役。追い返すだけで良い」リューシー=リンが返事をしてくる。
「その、百頭竜ってやつは、良く出現するのか?」
「いや、年に数回もない。百頭竜は、ゆっくりとトンネルを掘る。その性質ゆえに、道を先に見つけるから、本体を傷つけることは少ない。掘削の現場で、運悪く本体を削るのは、本当に稀なことだ」
いくつもの分かれ道を過ぎ、どんどん奥へ潜っていく。緩やかに下る道だが、途中、鉄で出来た階段や、螺旋階段などを過ぎ、10分も走り、ようやく目当ての55番坑道の備蓄場の広場へ出た。
そこは、ドームが入りそうな広い空間だった。
真ん中あたりに槍と銃を持った数名の衛士と、その後ろに魔導師らしい数名が控えている。
土煙を上げて巨大な壁が地面から生えた。すごい。壁が生えた。
煙の向こうから、うねる巨体が姿を現した。
あれが百頭竜? 想像していたのと違う。
あれは竜ではない。巨大なボールだ。しかも、いばらが絡んだような、緑のボールだ。
だが、その球体に、いたるところに口がある。ヤスデやゴカイが、絡まってボール場になっているような気持ち悪さがあった。
口は、円形で中にぎっしり歯が並んでいる。そんな口が、体表に見える。百頭というより、百口だ。蠢くその姿は、生理的に来るものがある。
魔術師が土壁でそのモンスターを止めるが、どうやら、作る側から食い破られている。
「よし、良く守った。隊列を整えよ」
息を切らすこともなく、ギルド長リューシー=リンが叫ぶ。
「隊長だ! 隊長が来たぞ」「ああ、やっと増援が来た。助かった」
あの巨体相手に10人程度で受け止めるのは大変だっただろう。
「レイア、回復を頼む。魔道士隊、ブルトとマヒン。下がれ」
リューシー=リンは目を閉じ、手に印を結んだ。
次の瞬間、百頭竜の足元から、いばらの蔦が弾けるように飛び出した。
蔦が竜の巨体に絡みつき、締め付ける。
さっきの模擬戦も手加減してくれていたのか。魔法剣士。さすがギルド長だ。
竜が鳴き声を上げた。森で猿が群れで騒いでいるような声に似ているが、音量は大きい。
槍を構えた衛士がリューシー=リンの魔法を見て、おお、と感嘆の声を上げた。
魔道士隊は下がり、魔力回復薬を口にしている。
「この後どうするんだ?」俺が聞くと
「痛めつけて追い返す。殺してはならん」とリューシー=リンが敵を見つめたまま返す。
「万一殺したら?」
「他の竜が駆けつけて、最悪の場合、街は壊滅する」
「・・・・」
想像するに、大変な過去があったのだろう。
痛めつけて追い返す。ちょっと可哀想な気もするが、かなり凶悪な外見の竜。あんなのに迫られたら、怖いわな。
牽制しろと言われたが、近寄りがたい。俺、不要じゃねえ?
いばらに囚われてもがく球体の気持ちの悪い竜。
多数の口から猿のような奇声を上げて、体表をうねらせる。
キモイ。
槍の衛士が取り囲み、戦線に復帰した魔道士が土魔法で壁を新たに作り、竜を押し返そうとする。
閃いた。
その時、俺は、閃いた。
周囲は鉱山。
地面に手をついて周囲を探る。
魔力が通る。このあたりの土は、豊富に鉄を含んでいるようだ。
ティアナ曰く、俺の魔力は異常らしい。
操鉄術は失ったが、再び手に入れた錬成スキル。単純だが、速度と扱える量は操鉄術よりも勝る。
ここなら俺の力を最大限に活用できる。
あのキショイ竜を傷つけず追い返す。
地面に魔力を透す。
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レイアは目を見開いた。
蹲り、手を地面につけたクロガネを見ていたら、その周囲から、まるで雨後のタケノコのように、黒い棘がニョキニョキ生えてきた。
その棘は、見る間にどんどん広がり、さらにどんどん伸びる。
蛇のようにうねり、まとまり、質量を増して百頭竜に襲い掛かった。
まるで、巨大な黒いスライムのような動きで、竜を呑み込んだ。あの巨体を呑み込んだ。
次の瞬間、それは隙間の空いた格子状の鉄柵となり、竜を拘束した。
竜は微動だにできないほど、ガチガチに固められた。
黒い液体と思えたそれは、鉄だった。鉄。圧巻はその質量。
あれだけの量を操る魔力量と、魔法コントロールは、レイアも、おそらくリューシー=リンも見たことが無いに違いない。
レイアが視線を向けると、リューシー=リンも、目を見開いていたから、その予想は間違っていないと思えた。
「よーし、どうだ。これで動けないだろう」
両手をはたきながら、クロガネが笑顔で言った。
クロガネが、竜に近寄っていく。
そして、体を調べて回る。
竜の口に何かを彫り込んだ。竜が悶えたような気がした。
「おーい、レイア、こっち来てくれ、ここ、ここ」
レイアが恐る恐る近寄ると、見上げるほどの竜の体にざっくり裂けた傷がある。
ガチンガチンと鉄の檻が鳴る。
「回復させてくれ」
クロガネが言う。竜に回復魔法が効くのか、傷を治せばより暴れるのでは無いか、この鉄の拘束は大丈夫なのか、などなど、一瞬でいろんなことを考えたが、レイアは、竜の巨体に手をかざし、回復魔法を唱えた。
レイアの心配をよそに、百頭竜の傷は緩やかに塞がり、心なしか竜はおとなしくなったような気がした。
その間も、クロガネは、何かをぽいぽい竜の口に放り込んでいた。
「よーしよし、良い子だ、大丈夫、大丈夫」
クロガネが竜に声をかける。
「レイア、みんなにこの部屋から出ていくように言ってくれ、俺が安全なところまで案内して、こいつを戻す。58番坑道ってのはどっちか聞いてくれ」
次の瞬間。
リューシー=リン達、マインの街の衛士と魔道士が見守る中、こともあろうにクロガネは鉄の拘束を解いた。
ちょ! 何考えてるの! レイアが思わず叫ぶ。
百頭竜を締め付けていたいばらが、飛び散る。クロガネが剣で切ったようだ。
その間も、何かをぽいぽい口に放り込み続けるクロガネ。
やがて、クロガネがゆっくりと58番坑道へ向けて歩き出した。
なぜか竜もクロガネについて行く。ゴロゴロと転がりながら、ゆっくりと。
道中、クロガネは餌のような何かを与えている。
衛士達に待機を命じ、リューシー=リンが後を追った。レイアも続く。
ずずずと言う巨体をひきづる音。
緊張した時間が続く。坑道を巨体の影を追う2人の女性。
曲がり角の向こうで、ガラガラと崩れる音がした。
駆ける二人が見たのは、土煙の中、奥の洞窟に消えて行く百頭竜の巨体と、埃を払う煙たそうなクロガネの姿だった。
「無事か!」
リューシー=リンは押し殺した声で聞いた。
ケホケホと咳き込みながら、クロガネが奥から2人に近づいて行く。
「いやあ、おとなしい奴でよかったよな」
能天気な声で言うクロガネに、レイアが聞いた。
「一体、何をしたの? あの食べさせてたのは鉄? あれだけの鉄を操れるなんて・・」
「貴様、何をした! 百頭竜は、怒れば手をつけられんのだぞ、それを」
クロガネは頭を掻きながら、
「いやあ、なんか鉱物が好きって言ってたから、鉄を加工して食わせてやったら、気に入ったみたいだな。エアインチョコってわかるか? 鉄の中に細かい気泡を入れて、サクサクの食感を再現したんだが、美味しかったんだろうな。もっとくれって聞こえた気がしたから、あげ続けてた」
「おい、声が聞こえた気がしたと言ったな・・・。それはテイムスキルの特徴の一つだ・・・、貴様、一体、どれほどの・・・」
リューシー=リンは、呆れたように言った。
とにも角にも、このようにして百頭竜の騒動は、被害も最小限で無事解決した。




