第81話 錬成 再び
薄っすらと油に濡れたような鉄の表面。
俺は、うち終えた刀を眺めて唸っていた。
複数の鉱石をブレンドし、鉄をベースにより強靭でより軽く、より鋭い、そんな刀を目指して、もう数十本の剣や刀やナイフを打った。
無造作に積み上げられた武器の山。
これどうするんだ、と聞いたら、ゴードンのオヤジは、物好きが高値で買ってくれるぞなガハハと笑った。
それほどのブランド力ということか。
とはいえ、名工の矜持は伊達ではない。俺が手慰みに打った刀を、最後に一手間加えて、それなりに恥ずかしくない武器に仕立ててくれている。
「ガハハ。なんというか、創作意欲をくすぐられるぞい。異世界の打ち手の技、なるほどと思うものもあるぞい」
鉄の融解温度、玉鋼の材料、鍛鉄、銑鉄、錬鉄といった言葉、タングステンなど超硬度の金属の話など、俺の知識をゴードンのオヤジは喜んで聞いてくれた。俺は、この世界の金属の特徴、付与魔法の技術、融合スキルの特徴や習得方法について、鍛治に有用なスキルについてなど、異世界のトンデモ技術を学んでいた。
鍛治の鍛造の槌入れで、身体強化を使うと機械で打つほどの強度で鉄を打つことができる。そうなると短時間で脱炭が行えるため、微妙に性能が向上する。
他にも、高温度の鉄素材に錬成を行うと、分子の構造が均等化するらしく、通常の鉄の3倍近い硬さを実現できた。ちなみに錬成を行うのはゴードンのオヤジ。俺は未だ錬成ができない。
高温の素材に錬成を施すのは盲点だったらしく、一般的に知られている方法ではないと言う。変形できるように高温にするのに、わざわざ錬成スキルを用いるバカはいないという理由だ。
しかし、地球の知識がある俺からすれば、錬成がどのように鉄に作用しているのかわからないが故に、あらゆる状況の素材に錬成を行うことが楽しくて仕方ない。
「よし、今だ。ここで融合」
俺が合図すると、ゴードンが融合スキルを使ってくれる。
熱い鉄と、冷えた鉄を融合すれば、「僕の考えた最強の金属」ができるかもしれない。メドロー●的な奴だ。
果たして、完成したのは・・・
「まじか。こりゃあ、すごいぞな」
物見のモノクルを左目にはめたゴードンが、感嘆の声をあげた。
「氷炎の螺旋刀って名前が出とるぞな。反対属性を融合できるなんたあ。どういう原理だ。これは」
答えは、オリハルコンである。
強固な魔法耐性を有するオリハルコンを中心に、左右で熱い鉄、冷えた鉄を挟み、錬成と同時に融合。
このアイデアを思いついたのは、たまたまオリハルコンのインゴットが1つ手に入ったのと、以前見た奇跡の書のオリハルコンの説明文の知識からだった。
どんな魔法も弾くオリハルコンだが、特定の錬成には反応する。
ゴードンはほぼ全ての金属を錬成できるスキルを持っており、タイミング次第では、錬成と融合を同時で発動できる。
それを聞いた時、俺は、閃いた。
「これは、すごいぞな」
ゴードンが刀を振ると、らせん状の炎と吹雪が吹き出し、相殺することなく、それぞれの効果を発揮していた。
オリハルコンの錬成ができる人材が少ないこと、オリハルコンが希少なこと、それらが理由により、オリハルコンを分離材料、半導体のガラスのような使い方をするというアイデアはなかったという。
試しに藁人形を切ってみると、切断面の上は焼け焦げ、下は凍りついていた。
ゴードンを驚かせ、調子に乗った俺は、いろいろ試してみた。
魔石と鉄を融合することで、魔力を通すと効果を発揮する属性武器が作れる。
例えば、風の魔石と鉄を融合すれば、風魔鉄になる。聖魔鉄と同じような名前だが、大きく効果が異なる。
魔力の供給なしに聖なる属性を与える聖魔鉄とは違い、魔石を融合させた属性鉄は外部からの魔力供給を受けて初めて効果を発揮する。
風魔鉄で刀を作り、それを振る。
魔力を通すと、カマイタチが発生する魔法武器となる。
だがこれだけでは、威力が弱い。
そこで、さらに力を通しやすくするための技術が、魔紋である。
一般に、魔法陣、魔導紋、魔法文字などと系統を同じにする技術だが、それぞれ少しばかり用途が異なる。
魔法陣は、砂や空中に円形の陣を書き効果を求める。
一方、魔紋は伝導回路のようなもので、金属に直接彫り込んだり、特定の塗料を塗ることで効果を求める。
柄から刃先に向けて魔紋を彫り込み、さらに塗料で伝導率を向上すれば、魔法武器の効果が倍加する。
藁人形に向かって風の魔法刀改を振ると、壁が切り裂かれ隣の家を吹き飛ばしてしまった。
大慌てで謝りに行き、ゴードンの錬成技術でなんとか修理したが、魔紋を刻んだ武器は室内で振るなとめちゃくちゃ怒られた。
そんな感じで、いろいろ試した結果。
ある時。
鉄を打っている時のことだ。
高温の鉄に急に何かが通った感覚がした。
ニュルンと突き抜ける。真っ赤な鉄が、思いのままに動くようなそんな感覚。
きたきたきたっ!
「おおおおおお」
ゴードンが目を開いた。
凄まじい速さで変形していく。以前の錬成の比ではない。高速を獲得した時よりも早くなっている。
超高速錬成!?
さらに、何か特殊な感覚がキタ!?
炎を閉じ込めることができる気がした。熱した鉄をそのまま錬成。この感覚は!?
これが・・・融合?
鉄に火の感覚が融合される。
切っ先が燃えている。が、柄は冷えている。
浮かんでいる鉄。なぜ、浮かぶ?
「こ、これは!?」
ゴードンが目を見開いた。
俺が指先を宙に向ける。
鉄の刀が浮いていた!?
錬成が突き抜けた。これは、念動力か?!
途端に、急に体が重くなって、炎の刀が床に落ちる。
立ちくらみがする。
「どうなっとるんじゃ、これは!?」
轟々と燃える刀。
だめだ立っていられ・・・ない。
最後に見たのは、燃える刀にバケツの水をかけるゴードンの姿。その水は俺にもかかったが、熱せられてぬるいお湯になっていた。
そのまま意識を失ってしまった。
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目が覚めた時は、ゴードンの武器屋の大きな机の上だった。
「おめでとうじゃのう、ガーネよ。錬成スキルを再び習得できたようぞな」
赤ら顔のドワーフが、ジョッキを片手に嬉しそうに語りかけてきた。
「か、刀は?」
俺が聞くと、首を傾げて炉の方を指した。
炉の中に刀が突き刺さっている。
「良い燃料ぞな。ありゃ、とんでもない融合になったもんぞな。魔力の融通なしで燃え続けておる。おそらく、お主の異常な魔力を根こそぎ持って行ったんぞな。しかも、宙に浮いておった。あれは剣の力か、お主の力か。検証は後にして。なんにせよ、錬成が戻り、新たに融合を覚えた。どうぞな、気分は」
俺は、黒く煤けた手をじっと見た。
奪われたはずのスキル。
毎日、毎日、無心で鉄を打つことで、心を鎮め、そして、取り戻した。
ボロボロと涙が出てきた。
それは、悔しさでも、悲しさでもない。スキルを取りもどした喜びでもない。
人として生き、成長できることへの喜び。魂が救われたことへの喜び。
人は強い。
たとえ力は弱くとも、生き続け、前を向き、乗り越えることができる。
そのことが、何より嬉しかった。
恨みではなく、平常心で。諦めではなく、希望で。後ろ向きではなく、前を向いて。
そんなことを考えていると、さらに涙が止まらなくなっていた。
モーゼルを失い、仲間を失い、財産を失い、スキルを失い、絶望の淵にいた。
心の傷は、自分では見えない。ただ、やる気が失せ、逃げ道を探す。ある時は、自らの命を絶とうとし、ある時は遠くへ消え、ある時は部屋に閉じこもり、ある時は誰かを傷つけたくなる。
それは、傷ついた心が、回復するために求める行動だ。普段なら考えもしない血迷った行動が、自分にとっては自然なことだと思える。
絶望は魂の腐敗だ。
人は信じることで生きる。人は無意識に信じている。
美味しいものを食べ、笑顔で語り合い、働き稼ぎ、自由に買う。
それがいつだって許されていると信じている。
それを疑った時、生きることは途端に辛くなる。
暖かな太陽は灼熱の拷問へ。
穏やかな笑顔は、嘲りの侮蔑へ。
欲しかった憧れは、ただのゴミクズへ。
全ては、心がどう見るかだけなのだ。
だが、世の中は、自分だけが生きているわけではない。
一つの頂を奪い合い、一つの玉座を奪う。
誰かの心を求めて、独り占めする。本質的に生きることは、奪い合いであり、争いである。
だけども、人は、奪い合わずに済むように、愛と理性で文明を発展させてきた。
俺は猛烈に感動していた。
小難しいことを考えたわけではない。
生きることの本質が、意味を探す旅だとすれば、俺は奪われた何かを自らの手で新しく生み出すことで、その生きることの本質に触れたのだろう。
モーゼルは戦士だった。敵はモーゼルより強かっただけだ。
俺の目的は。
そう。この世界を救うこと。
どうやれば救えるか。ではない。
どうやってでも救う。それが正しい答えだ。




