第80話 パーティ解散
流れる汗をぬぐいながら、真剣な表情で鉄を打つクロガネ。
レイアは、その様子から目を離せないでいた。
鉄を打つその顔は無邪気で、楽しげでもあり、何より男の顔だった。
レイアは、しばらくの間、クロガネの様子を見ていた。
1時間ほどが過ぎ、いつまでも鉄を打っている様子のクロガネとゴードンを残して、一度、宿屋に戻ることにした。
クロガネは一人にしても大丈夫そうだ。
宿に戻ると、はやぶさの魁メンバーが部屋で待っていた。
どうやら、レイアが戻ってくるのをロビーで待っていたようだった。
「ガーネは?」
椅子から立ち上がり、レイアの方へ近寄りながら、ローグが効いてきた。
その後ろにはティアナ。
椅子に座ったままのエドガーは、カウボーイハットを顔の上に乗せて、
「俺はここで待ってる」
と言って、帽子の位置を直した。
レイアがうなづくと、ローグがティアナに目配せして、レイアに続いて部屋に戻った。
レイアは部屋に入ると、
「ガーネさんなら鍛冶屋で気晴らしをしています。少しは持ち直したようで、あの様子なら大丈夫そうです」
大丈夫そうというのは、絶望しての自死や、失踪や、廃人化などを想定してのことだとわかるが、もともと精神的にタフなクロガネのこと、いつかは立ち直るだろうとレイアは思っていた。
想像よりも少しばかり早く立ち直れそうで良かったとレイアは思った。
「そうか・・・それは良かった・・・」
ローグが歯切れが悪く言う。
ティアナが庇うように話す。
「ローグは、私たちのリーダーとして、色々思うところがあったのよ。もちろん、頭では悪いのは魔王軍だってわかってるんだけど・・・。だけど、極秘の内容で、魔族に付け狙われるような重要人物の護衛なんだって、知っていたら、多分・・・違う選択もあったんじゃないかなって」
ローグの胸中は複雑だった。
幸いにも九死に一生を得て生き延びたこと、いらぬ災厄を持ち込んだかりそめのメンバー・クロガネを責めたいと思う自己正当欲、部隊を壊滅寸前まで追い込んでしまった自らの不甲斐なさ、これからの道中への不安と、任務遂行の困難さからくる苛立ち。
道は大きく2つ。ガーネと共に行くか、別れるか。
共に行けばさらなる危険が。別れれば罪悪感が。
どちらも気持ちの良い決断では無い。
レイアがにこりとして笑った。
「そうね、うん。多分、3人とはここで別れた方が良いかもね。ガーネさんは私が水都まで連れて行きます!」
明らかに空元気で、張り切る様子を演じるレイアに、ティアナは不安そうな顔をした。
「そうか、うん。そうだな。モーゼルが死んだ今、俺たちではあいつを守れない。俺たちはフライドチンキさんの判断を待って、それから決断するが・・・。
ガーネとはここでお別れにするよ。あいつが悪いんじゃ無いって、分かってはいるんだが・・・」
ローグの言葉は、詰まりながら、明らかに迷いが見えた。
「話はそれだけ?」
レイアが笑顔で聞くと、「うん」と悲しそうな目でティアナが言い、2人は部屋を出ていった。
レイアはベットに仰向けで寝転んで、天井を見ながら、あーあと呟いた。
この先、どうなるのだろうか・・・。
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クロガネはゴードンの工房に足しげく通い、毎日、武器作りを手伝った。
そうした日々が3日すぎ、10日過ぎ、2週間が過ぎた頃。
フライドチンキが街を出て行くことを決意した。
マインは、冒険者が集まる街。15人ほどの腕利きを用心棒として雇い、商業都市トレンまで移動することとなった。
トレンまでは5日ほどの行程で、道も比較的安全。
ただし、それには一つ条件が付いた。クロガネの不参加である。
「ごめんね。ガーネくん」
目の前の巨体が頭を下げてきた。
「今回ばかりは、私も頭を打ったわ。多くの部下が死んじゃった・・・。
部下って言っても、私にとっては家族みたいなものよ。ほんと、まさかこんなことになるなんて・・・人生って分からないものね・・・」
椅子に座る俺の前に、立ったままフライドチンキは、寂しそうな顔で回顧した。
「今回の旅はね、結構、準備して、計画して、万全の体制でお金をかけて、頑張ってきたのよ・・・。ナミートの資産の処分や、その権利の移譲とか、手続きも大変だった・・・本当に、大変だった。1年かかったのよ。その間に、水都に3回も行ったのよ・・・大陸横断を3回よ。
まあ、でも、今回も。この2週間、真剣に考えてみたわ。何が悪かったのか、って。結局、手に余るものを引き受けたのが、私の運のツキね」
窓の外を見てフライドチンキがセンチメンタルな表情で言った。
「人には分相応って、言葉があるのよ。私は商売人だから分かるの。資産と負債は同じ。大きすぎる財産は、時に不幸を呼ぶものよ。
成功が続いていたのね、私。だから、まだ成功が続くと勘違いしたの。
それで、あなたを引き受けちゃったんだ、って、気づいたの。
以前、教えたでしょ。あなたの価値。鑑定の結果、あなたは私の能力では測れないほど、価値があった・・・。つまり、それだけアナタを求める人も多い、ってことなのに。
私はそのことを都合よく解釈してしまった。
つまり、身の丈に合わない投資をしたってこと。世界の宝を運ぶのに、100人ばかりの隊列で釣り合うわけがない。本当なら、軍隊を動員してでも護衛するべきだったのよ・・・。
うふふ。ごめんなさい。
正直、私の手に負える話じゃなかったのよ。大事な部下を軒並み失って、初めて気付くなんて・・・私はどうかしてるわ。
今回は、ここでお別れだけど。またどこかで会いましょう。
世界を救うために、私がお手伝いできることもあるかもしれないし。
だから、誤解しないでね。アナタを責めるために来たんじゃないの。謝りに来たのよ。
アナタとはここでお別れ。恨みもないし、未練もないのよ。
商売人なんだから、これは、言い方は悪いけど、損切りよ。
死んだ部下のためにも、水都へは必ず行かないとダメ。だけど、アナタを連れては行けない。
だから、ごめんね」
フライドチンキは、その派手な巨体を震わせて、涙を流しながら言った。
俺は、小さく、「ああ」としか言い返せなかった。
なんとか明るく振舞おうと微笑んだが、苦笑いに見えたに違いない。
じゃあね、と言ってフライドチンキが出て行った。
一人になった部屋で、俺は、フライドチンキから渡された封筒を眺めた。
―――隼の魁 ローグ・リターナコール
封筒にはそう書いてある。
封を切って、手紙を取り出した。
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拝啓
ガーネ。こと クロガネ
短い間だったが、一緒に旅をできて良かった。それは本心だ。
だが、俺たちはここでお別れだ。
もともと、お前と俺達では実力が釣り合わない。もちろん、お前の方が強いっていう意味で、だ。
俺たちではお前を守れない。
今回、魔族の将軍を相手にして、俺は正直、震えていた。
これまで会ったどんな魔物よりも恐ろしかった。
そして、それと対等に戦っていたお前も恐ろしい。
俺たちには俺たちの目的がある。お前にはお前の目的がある。
悪く思わないでくれ。元々、仮初のメンバーだろう?
モーゼルのことは気の毒だ。まさかあの鬼神が負けるとは、夢にも思わなかった。モーゼルよりも強い奴がこの世にいるなんて。
俺の理解を超えている。
お前はこれからもあんな奴らを相手にするんだろう。心から尊敬する。
だが、俺たちには無理だ。手が届くとは思えない。
湿っぽいのも嫌だから、手紙で伝えさせてもらった。
仮のパーティは解散だ。
またどこかで会ったら酒でも飲もう。
その時、平和だったらさらに良いだろう。
さらば。
追伸
タツヤのことを見かけたら、必ず落とし前はつけさせる。奪われたものは、必ずお前の手元に戻ると信じている。
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手紙を読み終えたら、その瞬間、扉がバンと開いて、ティアナが飛び込んできたかと思うと、俺に抱きついて。
キスをした。
そしてじっと俺を見つめたかと思うと、何も言わずに、部屋を飛び出した。
ほんの15秒ほどの間だった。
追いかけようと一瞬思ったが、追いかける理由が思いつかない。
窓の外に、フライドチンキの隊列が遠ざかっていく。
ティアナが一人で駆けていき、途中、こちらを振り返って、笑顔で手を振った。
しばらく眺めていたら、商隊は煙突の煙と、坂の陰に見えなくなった。
こうして、パーティは解散となった。
本編で触れられることはないが、ギルド長リューシー=リンがクロガネに夜這いをかけようとして、諸々の事態で、失敗に終わると言う事件がこの間、数度発生した。
・レイアに邪魔された。
・落ち込むクロガネを見て空気を読んだ。
・ギルド職員に咎められた。
いずれも未遂に終わったものの、ギルド長は悪びれることなく、普段と変わらない様子で「良いではないか。減るものでもなし」と開き直ったと言う。




