第79話 鉄の感触
ガランとした部屋の奥にあった扉を開けると、そこは工房だった。
所狭しと並べられた工具の数々。正面に炉があり、その前に加工台が置かれている。
道具は綺麗に磨かれて並んでいる。
工房は広く、俺の感覚でいうと、コンビニ2つ分くらいの大きさだった。
人は誰もいない。
アシスタントくらい居ても良いのにと思った。
「一人で作るのか?」
俺が聞くと、ゴードンは、
「弟子はとらんし、わしゃ一人で武器を作れるぞな」
と言った。
「大きい仕事は、手伝ってくれる仲間もたくさんおるぞな。まあ、わしは今は余裕な仕事しかしとらんから、一人の方が気楽でええわい」
ゴードンはそう言いながら、壁にかけてあったゴーグルを取り、頭にかけると、
「早速、一つ作ってみるか。
お前さんも職人と言っておったの。
異世界の作り方も、オイオイわしにも教えてくれよ。
まあ、お互いタメになるじゃろ。
さて、この世界のの武器の作り方は、大きく分けて3つ。
1つは、錬成じゃ。
メリットは熱を加えんでも変形できることと武器の欠損を道具なしで修復できることじゃが、デメリットもある。1つは腕の差が出やすいこと、あとは火入れをせんから芯の部分の強度が不足しがちになる。
2つ目は、鍛治じゃな。
鍛治は魔力がなくてもできる技法じゃが、まあ知っての通り、設備がなければ出来ない。
3つ目は融合。
融合は専用スキルと、錬金術の一部アーツで実現可能な技じゃ。鉄の棒とカミソリを融合すれば、カミソリの切れ味を持つ刀ができる。これは概念の融合じゃ。使い手の想像力が、実現する。魔力を用いた分子融合と説明される。
異世界人はわかるかの、分子?」
おっさん、それって異世界の知識じゃねえの? あんたが知ってる方が驚きなんだが。
「分子は、こっちの世界でも常識なのか? おそらくそれは異世界人の知識だろう? この世界に似合わない」
「技術を追求すれば、分子の考え方にやがて行き着くぞな。この世界でも古くから、物質モデルとして分子構造は唱えられていたぞな。魔力に関する洞察と合わせて、体系化したのは、著名な錬金術師カリオストロじゃな。
分子への魔素の干渉や、分子構造への意志の影響といった魔力操作の基本は、分子工学と魔法工学の、いわば波打際なのぞな」
と、分かるようなわからないようなことを言った。
「で、その3つが何だ?」
「わしは、この3つを全て使える。一流の鍛冶屋ともなれば、朝飯前じゃ。
それぞれの技法の特徴を活かして、武器を作る。
例えば、鍛治で武器を作った場合、どうしても結合部分が弱くなる。
じゃが、錬成で土台を作り、焼締を行えば、こうした弱点はなくなるぞな。
さらに、融合のスキルを用いるメリットは、魔法武器を容易に作れることになる。逆に融合のデメリットは、素材の持ち味を殺してしまうことがある点ぞな。
そういう意味では、融合は経験を問われる。例えば、鉄とダイヤモンドを融合すると、どうなるか。
お主、分かるぞな?」
鉄とダイヤモンドを融合・・・??
そんなことが可能なのか?
イメージ的には硬くなりそうだが・・・。
「・・・硬くなるんじゃないか?」
ゴードンは首を振った。
「そうじゃろ、そう思うじゃろうが、なんと、透明の鉄ができるんじゃ。ガラスの色をした、鉄の粘り気を持つ、不思議物質。鉄ガラスと呼ばれる物質じゃ。
見た目に綺麗で、丈夫じゃから、見栄張りの貴族などには重宝されるが、素材の費用と実用性が釣り合わん。
しかし、じゃ」
ゴードンが、小さな袋の中をゴソゴソと漁り、何かを取り出した。
するとそれは、一振りの剣となって現れた。手元にあるのは、大きめの次元収納風呂敷らしい。
「これがそうじゃ」
ゴードンが振りかざした剣は薄い透明の刃を持つ流麗な剣。
あまりの薄さに角度によっては、刃が見えない。
「これは、ウスバカゲロウと名付けた一振りじゃ。極限まで薄くすることで、切れ味を保ったまま、見えない剣を作った」
ゴードンが剣を振る。確かに、刃先が見えない。
「薄いゆえ、反射もほとんどない。どうじゃ、これを相手に使われたら・・・」
嫌だろうな。剣筋が見えないのは、まるであいつのようで、戦いづらいに違いない。
「この刃を薄くしたのは錬成じゃ。こうして融合で特性を変え、錬成で細かく作る。鍛治のメリットは、安定性にある。最初の鉄を鍛えたのは、鍛治技術を用いた。
スキルは気まぐれぞな。時に奪われ、失われる。お主のようにな。
じゃが、技術は盗まれることはあっても、奪われることはない。その身に根付いた技術は、死ぬまでお主の中にある。
そして技術さえあれば、スキルを再び手に入れることも可能じゃ。こっちの人間でもできる。異世界人なら尚更な」
ゴードンが、竃に空気を送る。鞴を動かすレバーが竈の横から出ていて、それを上下させる。
「早速、はじめるぞな。最初は適当にやるぞな。お主も素人じゃないぞなもし」
瞬時に熱気が増して、炎が吹き出した。
さあ、これを打て。
ゴーグルをかけたドワーフが、赤く燃えた鉄の棒を金床に乗せた。
金属の槌を手に取り、俺は赤く燃えた鉄めがけて振り下ろした。
激しく飛び散る火花。鉄は熱いうちに打てという。
鉄の溶解温度は、およそ1500度。
鍛造の技術では、完全に鉄を溶かしきるのではなく、やや低い温度、1300度程度で鉄を柔らかくし、何度も物理的に叩き圧力を加えることで、純度を増していく。
こうすることで、鉄の純度が増し、内部の分子構造が整列することで硬くなるとともに、鉄特有の粘り気が増し、しなやかになっていく。
こうして金槌で叩けば、炭素のほか不純物が鉄の中から排出される。
燃える鉄を叩く。
何も考えずに叩く。
火花が飛び散る。
形が整えられていく。
技術的には、日本刀を作る工程に似ている。
俺は仕事で、鍛鉄を打つ機械を使い、ギアを多く作ってきた。一部パーツは鋳鉄で作った。
小さい工場だが、鍛鉄と鋳鉄を両方できるのは、自慢だった。
鉄のパレットを小型の溶鉱炉で溶かし、鍛造する。
鍛造と鋳造では、鉄の配合が違う。
鍛造は型に鉄を嵌めて、プレスマシーンで叩く技法。
鋳造は溶かした鉄を型に流し込んで固める技法。
例えるなら、鍛造は押し寿司で、鋳造はゼリーだ。ちょっと違うな。おにぎりとところてんか。なんでも良いや。
鉄を叩く。火花が散る。
こうして何度も単調に繰り返すたびに、鉄が仕上がっていく。
熱気が頬をうつ。目が乾燥する。
懐かしい感覚だ。
初めて会ったばかりだが、ゴードンは、「やっとこ」と呼ばれる鉄を挟むペンチのような道具で、俺の打つタイミングに合わせて角度を微妙に変えてくれる。
両刃の剣をイメージして、鉄を打っていく。
一心不乱に鉄を打つ。
何も考えずに鉄を打つ。
打つ。ただ只管に。
打つ。
打つ。
額の汗をぬぐいながら。
ただただ。何も考えず、ひたすらに。
いつしか、時間は過ぎていった。




