第73話 大捕物
しわがれた声。
それは、ナミートのギルド長。
ゴンゲンだった。
「ウエジ。貴様、逃げられると思うなよ」
「は、コモンスキルのジジイが、寝言は寝て言えって話ですよ」
あくまでも強気のウエジ。
ゴンゲンが何故、ここにいる?
「爺さん、あんた」
自分でも弱気な声。
「話は後じゃ。こいつは、すでに手配犯。手加減はせんぞ」
次の瞬間、ゴンゲンは消えていた。
速い。俺と戦った時よりもさらに速い。
あっと言うまに懐に入り、鎧ごとタツヤの腹を殴りつけた。
横に吹き飛ぶタツヤ。
腹からくの字に曲がり、髪の毛がなびくほど。
一撃!
かと思ったら、ゴンゲンも吹き飛んだ。
「スキル、カウンター。倍返しだ! なんて」
ウエジがすぐさま立ち上がり、笑いながら叫ぶ。
「大技で、全滅させてあげますね。死んでください。暗黒の雷よ、集まれ怨念の黒き一閃!」
タツヤが右手を掲げて、何やら大技を準備したが、ゴンゲンがその隙を許さない。
「「させるわけないじゃろ」」
いや、それはゴンゲンではない。小さな少年が2人いた。
「は?」
皆、呆然としていた。ゴンゲンが分裂したのだ。
ああ、これが、あの知識の書の説明にあった双子族の秘儀か。
俺は思い出した。かつて知識の書で読んだことのあるゴンゲンのステータス。
ゴンとゲンの動きは素早く、俺たちは加勢もできずに、二人の戦いを離れて見ていた。
レイアが右腕に回復魔法を打つ。ウエジが投げてよこした右腕を肩にくっつける。
「断面が綺麗だから、くっつくわ」と小さい声で言った。
動かないでね、とも。
タツヤ、いやウエジは、ゴンゲンの相手で手一杯。
一人でも厄介なジジイが、2人。
速さも強さも同じに見える。
これは一体、どう言う原理なのだろうか。体重は二分の一なのか? それとも、同じなのか? そもそもどうやって分裂するんだ? 異世界の面白技術なのか? 謎だらけだ。
「くそう、ちょこまかと」
大技を諦め、まるでハエを払うかのような動きで、ゴンとゲンに翻弄されるウエジ。
クロちゃん刀を振り回し、牽制しながら、なんとかゴンゲンとやりあっている。
「なんじゃ!」
ゴンゲンの片割れが叫んだ。
見れば、足が凍りつき、地面にくっついている。
「はは、引っかかったな。もう剥がれないぞ」
と、ウエジが言った次の瞬間、二人はまた合体してジジイの姿に戻った。
氷だけが地面に残されていた。
合体したゴンゲンを見て、ウエジが驚いた。
「マジかよ」
「観念せい」
ゴンゲンが迫る。
その時、遠く、後ろから「大丈夫かあ」と叫び声がした。
馬に乗った冒険者の大群が救助に来たようだ。
その一瞬の隙をウエジは見逃さなかった。
ボフンという煙幕。一瞬で広がり、あたりは闇に包まれた。
盗賊のリーダーが使ったスキルに似ている。
「ちっ!」
悔し気な声を上げるゴンゲン。
しばらくして、煙が晴れた時、すでに元タツヤことウエジの姿はなかった。
投げ捨てられた右腕。
こうして俺は、多くの物を奪われた。
ウエジという同郷人によって、ほとんど全てを奪われてしまった。
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冒険者が周囲の森を探索したが、結局、ウエジは見つからなかった。
そういえば、奴は隠密のスキル持ち。
並の冒険者では、逃げに徹した奴を見つけることも不可能だろう。
ガードナーからの援助部隊は、冒険者30名に上り、中にはA級の冒険者もいたため、喫緊の危険は去ったと言えた。SS級戦闘力のゴンゲンもいる。もう一度マグナでも来ない限り、一旦は安全と言える。
襲撃のショックが抜けきらないフライドチンキ商隊の面子も、ようやく一安心ではあった。
そんな中にあって。
意味も分からないまま、何もかもを奪われた俺は、呆然としていた。
広場の倒木に座り、すでに燃え尽きた死体を焼いた焚き火の跡を呆然と見ていた。
結局、昨日からずっとここで焚き火を見ることしかできなかった。
死体の燃えかすはすでに冒険者たちによって埋められている。
土魔法で一瞬で穴を掘り、風魔法でさっと埋める。
異世界の死体処置はなんとお手軽なことか・・。
現実感が欠如している。
ぼーっと景色を見ていた。
苛立ちすら起こらない。
全くの意味不明。
モーゼルが死に、スキルが使えなくなり、相棒のオートマタが盗まれた。
全てを失うという、あのトキミのババアの予言が的中した。
そして、1ヶ月以内に死ぬと予言したモーゼルの言葉も実現してしまった。
何度も悩み、何度も食い止めようとしたが、結局、モーゼルを殺してしまった。
止められなかった・・・・。
追い打ちをかけるように、大切なものを奪われた。
大量のオリハルコンなど全財産が入ったカバンを盗まれ、クロちゃんも盗られた。
何気に重要なもの、第三の魔王から預かった呼び出しの星印のステッキも取られた・・・
残されたものを数えてみる。
カツオブシ。モーゼルの心臓。クロちゃんのカケラ。フナムシの死体。どれも砂まみれだった。そして砂まみれで枯れ果てたピノコ。
枯れ果てたピノコ。
呼びかけても返事はなかった。ピノコは死んでいた。
ピノコは何故かドライフラワーのように枯れ果てていた。
これも、タツヤことウエジの仕業だろうか。
残された荷物は大切にしよう。モーゼルの遺髪は、風で飛ばされてしまった。他のアイテムを集め、レイアが貸してくれた次元風呂敷に包み、それを懐にしまった。
あ、懐で思い出した。ずっと着たままの鉄の鎧と、神の衣は無事だ。大切にしよう・・・。
スキルは、操鉄術だけ奪われていた。他のスキルは盗まれていない。
身体強化、隠密、気配察知。これらは無事だった。
ちなみに知識の書も盗まれたので、スキルの有無は自覚できる範囲で確認しただけ。細かいレベルなどは分からない。
割と冷静に、自分の状況を確認できていた。だが、心が追いついてこない。
何もやる気が起きない。思考が散らばってしまう。
「・・・・」
下を向いて落ち込む俺に、ゴンゲンが近寄ってきた。
「・・・・」
横に座り、何も言わない。
しばらくそうしていたら、やがてゴンゲンが口を開いた。
「モーゼルの奴は、同じ道場の出なんじゃ。
奴とは、もう30年近くなる・・・。
最初は、生意気な奴が入ってきたと思った。わしはすでに40近かった。
師範代の立場で、奴を教えたこともある。
じゃが、奴の強さは、入門当時から突出しておった。
わしの師匠でもあるフー老師は、モーゼルの野生を、理で制御することを根気よく教えていた。
時にモーゼルも反発したが、自分より強い老師が、奴には救いじゃった。
暴走する自分を止めてくれる誰かがいる。それが幸せというのも皮肉なもんじゃな。
それから色々あった。時に意見が反発して、本気で殺しあったこともある。
奴の逆鱗に触れた男を、わしが庇った。その時の他にも、模擬戦で何度も戦っておる。
昔はワシが圧倒していたが、ここ10年は奴の方が、ずっとワシより強かった。
わしは老い日に日に衰えを感じるようになったが、奴はまだ若くさらなる可能性を残しておった。
奴を倒せるものなど、この世界にはおらんと思っておったが、同じ種族の、それも兄。
皮肉なものよな。
おそらくじゃが、奴は死期を悟っておったんじゃろう。長い付き合いじゃ。
そんな感じがした。
何度も、何かをワシに言おうとして、言うのをやめる。
ここ最近は、そんな感じが多かった。
最後にお前たちを救えて、モーゼルも本望だろう。
それに兄の手で死ねたのも、ある意味、本望かもしれん」
「・・・」
相変わらず、ゴンゲンの話は長い。
俺は、森の奥をじっと見つめて、何も言えずにいた。
全て失われてしまった。
時間が経つにつれ、後悔の念が積もってくる。
色々とショックだ・・・。
気がつけば、目に涙が溜まっていた。
自分の無力ぶりが、弱さが悔しかった。
悔し涙など、いつぶりだろうか。
なぜ、俺は倒れているモーゼルを助けに飛び出せなかったのだろうか。
一瞬のこととはいえ、マグナとドクロライダーの剣戟に呆然としていた。
あの時、飛び込めていたなら、モーゼルは救えていた。
言い訳はなんとでもできる。
危険だったからとか、強さに見とれたとか、あまりに一瞬のことで、と。
何度も何度も、光景が浮かぶ。あの時こうすれば、あの時こうすれば。
人生は後悔の連続と、言葉で言うのは容易い。
一瞬の判断を間違えて、取り返しがつかない。人生には何度かそう言うことがある。
だが、それは言い訳にはならない・・・。
モーゼルは・・・死んだ・・・。
少しばかり時間が過ぎて、心から悔しいと思えてきた。
怒りよりも喪失感が大きい。
女神にもらった大切な力を奪われてしまった。
俺にはもう、この世界を救うことができないかもしれない。
用無しになった。
世界を救うと軽い気持ちで引き受けたが、これまで色々あった。
自重してきたつもりだが、それでも奢っていたのだろう。そうでなければこの喪失感は説明がつかない。
モーゼルが死んだこと、スキルが失われたこと、ピノコが死んだこと、クロちゃんが離れたこと、ナイトメアに裏切られたこと。
どれもが頭の中でぐちゃぐちゃになって、感覚が麻痺している。
マグナ許さん、ドクロライダー許さん、ウエジ許さん。
そう、唱えてみても、感情が昂ぶらない。
不甲斐ないのは自分だ。
弱い。情けない・・・。
グッと息がつまる。
頭を抱えたまま、俺は前にも後ろにも進めなくなっていた。
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「重症じゃな・・・」
ゴンゲンは横のレイアに言った。
レイアは不安げな眼差して、遠くを見つめるクロガネを見た。
「お主が無事なだけでも奇跡よな。あのモーゼルが止めなんだら、商隊どころか、ガードナーまで攻め込まれたやもしれん。
それより今後、じゃ。
ワシは、お前たちをマインまで送ろうと思っておるが、ガードナーも捨ておけん、ナミートもいつ攻め込まれるか分からん。マインへ着いたのちは、すぐに戻らねばならん。
辛いじゃろうが、なんとか、クロガネを連れて、なんとか進んではもらえんか」
「・・・・」
レイアは即答できずにいた。
周囲では、ガードナーから派遣された冒険者たちが、荷造りと馬車の補修を行っている。
回復術師も数人いたようでけが人の手当を行っていた。
しばらく逡巡した後、
「・・・私には、荷が重過ぎます・・・」
と、自信無さげに言った。
モーゼルが死に、タツヤは偽物で裏切り、商隊は魔族のゲリラ攻撃で7割近い損壊。
クロガネはスキルと装備を奪われ意気消沈。
この状況下、一人でクロガネの護衛をするのは不可能に思えた。
「・・・」
ゴンゲンも何も言えなかった。
自身の読みの甘さもあった。まさかの事態ではある。
モーゼルが負けると言うことが。
一騎当千、一騎当万の強者が実在する世界。
リスクは常在する。
だが、第二魔王の最高戦力が、機密の行軍を待ち伏せするとは夢にも思わない。
魔王軍の情報収集力を舐めていたと言えばそれまでだが、ゴンゲン達ガードナーの指揮官たちにそれを知るすべはなかった。
「ここからマインまで1日ほどで着く。一旦、マインまで進み、そこで体制を整えるべきじゃな。マインへは国境を越える必要はあるが、国内の最寄りの街に戻るにも、ここからでは、街道沿いのタレッタ砦まで2日、バレストの街まで3日はかかる。砦をつないで戻るより、マインへ行く方が良かろう」
マインは独立都市国家で、炭鉱と鍛治製鉄を中心に栄えた鉱山都市である。
一方バレストは街道沿いにあり、途中に立ち寄ったレブロンよりもさらに戻る必要があった。 タレッタの砦まで戻っても、設備が不十分。
当初予定では、タレッタ砦まで戻ると言う方針だったが、冒険者が駆けつけたことで、タレッタに寄る意味はほとんどない。方針を決めるためにも、体勢を整えるためにも長期逗留できる場所が必要だった。
マインとガードナーは比較的自由に行き来ができ、防衛面でも軍事同盟を結んでいる。
マインのギルド長もゴンゲンとは親しい。
そうした判断から、ゴンゲンが提案した。
「いつまでもこの村で過ごすわけにはいかん。フライドチンキ卿の承諾を得次第、出発したい。第一魔王軍の侵攻の最中、ワシも長くは留まれん」




