第72話 オールロスト
不運というのは、弱っているものに集る。
もはや、取り巻く環境自体が腐っていると考えざるを得ないほど、不運は続く。
モーゼルを失った夜が明け、朝になり、しばらくして・・・。
「みなさん、集まってちょうだい」
生き残ったフライドチンキが、皆を集めて今後の話をしだした。
フライドチンキは、全身に包帯を巻き、満身創痍だった。
朝日に照らされ改めて目に付く村の様子。
村はヤ人族同士の戦いで、家々はボロボロになっていた。
焚き火はまだ小さく火を残していて、フライドチンキはその横で生き残った商隊メンバーに語りかける。
声が弱々しい。
「多くの仲間を失いました・・・
助けを呼びたいんだけど、ここは僻地すぎて、念話も届かないようなの。救援要請のリトを送りました・・・。
さっき返事の伝書リトが王都から届いたの。でも・・・。
王都が襲われているんですって・・・大変なことになったわ・・・。
今こちらに冒険者が救援に向かってくれています。
なんとかこのメンバーで、安全なところまで進みたいんだけど・・・、峡谷を戻ることになりそうね」
王都が襲われた。皆、そんな大ニュースにもリアクションできない。
話し合った結果。
一日準備をして、一旦、渓谷を戻り、レブロンではなく、街道沿いのタレッタという砦で、体制を整えることになった。
周りを見渡す。
ボロボロになった荷馬車。包帯でぐるぐる巻きになった隊のメンバー。モーゼルが死んだことへの心理的負担も大きい。かく言う俺も、相当参っている。
王都が襲われた。一体どうなっているのだろうか。
ここで、俺は迷う。
商隊は隠れ蓑。俺は先を急がねばならない。
商隊に付き添い旅をするべきか、それとも。
モーゼルが死んだ今、商隊を離れて先を急ぐべきか。
道を戻り、王都へ行き、ガードナーを救うべきか。
俺は決められないまま、時を過ごした。
なんと言うか。心が落ち着かないでいた。
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昼過ぎ。
結局、俺は無為な時間を過ごすしかできなかった。救助を待ち、どうするか決める。モーゼルが居なくなり、何のアイデアも浮かばなかった。
うなだれたままの商隊の隊員たち。
隼の魁メンバーとレイアは、忙しく動き回っていた。
誰もが、また魔王軍が来るかもしれないと戦々恐々だった。
敵は魔族だけではない。山奥の村のこと、大型の魔物がいつ現れてもおかしくない。夜は何とか無事だったが、この村は安全ではない。
昨日のモーゼルとマグナの戦いで、村のおまけ程度の防壁は、ズタボロになっていた。どこからでも侵入できるくらいには、ボロボロだった。
死体を燃やした焚き火は、すでに小さくなり、いよいよ消えかかっていた。
焚き火の前で座っていると、肩を叩かれた。
振り返ると、タツヤが立っていた。
逆光で見えにくいが、清々しいほどの笑顔だとわかる。
「そろそろ良いですね。もう芝居も疲れてきたんで」
?
一瞬、意味が分からなかった。
文脈が意味不明。
芝居? そろそろ良い?
「何の真似だ」
俺が振り返り、立ち上がると、次の瞬間、右手に激痛が走った。
ポトリ。と言う音。
激痛。
「ぐあ!」
あまりの痛さに混乱を来す。
地面に俺の右手が落ちていた。以前、ボーゲンに切られたのと同様。また右肩から切られる。
吹き出る大量の血。俺は、咄嗟に手で押さえる。
俺の手を、拾い上げるタツヤ。
迂闊!!!
攻撃されている。
グアアあ!!!
叫びながら、タツヤへと反撃する。左手で鉄を錬成して、斬りかかろうとした。
鉄を錬成! 剣を作り、左手でタツヤ目掛けて!?
鉄が出ない? 左手をタツヤに向けたまま。
「な!!? スキルが!?」
俺の前でタツヤが笑う。余裕の表情で。
「いやあ、良いスキルですね。鉄を操るスキル。こう言う汎用性の高いスキルは、いくつあっても良いですよね」
何を言ってる?
俺の右手から流れる血。押さえていても止まらない。
周囲が騒ぎに気づき始めた。「きゃあ」とか、「なんだなんだ」とフライドチンキの従業員が叫んだ。
激しい痛みを堪えて、タツヤを睨む。どうすれば良いか分からない。抵抗せねば。
ローグの声。
「おい、タツヤ。いきなり何を!?」
遠くにいたはずのローグが戻ってきた。
タツヤは振り向くことなく、俺を見据えたまま。ローグに答えた。
「鬱陶しいゴリラが死んだんで、そろそろ貰うものを貰おうと思ってます。みなさんも揃って死んでください」
ローグがナイフを構える。
エドガーとティアナも騒ぎを聞きつけローグの横に並んだ。
レイアが俺の元に駆け寄り、右手に治癒魔法をかけてくれる。痛みが少し引いた。
エリクサーを取り出そうとして気づいた。
カバンは右手の指に嵌めたままだった。
今は、俺の右手と一緒に、タツヤが持っている。
右手を切り落としたのは、これが狙いか・・・。カバンを奪われた。
タツヤは、右手の指からカバンを取り、カバンの大きさを元に戻した。
「汚いんで、腕は返しますね。死なれちゃ困るんで、今なら魔法でくっつくんじゃないですか?」
タツヤが用済みの右手を投げて寄越す。
「・・・タツヤ、どう言うつもりだ・・・。カバンを返せ」
汗が止まらない。何とか、声にして問いかけた。
「は、返すわけないでしょう。まあでも、理由も分からず、持っていかれるのも面白くないでしょう?」
そう言って、タツヤ。
いや、タツヤだったものは、顎に手を当てて、まるでゴムの覆面をはがすように、顔の皮を剥いだ。
見たこともない男が、立っていた。
「初めまして。僕は、ウエジ。ウエジマモルと言います。クロガネさんと同郷。割と異世界楽しいですよね。チートが有ると、ですけど」
睨むような目つきの、頬がこけた男だった。
ローグがその隙に、切りかかると「おっと」と小さく呟いて、ウエジと名乗った元タツヤが飛び退いた。
突然、タツヤが声を上げた。
「ナイトメア!」
元タツヤが叫ぶと、黒髪を乱れさせて、美少女機械人形、ナイトメアが立ちふさがった。
タツヤの前に立ち、腰を低くして構えるナイトメア。
「何!? ナイトメア、戻れ!」
俺が叫ぶと、黒い双眸が、輝きなくこちらを見た。全く無視。
「マスター権限は移譲しました。敵を排除します」
!!!!!
マスター権限移譲!?
最悪の事態。スキルは使えない、ナイトメアが裏切った、右手もなければ、気力もない。武器を収納したカバンも奪われ・・・
元タツヤが、にやけた顔を向けてくる。
「説明を聞かなくていいですか? いやね、この説明した時に相手が絶望してくれるのが、僕にとっては、たまらない瞬間なんですけどね」
タツヤは恍惚とした表情で俺に話しかけてくる。皆、臨戦態勢のまま、動けずにいた。
「ナイトメア、警戒しておいてくれ。
さて、僕のスキルを先にお教えしますね。
僕のオリジナルスキルは、そう。
チートでおなじみの“強奪!”です。
いやあ、強奪スキルは、やっぱ最強ですよね。でもね、ちょっと制約がありまして。相手が死んだら奪ったスキルも消えるんですよね。これ、不便じゃないですか?」
ケラケラと笑う。
「ガーネさん、ことクロガネさんの事は、いろいろ聞きました。
いやあ、僕の目は間違えてなかった。
ナミートの街で、噂を聞いた時、これは是非と思って。
山本君の顔と、スキルを奪ってね。あとはわかるでしょ」
いやいや、待て。
俺は知識の書で山本達也のことを調べた。そんな記述はなかった。
「お前の説明にはそんなことは載ってなかった・・・」
俺がそう問うと、
「え? もう一度、鑑定してみます?
あ、僕、偽装っていうスキルも奪ったんで、表示を変えることができるんですよ。
あと、知識の書、でしたっけ。
多分ですけど山本君、まだ生かしてあるんで、山本君のこと調べたら、そう出ますよね」
ウエジと名乗った男が、右手から奪った収納カバンに手を突っ込む。
「僕も鬼じゃないんで、全部持っていくのは勘弁してあげますね。あ、これいらない。これもいらない。
うえ、キモ。これもいらない」
鰹節とか、モーゼルの心臓とか、ピノコとかを掘り出した。
「お?」
カバンから黒いスライムを取り出した。
「なんスカこれ。スライム? 珍しいの飼ってますね」
「クロちゃん! 逃げろ」
ウエジの手の中でプルプル震えている。
「はは、なんか懐かれたみたいっすね。一応貰っときます」
クロちゃんは俺に懐いたんじゃなく、操鉄術のスキルにひかれたのか・・・。
何気にショックがでかい。なんか、めちゃくちゃ心に穴が開いた気分だ。
クロちゃんにまで裏切られた・・・。
と、その時、クロちゃんから、小さな玉が離れて、プルプルと俺の方へ寄ってきた。
「はは。分裂した! おもしれえ。えーっと、操鉄術は、っと。こうするのかな」
クロちゃんがプルプル震えて、次の瞬間、刀の形に変形した。
「おおお、自在に変形する。面白いなあ。あ、ちなみに、僕、剣術スキルレベル7なんで。あとスキルいま、36個貯めてるんですよ。言ってる意味わかります?」
隼の魁のメンバーが、俺をかばうように立った。
「これがお前の本性か。今までのは演技、ってことだな」
ローグがナイフを構えて聞く。
「そうですね。演技、ってこともないですけど。目的は、これですね。女神の勇者のオリジナルスキル」
タツヤの右手からクロちゃん刀が伸びた。
「操鉄術、ですか。はは、面白い! ってことで、一部を除いて、皆さん死んでくださいね。面白いスキルもってる人はラッキーですね。生かしてあげるんで。あ、と言っても、体は細工するから、不自由にはなります。恨んでもらって結構ですよー」
はははは。
「このクズ野郎!」エドガーが叫び、銃を構える。
「それってあなたの感想ですよね」と目をパチクリさせたウエジが言い、エドガーの攻撃をかわす。
右手で剣を構え、左手から氷の魔法を打ち出す。
「これが、氷塊ってスキルですね。魔力いらないんですよ。しかも溶けない。すごくないですか?」
自慢気に言う。
ソフトボールくらいの四角いキューブアイスが飛んでくる。
「これに人を入れると、生きたまま保存できるんですよ。ははは」
エドガーが、炎の弾を撃ち、アイスキューブに当てるが、氷なのに消えない。むしろ炎が押されてかき消えた。
「術者を倒さないと消えない系のやつだ。厄介な」
「任せてください」
ティアナが、雷の呪文を唱え、タツヤにぶち当てた。
だが・・・
瞬時に氷がタツヤの体に纏わりつき、蒸気とともに鎧を形成した。
氷の鎧をまとったタツヤ。流線型の意匠を凝らした美しい鎧だ。
電気が後逸し、煙が舞った。
「知ってました? 氷ってめちゃくちゃ冷やすと電気通しにくくなるんですよね。表面と温度差を作ると、こんな感じで、電気を逸らすことができるんですよ」
ドヤ顔で説明してくる。
「他にも良いスキル集めたんですけどね。今、一番お気に入りは、これです」
グン。
急に体が重たくなった。
「クロガネさん、わかりますか? 重力ですよー、重力―。これ、レアでしょう? ははは」
グ! 強い。
俺は片膝をついて、なんとか堪える。
皆、両手をついて、潰されるのを耐えることしかできない。
「!」
突然タツヤが顔色を変えた。
「あーっと、ヤバ気ですねえ。つうか、昨日の鉄巨人といい、乱入多くないっすか? こういうのずるくないですか」
遠くから石が飛んできて、タツヤが左手の鎧で受けた。
砕け散る氷の装甲。石も砕け散った。
俺の前に、小さな体が立つ。
見覚えのある背中。
「やばかったのお、小僧」
しわがれた声。それは、ナミートのギルド長。ゴンゲンだった。
補足
氷は絶縁体ではありません。魔法による温度差で電気抵抗の差を作り絶縁効果を持たせていると、優しい心でご納得いただけると、すごくありがたいです。




