第66話 本当の危機
盗賊団を一括りにし、放置する。
国境警備隊の部隊が、盗賊を後で捕縛にくるという。
商隊で街まで連れて行く義理はない。
この世界の人権は限りなく無いに等しい。
盗賊が死んでも誰も嘆くことはない。
モーゼルと俺は、何事もなかったかのように進むフライドチンキの商隊に戻った。
俺は、ハヤブサメンバーと合流。
モーゼルが先頭のフライドチンキに報告に行った。
隼の魁メンバーは、皆、帰還を喜んでくれた。
モーゼルの息子も無事だと告げると安堵の表情を見せた。
皆、一様に心配したと言う。
タツヤが詳細を聞きたがったので、道すがら、ある程度スキルのことはぼかしながら、経緯を伝えた。
合流は昼過ぎ。
渓谷は続き、何事もなく旅は続く。
時折、魔物が顔を出すが、商隊の護衛が火魔法を向けると逃げていった。
夕方前には、次の宿場が見えてきた。
ロインの村である。
ロインの村は、砦のような頑強な防壁はないが、木組みの刺々しい柵が張り巡らされていた。
しかし、俺は気づいた。遠方から見ても何やら様子がおかしい。
何がとは言えないが、何かがオカシイ。
商隊が止まる。
ローグが先頭へと駆けていった。
俺は周囲を警戒する。
スキル気配察知が何かを感じている。
周囲に、ただならぬ気配がした。
盗賊は片付けた。残党ではあるまい。
周囲は渓谷が途切れ、森の中に開いたような道が続いている。
視界はあまり良くない。山を下ってきているから、遠くの村まで見通せてはいるが、伏兵を配置するには、割と効果的な場所とは言える。
緊張感が増す。
まず、人通りが無い。
これまでの道はそれなりにすれ違う人もいた。
峡谷から全く人とすれ違わない。
大陸の主要な街道である。これほど長時間、人とすれ違わないことはあるのだろうか。
村に気配がない。人影がない。
俺が気づくくらいだから、先頭にいる索敵専門の冒険者は気づいているはず。
商隊が止まった理由はそれに違いない。
こちらには今、モーゼルがいる。多少の襲撃ではビクともしないだろうが、俺は嫌な予感がした。
ローグが先頭から帰ってきた。
「どういう状況だ?」とエドガーが聞く。
「どうも待ち伏せされているらしい。モーゼルと斥候が村へ偵察に行く。襲撃に備えて、各部隊、戦闘準備だ。取り囲まれている危険がある」
「敵は?」
俺が聞く。
「多数だ。5人程度は確認できたらしい」
5人?
こちらは護衛が20名もいる。
モーゼルもいる。
元はレブロンで別れる予定だったが、思わぬ盗賊の事件で、次の宿場で別れることになったのだ。
敵は気配を消していて、もっと多数いるのか。
この国でモーゼルに正面から挑むバカは少ない。
何だろうか。この嫌な感じは。
商隊を守ること、俺自身を守ること。
簡単なはずだ。それがなぜ。
俺はなぜ、冷や汗をかいている?
不明な事態に緊張が走る。
村までの距離は、およそ500メートル。
先頭はもう少し近い。
街道は直線で、村まで向かうモーゼルの姿が見えている。
敵が村を占有しているなら、モーゼルは丸見えだろう。
モーゼルは一人。斥候は木々に隠れて背後に回ろうとしている。
商隊が固唾を飲んで見守る中。
最初のアクションは、吹き飛ぶモーゼルと
「逃げろ!」
と言う彼の叫び声だった。
隊列が後退しようとした時、周囲の森から、気配が強くなった。
この気配には、覚えがある。
魔族だ。
「魔族だ! 囲まれている!」
俺が叫ぶと同時に、隊列は混乱をきたした。
数人の護衛が、いきなり血を吹き出して倒れた。攻撃だ。
どこから? 全く分からない。
「下がれ、戻れ! 峡谷まで戻れ!」
大きな声で叫ぶ指示。
隊列は回れ右して来た道を戻ろうとした。
だが、道を塞ぐように、魔族が立ちはだかった。
俺は、その魔族を見定めた。距離はあったが、すぐに分かった。
風魔法を使う魔将軍、ボーゲン!
なぜこんなところに、何が起こっている?
奴はやばい。商隊の戦力では太刀打ちできない。
と思ったら、俺の馬車のすぐ後ろで、爆発するような音がした。
振り返ると、馬車がすごい勢いで森に飛ばされていた。
巨体がショルダータックルの姿勢で土煙を上げている。
バーナビウス!
奴も来ているのか。
隊は混乱を極めた。
まさかこんなところで、魔族が襲撃してくるなど、予想もしなかった。
正確に言えば、襲撃は予想できた。
だが。
魔将軍が来るとは思っていなかった。
そして、モーゼルは・・・。
激しい破壊音とともに、村に土煙が上がる。建物より高く舞い上がる土砂。
うわあああと言う絶叫が隊のあちこちから聞こえる。
魔族の兵が森の中から次々と出てくる。
どうする。どこを守る?
逃げる選択肢も頭に浮かぶ。が、逃げる訳にはいかない。
全員を救う!
バーナビウスも強いが、商隊の護衛で挑めば時間は稼げる。
だが、ボーゲンは格が違う。
モーゼルと俺以外なら瞬殺されてしまうに違いない。
迷う暇はあまりなかった。
俺は、風の魔将軍・ボーゲンに向かい走る。
鉄の盾を展開。ワイヤーを木々に飛ばし、その反動で、体を飛ばす。
槍を生成し、ボーゲンに突進。
このまま、貫く!
と、ボーゲンの数メートル手前で、目に見えないクッションのようなものに弾かれた。
これは!?
この感触は!?
エアクッションのような感触。風魔法か?
弾かれて着地、槍を構えるが、切っ先が切られた。鉄を切る!? だと?
「待ちわびたぞ、クロガネ! あの日の屈辱、ここで晴らす。お前ら全員の骸と共に!」
ボーゲンが吠えた。嬉しそうに笑う。
「俺が目当てか! 俺はこっちだ」
俺は、森の中に奴を連れ出そうとした。
が。
「ふん」と鼻で笑うボーゲン。
「お前ら、人間の弱点は、百も承知だ」
と言い、不敵に笑った。俺に一瞥をくれて、ローグたちの方に手を向ける。
「こういうのは黙ってられんだろう。別段、貴様が逃げようと構わん。こいつらを皆殺しにしてから、お前を追う」
うわああと叫び声。護衛の一人が切り裂かれた。あれはライゼッカのところの仲間だ。ライオルと言う名前の男だ。
腕がちぎれ、ハラワタが飛び出た。
く!? 全く斬撃が見えない。
相変わらず冷静で、残忍なやつだ。俺が仲間を見捨てないことを見越している。
「俺の異名はゼクウ。空を絶つと書いて絶空。
貴様、すでにあの女神の結界は使えんな。
女神の結界を持たぬお前など、俺の敵ではないわ!」
鉄の盾を構えるが、全く意味を成さない。ならば、前面、視界一面に鉄の壁を展開!
厚さ5センチの鉄の壁。
しかし、ただの空気のはずが、鉄を刻んで、進んでくる。
不可視の斬撃。鉄の壁のおかげで軌道は読める。が、斬撃の数が多すぎて、すべてかわしきれない。
強い!
奴を囲むようにして鉄を展開しようとするが、空気の壁が押し返してくる。質量ある空気の壁!
デタラメだ。空気がこれほど固いなど。
「ははは。所詮は、ニンゲン! 脆弱なものよ。どうした白い箱は使わんのか? そうだろうな、女神は我々の手の内だ。もう使えるはずもない。さあ、死ね」
斬撃の数が増える。
今、女神は手の内と言ったか。やはりか。
と、そこへ、稲妻が走った。
ボーゲンに当たり、その体を弾き飛ばす。ボーゲンはよろけたが、転ぶこともなく耐えた。
隼の魁のメンバーが駆け寄る。
「俺たちもいるぜ」
ローグがボーゲンに駆け寄る。
見ない斬撃がローグに迫る。ローグは避けた。
どうやって? 見えないはずだ。
その時、俺にも見えた。青く光る斬撃が。
気がつくと俺の体から、青い煙のようなものが立ち上っている。
振り返ると、青い糸のようなものが、ティアナに繋がっていた。
「さあ、これで見えるでしょ! 頑張って」
ティアナが必死の表情で言う。
なんだこれ? なぜ空気が見える?
声を上げて聞く訳にもいかない。
ボーゲンに向き直り、盾を展開。
鉄を硬化し、空気では切れないほどに凝縮する。
飛んでくる空気の斬撃が青い光を伴って見える。
ボーゲンの周囲もほのかに光っていた。
その数、数十。なんて数の魔法を一度に放つんだ、こいつは。こんな化け物だったのかよ。
以前に戦った時は、空気の斬撃が全く見えなかったから、どれほどのものか分からなかった。
ティアナのそばに寄り、彼女を守る。
この戦い、彼女が鍵を握っている。どう言う理屈かは分からないが、彼女のスキルが斬撃を可視化している。この感じは、魔力か。魔力が見えているのか。自身だけではなく、その能力を他人にも貸し与えることができる? そう言うことか。
彼女が倒れたら、戦線は瓦解する。
「おい、魔族。こっちだ」
少し離れたところから、エドガーが魔銃を構えて狙いをつける。
「小癪な」
ボーゲンが、エドガーめがけて斬撃を飛ばす。エドガーは斬撃を撃ち落としながら、確実にボーゲンに弾を当てる。ボーゲンは全く効いている様子はないが、なんと言うか、少し気迫が減ったような感じがした。
おそらく、あの弾はデバフ弾だろう。なんらかのステータスを押し下げているに違いない。
ローグがボーゲンの背後から、ナイフを突き立てる。が、相手はSクラスの魔将軍。あっさりと躱され、カウンターの空気弾を撃ち込まれ、ローグの体が吹き飛んだ。
やばい、ローグを狙っている。
俺は、カバンを開き「ナイトメア!」と叫んだ。
カバンから飛び出す人影。
ボーゲンとローグの間に立ちふさがるナイトメア。
ボーゲンの風魔法が、ナイトメアの髪を斬り散らす。
「なんだこいつは、報告にあった戦人形か。小癪な」
ナイトメアの体に緑のラインが走り、急加速しボーゲンに迫る。だが、また見えない壁に遮られ、近寄ることができない。
「フルバースト」
ナイトメアがつぶやき、両手の文様がスパークする。迸る紫電。しかし、今度はボーゲンに届くことなく、球体の表面を滑るように後逸した。
攻防一体のボーゲンの風魔法。
遠くの敵は見えない斬撃、近寄れば圧縮空気で弾き飛ばす。厄介な奴だ。
周囲では戦いが続いている。バーナビウスの咆哮が聞こえ、破壊音がする。あちらこちらで戦闘音が聞こえる。剣を叩きつける音、木々が倒れる音、足音、怒声。
レイアとタツヤは、バーナビウスを抑えているはず。
モーゼルは何と戦っているのか。モーゼル不在の商隊は、魔将軍相手には力不足と言わざるを得ない。モーゼルが戻れないほどの強敵が現れたのだろうか。
ボーゲンが笑った。
「小賢しい奴らだ」
抵抗を見せる俺たちに業を煮やしたように、ボーゲンが吐き捨てる。
「鬱陶しいにもほどがある。
俺の二つ名、絶空の本当の意味を教えてやろう。
全員、くたばれ」
猛烈な魔力。ボーゲンの全身が光る。
ーー! 絶 ! 空 ! ーーー
キーンという耳鳴りがしたかと思うと。
次の瞬間、周囲から音が消えた。
かヒューと肺の空気が抜けた。、い、息ができない。なんだ!???? 何が起こっている?
「・・・・・・!!!!」ボーゲンが高笑いしている。
叫び声も、何もかもの音が消えた。
途端に、息が苦しくなり、血管が浮き出た。視界が霞む。
体が重い。動けない。
ボーゲンが両手を上げて笑っている。笑い声は聞こえない。
何が起こっている?
かろうじて周囲を見渡すと、皆、首や口を押さえて、のたうちまわっている。
目が充血し、目玉が飛び出しそうになっている。
苦しい。息が・・・
「・・・・・・・!」
叫ぶが、声が出ない!?
ナイトメアがボーゲンに迫るが、またしても届かない。音が全く聞こえない。
ナイトメアが弾き飛ばされた。
何が起こっている!?
これは、周りに空気が無い、のか!?
どこまでが、敵の攻撃の範囲だ!?
真空。
空気を絶つと書いて、絶空。
空気が絶つのではない。
空気を絶つのだ。
これが、奴の名前の由来か!
どうやって真空を破壊する?
境界を切れば、元に戻るのか? 境界はどこにある? 見えない!!!
このままでは全員窒息死する。
焦る。もがく。
何もできない。動けない。息ができない。体が重い。
体内の空気が外に出ようと膨らんでいるのがわかる。皮膚が破裂してもおかしくない。
寒い。温度が急激に下がっている。真空だからか?
「・・・・・・!!!」
目の前でティアナが首を振っている。
顔が腫れている。
鉄を展開! ボーゲンへと突き刺す。
が、又しても壁に阻まれた。見えない空気の壁。真空を自在に操作しているのか。
やばいやばいやばいやばい。息が持たない。
商隊全てを包み込む、真空の空間。
音のない世界で、ボーゲンが高笑いしていた。




