第65話 盗賊団の最後
ペロン峡谷は、夏を過ぎ、秋色の風が吹き始めていた。
標高1000メートル級の山が立ち並ぶこの地の、谷間を縫うような道。
これが、湾岸街道の最難所。ペロンの七曲りである。
ペロン峡谷を抜けた先には、ロインという小さな村があり、そこまでは宿らしい宿もない。夜更けとなれば、獣も多く出るため、8時間の工程を要するこの道は、日が昇っているうちに抜ける必要がある。
望遠鏡を片手に、男は街道を見張っていた。
ヤケクソの団の頭領、レル=ザッズだった。
間も無く、商隊がここを通る。
手はずは整っていた。
モーゼルは遠ざけた。どのみち、戻るまでは2日はかかる。
その間に、商隊はここを通る。通らざるを得ない。
商隊というのはそういうものだ。いくら強いとはいえ、護衛一人の都合で動くものではない。
遠くに砂煙が見えた。商隊の列が見えた。
あと半刻もしないうちに、罠の下を通る。
順調であった。
レル=ザッズは、その長い前髪の奥にある恨みがましい瞳で、望遠鏡を覗き込んだまま、動かない。
手はずは整い、いよいよ、とばかり右手を挙げた。
横の手下が、鏡を反射させて合図を送る。
岩場が崩れて、石が落ちる。はずが、全く落ちない。
なんだ、何があった。誰がしくじった?
どさり、という音がして、レル=ザッズが振り返ると、鏡を持った手下が倒れていた。
強烈な殺気に、脇目もふらず、レル=ザッズは飛び降りた。
高さ30メートルはある崖の上から。
「逃すかよ。お前が頭か」
相手も化け物。モーゼルだった。
レルは目を見開く。ワカメのようなその髪の奥で、小さな瞳が見開かれた。
腹部に衝撃を受けて、落ちながら吹き飛ぶ。
血を吐きながら、崖に背を打ち付け、そのままバウンドして岩に激突した。
うう、と唸りながら、立ち上がるレル=ザッズ。
まさかここでモーゼルが出てくるとは。
なぜ、足止めができていない。
じゃりという砂を噛む音で見上げると、モーゼルが居た。
「お前の部下が全て吐いた。お前の部下たちも、粗方、俺たちが片付けた。お前は、終わりだ。俺の家族に手を出した時点でな」
くそ、くそ、くそ。
間抜けが。
しくじったのは、どこのどいつだ!
許さねええ。許さねえ。
実のところ、お互いに知らないが、レル=ザッズとモーゼル=ビッグズは、境遇が似ていた。
モーゼルには愛された記憶があり、レルにはなかった。
モーゼルには愛する人ができ、レルにはできなかった。
にじり寄るモーゼルから這いずり逃げるレル=ザッズ。
よだれを撒き散らしながら、レルが吠えた。
懐からナイフを取り出すと、痛む腹を抱えながら、モーゼルに構える。
「勝てるとでも」
モーゼルが言う。
「竜をも殺す、オニジギタリスの毒だ。傷の一つくらいつけることはできる」
数あるレルのスキルの一つは、ナイフ術。
Aランクの冒険者とやりあっても、遜色はない腕を持つ。
だが相手は、Sを超える超戦力。正面切って戦う気などない。
モーゼルにしてみれば、相手の動きなどハエが止まるほど遅い。
毒が塗られていようが、避けるまでもない。そもそもあの程度のナイフが刺さるはずなどない。
そう思って見ていると、レルが分身した。
2人が3人に、3人が4人に。統合し、分裂し、本体が分からない。
「大道芸か」
モーゼルが分身を叩くと、ボフンと音がして、墨のような煙が爆発した。
く。なんだこれは。
「モーゼル!」
クロガネが、近寄ってきたのはその時だった。
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ほぼ全員に近い盗賊を、ワイヤーで縛り、モーゼルに加勢しようと向かうと、俺の見ている前でナイフを出した敵が分裂した。
モーゼルが、その1体を殴ると、そいつが爆発したのが見えた。
「モーゼル!」
俺が叫ぶと、モーゼルは煙の中で手をジタバタして、叫び返した。
「来るな、こいつは」
毒だ!
モーゼルが叫ぶと同時に、分身がこちらに襲いかかってきた。
身体強化を極限まで高め、ゾーンへ入る。
操鉄術を展開。
高速で槍を錬成し、分身へ突き刺す。
思えば、対人の殺し合いは、これが初めてだ。
覚悟は十分。
殺さなければ殺される。
槍が貫いた体が、爆発する。黒い煙。
俺は、慌てず巨大な扇風機を錬成し、煙を吹き飛ばす。
「な!?」
敵の大将が驚いて声をあげた。
お前か。
声の主に向けて槍を集中させる。
敵もさる者。ナイフでいなしながら、避けていく。
海藻のような髪の毛で、よく見えるものだと感心する。
次の瞬間、横から飛んできた盗賊の横腹にモーゼルの拳が突き刺さった。
「ぐえええ」と血を吐きながら、盗賊の大将が吹き飛ばされる。
狭い足場。
飛ばされた盗賊の頭領は、そのまま中空へ。
うわあああと断末魔をあげて、崖から落ちた。
ぐしゃり、岩にぶつかったと音がした。
モーゼルと顔を見合わせた。
「どうする?」
逃すと厄介だ。
崖下に降りて、死んだかどうかを確認する。
数十メートル下。崖を降ったが、死体はさらに下。
岩場から覗き込むと、崖下に男が頭をスイカのように破裂させて倒れていた。
間違いなく、死んでいる。
おっと。甘いことは止めよう。
名前を鑑定。レル=ザッズ。
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レル=ザッズ
通称 頭領 危険度S 戦闘力S
ガードナーのスラム出身の元難民。盗賊ヤケクソの団団長。ヨーラス大陸からの難民で、スラム街で育つ。幼少の頃から犯罪を繰り返し、今に至る。数十名の部下とともにヤケクソの団を結成。ペロン渓谷にて、モーゼルにより崖下に突き落とされ死亡。
スキル 秘匿
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間違いなく死んでいるようだ。スキルが気になる。
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スキル 秘匿
スキルを秘匿するスキル。神眼以外のあらゆる鑑定を妨げる。
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スキルが分からない。が、死んだ以上は、警戒することもないだろう。
「どうだ? 俺は死んでいると見た」
モーゼルが聞く。
「鑑定したが、死んでいる。近くに寄るか? 遺体は回収するか?」
モーゼルが首を振る。
「ここで鳥にでも食わせれば良い」
と言った。
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ペロン渓谷には、カラスに似た鳥が多く住む。羽根はコウモリのようで、クチバシはハチドリのように尖っている。蛇行して飛行し、直線的に下降してその尖ったクチバシで、獲物を刺す。
死体を好んで食うことから、黒死鳥と呼ばれる不吉な鳥だ。
数匹の黒死鳥が、レル=ザッズの死体に群がっていた。
目玉をほじくり、はみ出た脳みそを啄む。
ぎゃーと鳥が吠えた。死体の手が、鳥を掴んだのだ。
他の鳥が慌てて逃げる。
死んだはずのレル=ザッズ。その裂けた口が、鳥を飲み込んで、砕いた。
見る間に、修復される顔面頭蓋。
「痛いし、このスキルは嫌いだぜ」
ぼやくように死体だったものが言う。
ふうと大きく息をついた。
レル=ザッズの持つ複数のスキルの中で、最も強力なその名は「残機」。
殺した人の数だけ、復活できると言う壊れスキルであった。
ちなみに、レル=ザッズ本人もあと何機残っているか知らない。天井がなければ3桁。いや4桁は残機があるはずだ。
だが、ただ痛い。しかも服が汚れる。
首をコキコキと振りながら、レル=ザッズは立ち上がり、歩き出した。
盗賊団は壊滅したが、彼にはもうどうでも良かった。
生きるすべはいくらでも知っているし、乱世、何人殺そうとも、大したことはない。
レル=ザッズしか知らない隠し倉庫がある。そこには、数年は遊べるだけの財産が眠っている。まずは、そこで預金を下ろして、次の街へ行こう。
首をコキコキしながら、彼は消えた。




