第63話 モーゼル 絶望と希望の日々
道場を出たモーゼルは、一度、育ててくれた老父婦へ挨拶へ向かうことにした。
手紙のやり取りはあったが、もう8年近く会っていなかった。
しかし。
フォレンの外れの寒村にたどり着いたモーゼルを迎えてくれたのは、二人の墓だった。
老父婦は、すでに死んでいた。
モーゼルの髪が逆立ち、怒りに燃えた。誰にと言うわけではない怒りだった。
その怒りは自分自身に対してであり、父母を殺したかもしれない誰かであり、父母の死を知らせなかった誰かに、であった。
「待っていた」
その声に振り返ると、探し求める兄がいた。
なぜ、そのタイミングで、モーゼルが戻ることを知ったのか。偶然なのか、はたまた・・・。
「なぜ、ここに」
モーゼルが問うと、マグナが笑った。
「お前を誘いに来た。くだらん人類を滅ぼすために、力を貸せ。それがヤ人族の悲願だ」
モーゼルは、静かに怒った。自身の境遇は、兄のせいで不幸に落ちた。恨んでいないといえば嘘になる。
「今まで何処に」
「ヤ人族の里だ。他にも色々と見て回った。俺は確信した。やはり人は滅びねばならん」
俺と来い。
マグナの言葉に、怒りがさらに高まる。モーゼルはマグナが父母を殺したと、直感的に感じた。
「父上、母上を殺したのは、貴様か」
ゴゴゴゴと地面が震えるような怒気に空気が震える。
「は、父? 母? こいつらは老いぼれた人間だ。俺たちの親ではない」
次の瞬間、モーゼルの右の拳が、マグナの頬を貫いた。
が、マグナは立ったまま、微動だにせず、拳を受けた。
「軟弱な拳だ。貴様は、貧弱な人間の武術を学び、その力を弱めたに過ぎん。これがヤ人の、俺たちの本当の力だ」
マグナの体が、湯気で歪むように見えた。
次の瞬間、モーゼルの右の肩が高速で貫かれた。モーゼルの硬い皮膚を貫き、肉に腕が刺さる。
「怒るなら人間に怒れ。老いぼれを殺したのは、俺ではない。人間どもだ」
マグナの言葉に、躊躇するが、余計な考えを振り払い、モーゼルは吠えた。
全力を振り絞り、マグナを殺そうと、本気の拳を、本気の蹴りを放つが、森林を破壊するだけで、マグナは無傷。
甲高い笑いをあげて、モーゼルを子供扱いする。
「ほら、手加減してやってるんだぞ。これまで何をしてきた。ハハハ」
やがて、老夫婦の墓をなぎ倒し、身体中から血を流すモーゼルが倒れ込んだ。
「一緒に来ないと言うのならば、ここで死んでもらうか」
石ころを蹴飛ばすように、マグナがモーゼルの腹を蹴り上げた。
モーゼルは意識を失い、目が覚めた時には、マグナは消えていた。
なぜ殺されなかったのか。なぜ生かされているのか。不思議に思った。
モーゼルを取り囲むように農夫が鍬を突きつける。
「この疫病神が! まだ懲りねえのか。この有様だ。出て行け。疫病神! 二度と帰ってくんな」
モーゼルは、殺気に満ちた。
くだらない人間! 老父母を殺した人間!
その時浮かんだのは、老師の言葉。「力は正しく使え」
拳を握りしめ、モーゼルは立ち上がると、村人達に一礼して、去った。
石を投げてくる村の子供達。
二度とくるなと言う女衆の野次。
里の外れの高台で、モーゼルはうなだれ、動けずにいた。
これからどうすべきか。モーゼルは絶望に暮れた。
モーゼルは、兄の言葉を思い出した。ヤ人族の里。
そこに何が残るのか。ヤ人族は何故滅んだのか。
モーゼルは何も知らなかった。絶望の中にあり、微かな活力は、自らのことを知りたいと言う要求だった。
なぜ、俺は。なぜ、兄は。
母はなぜここで死んだのか。父は何処にいるのか。
モーゼルは立ち上がり、里を後にした。
冒険者として最初に登録したのは、ヤ人の里があると言うヨーラスの 西部の都市。アルメニア大陸から海を渡り、ドイルの街から東に200キロほど離れた、クリスティンという街だった。
ヤ人族の隠れ里の正確な位置は、どの書物にも書かれていなかった。当時、すでに滅びて二十数年。人々から忘れられていた。かろうじてヨーラス大陸の西のどこか、その記述だけが頼りだった。
クリスティンの街は、東西交流の要で、当時は栄えていた。
この頃はまだ第一の魔王は活動しておらず、女神の塔への巡礼者が通る女神街道の要地として、旅の人々を癒す街であった。
モーゼルはこの街で、冒険者として名を馳せる。2年ほどの間に、Aランクを取得した。
近隣のクエストをこなすうちに、ヤ人族の里の場所がだいたい絞られてきた。
クリスティンの街の北西、80キロのあたりにある、魔崖竹林と呼ばれる地域に隠れ里があることが分かった。
そり立つ崖に、槍のように突き出す竹林が冒険者すら阻む秘境。
誰も近寄らない、不毛の地。
かつて数十年前には、ヤ人が目撃されたというその地に、モーゼルは向かった。
モーゼルは、ソロで活動していたため、竹林へも一人で向かった。長い期間の探索になることを備えて、近くの村に宿をとった。
地形を探索しながら、崖を登り、地図と睨み合いながら、里を探した。
探し始めて2ヶ月。
モーゼルはその超人的な体力で、里をついに探し当てた。
倒れた木々に埋まる、小さな小さな集落だった。
里は、朽ち果てていた。人影はなかった。
焼けた廃材。古びた弓矢。カビた石材。血の跡。
そして、骸。
すでに里は、滅びていた。
里の廃墟に腰掛け、モーゼルは考えた。兄は何を見たのだろうか。
モーゼルは、廃墟に痕跡を求めた。
雨ざらしの廃墟に痕跡は残っていない。モーゼルは焦ることなく、じっくりと腰を据えることに決めた。
モーゼルは、まず、墓を作った。
放置されている名もなき骸を丁寧にかき集め、一つづつ、里の外れに埋め、墓標を立てた。荒削りの岩で墓標を立てた、銘は打たない。というか、打てない。
ヤ人族の優秀な鼻が、異質な匂いを嗅ぎ分けた。廃墟の下に、空間がある。
里を発見して数日。モーゼルは、地下室を見つけた。
埃に足跡。
兄のものと思えた。
奥に進むと、扉があり、その向こうは、カビと誇りの匂いに満ちていた。
一人の亡骸が、机に伏せていた。
老いたヤ人のミイラだった。
襲撃から逃げ延びたのだろうか。
ミイラの皮膚は焼け焦げていた。刀傷も多数あった。
長い年月のおかげで、死臭は消え、埃の匂いが鼻をついた。
男の手に、本が握られていた。
モーゼルがそれを手に取ると、骸がガタリと崩れた。
モーゼルは、亡骸を丁寧に集め、本を読む前に、また墓を作った。
再び地下室に戻り、本を手に取り、表に出る。
本の中身は、見知らぬ文字で書かれていた。道場で一通りの読み書きは習ったが、知らない文字だ。ヤ人族の文字と思われた。
いくつかの疑問が浮かぶ。兄はこの本を読んだのか。文字は読めたのか。なぜ、本をここに残したのか。
答えは、何もない。想像するしかない。
だが、モーゼルは確信していた。兄はこの本を読んだ。そして、モーゼルのために残した。と。
里を綺麗に掃除して、モーゼルは、里を出た。
その本以外には、何一つ持ち帰ることはなかった。武器の残骸や、装飾品もあったが、盗賊のような真似はしたくなかった。兄は何か持ち帰ったのかもしれない。
クリスティンの街に戻り、学者を探した。ヤ人族の研究をしている学者を求めた。
ギルドを通じて、知識人を頼り、ヤ人族を専門に研究する学者を探し当てた。
本の中身の翻訳を頼んだ。代わりに、その本をくれてやる約束をした。
翻訳の結果。
それは、日記であった。
人間への恨みがつらつらと綴られていた。いかにして里が滅びたかが書かれていた。
ことの大まかな内容はこうだ。
ヤ人族は、古く、神々の兵として作られた。太古の神々は、ヤ人族のその強さを恐れ、この世界から消える際に、ヤ人族から教養を奪った。
そして、住む地を封じ、大ルパンザの村から出ることを禁じた。
時は流れ、神々に裏切られたことを告げる魔族が現れた。当時のヤ人族は、その口車に乗り、人々を滅ぼすための尖兵として力を振るった。
屈強なヤ人族とはいえ、少数の民。数百を数えた一族は、少しずつ数を減らし、次第に衰えていった。
ある日、ヤ人族の里が人に知られることになる。大ルパンザの村は襲われ、その時生き延びた人々は、逃げ延び、ヨーラスの竹林の村を作った。
その頃すでに、魔族に組した悪魔の部族としてヤ人族は忌み嫌われていた。
しばらくの平安な時代の後、ヤ人族の里へ、人類が攻め込んできた。
女子供まで殺そうと襲い来る軍隊。ヤ人族は、人類を恨み滅んでいった。
最後の一人になった老人、名をバゼル。モーゼルの祖父ということが分かった。
なぜなら、日記に娘と孫を逃すと書いてあったからだ。孫の名に、マグナとモーゼルと書かれていた。
母の名は、リゼル。
その時初めて、モーゼルは母の名を知った。
老人の日記には、攻め入られた時、毒を盛られながらも最後まで抵抗し、無残に殺されたが、死んだふりをしてやり過ごし、なんとか地下へ潜り、日記を書いたという詳細が記されていた。
右目と左耳を失い、生き絶えたフリを続けるも、執拗に剣を突き刺され死んでいるか確かめられ、最後に火を放たれた。
燃える村にあって、じっと我慢をし、煙の中意識がいよいよのところで、なんとか這って地下へ逃れた。
日記の最後は、人類に対する怨嗟の言葉が、生き絶えるまで続いていた。最後はミミズが這ったような文字となり、何が書いてあるか判別しない。
モーゼルは本の内容に絶望した。
やはり兄の言っていたことは正しかったのか。人類は敵なのか。
モーゼルは酒に溺れた。
適当な生活が5年ほど続いた。
惰性で冒険者をし、その日の日銭を稼ぎ、酒に使う。無為な日々。
モーゼルは希望を失っていた。
人類は滅ぼすべきという兄の言葉。老父婦の笑顔。鍛えてくれた師。この街の冒険者仲間。
誰が敵で誰が味方なのか。すでにわからなくなっていた。
そんな、ある時、モーゼルは2人と出会う。
シールという青年と、ジェニファーという女冒険者に。




