第62話 モーゼルの回想
数々の拷問器具。さすがに、人権意識が低い世界では、これがスタンダードなのだろうか。
薄暗い部屋。壁には鎖と手枷。棘のいっぱいついた道具類。小さい檻、ノコギリ、ハサミ、ピンセット。
コソと呼ばれた男が、涙を流しながら、その光景を見ていた。いや、見さされていた。
「ゲブう ううう」
ドロと呼ばれた男の腹に、モーゼルのでかい拳が突き刺さる。
数人の回復魔法使いが、一斉に回復魔法を唱える。
強制回復腹パン地獄や。
俺は経験者だから文字通り痛いほど分かる。
猛特訓で経験済み。思い出すだけで吐きそうになる。
「もう、もうやめてくれええ」
あれから、3時間にもなるが、モーゼルは金色に輝いたまま、髪の毛を逆立てていた。
その鬼神のような怒りの形相は、かつての戦で幾万の敵を怯ませたという。
地獄の鬼の顔に似ていて、たかが盗賊が正面から見て耐えられるものではない。
同情するが、自業自得とはこのことだ。
ある程度痛めつけたら、交代させられる。
解放されたといえ、目の前で相棒の拷問を見せつけられる。何度も交代させられ、泣いて懇願しても許してもらえない。モーゼルのパンチは壁すらぶち抜く。手加減はしているだろうが、普通の人間に耐えられるものではない。
扉が開いて、シュサカが入ってきた。
「連れてきましたぞ」
声には忸怩たるものが滲んでいた。
シュサカの後ろに縄で巻かれた男が、投げ出されるように部屋に入れられた。
倒れこむ男。
そう、盗賊の2人はこの部屋に入って10分ほどで、簡単に白状った。
2人は、協力者の名前を早々に告げた。
それが、この連れてこられた男。名をボンビンと言う。
ボンビンは、衛兵になって7年の中堅どころだが、数年前から盗賊に便宜を図っていた。
捜査の情報が入ると、それを売り、街の出入りを行うための偽造の通行証を渡し、警護の薄いところの情報や、時には盗賊団を裏切ったものに罪を押し付けることなどを行ってきた。
今夜、モーゼルの息子が無事に連れ帰され、盗賊が捕まったと聞き、家財を持って街の外に逃げようとしていたところを憲兵により捕縛された。
3時間もかかった理由は、そう言うことだった。憲兵が家に駆けつけた時は既に蛻の殻。
こうした時に頼りになるのは知識の書で、俺が行くまでもないと思い、憲兵に居場所だけ教えてやった。
ボンビンは、蹲り、勘弁して勘弁してとうわ言のように繰り返している。
「死ねええええええ」
これまでにないほどの気迫と、大声でモーゼルが足を振り下ろした。
ボゴンと音がして、床に穴が空いた。
ボンビンの頬をかすめ、モーゼルの足が床を貫く。
ボンビンは泡を吹いて気絶した。
「他にも仲間がいないか、こいつに聞いておけ。ガーネ、盗賊団を潰すぞ」
モーゼルはそう言って、部屋を出た。
盗賊団の居場所は、すでに聞いている。
計画も全て泥棒の2人が吐いた。フライドチンキの商隊を襲うと言う。
俺がいなければ、モーゼルはどれほど足止めされただろうか。
その隙に、商隊を襲う算段らしい。ペロンとかそんな名前の渓谷で、待ち伏せしているらしい。
商隊はもうすぐ朝になれば出発する。
俺たちが急げば出発までに追いつく。
追いつけば襲撃は防げる。
だが。
モーゼルは、それを許さなかった。
先回りして、盗賊団を徹底的に壊滅させると誓った。一人残らず捕えると、そう言った。
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街道を避けて、山中、森の中を縫うように進む。
俺とモーゼルの速度ならば、商隊より先回りできる。
ペロン峡谷で待ち伏せている盗賊を強襲する。
走りながら、モーゼルは饒舌だった。
生まれた場所のこと、育った環境のこと、兄のこと、兄弟の別れ、ガードナー王との出会い、国のために戦ったこと、これが最後と言わんばかりに、モーゼルが語った。
森の木々を駆け抜ける間。岩場を飛ぶ間。
駆け抜けながら、モーゼルの話を時折、質問をしながら聞く。
モーゼルの話をまとめると、このような話だった。
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モーゼルが物心ついた時、隣国、森の中の国、フォレンの山間の寒村に暮らしていた。
老父と老母。名をファイン=ビッグズ、メリア=ビッグズと言った。
モーゼルの名乗っているビッグズ姓は、育ての親の名前だった。
老夫婦は、幼い兄弟をひっそりと育てた。
のちに聞いたところ、ある日、ボロボロの衣服の女が逃げ延びてきて、幼子2人を残して息絶えた。
女は自らをヤ人族の生き残りと言い、子供達の名を告げて、そのまま息絶えた。
老夫婦は、ヤ人族がどのような種族か、知っていた。
裏切り者の乱暴者の種族。戦いを求める野蛮な血。
そのような話を噂として聞いた。
情報が乏しい村では、戦争の話も遠い。
時折、旅の商人が運んでくる噂程度しかない。
崩れ落ちる女が抱える二人の赤子。
黒髪の男の子と、金髪の男の子。
黒髪の男の子は2歳くらい。金髪の男の子はまだ乳飲み子だった。
女を家の裏の山に埋め、老父婦は、密かに子供たちを育てることにした。
村の人々には、都会に出た娘の子供と偽った。
縁を切った本当の娘はとうの昔に死んでいる。
ヤ人族の女が告げた名前は、黒髪の方がマグナ。
金髪の方がモーゼル。
二人は貧しいながらも、必死に育て、やがて子供達は、少年となった。
ある日、村の子供達と遊んでいたマグナが、子供を殺しかけた。
カッとなり、小突いたつもりが、相手を吹き飛ばし、頭蓋骨を折った。
幸い、後遺症が残るような怪我ではなかったが、マグナはこのことで責められ、以降、村人と距離を取った。
モーゼルはその時のことをあまり覚えていないが、村人の風当たりが急に強くなったことを肌で感じたと言う。
兄のマグナはその頃から、やさぐれ、悪童として評判になった。
老夫婦が教えてわけではないが、マグナは自らがヤ人族だと知っていた。
母親が最後の道中で言い聞かせたのかもしれない。
それともヤ人族の未知の力で知ったのかもしれない。
マグナはそのプライドを燻らせるようになっていった。
山へ入り、獣を殺しては、その内臓を人の家にぶちまけたりした。
モーゼルは、兄を追いかけようとしたが、その度に殴られ、追い返された。
老父は、マグナを叱り、なんとかなだめようとしたが、マグナは頑なで、やがて乱暴者として手をつけられなくなった。
大人も全く歯が立たない。
ある日、マグナがモーゼルに言った。
「俺たちは、誇り高いヤ人族の末裔。たかが人ごとき、相手にはならない。奴らは滅びるべきだ」
モーゼルは意味がわからなかった。モーゼルは、老父婦が好きで、村の人も好きだった。
そんなモーゼルに、マグナは侮蔑の言葉を告げる。
「この腰抜けが」
荒れた日々は、それほど長くは続かなかった。
フォレンの騎士団が動いた。
マグナの行き過ぎた行為に、村長が呼び寄せたのだった。
結果。
数十人に上る騎士団を、マグナは返り討ちにした。数人が死んだ。
これは、マグナにとって終末への螺旋の始まりだった。そして、モーゼルにとっても平和な日常の終焉だった。
「マグナ。お前はなんと言うことを・・・」
悲嘆にくれる老婆の言葉に激昂するマグナ。
触るな人間風情が! マグナが老婆に手を挙げる。育ててもらった恩など何処にも感じていない。
モーゼルは、老婆の前に立ちふさがった。「お兄ちゃん、やめてよ」
泣きそうな顔で、マグナから老婆をかばう。
老父は、鍬を手にし、マグナに言った。
「マグナよ、お前はもうワシらの手には負えん。出て行ってくれ」
老父の言葉にも、マグナは表情を変えず、そのまま家を出た。
マグナを追う騎士団が、老父婦を訪ねてくる。
そして、モーゼルを見て言った。
「危険なヤ人族を野放しにするわけにはいかん」
マグナが事あるごとに自らをヤ人族と名乗りっていたことが仇となった。
そうしてモーゼルは投獄された。
理由なき投獄は、少年のモーゼルには堪えた。
冷たい岩が積み上げられた無機質な牢獄での日々は、辛かった。
思い起こすと、寒村での暮らしは質素ながらも山の幸に恵まれ、食べ物への不満などはなかった。
老父婦から引き離されたこと、これからどうなるかと言う不安。
差別の目、そして恐怖する表情。
それらが、モーゼルを苛んだ。
心がどんどん腐っていく中、ある日、一人の男が現れた。
男は、太極龍拳の総師範、フーと名乗った。
フー老師は、噂を聞きつけ、モーゼルを引き取りに来たと言う。
疑心暗鬼になりながらも、一縷の希望を見出したモーゼルは、老師についていった。
老師は、フォレンから遠く離れた北の果て、リュイーンに道場を開いていた。極寒の地で、モーゼルは、徹底的に鍛えられた。
モーゼルは、辛い修行であったが、これを耐えた。
孤独な独房に比べれば、認めてもらえることが嬉しかったと言う。
頑丈な体と、その素質は、他の誰をも上回り、いつしか師範として地位を固めた。
自らがヤ人族であること。ヤ人族の歴史を学び、ヤ人族が何を間違えたのかを考えた。
ヤ人族は仕える相手を間違えた。モーゼルはそう考えた。老師は、ことあるごとにモーゼルに告げた。
「力は正しく使わねばならない」
正しさとは何か。力とは何か。
厳しい山間の道場で、寒さに耐えながら、モーゼルは考え抜いた。
成人したモーゼルは、一つの目標を持つ。
何処かに逃げている兄を探して、止めること。
人を憎み、一族の誇りに取り憑かれている兄は、危険だ。
老師に、自身の考えを告げ、世界を見聞すると言う理由で、下山した。
この時、モーゼルはおよそ20歳。
拾われた身のため、生年月日は分からない。
拾われた時を1歳として、そのくらいの歳になっていた。




