第60話 記憶のすげ替え
モーゼル、レイア、ローグ、ティアナ、エドガー。
共に旅をしてきた仲間が、俺を敵視する。
状況が突然すぎて、危機感と、恐怖がまだ追いついてこない。
このまま、どうなる?
絶望的な状況だ。仲間を傷つけたくない。戦いたくはない。が。
このままでは、俺が殺されてしまう。逃げるべきなのか。
「どう言うつもりだ、魔王」
俺は絞り出すように言った。
第三の魔王、子供の魔王は、にっこりした顔でこちらを見ている。
人は皆、記憶を頼りに生きる。
自分は誰で、どのように生きてきたか。言葉、習慣、文化、知識、友人、知人、愛、執着。
それらは全て記憶でできている。
「クロガネさん、僕は非力ですが、最強です。記憶を書き換える能力。人は誰もこれに抗えません。今、僕は、全員のあなたにまつわる記憶と私の容姿をすげ替えた。
ここにいる方々は、私をあなたと思っている。一方、あなたは私だ。私が横でこのような話をしても、記憶は覆らない。それほどまでに記憶とは強固なものです」
「何、何の話だガーネ。こいつをどうする」
モーゼルが聞く。
「この力の恐ろしさが分かりますか。誰も私を殺せない。どこにでも入り込め、誰だって殺せる。そんな力です。誰かの愛する人になれる。苦しい記憶を書き換え人を幸せにもできる。もちろん、人に地獄のような記憶を植え付け、廃人にすることだって。ね」
少年が笑顔で、パンと両手を叩くと。
「大丈夫です。敵意はありませんよ」と言った。
皆の記憶が戻ったようだ。困惑している。
「は? なんだ今のは、なぜ、立っている?」
この場の全員、俺と魔王とピエロ以外が、呆然と周囲を見渡す。自分が何をされているのか、理解できていないようだ。
こいつはやばい。これまで出会った誰よりデタラメだ。
記憶を防御しなければ。どうやって? どうやって防御する?
やり方などわかるはずもない。
「デモンストレーションはこんなところで良いですね。
みなさんを元に戻しました。
ね、理解してもらえましたか。このスキルがいかに強力で、いかに危険かを」
いやが応にも理解した。
理解せざるを得ない。
武力としては最強レベル百戦錬磨のモーゼルですら全く抵抗できていない。
全員が冷や汗をかいている。
状況がわからず困惑している。
俺は絞り出すように声を上げた。
「魔神を滅ぼすことと、今のスキルが、何の関係があると言うんだ・・」
少年は理性的な瞳で微笑み、静かに言った。
「魔王システム、その秘密はご存知ですか?」と。
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神と眷属は強い絆で結ばれる。
人が何かを極め、その記憶が神に届けられた時、スキルとして実を結ぶ。一方、生まれながらに強力なスキルを授かり生まれるものがいる。
赤ん坊として生まれるとき、魂が宿るとき、ごく稀に強力なスキルが生まれることがある。
それは偶然であり、神すら意図しないスキルが生まれることがある。そうした強力なスキルも、宿主が死ねば、神へと帰る。絆で結ばれた自身の神へと。
善神はこうして戻ってきたスキルを人々に分け与える。一方悪神、邪神はこれを独り占めする。
悪神が自身のスキルを眷属に与えるのは、自分の都合だけ。
眷属が死ねば、またスキルを取り上げ、自身のものにする。
善なる神のスキルシステムは輪廻転生として呼ばれる。輪廻転生の中では、人は魂となり、新たな命を授かり、スキルの成長と共に自らの神性を高める。
そしていずれ、神へと至る。
一方、悪なる神の仕組みは、魔王システムと呼ばれる。
魔王システムとは、魔王を頂点とした魂の繋がりを強制的に付与し、その繋がりの中で発生した特殊技能をスキルとして吸い上げるシステムである。悪神は何も与えない。生まれながらにスキルを継承する魔族を生み出し、さながらシャッフルするかのように新しいスキルを産ませる。そして、その新たに生まれたスキルを己の糧として吸い尽くす。
魔神とつながる全ての軍勢は、その死後、魔神へとスキルを献上することとなる。魔王の眷属が増えれば増えるほど、魔王はより多様な力を得、そして強くなる。
つまり。
俺は生唾を飲んだ。
「そうです。僕が殺されれば、いえ、僕が死ねばこのスキルは邪神が占有します。そうなれば、もはや人類に勝ち目はありません」
少年は悲しげな目をした。
「・・・・それは理解した。しかし、なぜ、魔族が、いや、魔族ではないのか。いや、なぜ、邪神を裏切ってまで・・・」
俺は絶句した。
誰もが言葉を発せないでいる。
「僕は、人工的に作られました。そして、放り出された。スキルレスとして。
そうです。この能力は、知性の発達とともに目覚めるため、知能が不十分な幼年期は発現しなかった。それが幸いし、僕は人間の世界を放浪することとなった。彼、クレイジークラウンが僕を守ってくれた。
僕は現在、とある国の宰相を勤めています。人間の国に入り込んでいる。そこで私は見ました。人々の暮らしを。
私は人間を愛します。
魔王などになりたくは無かった。だけれども、魂の繋がりが今でも邪神と私を結んでいます。私は、その魂の繋がりゆえ、第三の魔王を名乗るしか無かった。
そうせねば、邪神と敵対し、私はすぐにでも殺されるからです。
邪神が復活すると言うことは、この世界の全ての命がその欲望で蹂躙されるだけの存在に成り下がると言うこと。
文化も文明も、人々の生活も。全ての前向きな感情は殺され、ただ絶望が続くだけ。
そこに私のスキルが悪用され、より醜悪で悲惨な世界が待ち受けます」
少年はそこで言葉を区切り、続けた。
「さて、ここまで言えば分かってもらえるでしょう。私の願いは、クロガネさん、あなたに邪神を倒してもらうこと。ですが、その前に、いくつかの別のお願いがあります。それを伝えるためここに呼びました。
なぜ、ここに呼んだか。
その理由をまずお伝えしましょう。ここは、無干渉地帯なのです。神の声が届かぬ地。いわば善と悪の中立地帯です。ここで話したことは、善神にも悪神にも届きません。そのための場所指定です」
にわかに信じがたい。どう聞けば良いのか。
ただ、その慟哭のような言葉は、胸に痛い。
「クロガネさん、魔王は殺すだけでは、ダメです。魔族も同様です。全て邪神に還元されてしまう。
なので、別のいくつかのお願いとは、まず、その魂の繋がりを断つ方法を探してもらいたいのです。それは女神ならば知っているはず。しかし、これは諸刃の剣とも言えます。神々の秘匿事項。もしこれが悪用されれば、女神も力を失うのですから。
そして次に、僕のスキルを防ぐ、もしくは解除できる方法を見つけてください。これはもし万一、邪神がこのスキルを別の方法で得た場合の対処法を確保するためです。魔王が無数に生まれるようなことになればその危険が増します」
スキルを神に吸収されない方法。それを探せと?
俺は、周囲を見渡す。
皆、汗を流しながら押し黙っている。
「お願いは、もう理解いただけましたね。では、他の方には、忘れてもらいます」
次の瞬間、全員、眠ったようにテーブルに倒れた。
「目が覚めた時には、睡眠の魔法で眠らされたと記憶しています。そのように変えました。もしモーゼルさんたちが、他でここの出来事を喋れば、全てバレてしまいますからね。予防措置です」
「そうだね。だから言っただろ。殺す気は無いよって」
器用に指で星の形を作りながら、ピエロが言う。
「僕も、もしかしたら、この魔王に記憶を変えられているのかもしれないね。だけど、僕は彼を守るんだ。
一応、言うけど、僕は人類の敵じゃあないぜ。
僕はいわばバランサーさ、やがて、決戦のその日まで。どちらが優位になっても困る。なぜなら、それは邪神を肥えさせ、ひいてはこの子を殺すことになるからね。だからクロガネくん。僕は邪魔するのさ」
ひらひらと手を振り、ピエロは笑った。
記憶を変えられているかもしれないね。と、恐ろしいことをさらりと言った。その言葉こそ、狂人の証のように俺は感じた。
魔王は信頼する目でピエロを見て、こう言った。
「最後に一つ。僕は生み出された命。調べてもらったところ、僕の命はあと数年も保たないようです。だから、こう見えて割と焦ってるんですよ」
では、と言って、ピエロと少年が立ち上がる。
俺はどう受け止めれば良いのか。
この話は誰にもできない。
第三の魔王が、邪神を裏切っている。
これは、ものすごく、切実に、有用な情報だ。
机の上に、置かれたステッキ。
星の形の飾りがついた短いステッキ。
「これを使えば、一度だけ、彼が来ます。時が来れば呼んでください」
と言い残して置いていった。
時とは? その問いに、少年は笑顔で無言。
「自ずとわかるよ」とピエロが言った。
最後の最後に、魔王は「あ、そうだ」と言った。
タツヤを指差して、
「彼には気をつけた方が良いかもしれません」
とそれだけ言った。
問いただす間も無く、二人は異空間に消えた。




