第59話 第三の魔王
ガードナーを発ち5日目。ナミートから数えて7日目。
第三の魔王が指定した街、レブロンへたどり着いた。
レブロンの街は、これまでのガードナーの街や、砦と異なり、なんと言うか無防備だった。
例えるなら、西部劇の宿場のようで、木でできた建物がいくつも並び、土の道に風が吹いて、埃っぽい。
無防備の理由。それはレブロンの街にはかつて、大きな川の中洲にあったのだという。
今は見る影もないが、ここには大河が流れていた。大きな川が天然の要害となり、街は高い壁を必要としなかった。
今は川も水かさが減り、風は乾燥している。
それと、無防備なことの理由のもう一つ。
この街には、奪いたくなるような資源がなかった。
いわゆる捨てられた街である。
正確には、捨てられつつある街だ。
レブロンのことを、ローグがそう教えてくれた。
レブロンの街は、フライドチンキ商隊の当初の予定にはなかった立ち寄り場所。
人も少なく、湾岸街道から数キロ離れているために、王からの依頼という形で立ち寄ってもらった。
取り立てて有名でもないうらびれた街。それがレブロンであった。
本来、フライドチンキの一行は、この街に立ち寄る計画はなかった。
王からの密命は、クロガネたち一行を受け入れる依頼と、このレブロン立寄りがその内容であった。
街には大きな宿屋もなく、フライドチンキ隊は、街の外れに野宿することとなる。
「じゃあ、本日はここで解散。各自護衛の順番を守って、明日は予定通りに出発よ!」
フライドチンキが号令をかける。
さて、俺は困った。
レブロンに来い、そうピエロは言ったが、この街のどこに第三の魔王がいるのだろうか。
めぼしいところは、街の宿屋か、酒場か。この2箇所くらいだろう。
「おい、ガーネ」
モーゼルに呼び止められた。
「この街では、絶対に一人で行動するな」
俺はうなづく。
脳裏にモーゼルの死が浮かぶ。
ここでモーゼルは死ぬのか。いや、考えても仕方ないと自分に言い聞かす。
こんな気持ちは初めてだ。モーゼルはもはや友人。それも大切な友人だ。
友人に死ぬと言われて、それを真に受けて、死んでほしくないと願い、それを止められない。
そして、俺は何もできない。
滝つぼに向かって流されるボートのように、確実な死。
だが実際のところは、そんな実感など、全くない。これまでと何も変わらない護衛の旅。
モーゼルの言うそんな予感は、気のせいだろうと、何度も思ったし、自分の死期が分かるなんてのは、漫画だけの話だ。
死兆星でも見えるというのか。
モーゼルの、頼もしい横顔を見ながら、俺は不安だけを募らせていた。
「俺たちも手伝うぜ。人探しか」
ローグが声をかけてきた。
エドガーとティアナも並んでいる。
レイアが声をかけてくる。
「じゃあ、私とタツヤくんで宿屋に聞きに行きますか。探している人の特徴は?」
俺は答えた。
「おそらく、子供。だと思う。俺が探せば、向こうから接触してくるはずだ」
「まず聞いて回りましょう。旅の子供を探せば、おそらく見つかるはずね」
レイアが言う。
モーゼルが最後にまとめた。
「俺はガーネと動く。3つに別れよう。俺とガーネ、はやぶさの3人、レイアとタツヤ。それぞれ、別を探そう」
全員が頷く。
はやぶさのメンバーは詳しい事情は知らない。この街で人に会うこと、その相手が子供であると伝えている。
「じゃあ、聞き込みを頼む」
俺はそう言って、モーゼルとともに酒場へ向かった。
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酒場は、昼間だと言うのに賑わっていた。
酒くらいしか楽しみがないかのごとく、薄汚れた男たちが屯っていた。
薄暗い店の中。カウンターがあり、テーブルが4つほど。
天気の良い昼間、働き盛りに見える男達が酒を食らっている。
髭面の、薄汚れた、だらけた男たちだった。
入り口で中を見ていると、
「やあ」
と後ろから声を掛けられた。
「!」
ピエロが俺たちの後ろに立っている。いつの間に。
場違いな道化師の風体。枯れた街の風景にそぐわない。
「おっと! 待ちなよ、いきなり臨戦態勢はないだろう。探してたんだろう」
横を見ると、黄金に輝くモーゼルが、腰だめに拳を構えていた。
ピエロはさっと後ろに跳びのき、空を指差した。
「2階で待ってるね」
と、次の瞬間、消えた。
「ガーネ、あいつが。例の」
忘れようがない。クレイジークラウン。
海を真っ二つにした男だ。
「どうする?」
モーゼルが聞いてくる。
「まずは全員集めよう。数は多い方が良い」
俺が答えた。モーゼルが頷く。
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10分ほど掛けて仲間と合流できた。
「ここの2階にいるの?」
レイアが聞く。
俺は隼のメンバーに問う。
「ローグ、エドガー、ティアナ。始めに言っておく。ここに魔王がいる」
「!? ま、魔王? こんなところに?」
「ああ、戦闘になれば、無事では済まないだろう。俺は、魔王に会う必要がある。お前たちに無理強いはできない。モーゼルが居るからと言って、安全は保証できない。部下のピエロだけでもそのくらい強い。魔王は未知数だ」
3人はゴクリと唾を飲んだ。
彼らの中で、好奇心と脅威が鬩ぎ合っているのが分かる。
やがてローグが頷いた。
「ああ、行くぜ。エドガーは任せる。ティアナはやめておけ。助ける自信はない」
「私も行くわ。魔王と会えるなんて、すごいことよ」
「そうだな。俺も行く。死にそうになれば全力で逃げる」
と3人はやる気を見せた。
「そうか。戦力は多い方が良い。心強い」
俺は感謝した。
「ここで見聞きしたことは内密に頼む。どんな話が出ても。だ」
一同が頷く。
事情を知るレイアとタツヤは聞くまでもなく同行してくれる。
ではいざ。
俺たちは酒場へ入ると、2階への階段を登った。
2階の真ん中の部屋のドアが開いていた。
俺が覗くと、大きなテーブルがあり、その向こう側に、ピエロと小さな男の子が並んで座っていた。
「こんにちは、待ちくたびれましたよ。さあどうぞ、お入りください」
俺たちがその声に誘われ、ぞろぞろと部屋に入る。
「あなたがクロガネさんですね。初めまして。僕が第三の魔王。ワイス=エデルキンガートン。ワイスと呼んでください」
柔和な笑顔で、少年が言う。
「お前が魔王か・・・。今はガーネと名乗っている。そう呼んでくれ」
俺がそう言うと、少年はニッコリ微笑んで、
「それは失礼しました。ガーネさん」と言った。
少年は大きなテーブルの向こうで、高そうなツルツルした白と水色の服を来ていた。大学生が卒業式にかぶるような四角い座布団のような帽子。
なんと言うか、学者か役人のような服装だった。
「さあさあ。腰をかけてください。椅子は足りるかな。ああ、あなたがモーゼルさんですね。噂は予々。驚いていますか? 僕が本当に子供で」
子供の横でピエロが巫山戯たように指をひらひらと振った。
俺たちが腰掛けるのを待ち、少年が続けた。
俺たちは全員、緊張した顔をしている。見た目は子供だが、底知れない恐ろしさがある。魔王をただ名乗っているだけではないはずだ。
恐ろしい。
「みなさん、そんなに緊張しないでください。僕は戦闘能力はあまりありません。特にモーゼルさんにかかれば、1秒もなく殺されてしまいます。今日は、ぜひクロガ・・・、いやガーネさんに、協力してほしいと思いまして、お呼びだてした次第です」
丁寧な言葉で、子供の魔王が喋る。
時折、魔王であることも忘れそうなほど、穏やかな顔をしている。見た目も普通の子供。それも人間の子供だ。
ピエロは子供の後ろに立ち、落ち着きなく、踊るように動いている。
「何を、考えている」
俺は振り絞るように聞いた。
罠かも知れないと言う怖さが、常にまとわりつく。
「そうですね。いろんな疑問がおありでしょう。まず、自己紹介をさせてください。私は、今、5歳です。生まれて5年。私は、そう、人工的に作られた魔王なのです」
人工的? 作られた? 早速、意味が不明だ。
「そうです。作られたのです。そうですね。ガーネさんと、そこのタツヤさん。ですか。異世界人の方に分かるように説明するなら、ホムンクルス。といえばわかりますか?」
ホムンクルス。映画とかで聞いたことがある。確か人工生命体? 試験管で生まれてくる魂のない人形? そんなイメージだ。
「え、異世界人?」
隼の魁のメンバー3人が、魔王の言葉にざわめく。
クロガネ、異世界人。その話は、彼らにはまだ語られていない。
今は、それどころではない。
「ホムンクルスということは、誰かがお前を作った。そういうことか」
「そうです。魔王軍、いや邪神軍は、魔王を量産できる体制を作ろうとしています。このことの重大さがわかりますか」
全員青ざめた。
第四、第五に飽き足らず、何人も、何十人も何千人も、いや何千柱も。魔王を量産できるとなれば。
人類に勝ち目はない・・・。
「すでに第四の魔王が目覚めようとしています。早急に手を打たないと、とんでもないことになります」
モーゼルが叫んだ。
「貴様! なんのために、そのような話をする!」
当然の疑問だ。
俺も続ける。
「君は、ワイスくんは、邪神のしもべじゃあ、ないのか? なぜ、俺に会う? 目的はなんだ?」
「目的は簡単です」
少年は長い睫毛の瞳を俺に向けて、真剣な眼差しでこう言った。
「邪神を滅ぼして欲しい。それだけです」
「な!?」
レイアが立ち上がった。
「な、なに? あなた魔王でしょ? 魔王が邪神を裏切るなんて。そんな。そんなバカなこと」
レイアは絶句している。
全く意味がわからない。俺も意味が理解できない。
「そうですね。なかなか理解してもらえないかも知れません。なので、少し、これを見てもらった方が良いかも知れませんね」
少年がそう言うと、頭の中に突然、映像が浮かんだ。
それは一瞬のことだったが、明らかに事実として記憶された。
「やめてえええ」
「グハハハは。このスキルは面白いなああ」
レイアが目から血の涙を流しながら、頭をかきむしる。
生まれたての赤ちゃんが、レイアの目の前に泣き叫んでいる。
次の瞬間、レイアはその赤ん坊の手を強くひねり、腕を折る。
そして最高のご馳走を目の前にしたように、ヨダレを垂らしながら、赤ん坊の目玉に噛り付いた。
「ああああああ、美味しい! 私の赤ちゃん」
愉悦の笑みの後。
「ほら、戻れ」
巨大な顔の邪悪なばけものが、そう言った途端。
目の前の惨劇を見て、この世のものとは思えない絶叫を上げた。さっきまで美味しいご馳走だと思っていたそれは、愛しい我が子の肉片だった。
レイアは、絶望の中、次の瞬間には白痴のような表情になり、大声で笑った。もはや狂人の仕草だった。
それを見ていた俺に、その邪悪な顔とは別の巨体の魔王が襲いかかってくる。
魔王はその巨体を突進させ、俺の首へと蹴りを放つ。
強大な力を容赦なく振るう魔王に、俺は鉄の刃を突き刺した。
すると、それはモーゼルの体で、モーゼルは鬼のような形相で、俺を殺そうともがく。腹に剣が突き刺さったまま。
モーゼルが手に何かを持っている。それは、よく見ると人の首だった。
見覚えのある女性の首。それはモーゼルの奥さんの首だった。
周りを見渡すと、知っている顔ばかり。お互いに殺し合っている。
正しくは、殺しあうばかりではない。舐め合ったり、頬を叩き合ったり、正常とは思えない行動を互いにとっている。
これは何の地獄だ?
何を見ている? これは現実なのか? 夢か?
いや、夢ではない。
記憶だ。
記憶が書き換えられている? 記憶と価値観が変えられている!?
誰が? 誰に?
魔王だ。第三の魔王だ。
「貴様ああああ!!」
俺は激昂した。
これは攻撃だ。精神攻撃だ。
戦闘態勢!!!
鎧を装着!!!! 鉄を展開!!!!!!!
椅子を蹴飛ばし、魔王を見据える。
ピエロが笑っている。
「クロガネ、俺も加勢する」
モーゼルが立ち上がり、魔王の横に移動した。え? クロガネは俺だぜ?
「魔王、なんてことを」
レイアが立ち上がり、魔王をかばうように移動した。
俺を見て魔王だと言う。
「くそ。なんでこんなことに」
ローグが俺にナイフを向けてくる。
「やはり魔王だな。馬脚を現したか」
タツヤが背後から、俺の首筋にナイフを当てる。
「みなさん、待ってください。話をもっと聴きましょう」
魔王が言う。
「ああ、そうだな。殺すのはいつでもできる」
エドガーが俺を見て言う。
子供の魔王が、俺に言った。
「どうです。これが僕のスキルです。誰の記憶も自由に書き換えられます。
僕は今、クロガネになった。
どんな気分ですか。孤立した気分は」
少年は無邪気に笑った。
モーゼルたち、仲間全員が俺を敵意ある目で睨む。
何の茶番だと、俺は思った。




