第55話 モーゼルの願い
「人がいないところまで移動する。行くぞ」
モーゼルが走り出す。
手加減しているのだろうが、人とは思えない速度だ。
走っても追いつけそうにない。
仕方ない。俺にも手段がある。
周囲には誰もいないから、操鉄術で鉄を変形させる。
ボートのスクリュー、チェーンソーのベルトと同じ原理で、駆動力を発揮して鉄を操る。
俺は、馬のボディを作ってそこに乗り込む。今回は筋肉を再現。
正座したような姿勢で座ると、さながらケンタウロスのようなフォルムになる。
直接触っている鉄を操作して、ギャロップ。
4つの足を動かして、走る。
鉄の足にバネを仕込んであるから、駆動力は強い。
初めてながら、簡単に操作できる。
どんどんスピードを上げて行く。体感速度は時速60KMは余裕で超えてきた。
モーゼルがちらりとこちらを見て、言った。
「余裕なようだな。少し上げるぞ」
そういって、速度を上げた。
さすが化け物。ものすごいスピードで俺を引き離して行く。
俺も負けてられない。
鉄のフォルムを操作して、脚を細く、バネを強く、細かい調整を行い、速度が上がるようにする。
10分ほど走ったところで、丘の上の広い場所に出た。
「ここだ」
地面はボコボコ。荒らされた形跡がある。
「ここは?」
月明かりのモーゼルが、懐かしそうに言う。
「冒険者になりたての頃、ここで訓練をした。人が寄り付かない場所。誰にも迷惑がかからない」
こんなところで訓練?
「訓練ならこんな遠くにくる必要はないだろう」
ガードナーから5キロは離れている。
「お前の顔がどうも暗い。本気で戦いたいと言ってる」
誰が?
「お前の顔が、だ」
へえ、そうなのか。自分では分からなかった。
「自分では気づいてないだろうが、お前は戦士だ。強敵を常に求めている。退屈な護衛任務に、不満が顔に出ている。なぜ、さっさと水都へ行かないのか、なぜ、安全策を取るのか。顔がそう言っている」
戦いたいのは、あんただろう? モーゼル。
「まだ、お前の本気は見ていない。スキルを全て使い、殺す気で来い。手加減してやる」
へえ、優しいね。舐めてんのかな。
ちょっとイラっときた。
確かに、ストレスかもしれない。こんな軽い挑発で、イラッとするんだからな。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
操鉄術を展開。
鎧を装着。
右手に手甲から剣を出す。左手からも手甲から剣。
鎖を握り、その先に回転する丸ノコ。
丸鋸をモーゼル向かって投げる。
蛇のようにうねる鎖。自動でモーゼルを追尾する。
仁王立ちのモーゼルが、素手でノコギリを殴り飛ばす。が、それは囮。
鎖から棘を射出。頬をこするが、かすり傷にもならない。
「仲間を出さなくても良いのか」
モーゼルが見下すように言う。
「うおおお」
俺は、モーゼルに向かっていった。
礫を照射。
ゴンゲンが超絶技巧で、弾き防いだのに対して、モーゼルは、まるで小雨に濡れる程度と言わんばかりに、微動だにしない。
岩を砕くほどの破壊力がある礫を前に、無防備。それでいて無傷。
なんて頑丈なやつだ。
2トンの鉄を圧縮して、ハンマーを作る。速度をつけてモーゼルにたたきつけようと、振りかぶったところで、俺の腹に拳が突き刺さった。
「まだ序盤だ。大振りには早い」
鉄の鎧が紙のようにひしゃげ、防御を成さない。
ゲフウ。と、俺はさっき食べた晩飯を盛大に吹いた。
毎度モーゼルとやるときは空腹で挑まねば、このザマか。
だが、いつまでもやられると思うなよ。
鉄の圧縮を行い、さらに硬化。
ナックルの先の棘を強化して、全力でカウンター。
野生の勘か。避けようとするモーゼルの頬をかすめる。
さらに、その棘を回転させて貫通力を強化。
仰け反るモーゼルの頬が裂けた。
「ぐっ!?」
傷がついたことに驚愕するモーゼルの顔。
ザマあ。
「へ、やっと通ったか。固いな、こんちくしょう」
頬を拭い、血を指先で確認するモーゼル。
気のせいだろうか。少し嬉しそうだった。
「はっ、さすが俺が見込んだ男。
俺にもう傷をつけるとは、手加減しているとはいえ、見事。
さあ、楽しもうじゃないか」
大きく手を広げて、凶悪な笑み。
敵じゃなくてよかったと思えるほどのプレッシャー。
腰を落とし、構える。
「見えるか?」
腰に構えた拳が光る。
気。
内燃を集中させて外部へ放つ技。俗に言う、気弾と言うやつだ。
人間の限界を超えた速度。生物の範疇に収まらない頑丈さ。そんな化け物に、今、遠距離から人を弾き飛ばせる攻撃手段が加わった。
「死ぬなよ」
そう言い残して、モーゼルが消えた。
俺は、集中を高め、ゾーンを展開して対処。世界の流れがゆっくりに感じる。
モーゼルが、俺から見て左上。右手を振りかぶって近づいてくる。顔は凶暴なまでに犬歯をむき出した笑顔。
俺は、左手の剣を高速で変形させ、丸い盾を形成。密度を通常の鉄の3倍まで高め、さらに強化。
ゴギーンと巨大な何かがぶつかるほどの鈍い音がする。鉄の盾が吹き飛ばされそうになる。角度を調整して、勢いを流す。
態勢を崩すと見せかけて、回転する勢いに任せて飛んでくるモーゼルの裏拳。回転する左手が俺に迫ってくる。
だが、俺はなんとなく分かってきた。
早かろうが、固かろうが、関係ないと言うことに。
俺の目の前で、猛る気で光るモーゼルの拳がピタリと止まる。
血管を浮き出して、ぬぬぬと唸るモーゼル。
人は、常に獣に勝ってきた。
それは拳でも剣でもなく。
罠で。
モーゼルの左腕には、無数のワイヤーが絡んでいた。
細い一本で、俺の体を釣り上げることができるワイヤーが束になって、無数に絡む。
モーゼルの脇から胴へ巻きつき、全身に絡んでいる。
力を込めて引きちぎるためには、自分の体を締め付けなければならない。
どう猛なライオンも、凶暴なサメも、網から逃れることはない。獣とはそう言うものだ。
忌々しそうな顔のモーゼルを見ると、心がスカッとする。
俺はワイヤーをさらに増やして、モーゼルの体へ巻きつけていく。
ワイヤーが巻きつき、モーゼルの自由を奪っていく。拘束具のように、次第に締め付ける。だが、弾力が大切だ。硬く締めると千切られる。
「くそ!」
モーゼルがもがく。足首にも巻きつけ、モーゼルが地面に這いつくばった。
「う、動けん」
ジタバタと、まるで芋虫のように動き回るモーゼル。さあ、トドメを刺そう。
チーンと唸るドリルを作る。これで軽く傷をつければ、勝負ありだろう。
絶望に暮れるモーゼルにドリルを近づける。
が。
「冗談はこれくらいにして。勝ったつもりか、勇者」
モーゼルの全身が、眩しいほどに光り。
次の瞬間、琴の弦を連続で弾くような、ビンビンビンと鳴る音がしたと思ったら、モーゼルが立ち上がっていた。
人差し指と中指の2本を立て、俺に向き合う。
指先が尖ったナイフのようになっていた。
「俺がこんな糸を切れないと思ったのか。俺だって斬撃を使える。この通りな」
かろうじて結ばれていたワイヤーを、スッと切り裂く。プツンと音がしてワイヤーが切られた。
「手加減しているとはいえ、ここまで俺に立ち向かえる奴は、久しぶりだ。褒めてやっても良い」
さすが、獣とは違うか。抜け出す方法も知っている。
「お前とは経験が違う。拘束が得意な敵も何人も居た。お前より強力なやつもいた。だが、俺は生きている。それがどう言うことか分かるか」
ああ、わかるぜ。
「力の限りかかってこい! まだまだそんなもんじゃあないだろう!」
ああ、やってやる。まだまだこれからだ!
ウラアアアアア!
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ぜえ、ぜえ。もう無理だ。立てない。
俺はすでに満身創痍だった。
ナイトメアが長い髪を散らばらせて地面に崩れ落ちている。クロちゃんは無傷だが、どうしようもない様子でオロオロしていた。ピノコは最初は勢いが良かったものの何も通用しないとわかりカバンに逃げ帰った。
完敗だった。
速さ、硬さ、攻撃力だけでなく、スタミナもエグい。
「ほら、立てるか。そろそろ帰るぞ」
モーゼルが平然な顔で手を伸ばしてくる。
「どうだ、少しはすっきりしたか」
いててて。体は痛いが、確かに、全力を出し切ったことで、心は少しすっきりしていた。
「たまには相手をしてやるから、体が鈍ったら俺に言え」
モーゼルは笑顔で言った。
なんとか立ち上がり、肩を貸そうとするモーゼルを拒絶する。一人で立てる。
「お前に頼みがある」
モーゼルが唐突に言った。
「頼み? なんだよ突然に」
「ああ、息子のことだ。俺が死んだら、お前が鍛えてやってくれないか」
「!?」
死ぬ? 何を言ってるんだ。モーゼルが死ぬわけないだろう?
「ヤ人族の特徴の一つだ。死期がわかるんだよ。俺はあと1ヶ月以内に死ぬ。これは避けられない」
「病気か?」
モーゼルは首を振った。
「いや、至って健康だ。お前の護衛を引き受けてから、死期を悟った」
!!? って、それ、この任務で死ぬってことか?
「そんな・・・。なぜ、任務を断らない?」
死ぬとわかっているのに? 俺は信じないぞ。
「ヤ人族にとって、死期を悟ることは、誇りだ。誉れ高い死は、最大の望み。その為に戦い。そのために死ぬ」
死に場所を求めると言うのは聞いたことはあるが。幸せな家庭。幼い息子。そして最愛の妻。
死ぬことを分かっても、それを避けない。なんと言う男だ。
「逃げれば、俺の魂が死ぬ。それだけはごめんだ」
その言葉に、俺は知らないうちに涙がこみ上げてきた。
何も言えなかった。
任務を降りろとも、死ぬのは避けろとも、乗り越えろとも。
何も言えない。
俺はただ、こう聞いた。
「死期は絶対なのか? 打ち勝つすべは?」
モーゼルは目を閉じ。
「無い」
と言った。




