第52話 盗賊団の思惑 ハヤブサの連携
ガードナーの北。
湾岸街道の中でも、険しい道がある。
ペロン峡谷という谷間の道である。
細い登り道と、谷間の狭路が繰り返し、緩やかに蛇行している。
ここを根城にしている盗賊団があった。
その名を「ヤケクソの団」という。
ヤケクソの団は、その名の通り、世を儚み、人生に絶望した者たちの溜まり場。
総勢100人を超える荒くれたちの集団であった。
彼らに計画性はなく、人類終末の世を面白おかしく生きるために集っていた。
戦だ、女神だ、正義だ、なんだ。そんなものは糞食らえ。
奪い、犯し、殺す。
それが最も、楽だと考えるものが群れをなす。
主な活動は、この峡谷を通る旅団の襲撃。
彼らには強い味方がいた。ガードナーの憲兵に情報を提供してくれる味方がいたのだ。
盗賊討伐の情報が、時折、この憲兵から持ち込まれた。
その情報のおかげで、常に彼らは先回りし、討伐軍から逃げおおせた。
いつどのくらいの規模の部隊がやってくるのかが分かれば、逃げるのは特段難しくない。
ペロン峡谷は入り組んでおり、崖を縫うように洞窟がある。
洞窟をつなげて天然の要塞とし、彼らはそこを根城にしていた。
そんな彼らヤケクソの団にフライドチンキの引っ越しの話が届いたのは、およそ1ヶ月前。
龍鞭アッシュナードがオークションで落札された時のことだ。
多くの冒険者が護衛として雇われているという噂。全資産をまとめて水都へ引っ越すという噂。その時、神樹武器龍鞭も移送されるという噂。
それらの噂を、少しづつ固め、事実を確認した。
襲撃計画が立てられるのは自然な流れ。狙わないのは盗賊の名折れ。
ペロン峡谷の一番狭いところで、護衛を分断し、馬車を谷底に落として、金目のものだけ拾う。
フライドチンキを人質にとり、金目のものを吐き出させる。
女は拉致して、奴隷にする。
冒険者はなるべく戦わず、孤立させて敗走させる。
ざっとこんな計画であった。
これを実現するために、商隊の監視役、伝達役、襲撃役、岩を落とす役、馬を逃す役、など、細かく担当を決めていく。
ヤケクソの団・リーダー、レル=ザッズが全ての指示を出す。
ザッズは頭の切れる男だった。
レル=ザッズ。
ヨーラス大陸の西部の寒村の生まれ。魔王軍の襲撃により、父と母を殺され、5歳の時に避難団に紛れてヨーラスから海を渡ってきた。
5歳の少年が、身寄りなく暮らすには、ガードナーの貧民街は厳しすぎた。
弱肉強食。配給の奪い合い、衣服を剥がれ、泣こうが喚こうが助けるもののない中、人を恨み、世界を呪いながら、彼は育つ。
他人の物を盗み、拾ったナイフで殺し、時には半殺しの目にあいながらも、這い蹲り、薄汚れた衣服で暮らす。殺伐とした毎日だった。
盗賊団を結成したのも自然の成り行きで、日々の食い扶持を得るために、より効率的な方法を模索していく度に、同じような境遇の仲間が増えた。
ザッズは教養はなかったが、生き抜くための小賢しさがあった。
人は信じてはいけない。
奪われたくなければ、まず隠すこと。
奪えるものは奪える時に奪うこと。
奪おうとするものの手を切れば奪えない。
虚言をいう人間は舌を切れば黙る。
そんなスラムの教訓を彼は学んだ。
ザッズは痩せて幽鬼のような外見で、海藻のような黒髪の前髪の奥には、睨み上げるような小さな真っ赤な瞳が、いつも疑うような印象に見えた。
汚い歯と、埃まみれの肌は、若いにも関わらず、彼を年寄りのように見せた。
ザッズ自身は知らないが、彼の近い祖先は、異世界人だった。
彼の黒い髪はこの世界では割に珍しい。
赤目ゆえにその出自に気づくことはなく、また鑑定もしたことがない彼は知らないが、彼には複数のスキルがあった。
彼はそれらのスキルを本能的に使いこなしており、5歳の少年が今日まで生き延びたのは、その恩恵が少なからずある。
ザッズは、奪ってきた肉塊に齧り付きながら、その話を聞いた。
―― フライドチンキの商隊にモーゼルが帯同する
という話だ。
その話を聞いた瞬間、ザッズは可能性を数十個考えた。
中止案。実行案。保留案。それらの組み合わせ。ザッズは頭が切れる。
ザッズがもし、人並みの生活を送れていたなら、どんな職業でもある程度は成功できただろう。
ザッズはモーゼルのことを噂でしか知らない。
だが、その強さは、折り紙つきで、疑おうとは思ってもいなかった。
ザッズの読みは当たっている。
いくら強かろうとも、関係ないとザッズは思った。
モーゼルはそこまで賢くはない。
出し抜くことは難しくはない。
別段、すべて奪いたいとは思っていない。
一部奪い取り、逃げれば良い。
モーゼルも人間。
遠く離れたところから襲ってくる人間を、全て対処できるものではない。
幸いこちらは数が揃っている。ガードナー王都にも、それこそナミートにも。
多少、仲間が犠牲になろうと、痛くもかゆくもない。
ザッズにとって仲間は、効率のための駒。
ザッズ1人でも支障はないが、より効率よく行うための道具に過ぎない。
肉を長い剣歯で引きちぎり、吠える。
「おい、てめえ、モーゼルの嫁と子供を攫ってこい! 今、すぐだ! 他の奴らは、ばらけて商隊の視察。相手に気取られるなよ!」
数あるアイデアの中、ザッズは一番効率の良い方法を選んだ。
虎の尾を踏んだとて、バカな虎は俺までたどり着けない。
ザッズは狡猾な男だった。
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出立から何の問題もなく、街道を往く。
やがて空が赤み始め、次の宿場が見えてきた。
湾岸街道は、10キロほどの間隔で、宿場砦が整備されていて、まるで江戸時代の東海道のように、一定距離ごとに旅籠ならぬ、砦が設置されている。
石垣で固められた小さな城といった趣で、旅人が安全に旅するための施設だった。
宿場砦を3つほど数えたから、今日は通算で50キロほど進んだことになる。
4つ目の宿場にて今日は泊まることになった。
明日はガードナーに泊まることになるらしい。
砦の中に馬車を進ませ、一番大きな宿屋へやってきた。
馬車は、馬を外され、宿の裏の広いところへ固められた。
夜通し、護衛が交代で見張りをする。
フライドチンキが挨拶をしている。
「今日は初日、皆さん、ご苦労様でした。明日もよろしくお願いするわね。部屋割りは執事から各リーダーに連絡させるから、今日はゆっくり休んでね」
そう言って宿に入って行った。
ローグが首を回しながら、言った。
「やっと初日終了、っと。さあ、食事の前に、ちょっと連携訓練やっとくか。体が鈍る前に」
「護衛は?」と俺が聞くと、まだしばらく時間があると言う。
今12時半で14時からだと言う。16時間表記。
ややこしい。
えっと、地球時間に直すと、今はだいたい19時で、21時から護衛。となる。
1時間くらいは訓練できると言うことか。
今日は1日馬車に乗っているだけで、逆に疲れた。
体を動かしたいと思っていたから丁度良い。
「じゃあ、街の外でちょっと連携の訓練しましょうか」
ティアナが嬉しそうに言う。
「私も見学に行くわ」
とレイア。
レイアとタツヤはそれぞれソロでこの護衛に参加していることになっていた。
フライドチンキには、モーゼルも含めて、俺、ハヤブサメンバー3人、レイア、タツヤの7人は、場合によっては自由に動くことで了解をもらっているらしい。
表面上は、俺はハヤブサのサキガケのメンバーで、レイアとタツヤとは無関係を装っている。たまたま同じ馬車に乗り合わせた護衛という立ち位置だ。
「僕も行きますよ」とタツヤ。
じゃあ、と言うことで6人で砦の外に出た。
砦の門は、衛兵が開け閉めしてくれる。
通行証は冒険者証が兼ねる。
門を出て5分ほど歩く。荒野の只中。
障害物もない。
「じゃあ、ガーネ君の参加を祝して拍手ぅ」
ローグが拍手する。
こういうところの文化は、意外と似てる? こういうのも異世界人が持ち込んだんだろうなあとか思う。
ティアナとエドガーも笑顔で拍手。レイアと達也も笑顔。
「じゃあ暗くなってきたから、ティアナ照明を」
「はい」ティアナが言うと、手のひらから上空に向けて光の球が打ち上がった。
光は蛍光灯くらいの明るさで、5メートルくらいの高さで漂っている。どういう原理だ。
「さあ、始めようか。じゃあ、適当なの釣るから、ガーネなしでまずは準備から行こう」
釣る?
怪訝に思っていると、ローグがすごいスピードで走り去った。
3分もしないうちに、ローグがまたすごい勢いで戻ってくる。
エドガーがいつの間にか銃を構えている。
ローグが目の前を走り抜ける。
バヒュンという音に振り向くと、エドガーの銃がウサギの足を撃ち抜いていた。
1メートルほどもある巨大なウサギが、転ぶ。そこへ、ティアナが魔法を唱え、火球が殺到する。
燃えるウサギ。ローグが戻ってきてナイフを眉間に突き刺した。
「まあ、こんなところか。どう分かった?」
「・・・? 俺?」
あ、俺にきいてる?
頷くローグ。
ローグが獲物をおびき寄せて、近づいてきた獲物をエドガーが撃つ、そこへティアナが攻撃。とどめをローグが行う。
そういう流れかな。
「まあ、大体は。俺は、獲物を盾で止めれば良いかな?」
そう聞くと、そうだねと笑顔。
「じゃあ、早速実践ね」とティアナ。
ローグは頷くとまた走り去った。
今度は5分ほどで戻ってきた。
今度は分かる。
ローグがイノシシを釣ってきた。
体長3メートルほどのイノシシ。体高も大人の背丈ほどある。
死の大陸のイノシシに比べれば子供のようなもんだけれど。それでもデカイ。
砂煙をあげながら猛烈な勢いで突進してくるイノシシ。
俺は盾を構え、腰を据える。盾の底を地面に突き刺す。
肩に激しい衝撃。身体強化で耐える。
ゴブンという鈍い音と共にイノシシが盾に食い込む。
盾の底の部分、鍬で畑を耕すごとく、地面が削られていく。ずり下がる俺。
勢いが落ちた。
バンという銃声。崩れるイノシシ。
さっと離れる俺。
魔法の氷柱がイノシシに突き刺さる。
すかさず俺も槍を脳天に突き刺す。燃え上がるイノシシの頭部。
ローグがナイフを首に突き刺した。
「よし」とティアナが言う。
「やるな」とエドガー。
ローグがうなづきながら、俺に寄ってくる。
「この感じだと、対モンスターはあまり問題は無さそうだ。イノシシの直撃を止めれるくらいなら、他のモンスターも大丈夫だろう。竜相手にでもしなければね」
「はい!」と勢いよく手をあげるレイア。
「対人戦の訓練もした方が良いと思います!」
出たよ、どS顔。
「それもそうだね。じゃあ、レイアさんと、タツヤ君だっけ。相手してくれるのかな」
ローグが言うと、レイアが「スペシャルゲストを呼びます」と言い、なんかの筒に息を吹いた。
笛かなと思ったら、スーという風の音だけ。と、次の瞬間、空から金色の塊が降ってきた。
ドシーンという音と共に、地面に凹みを作り、うずくまる金色のゴリラ。
もとい、モーゼルの兄貴が
「何事だ」と言う。
犬かよ。犬笛かよ。マジでこの人、人類ですか。
てか、誰呼んどんねん。瞬殺でしょうが。
「も、モーゼル・・・さん」
ローグもエドガーも青い顔で呆然としている。
「モーゼル、対人戦、手伝って」とレイアが言うと、拳をボキボキ鳴らしながら、満面の笑みの野人。
「ああ、良い。暇潰しだ。手加減してやるから、存分に戦え」
そんなこんなで、C級パーティ隼の魁と、モーゼル・レイア・達也チームとの模擬戦が始まった。
モーゼルは強すぎるので、ハンデキャップとして、片足、片手かつ内燃の不使用、それとモーゼルへのバフ行為は禁止。その他の二人はハンデなし。と言うことで戦うことになった。
降参もしくは気絶で敗北。急所攻撃はなし。寸止めと言うことでルールを決め、それぞれ離れて作戦会議。
「さあ、行こうか」
短い会議も終わり、いざ。
陣形としては、俺が先頭に立ち、右後ろにエドガー。
俺が攻撃を防ぎながら、エドガーが相手の手足を狙撃して戦闘力を削ぐ。
ロール的には、レイアとタツヤは回復術師とアサシン。
タツヤをローグが封じて、レイアの魔法はティアナが阻害する。
こう言う戦法を会議で話し合った。
特にレイアは俺に対してバッドステータス付与の間接攻撃を狙ってくるだろうこと、タツヤが隠密スキル持ちであることを共有し、警戒するように言ってある。
俺はもちろん操鉄術を封印して戦う。盾使いとして、護衛に徹する。少しストレスを感じるが、致し方ない。
対峙する2組。距離は5メートルほど離れている。
モーゼルはケンケンを続けている。怖い。
「行くぜ」
俺が盾を構えて前へ進む。エドガーがモーゼルめがけて弾を撃つ。
モーゼルは左手で弾を弾き、そのまま跳躍。ティアナめがけて拳を振り上げた。
やばい。やはり後衛を直接狙ってきた。
俺は、盾を構えたまま後ろへ跳躍。モーゼルの落下を見定めて盾で防ごうとした。
「甘い」
タツヤが居た。ナイフで不意打ちの構え。
「おっと、させないぜ」
ローグがタツヤのナイフをナイフで防ぐ。さっと退くタツヤ。
盾に激しい衝撃。モーゼルの蹴りが盾を吹き飛ばそうとしてくる。なんとか耐える。
「texifure xusr」
ティアナの詠唱から、モーゼルへ雷が落ちる。
雷が直撃しても平気なモーゼルが、今度はローグをターゲットにして跳躍した。
その瞬間、強烈な眠気が襲ってきた。レイアに睡眠の魔法を撃たれたらしい。
が、次の瞬間、エドガーに撃たれた。
痛くない。目が覚めた。
デバフを打ち消す効果弾。
ローグめがけて飛び出したモーゼルの着地に合わせて、ティアナが次の魔法を発動していた。落とし穴。
ズボッと地面に埋まるモーゼル。追い討ちをかけようとする俺の横から、飛び出してくるタツヤ。
とっさに槍の柄で、タツヤを押す。攻撃まではできない。
エドガーの弾がタツヤの足に当たり、転げるタツヤ。
「あ、痛ああ」
次の瞬間には輝くタツヤ。レイアが有り得ない速度で回復魔法を打った。
「よそ見すんな」
いつの間にか落とし穴から出ていたモーゼルが、左腕で盾を殴ってくる。
「もらった」
ローグがモーゼルの背後から首筋を狙う。
「甘い」とモーゼルが言い、ローグは片足で蹴り上げられた。
片足のハンデにも関わらず、モーゼルの動きが早すぎる。
盾の死角で、見失う。
上か。見上げるとモーゼルが跳躍していた。
盾を上げる間も無く顔面を蹴られる。痛い。
次の瞬間には、右に吹き飛んでいた。瞬時に体制を整え、槍を向けるがモーゼルはすでにおらず、今度はエドガーを追い詰めていた。
エドガーを蹴り上げようとした瞬間、モーゼルの背中から太いイバラの幹が絡みついて、モーゼルの動きを止める。
エドガーがモーゼルと距離を取り、魔弾を炸裂させる。
20発ほど連発で打ち込むが、モーゼルは無傷。
レイアの解除魔法が届き、モーゼルはイバラを撥ね退け、バラバラに引きちぎった。
モーゼルは首をコキコキさせながら、獣のような顔で笑顔を作り、俺たちを褒めた。
「即席にしては、やるじゃねえか。そろそろ温まってきたぜ」
腕を組み、飛び込んでくる。蹴りが早すぎて、見えない。
宙に浮くように近づいてくる。片足の蹴りかよ、これ。
鞭のようにしなりながら、大木のように太い脚が、ものすごい速度で空を斬る。
隼の4人は次第に小さく集められ、次の瞬間。
「くっ」とティアナがうめき声を上げる。
ティアナの首筋に、タツヤのナイフが突きつけられていた。
「そこまで」
レイアが叫ぶ。
ティアナが目を見開き、脂汗を流す。
モーゼルが腕を組んだまま、俺の方に向かって言う。
「盾の扱いが甘いな。
軽盾は持ってないのか。
対人戦の場合、大楯より軽盾の方が向いている場合が多い。
特に今回のように乱戦の場合はな。
明日、ガードナーで軽盾も用立てる方が良いだろう。
相手によっては大楯を捨て、軽盾に切り替えることだ」
モーゼルがアドバイスをくれた。
確かに、大楯の影で敵を見失ったり、とっさの防御に間に合わなかったりした。
「他のメンバーは、個々には特に言うことはないが、敢えて言うなら、盾役への引きつけを身につける方が良いな。まず、銃使いは、盾の影から撃つことを基本に。魔法使いは、盾を挟んで距離を取りすぎだ。その距離では、素早い敵に攻撃された時に盾がフォローに回れない。そして、リーダーのスカウトは、そのあたりの指示をもっと積極的に伝えろ。相手に知られても構わん。知られても破れないほどの連携を目指せ。以上だ」
的確や。さすがは百戦錬磨のモーゼルの兄貴。
的確やないか。
ただの野蛮人と思ってました。ごめんなさい。
「私からも良いかしら」
とレイア。
「ガーネくんの睡眠を解除するために1手無駄になってるわ。やっぱり耐性をつけることを心がけてね。あとで特訓よ。
あと、これ、渡しておくわ」
そういって、カバンを俺に渡してきた。
「ギルド長に言って集めてもらった護符、たくさん。完全ではないけど、これでバッドステータスを多少は防げるわ。訓練の時は外してね。他はなるべく地肌に近いところでつけること。心臓に近いほど効果があるわ」
そういってカバンの中を覗くと、ネックレスやら、数珠やら、お札やら、いろんなお守りが入っていた。
その後、俺だけ特訓ということで、居残り、レイアと耐性の訓練。
そろそろ見張りということで、宿の食堂へ行って短い時間で飯を食い、護衛についた。




