第47話 望郷
明日、この街を出ると思うと寝付けなかった。
昼間あれほど過酷な訓練を受けたにも関わらず、昨日のようには眠れなかった。
理由は、回復魔法にあるかもしれない。体はボロボロにされたが、強制的に治された。
酒のせいもあるかもしれない。酔いが覚めて余計に眠れない。
酒というのは不思議なものだ。
キャバクラで楽しかったのがいけないのかもしれない。楽しい時間は、終わった後に辛い。
窓の外、二つの月が並んでいる。
ここは異世界。
月を見て、改めて思う。いや、思い知らされる。
結構、走り抜けてきた。振り返ることも少なかった。
海の上では、星を見ながら、地球のことをよく考えた。
船長にあってからは、そんな感傷に浸る余裕もなかった。
異世界人、達也に遭って、息子の面影を思い出したのもあるかもしれない。
俺は一体何をしているんだろうか。
本当に世界を救うのか。俺に救えるのか。
水都に行けば解決するのか。
モーゼルや、ゴンゲンのような怪物でも太刀打ちできない魔王軍に。
俺は勝てるのか。
不安がもたげる。弱気になる。
眠れない夜はいつぶりだろうか。
ジャングルだったろうか。海の上だったろうか。
あまり悩まない性質である。
未来はなるようにしかならない。
ああ、そうだその通りだ。これまではそれで良かった。
だが、この世界、そして地球まで。
俺が、俺のいく末が握っている。
馬鹿らしい。
全く実感が湧かない。
こんなに考えるくらいなら、今すぐ魔王の前に行き、ぶちのめす方が気が楽だ。
回りくどいのは好きじゃない。
そうした思いが、俺を悩ませる。
柄にもない。
鉄を操る術。
それが俺に与えられた力。
通用するのか? こんなスキルで。
じっと手を見る。月明かりに照らされる手。
息子鉄一郎と、娘の徹子の顔が浮かぶ。
昔より記憶がぼんやりしている。どんな目をしていただろうか。
まだ離れてから2ヶ月も経っていないはずだ。
月の灯りで霞むあの星々の中に地球はあるのだろうか。
それともここは違う宇宙で、見上げる星すらも違うのだろうか。
知識の書には違う銀河と書いてあった。
銀河。この空のどこにあるのだろうか。
天の川は地球が属する銀河だったな。
どこか遠くに霞む星は、どこかの銀河なのだろうか。
そこに地球もあるのだろうか。
そもそもこれは夢なのだろうか。
今日の焼き鳥はうまかった。だが物足りない。
味が少し違う。醤油味ではなかった。
醤油らしいものは醤油ではなく魚醤だと達也は言っていた。
山本達也のせいだろうか。
これまで、思い出さなかった色々なことが胸に去来する。
世界を一人に預けて、それが俺?
馬鹿げている。
女神はバカなんじゃないだろうか。
神は万能じゃないのか?
先を見越していたんじゃないのか?
神同士は、お互いに力を相殺するから、力負けしたのだろうか。
そうだとしても、俺を巻き込むな。そんな気持ちも去来する。
世界を支えるなど、俺には荷が重い。
俺はしがない鉄工所のオヤジで、もう死んだ身だろう。
なんだかバカバカしくなってくるな。
命をかける必要があるのだろうか。
俺が負ければ地球も滅ぶ?
馬鹿馬鹿しい。
嘘に決まっている。大げさに言ったのだろう。
ああ、なんだか、本当にバカバカしくなってきた。
今すぐここから逃げようか。
なんだか、アホらしくなってきた。
俺の知らないところで、争っていればいい。
眠れないベッドの上で、悶々としていると、頬にひんやりとした感触があった。
クロちゃんが、カバンから出て、俺の頬を撫でていた。
本当に賢いスライムだ。俺が陰に落ちそうなのに気づいて慰めてくれているのだろうか。
不思議なもので、なんだか優香のことを思い出した。
俺が落ち込んだ時、膝枕をしながら慰めてくれた手。
そういえば、忘れていた。
取引先の工場に不渡りが出そうになり、資金繰りが行き詰まった時、右往左往する俺をなだめてくれた手。
「大丈夫よ、大丈夫」
呼吸が整うまで、俺を撫でてくれた。
魂があるのなら、優香は今、どこにいるのだろうか。
どこかに生まれ変わっているのだろうか。
それとも魂のまま、俺を見守ってくれているのだろうか。
こんな時、優香ならなんて言うだろうか。
「あなたらしくないわよ」
多分そういうだろうな。
「良いじゃない。どうせ一度死んだんでしょ? 逃げるのが嫌いだもんね。戦って負けて死ぬなら、あなたらしいわ。頑張って」
優香なら多分、そう言うんじゃないかな。
ああ、そうだ。
命は一つ。
負ければ死ぬだけ。
運が悪けりゃ死ぬだけさ。
そう思うと、すっと気持ちが落ち着いた。
気がつけば、眠っていた。
優香が微笑んだ夢を見た。
久々に優香の夢を見た。少し嬉しかった。




