第46話 異世界パイセンと二人、ナミートの夜
レイアとモーゼルを呼びつけ、ゴンゲンはクロガネについて、話を整理していた。
「レイアよ、状態異常の特訓はどうじゃった」
レイアは長い睫毛を揺らせながら、首を振る。
「まだまだ時間が必要ね。抵抗が無さすぎて、心配になるわ」
実戦経験の少なさが出ているのか。
平均的な冒険者がランクを1つあげるのに3年かかる。
つまり、Fランクを3年やって、Eランクを3年やってDランクに到達する。
Fランク、Eランクの雑用依頼は、小さな毒虫や、攻撃力の少ないモンスターの対処が多い。そのため、簿弱な特殊効果を浴びることが多く、結果、自然と抵抗力が付く。ネムリキノコの採取や、催眠蝶の捕獲などのクエストを通じて、それらの耐性を身に付けるのだ。
「では、道中もその訓練を続けるように」
「多分、それでは間に合わないから、護符の準備をお願いします」
「わかった、集められる分は取り寄せよう。ただし、本人の耐性を優先するようにな」
ゴンゲンはモーゼルの意見を求める。
「モーゼルの方の特訓はどうじゃ」
「こっちは目処がついたぜ。ゾーンは体験させた。あとは、継続ときっかけじゃねえかな」
「よし、そちらは任せる。とはいえ、レイアと違い、お主はクロガネの側には居れぬ。課題を与えて自己修練させるしかないのお」
「出発を遅らせてはどうです?」
とレイア。
ゴンゲンは首を振る。
「それは、別の商隊に変更しろと言う意味か? それともフライドチンキ卿に出発を遅らせろと言う意味か? 何にせよ、機会は無駄にできん。
あくまでワシの勘じゃが、事態は一刻を争う。遅くなれば、一体、どのような事態になるか、予測ができん。1日も早く女神様の無事を確認せねば」
「であれば、別働隊を用意すべきではありませんか? ザイオンへ先触れを送り、敵対勢力を見極めるべきでは」
レイアが食い下がる。首を横に振るゴンゲン。
「神聖教の内情については、現在も調査を継続しておるが、あそこは魔窟よ。秘密、秘匿が多すぎて、手出しができん。
誰が裏切り者で、誰が味方か、神眼持ちを有する神聖教国内でもはっきりせんと言うのに、他国が干渉することもできん。
神託が健在である今、女神様の不在を証明するものはクロガネの手紙以外無い。
しかも、その手紙も、女神様はぼやかした表現で可能性を示唆するのみじゃ。神託スキルでもっともらしい説明でもされたら、覆す方法はない」
王とも散々議論を重ねてきた。
ガードナーの戦力と、第一の魔王軍の脅威、極秘裏の作戦遂行、女神様との立ち位置、他国との連携。様々な事情が立ちふさがる。
「ならば、もう少し戦力を増やすことはできないのですか? 国の飛空挺を特別に用意してもらうのは無理なのですか」
レイアとしては、漠然とした不安が拭えずにいた。
女神の勇者という存在の貴重性。それを預かる自身と、その戦力の薄さが。
守りきれる自信が無い。
「そのためのモーゼルじゃろうが。しっかりせいレイア。お主が頼りじゃ。
飛空挺が飛べんのは周知、お主も知っておろう。昨日もオリエンの所有機が1機落されたわ。魔王軍の飛龍部隊が暗躍しておる。狙い撃ちじゃ。その話は何度も説明したじゃろう」
その言葉がレイアに重くのしかかる。
「他国の動向はどうだ?」
モーゼルが口を挟む。
「他国は全く動く様子はない。仮に動いたとしても、クロガネを殺害することはないじゃろう。
拉致して自国の後ろ盾にするのがオチ。
問題は、帝国じゃが、東の端までは手を出さんじゃろうから、介入するとすれば、魔法学園都市のスカウトか、南部オリエン近辺の小国かのう。
それより、魔王軍は確実に動くじゃろうな」
「情報が漏れていると?」
「まあ、情報は漏れたものとして事に当たるのが良いじゃろうな。予断は禁物じゃが、最悪の事態を想定して備えればならん。
オーシャンからの情報によると、第二の魔王軍がかなり熱心にクロガネを追っていたらしい。
特に風将軍ボーゲンが雪辱を晴らそうと狙っておるのは必至。
奴らの情報力は計れぬモノがある。
どこからどう漏れるか、予測が立たん。
都市間の荒野なら、実際のところは、どこで襲われても不思議はない」
日に日に魔王軍の破壊工作が増加している。
どうも情報によると、奴らは何らかの転送装置を利用しているらしい。
それがどのような原理か、まだ明らかになっていないが、魔王軍はそれを利用して山間や森の合間の、孤立した村を襲っている。
しっかりとした対策を施している都市には侵入しづらいが、街道で人間に偽装したり、使い魔を使った偵察などで情報を集めている形跡がある。
モーゼルが動くことは、敵を集めることにもなりかねない。
「考えすぎても仕方ないが。用心に越したことはない」
とゴンゲンが言った。
「大丈夫だ、俺が守る」
とモーゼルは言い切った。
レイアはそれでも不安が拭えなかった。勇者を無事に水都へ送り届ける。
その任務の大きさに、潰される気がした。
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レイアが、深刻な顔をしているのもつゆ知らず。
その頃、俺は、キャバクラで飲んでいた。
酒、うめえ。
俺が求めていたのは、これだったのか。もう一度言う。酒うめえ。
綺麗どころが一緒だと、
タノスイ。たのスィーーーーーーー。
やっぱりおっさん(野獣)と飲むのとは、ワケが違う。
横に座ったエルフの美人がopaiを俺の腕に押し付けてくる。
「いやあ、ガーネさん。良い飲みっぷりですねえ」
爽やかイケメン、タツヤが言う。
名前で想像できる通り、俺と同じ異世界人である。
「タツヤくん。いやあ、良い店じゃないか」
俺は最高に上機嫌だった。
「そうでしょ、そうでしょ。やっぱ、猫耳とエルフは異世界の醍醐味っすよね」
ナミート最後の夜を、俺は満喫していた。
思い起こせば、女っ気のない旅だった。
俺は、優香(死んだ元嫁)一筋だが、女が嫌いなわけではない。
これは浮気ではない。大人の付き合いなのだ。
うふふ、キャハハ。で、左のエルフちゃんが果物をアーンとしてくる。右の猫ミミちゃんが、お酒を口に添えてくる。
こらこら、俺は一人だよ。うふふ、キャハハ。
最高やないか!
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ジジイの長い話を終えた俺は、ギルドから出たところで、呼び止められた。
振り返ると、黒髪黒目のイケメンが立っていた。
「同郷の人ですよね!? 俺、達也って言います。日本人です!」
すごい勢いで近づいてくるイケメン。
「え、おう、あえ? は? 同郷!?」
何と返事をすれば良いか、一瞬迷う。
俺たちを珍しそうに眺めていく冒険者たち。
「ちょ、ちょっと」
俺は、達也と名乗った男の口を塞ぎ、路地裏に連れて行った。
カラコン付けてるのに、なんでバレるかねえ。
「俺が異世界人ってのは、内緒なんだよ。タツヤくん」
と俺が言うと、男は「あ、そうなんすか。すんません!」と快活に言った。
「いやあ、ギルド長に呼び出しくらってて、今日まで遠出してたもんですから、帰ってきたら、同郷人らしい人がいたんで、嬉しくて嬉しくて、思わず声をかけたんですよ」
て、ことは、もしかしたらこいつが3人目?
まずは、挨拶くらいはしておくか。
「ガーネだ。故あって、今はガーネと名乗っている。ここだけにして欲しいんだが、日本人だ。これも訳あって内緒にしている」
「あ、そうなんすね。事情は聞かないですよ。俺」
軽い。口調が軽い。
「こんなところで何ですから、飲みながら話しましょうよ。こっちに来た経緯とか」
「ギルド長は良いのか? 呼び出しだろ?」
男は即答で「あ、いいんす、明日でも、多分大丈夫!」と言い放った。
「・・・そうか。じゃあ、せっかくだし、行くか」
俺はこの世界で初めての同郷人に興味があった。態度には出さないが、ものすごく嬉しかった。
男も俺の返事に嬉しそうに、美味しい焼き鳥の店があるんすよ、と言って歩き出した。
1軒目焼き鳥屋、2面目は海産物居酒屋、そして3軒目が、今いるキャバクラである。
聞けば、達也くん。
フルネームは山本達也くんは、18歳高校3年生。こちらに飛ばされて現在半年。
学校帰りに黒い穴に落ちて、気がついたらガードナー近くの海岸にいたらしい。俺と違い、いわゆる転移というやつである。俺は死んでるから転生。
こっちに来てからの苦労話を延々と聞かされた。
言葉が通じなかったとか、風呂がないとか、スキルで苦労したとか。そんな話だった。
最初、親切な女冒険者に拾われ、何とか意思疎通できるようになった。そしてその後、冒険者の見習いとなり、女冒険者の荷物持ちやら雑用手伝いをしながら独り立ちして、現在に至るらしい。
今でもコミュニケーションは苦労するらしく、翻訳持ちの俺が羨ましいと頻りに言われた。
逆に全く日本語にしか聞こえない俺にしてみれば、どんな風に聞こえるのかが疑問に思い聞いてみたら、ギリシア語のようらしい。ギリシア語がどんな発音かわからないので、へえと言うしかなかった。
ギルド長は達也が異世界人であることを知ってるのか、と聞いたら、知ってると言う。
異世界人は珍しいらしく、保護と検証を理由に定期的に会いに来るように言われており、今日もその用事だと思うと達也は言った。
酒を飲みながら、夜が更けていく。達也が顔を真っ赤にしながら日本の歌を歌う。アカペラで歌を口ずさむ。
俺も合いの手を入れる。
女の子たちは「どこの歌よー」とか笑いながら聞いてくれる。
こちらの世界では、15歳で大人の扱いらしいので、18歳の達也も、こうして酒の席に混ざれるし、真っ赤な顔で女の子に囲まれるイケメンは、何だか絵になっていた。
ある意味、異世界パイセンである。
俺の事情は、あまり話さず、日本時代の話を話すようにした。
息子娘がいること。
気がつけば若返っていたこと。
遠い大陸に飛ばされたこと。女神のことは話さず、あと戦闘関連も一切言わなかった。
その理由も、スキルのことを話すべきではないと思ったのと、同郷と言いつつ、この男が完全に信用できなかったこともある。
うふふキャハハしつつも、それくらいの警戒は俺でもできる。
宴たけなわ。もう、これ以上は飲みたくないなと思ったくらいで帰ることにした。
「これからも仲良くしてくらさい」
と呂律の回らない声で達也が言う。
俺は、微笑んで、
「明日には、この街を出ることになるんだ。悪いな」
と返した。
達也が寂しそうな顔をして「じゃあ、また会いたいですね。またいつか」と言って、手を差し出してきた。
握手をする。
「まあ、俺の勘なら、すぐに会えるさ。じゃあな」
いやあ、楽しかった。
俺はこうしてホテルに戻った。夜風が気持ち良い。
道すがら影が揺れているような気がした。少し飲みすぎたかもしれない。




