第43話 モーゼルと言う漢
血反吐を吐き、土に倒れこむ。俺。
ギルド地下の闘技場は、がれきを撤去され、なんとか使用が可能な状態だったが、今の戦いで、また壁がぐしゃりと凹んだ。
「おいおい、またオネンネか」
昨晩の酒場でのやり取りと打って変わり、モーゼルは鬼であった。
戦闘鬼。
金色のゴリラ。スーパーナンチャラ人。
まさに武神と云う存在感で、俺を圧倒した。
「さて、昨日はよく呑んだ。ちょうど良いコンディションだぜ」
首をコキコキしながら、元気なモーゼル。
一方俺は二日酔い。それも酷い二日酔いだった。
ちなみに、42種類の状態異常の1つは二日酔い。宿酔と表示されるらしい。
奇跡の書で自分を調べてみたら、確かにそんな表示がされていた。
うぇっぷ。こみ上げる何かは、愛でもなく、涙でもなく、ゲロ。
肩を軽く回して、モーゼルが言う。
「爺さんからは、殺さない程度に可愛がれと言われている。お前、強いらしいな。1分は持ってくれよ」
うぇっぷ。
万全の状態でも勝てるかどうかの相手に、二日酔いで挑む。これを無謀と言わずなんと言うのか。と言うか、これイジメじゃねえ?
「さ、さあ来い」
俺も男。いや、俺も漢!
二日酔いくらいで逃げたと思われたら武士の名折れ。武士じゃないけどね。
ふらつきながら、構えを取る。
「その様子じゃあ、楽しめそうも無いから、俺はスキル使わないでやるよ。お前は全力でスキルを使って良いぞ」
と言いつつ、金色に輝く野人。
ゴリラのような体が、倍くらいに見える。
体格は、モーゼル兄貴の方がごついが、身長は俺とそれほど変わらない。
はずなのに、この威圧感。エレキクラーケンよりでかく感じる。
スキル使わないって言ったのに、なんで光るの?
ずるくない? スキル使ってるよね?
「す、スキル使ってるんじゃあ」
「馬鹿野郎、これはスキルじゃねえ。戦闘意欲が溢れて、気合が光るんだよ! そう言う体質なんだよ」
とデタラメな答え。
「じゃあ、行くぞ」と言った次の瞬間、パンと言う破裂音と同時に、俺は吹き飛んでいた。
目で追えない。
ごっふうううう。腹に突き刺さる拳に、部屋の端まで吹き飛ばされる。
壁にめり込み、上から瓦礫がパラパラと降ってくる。
音速超えてない?
痛みが後からやってきた。
気づいたら、吐瀉物まみれになっていた。血とゲロとで、ベトベト。
強いなんてもんじゃ無い。見えない。
ゆっくりと近づいてくるモーゼル兄貴が言う。
「爺さんからの伝言だ。お前の弱点、その2。感度不足。スキルの強さに比べて、目や気配への感度が鈍い。スピードのある敵に出会えば、このザマよ。目で追えない敵に対処できない。でかくて遅い奴ばっかりじゃねえぜ、速くて、かつパワーのある相手もいる。俺みたいにな」
速いなんてものじゃない。まるで弾丸だ。
動体視力には自信があったが、何事にも限界はある。モーゼルの速さは、軽く俺の限界を超えていた。パチスロの目押しで好い気になっていたのが恥ずかしいほどだ。今はむしろ生死がかかっている。
ゲロまみれの俺を見て、きたねえなあと呟いて、モーゼルの手が俺の襟首をつかんで、強引に立たせる。大の男を片手で軽々持ち上げる。
そのまま、部屋の中央まで連れて行かれた。
ワンパンでグロッキーな俺。
「必死になって、ガードしろ。必要なのは集中力。俺の踏み込みと、挙動を見逃さず、受け止めてみせろ」
簡単に言うぜ。
弾丸のようと例えたが、下手すれば、弾丸より早いのでは無いだろうか。
身体強化レベル3の俺が通常の人間の倍以上の速度で走れる。
対して、モーゼルの身体強化はどのレベルなのか。人類が到達した最高速度は40Km弱。チーターで100Km。野球の球で160Km。200Kmを超えると、バッターは球に反応できないと言う。
モーゼルの速さはこんなレベルでは無い。挙動が読めない。動きが目で追えない。後、鞭みたいな音がする。ソニックブームじゃん。
そんなことを考えていると、また腹を殴られた。
ごっふうううう!!
ドゴーンと言う破壊音。
同じ場所にまためりこむ。体の骨がバキバキと砕けるような衝撃。実際何本か折れたような気がする。
以前にも、どこかで話した通り、動体視力と挙動察知には自信があった。だが、それも人間レベルでの話。人間の限界を超えた音速のパンチなど、受け止められるはずもなく。
バケモノ犇く異世界の、国家最高戦力とやらの実力は、並ではなかった。ドッヂボールで鍛えた俺も、避けることは不可能。ましてや、受け止めるなど、無謀も良いところだ。
「集中力が足らんなあ。他のこと考えてたよな」
あまりの痛みに、頭が朦朧とする。
さあ、もういっちょ行くぜ。
よろける俺を立たせて、モーゼルがまた構える。
もう勘弁してくれ、と思うが、負けてばかりもいられない。
負けてたまるか、モーゼルを睨む。
「良い面構えじゃねえか。集中だ、集中」
感覚を研ぎ澄ます。
集中する!
モーゼルの拳を睨む。
「そろそろ目も慣れてきたんじゃねえのか。おら」
拳が動き、捉えた! と思ったら、
「フェイントだよ!」
と、モーゼルが笑った。
そのままノーモーションでまた飛んでくる拳。
ブベラハーーー。と俺の声が漏れる。
次の瞬間、壁まで吹き飛ばされていた。
ずるい、ずるすぎる。
フェイントを入れるなど、聞いてない!
「馬鹿野郎! フェイントなんか当たり前だろうが、甘えるな」
もう動けない。
力なく倒れこむ。
「もうダウンかよ、レイア頼む」
すると、どこにいたのか、レイアが姿を現した。
ぐったりとする俺の横で、ごにょごにょ何かを呟いたと思うと、急に痛みが治まった。
体が動く。
「ほら、やるぞ」
見上げると、レイアが微笑んでいた。
「大丈夫です。回復魔法で癒しますから、安心して訓練を続けてくださいね」
地獄や、こんなん地獄や。
おら、立て。
モーゼル兄貴に引きづられ、また部屋の真ん中に立たされる。
地獄や、こんなん地獄や。
3回目の回復魔法の後、モーゼルはやれやれ顔で言った。
殴られた回数は覚えていない。
「あんまり使いたくなかったが。レイアちゃんよ、お願いするぜ」
その言葉を受けてレイアが、部屋を出て誰かを連れてきた。
俺は目を見開いた。
徹子!?
おかっぱ頭の俺の娘が、猿轡、後ろ手に縛られて連れてこられた。
おい。なんの茶番だ?
なぜ、徹子がここに?
怒りで目の前が真っ赤になる。
「徹子! 徹子が何故。おい、モーゼル、徹子に手を出したら!」
レイアから徹子を引き取ると、モーゼルがこちらを見て、
「恨むなら、弱い自分を恨め。次はお前の娘を狙うぜ」
とニヤリとした。
徹子をこちらに投げるように歩かせて、モーゼルが構える。
「防げよ、娘が死ぬぜ」
俺は咄嗟に徹子を自分の後ろに庇い、モーゼルへ対峙した。
俺が吹き飛ばされても徹子は死ぬ。受け止めるか、いなすしか無い。
しかしモーゼルは速すぎて挙動が読めない。
「死ねやぁあああ」
モーゼルが叫び、筋肉が硬直したのが分かった。
極限の集中力の中、視界が暗くなる。
モーゼルが動くと何故か分かった。本能だろうか。
気がつけば、煙の出る拳を、手のひらで受け止めていた。
モーゼルの拳を、俺は両手で受け止めていた。
「やればできるじゃねえか」
俺の両手が光っていた。金色に光っている。
徹子は、徹子は無事か?
振り返ると、紙キレが落ちていた。
徹子は? 徹子はどこに?
「バーカ。幻術だよ。召喚符術の超初歩」
徹子は? 幻覚?
「まあ、効果は覿面だな。俺と同じで守るもんがある方が強くなるタイプだと踏んで、正解だったぜ」
何が何やらわからない。
レイアが近づいてきた。
「私の魔法よ。囮に使う護符よ。相手の嫌がるもの、大切なもの、怖がるものに変化させることができるの。見てね」
レイアがそう言って紙切れを拝むと、ぼんやり煙が出て、人型になった。
それは、徹子だった。
レイアがふっと息をかけると、ボンと煙が出て、また紙切れに戻った。
「ごめんね。焦ったでしょ」
モーゼルが寄ってきて、言った。
「おかげで、集中できたろう。自分の体を見てみろ」
言われて、もう一度見てみる。手だけでなく、全身が光っていた。
モーゼルと同じように光っている。
「それは、内燃気って言われる現象だ。身体強化持ちが、ゾーンに入ったら出る、まあ、オーラみたいなもんだ。その状態の時は、周りが遅く見える、防御が硬くなる、普段より早く走れる、技巧の精度が増す、必要な音だけが聞こえる、匂いに敏感になる。とまあ、いろんな効果が発動する。
極限の集中力で身体強化を使うことの併用技ってとこだ。
まあ、初めは上手く使いこなせないだろうが、一度覚えれば、どんどん意識して使えるようになる」
どや顔で言うモーゼルの顔面を殴る。
モーゼルは睨みながら顔だけで受け止めた。
訓練のためとはいえ、娘を持ち出すとは。
すこぶる腹が立った。
ガハハと豪快に笑いながら、
「俺に一発入れるとは、やるじゃねえか」とモーゼルは嬉しそうに言った。
さあ、こっからが本番だ。
モーゼルはそう言って、首をコキコキすると、黄金色に輝くカイザーナックルを取り出した。
「五花十二葉三十六節。至高武具五花の一つ、五色花の黄、アンバーフィスト」
え、なんですかそのかっこいい名前。
「世界最高の武器の一つだ。まあ、こいつは付与効果も何も無い、ただ壊れないって武器だが、俺には最高の相棒よ」
少しでも持ちこたえろよ。俺を楽しませてくれ。
ニヤリと笑うモーゼル。
これだから戦闘民族は嫌なんだよ。
ゾーン状態の俺はなんとか戦えましたが、全く歯が立たず。
その後、めちゃくちゃボコられました。
その後さらに。レイアが出てきて「さあ、昨日の続きやるわよ」と言われた時に、心が少し折れました。
眠らされ、ビンタされ、毒にされて、さらにボコられましたとさ。
ちなみにその時のレイアさんは、とても美しい輝く笑顔でした。
以上。




