第41話 王宮にて
モーゼルとの衝撃的な出会いから、遡ること、5時間。
ナミートのギルド長ゴンゲン=ゴールハードは王城に居た。
通常ナミートから首都ガードナーへは馬車で片道20時間の場所だが、ゴンゲンが本気で走れば、1時間ほどで着く。今日は久々に本気で走った。
危急の報告として、王の私室に通された。宰相達にもまだ伝えるべきでは無い事柄。
もちろん、女神の勇者の処遇についてである。
王の私室は広く、寝室は別の部屋、簡単な打ち合わせができるように豪華なテーブルが真ん中に据えられている。
「そうか勇者を無事ギルドで保護できたか。女神の勇者の件はすでに船長から聞いた。ご苦労であった」
防災都市ガードナーの王、シール=ド=ガードナーは深い声で言った。
王は齢45。ゴンゲンより歳は若いが、荘厳さは優っている。
私室に居合わせたのは、4人。
一人は王。
一人はゴンゲン。
そしてもう一人は、マクガイザー=ジス=オーシャン。船長である。
最後の一人が、野人、モーゼル=ビックスだった。
「現在は、レイアと共に街を案内させています。万一に備えて、数十の工作員が連携を保っています」
ゴンゲンが報告する。
工作員は、第一にはクロガネの安全を見守るための存在だが、クロガネの逃亡に際しては阻止、さらには暴走時は鎮圧も命じてある。
「敵勢力の動きは?」
「魔王軍は、第一、第二とも動きなし。第三のピエロは索敵不能。そのほか邪神勢力は今のところ、なんの反応もなしです。
女神側の裏切り者も、関与なし。偶然、海上で拾い上げてのち、どこにも情報は漏れておりません」
ゴンゲンの報告に、船長が続ける。
「通信傍受を懸念して、陸に戻るまで、勇者の発見報告は、どこにも伝えておりません。上陸後の報告は、ゴンゲンが先ほど述べた通りです」
「モーゼル。お前に任せようと思う。この国の最高戦力を、この時期に他国へやることは不安だが・・・」
国王が言うと、野人はうなづき
「勇者は大丈夫だ、王様。俺に任せな」
と、不敬を気にせず、言う。
最高戦力モーゼル。
この国で、彼を知らないものは居ない。
国王の名前を言えなくとも、モーゼルの名前を知らない人物は居ない。
それほどの強者。国の英雄であった。
「ほかの国への連絡は、どうされますか?」
とゴンゲンが聞く。
「知らせぬ。今はな」
王は言い切った。
「女神の神託に異を唱える。それは我が国においても、自殺行為にも等しい。
幸い、女神の勇者の生還は、どの国にも知られていない。
秘密裏に事を進めて、勇者への求心力を奪還する」
「神聖教国は、大丈夫なのですか?」
「現状、非常に不安定と言わざるを得ない」
国王の顔が曇る。
「と申しますと?」
「・・・裏切り者がいる、と言うことだ」
考え込む一同。
「しかし、それが誰か特定できない? そう言うことですかな?」
「次の教皇エルクリウスは女神派ではない。奴は融和派である。かと言って、女神そのものを否定するような言動は行っておらん。オルベリウス17世を殺したのは、誰か。もちろん、犯人はすでに処刑されている。命じたのは「誰か」と言う話だ。魔族側ならば、かなり由々しき問題。人類ならば、さらに由々しき事態だ」
魔族による暗殺ならば、人類の防衛能力の低さ。人類ならばその結団力の低下に。それぞれ、士気がさらに下がるような情報である。
誰もが、今は人類同士で争うことが愚かと思いながらも、お互いに疑心暗鬼に陥っている。
目の前に突きつけられる同胞のナイフに対して、仕方なく自分もナイフを取り出すような、危うい状況だった。
神聖教では、教皇の地位と派閥を巡る内紛が起こっているようだし、5大国も自国の利益優先でまとまりに欠ける。スキゾニアでは強制召喚勇者が国を滅ぼし逃走。第一、第二の魔王のゲリラ部隊が大陸各所で破壊工作を繰り返す。
そんな状況である。盗賊がはびこり、国同士が我可愛さに他国の蜜を奪い、小狡い役人が逃げるために他人を蹴落とす。
為政者とその周りは、自分が生き残るために、国の操縦を握りたがり、握った操縦を手放そうとしない。
民衆は国を捨てて逃げ、残された貴族は民に足枷をつける。
いよいよのところまで来ている。
そう王は考えていた。
このままでは、自国の存続すら危ぶまれる。
シール=ド=ガードナーは、賢王である。
ゆえに、ゴンゲンもオーシャン船長も信頼を置いている。
現在は、残り少ない国庫を吐き出し、城塞の建築に国家を総動員させている。
ゆえに、防塞国家と呼ばれる。
ガードナーは他国に先立ち、国の防衛に力を入れてきた。
ドイルが陥落した今、多くの難民がガードナーの街にも入り込んでいる。世界一安全な都市と言われるガードナーは、魔族の侵攻にも相当な時間耐えるだろう。
だが、その間に後背を断たれてしまえば、補給と兵站の都合で、やがて細って死ぬ。
籠城をしたところで、食料はどうやって確保するのか。相手は餌も食わない死霊の大軍。
籠城戦は必ず負ける。
そうならないための起死回生の手札を求めていた。
最中、絶妙のタイミングで、言い換えればギリギリのタイミングで、それが舞い込んできた。
そう、もちろん、クロガネ=テツオのことである。
「ゴンゲン、お主の考える作戦を述べよ」
「は、まずは、このモーゼルを警備につけ、クロガネを商人のキャラバンに護衛として参加させ、オルベリオンまで送り届けます。
その後、女神様の神託の疑義を突きつけ、女神奪還作戦を宣言、5大国にこれを承認いただき、統一戦線の構築を目指します」
「商隊か。それでは移動にいささか、時間がかかり過ぎる。少人数で突破する案は」
「は、もちろん検討いたしました。問題点が2つ。モーゼルが同行する以上、周囲の注意を嫌でも集めてしまう点、それと勇者の出自がバレた場合の対応策がないこと。
幸い火急の危機はない現状、より安全な策としてこちらを選んだ次第です。
教皇の即位式までは、あと2週間。間に合いませんが、致し方ありません」
「そうか、ならば水都についてからの計画は」
「これを」
ゴンゲンは、手紙を王に渡す。
それは、クロガネから預かった女神からの手紙だった。
「ふむ。女神様自筆の手紙。神聖古代文字で書かれておる。筆跡も烙印も、調べれれば間違いなく本物と出るな。で、内容は」
一般的な人類は神聖文字を読めないため、王は問うた。
「この最後の手紙の内容は、クロガネへの謝罪。他も合わせて全部で3通あり、それぞれ事情を述べられております。この最後の1通で、自身の身に迫る危険を訴えると共に、クロガネを案じておられます」
「で、これを? どうする?」
王はもちろん、結論まで予想しているが、確認するようにゴンゲンに訪ねた。
「そこが問題です。
オーシャンはガリウスに会う事を推しておりますが、ガリウスが反女神ではないと言い切れません。
確実に影響力を持つ、女神様の信奉者。そのものにこの手紙を見せて、神託の問題を解決せねばなりません」
「ふむ。どうするか。難問よな」
まず、仮説として、女神が捕らえられたとしたならば、今女神はどこにいるのか。さらに仮説を重ねて、女神が敵に寝返る可能性はないのか。
さらに女神を奪還して現状を覆せるのか。力を奪われてしまえば、女神に役目は果たせるのか。
情報が乏しい今、仮説に仮説を重ねる不毛な事態に陥っていた。
「少なくとも」
モーゼルが言う。
「神託持ちの野郎をぶちのめして、どういうことか話させてやろう。本当か嘘かくらいは、俺が見定めてやる」
と、本気か冗談かわからないことを言った。
「ははは。そうよなモーゼル。お主の言うことも一理ある」
シール王は賢王である。
現地現場主義を貫き、自分の目でものを見て解決することが信条。
まずは、実際に水都へ赴き、事実を特定せねばこの問題は解決しない。
賢王シールが導いたのはその答えだ。
しかも、現地でものを言わすには”現物”が必要。
この場合の現物は、勇者の現物。
そう、クロガネの身である。
仮にクロガネを拘束して、神聖教国へ渡した場合どうなるのか。
答えは明白。
勇者クロガネは処刑されて終わり。
それで誰が責任をとるのか?
人類全員が責任を取り、滅亡しか残されていない。かもしれない。
では、生きて水都にたどり着けばどうか。
一縷の希望は残されている。
可能性は高い方が良い。ほかに策は無いかを検討する。
四人の議論は続き、ほかの実行可能なシナリオについても話された。
シナリオB。ガードナーが勇者クロガネを擁立して、魔王軍と戦う。
一見、順次策に思えるが、これは人類を二分する結果となる。
女神教は偽勇者を処刑するように言うだろうし、他国は戦力である勇者を独占したと考える。
特に神聖教国からの非難は確実。
我が国は神敵として認定され、他国からの攻撃対象となる。
シナリオC 勇者を放逐し、知らぬを貫く。
このシナリオだと、現状のジリ貧が何も解消しない。
しかもかなりの割合で勇者に恨みを買う。
敵対は望むところでは無い。
シナリオD 勇者を単騎もしくは少数でヨーラスへ送る。
今の勇者の戦力であればかなりの確率で死ぬ。
モーゼルが護衛であっても、危険であることには変わりはない。
シナリオE ・・シナリオF
どれも手詰まりだった。
もう一つ、確認すべきことがあった。
第三の魔王による呼び出しの件だ。
「クロガネが海で出会ったというピエロ。奴の残した言葉は、レブロンで待つということだったな。直ちにレブロンへ兵を向かわせ、第三の魔王を捕縛すべきではないか」
王が言う。
レブロンは、ガードナーの国内最北端に近い小さな街だ。
大きな川の中州にあり、かつて、水運で栄えた時期もあったと言うが、川の勢いがなくなり、今はその面影もなく、寂れるに任せた街である。
近年、魔王軍の活性化もあり、城壁を持たない都市群は、見捨てられる傾向が強い。
なぜなら、少人数で隠れて暮らすより、ガードナーのような城塞都市の中に居る方が比べ物にならないほど安全だからである。
レブロンは、そのような捨てられようとした街の一つだった。
「何故、レブロンなのでしょうな」
ゴンゲンが疑問を口にする。
「それは分からんなあ」
と船長。
モーゼルは腕を組んで黙っている。
ゴンゲンが答える。
「王よ、おそらくレブロンへ兵を向かわせても無駄でしょうな、奴には転移魔法を使えるピエロが居ります。
クロガネの到着を何らかの方法で見張らせ、転移で向かうのではないでしょうか。
もし、こちらが兵を動かしたとなれば、クロガネとの会談も中止にするかもしれません」
第三の魔王は謎に包まれており、これまで魔王本人による目立った人類への破壊行為は報告されていない。
ピエロが時折、嫌がらせのようなことを各所で行なっているだけだ。
そのため、クロガネが第三の魔王と接触する、と言うことは、その正体の確認を含め、非常に貴重な機会であり、願っても無いことであった。
一方、女神の勇者暗殺の可能性も排除できないことから、ある意味で火中の栗を拾うような行為であり、メリットデメリットの狭間で意見が折り合わない。
クロガネから聞いたピエロの言動から判断するに、危害を加えてくることは少ないとは思われるが、罠の可能性も否定できない。
「無難なのは、斥候の冒険者を使わせ、街の様子を確認するくらいでしょうな。
異変があれば、モーゼルに伝え、会談は中止してはどうでしょう。
どちらにせよ、現場にはモーゼルが同行し、危険を排除してもらう他、選択肢はなさそうですな」
国王は「レブロンを特定した意味を考えるのは不毛だ。事前準備はほぼ不可能。罠に飛び込む形になるが、こればかりは、モーゼルよ、お主に頼る他、なさそうだな」と、ため息をつくように言った。
モーゼルは、頷き、
「ああ。なんとかする」
と、呟くように言った。
「女神様は、勇者を水都へ送った後、どのようなプランをお考えだったのでしょうか」
ゴンゲンが問う。
「ふむ。女神様は情報が魔族に漏れていることを知っておられた。
勇者到着後、新たな指示を出すと申されたと聞く。
結果、勇者は僻地へ飛ばされ、探索隊は全滅。
おそらく女神様は、水都に何らかの兵器、もしくは強化策を用意してあったのであろうが。
我々に知る由はない」
王は、船長に聞く。
「マクガイザーよ、長旅ご苦労であったな。まずはねぎらいを述べたいところだが、色々、報告を聞きたいところではある。
バクラン王とはどうであった」
大まかな報告は提出済み。より細かなところを知りたいのであろう。
オーシャンはきちんと意を酌み、答えた。
「は、バクラン王は、2ヶ月後の到着を予定し、二船団を当方へ寄与いただけるとのことです。幸い南アルンザは、現在は比較的平和。周囲の国との争いもなく、喫緊の脅威は、我々同様魔王軍との認識で共有いただきました」
「ふむ。それは重畳。大義であった。
で、今回の件だが、一緒に旅をしてみてその方は、勇者をどう見る」
王の鋭い目がオーシャンを見据える。
「は、畏れながら、奴は・・・。
私の命の恩人です。王が許されるなら、この身をもって、奴を助けたいと思います」
「そうか、お前がそこまで言うとは、惚れたか」
「はっ」
「クロガネは中々の漢です」
オーシャンはそう言って黙った。
「戦ってみた感想は?」
王が今度は、ゴンゲンに聞く。
「今はまだ未熟。しかし、魔力は豊富。センスと伸び代が、バケモノですじゃ」
この世界に来て、スキルを身につけて、まだ日は浅い。
通常、Sランクの戦闘力というのは、一部の天才を除いて、適切な師匠の元で訓練を重ね、何十年もの鍛錬の末辿り着く境地。
師を持たず、2ヶ月ほどの時間で得られるものではない。
さすが、女神が見つけ、恩寵を与えた勇者と言える。
ふむ、と深く唸り、王は宣う。
「残された日は少ない。急ぎ水都へ勇者を送り届け、女神様をお救いする。
まずはこの目標を遂行せよ。
女神様無くして、我らに未来はない。
もちろん勇者の件は内密に。他言は許さん。
オーシャン、お主の船員にもくれぐれ伝えよ。ゴンゲン貴様のギルドもな。
商人のキャラバンへの同行は了承する。事態はなるべく秘匿し、可能な限り少人数にしか漏らすな。
情報が漏れる事を見越して、モーゼルも陽動を意識して動くように。
ただし、いかなる場合も、女神の勇者様を最優先に守れ。
以上、各自、速やかにかかれ」
こうして、クロガネは本人の知らないところで、ガードナーの公認を得、水都への道をひとまず確保した。
ただしその道は前途多難ではあるが。




