第34話 女神、その後
時間は少し遡り、クロガネが船長たちを海神から守った、そのおよそ1ヶ月前。
女神の塔にて。
女神の力は強大だが、少しずつ力を削られて、いよいよその結界が薄くなっていく。
青い髪の女神オリビエと赤い髪の女神メラは、女神の塔と言われる塔に住んでいる。
女神の塔は、ヨーラス大陸の中央、ガイラ山脈の奥深く、マッター山の頂上にあり、高さはおよそ60万メートル。
成層圏を突き抜けて宇宙まで届いている。
かつての古代文明が6万年前に軌道エレベーターとして作ったものと言われる遺跡でもある。
およそ一年前から、影の魔物が塔の外壁をどんどん登ってくる。
勇者召喚のタイミングの際に、第二の魔王が遠距離で、反結界を塔の頂上付近に展開。女神を逃さないように閉じ込めた。クロガネをジャングルに転移させた原因は、この魔法であった。
第一の魔王のヨーラス大陸制圧に伴い、次第に力を削られていた女神は、いよいよ塔からの撤退を余儀なくされていた。残された魔力を全てぶつければ、敵の干渉を無効化し、逃げ出せるはずであった。
「あのタンス! あそこにまだ神器あったでしょ?」メラが叫ぶ。
筆を握りながら、手紙に向き合うオリビエは「まだ手紙を書いてるんです!」と叫び返す。
この時、女神はクロガネに最後の物資を送るための手紙を書いていた。神衣と徹夜でしたためた初級魔法書である。
オリビエはうっかりさんで、その魔法が人類にとっては、初級どころの威力ではないこともうっかり気づかなかったし、そのあたりの力量を測るのは苦手であった。基本手加減とかが出来ないタイプである。
「ちょっとオリビエ!? あんたいつも手紙を書くけど、そんなの魔法で打ち出しなさいよ! 早くして」
最近、急かしてばかりのメラであった。
オリビエにはこだわりがあった。手紙は手書き。
魔法で書をしたためるのは心がこもっていないと考えていた。女神は神であり、その力を使えば、様々なことができる。もちろん出来ないこともあるが、それと合わせてやりたくないこともある。
手紙を自動書記するのもその一つだった。
筆机の前に正座し、上等の鹿の毛で作った毛筆で、丸文字を書く。これが女神オリビエの作法である。
これまで9度にわたり投下したコンテナのうち、6つが消失した。投下の途中で魔王が軌道を邪魔してきて、全く見当違いのところに落ちた。
3つは海に落ちたが、後2つはクーデサンスに、あと一つはヨーラスに落ちた。
何れにせよ、敵に戦力を渡す結果になったとも言える。
今回は失敗できない。これで最後の援助になるからだ。
以後、クロガネと連絡を取ることは、これまで以上に難しくなるだろう。
手紙を丁寧に折り、コンテナに祈りを込めて収める。
塔の窓を開けて、クロガネの居場所を千里眼で視界に捉える。
角度を調整して、コンテナを宇宙に投下。ゆっくりと重力に引かれて落ちていくコンテナ。
精神を集中させて念動力で、落下を制御する。集中力を維持する。
途中、空間を揺るがして、コンテナのコントロールを奪おうとする力を感じる。
女神の結界を展開してその力を抑える。それを数度繰り返して、ゆっくりと赤く発熱していくコンテナ。
火球となって地表へ吸い込まれていく。
その間も制御を切らすことなくコンテナを見守る。途中、光速のレーザーのような魔法がコンテナを貫こうとするが、メラが反射魔法を展開。光線を宇宙に逸らす。
はたから見れば、まるでミニゲームのような展開だった。
目的地にコンテナを落とすゲーム。敵は様々な手段でコンテナの落下地点をずらそうと邪魔をしてくる。
女神はコンテナが無事クロガネの手に渡るところを見届けて、ほっと胸をなでおろした。
「やりましたね、メラ」
オリビエが振り返ると、巨大な黒い怪物が、メラの口を抑えていた。
巨体がメラを羽交い締めにしていた。
んーんーと唸るメラ。
「あなたは!」
女神オリビエは、急速で拘束魔法を展開。同時に結界で自身を包む。
しかし、ガラスの割れるような音がして、結界が砕かれた。
「そんな!」
ぐぶふふふ。と笑う人影。
「初めまして。女神ざま。おでの名はブーゲ。第二の魔王だお」
アホ丸出しのような喋り方だが、全く隙がない。
ブワッと茶色の煙が部屋に充満する。
ものすごい悪臭。腐敗臭がオリビエの鼻に飛び込んできた。
とっさに呼吸を止めるが、その瞬間に一気に力が抜けた。
最初にオリビエが感じた疑問は、どうやってここに来れたのか、ということである。
「おで、わかった。コンテナ出すとき、結界弱まる。ぐぶぶ」
敵の攻撃を打ち消すため、女神は浄化魔法を展開した。
除菌、消臭! オゾン脱臭。光殺菌。
まばゆい光が茶色い煙を跳ね返すが、どんどん黒っぽい埃が濃くなって、消しても消しても追いつかない。
神の戦いとはこういったものだ。場を整え、影響力を奪い、魔力で畳み掛ける。
支配地域を奪われたオリビエは、全盛期の5割も力を出せない。
最後の力を振り絞って、浄化魔法を強化するが、やがて光は見えなくなっていく。
視界が奪われ、思考が沈黙していく。薄れゆく意識の中、女神はクロガネのことを案じた。
どうか。世界を。と。




