第27話 第一異世界人遭遇
【航海日誌186日目】
聖歴2151年9月26日 快晴
中央大洋の赤道を越えて3日目。
特に穏やかな日が昨日から続いていたが、昼過ぎ、洋上に小さなボートを発見した。
遭難者が2人。男女。男性は意識はなく、女性が手を振っていた。
船を近づけ、救命ボートで接近。
女性と思われたのは、見たこともないオートマタで高度な魔導具と思われた。
男のことをマスターと呼び、救難を訴えたため、乗船を許可する。
男は変な格好だった。海の上だというのに暑苦しい黒い鉄鎧を着ている。
これまでの経緯を聞いたところ、女性型魔道具は回答を拒んだ。
回答拒否、守秘。と何度も繰り返すため、埒があかない。
男に近寄ろうとすると、女性型魔道具が臨戦態勢をとるため、空いていた船室を与えて放置することにした。
何か必要かと尋ねると、不要という。
ボートは縄で牽引し、そのまま曳航することにした。
その日は何事もなく終わる。
【航海日誌187日目】
聖歴2151年9月27日 快晴
中央大洋の赤道を越えて4日目。
男はまだ目を覚まさない。
遠くに巨大魚の魚影を発見。パルス放射で追い払う。5日ぶり。
そのほか報告事項なし。
【航海日誌188日目】
聖歴2151年9月28日 快晴
中央大洋の赤道を越えて5日目。
朝、男が目を覚ました。クロガネと名乗る。
身分不明。自称記憶喪失。
我々の目的をしつこく聞いてくるので、何らかの訳あり、と考えるが、
顔つきは穏やかで、特に破壊工作員、というような危険性は感じられなかった。
目的地がアルメニア大陸とのことなので、規律に従うのであれば、乗船を許す旨を伝える。
無料飯を食わせるわけにもいかないので、何ができると聞くと、釣りが得意というので、試しにやらせてみると、1時間ほどで15匹の大型魚を釣り上げた。
何らかのスキルを使っているようだが、鑑定士も不明という。
変な奴だが、悪いやつではなさそうなので、要観察として同道を許す。
【航海日誌189日目】
聖歴2151年9月29日 快晴
中央大洋の赤道を越えて6日目。
クロガネが甲板で特訓を始めた。甲板に穴が空いたので、禁止をすると、自分の船の上でやると言いだした。
奴の能力は不明だが、少し異常だ。奴は自分の乗ってきた船を変形させて平らな足場に変えた。
どのような理屈かは分からないが、類似しているのは練成スキルと思われる。
しかし、その後の特訓とやらは観客ができるほどのレベルだった。
相手は、連れの女性型魔道具、オートマタである。
1時間ほどの訓練だったが、それに触発されたマークがクロガネの相手を買って出た。
マークはこの船有数の戦闘力を持つが、クロガネは軽くいなしていた。
クロガネと女性型魔道具が、反旗を翻した場合、抑止力不足と言わざるを得ないが、杞憂に終わることを願う。
【航海日誌194日目】
聖歴2151年10月4日 曇り
中央大洋の赤道を越えて11日目。
クロガネも船にかなり慣れてきたようで、船員の信頼も厚い。
思うに、奴はおそらくだが、異世界人だろう。
本人はとぼけているが、よく聞く特徴に近い。
俺自身、異世界人に面識はないが、曰く、黒髪黒目、やたら綺麗な発音(訛りがない)、常識が欠ける、変な知識がある、スキルが異質。
どの条件にも当てはまっている。
生きているうちに異世界人に会えるとは思っていなかったが、クロガネが異世界人だとすると、あの言動にも頷ける。
しつこく「魔王軍か、魔王軍か?」と聞いてきたので、途中、魔王軍にでも追われることがあったに違いない。
縁の絶たれた異世界で、誰を信用して良いか分からないのだろうが、そうした慎重さは、好ましくはある。
雑用が捗ったお礼として、交渉の結果、エ・ルガイアの常識を教えてやることにした。記憶喪失だったにせよ、異世界人がとぼけていたにせよ、陸に上がった時にのたれ死なれたら寝覚めが悪いからな。
【航海日誌196日目】
聖歴2151年10月10日 快晴
中央大洋の赤道を越えて17日目。
今日は、さすがに死を覚悟した。
海神と出くわした。パルスも効果なし。
すわ沈没かと覚悟した時、クロガネが海神に飛びかかった。
その戦いは凄まじく、息を飲んで見守った。クロガネ、あれは鬼神だ。
長い攻防の末、やがて、クロガネが機転を利かせて海神を遠ざけてくれた。
なんとか生き延びることができた。
海神に遭って生き延びた船を俺は知らない。
広い海で海神に合うとこは、不運を意味する。それほど海は広く、まれなことだ。世界の海で、海神に船が遭遇することなど、5年に1度もない。
また海神と出会って生き延びた話なんて海運王オーロックの出世話以外に聞いたこともない。
クロガネは命の恩人だ。ますます奴が気に入った。
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目を覚ますと、見知らぬ天井だった。
揺れているから、船だとすぐに気づいた。
「お気付きですね、マスター」
ナイトメアが声をかけてきた。
「どこだ?」
「マスター、洋上、船を発見したため、助けを呼びました。敵性反応なし、危険度が低いと判断し、独断ながら、乗船」
ふむ、助けられたようだ。
「どのくらい寝てた?」
「およそ4日。正確には地球時間で104時間と32分です」
4日か。そんなに寝たのは初めてだ。よほどエレキクラーケンとの戦いでの消耗が激しかったのだろう。
クロちゃんとピノコは?
「どちらも無事です。酸素が必要ではないので、収納鞄の中」
そういえば、ピノコもクロちゃんも、さらにはナイトメアも、呼吸不要なのか。
パーティーメンバーの条件が、酸素不要とか? 偏りがひどい。
「エレキクラーケンは? 倒せたのか」
記憶があやふやだ。
「マスターを救助する際、エレキクラーケンの素材も回収。死亡を確認しました。素材は収納カバンに保存しています」
気がきくねえ。
「で、ここはどこだ?」
「はい、知りうる情報をお伝えいたします。この船は調査船サジタリウス号、アルメニア大陸のナミートの街を母港とします。アルメニアと南アルンザ大陸との間、中央大洋を航行しつつ、危険を調査する船。
現在は、調査を終えて、母港へ帰還中。アルメニアの東の端、スリンザ半島の最南端にあるナミートの街へ向かっています」
あれ、この子、コミュ障じゃないの?
よく情報を聞き出せたね。
「船員に聞いたか」
というと、
「否」
という。
「私の聴覚は、半径1キロの範囲の2デシベルの音を聞き分けることが可能。これまでの船員の会話を整理して情報を統合」
どんだけハイスペックなのかしら、さすが最終兵器。
さて、起きるか。
体は・・・、特に痛みも疲れもない。
鎧をずっと着込んだままだったことに気づいた。潮が腐ったような臭いがする。シャワー浴びたい。
鎧を変形させ鉄を収納。キトンだけになる。流石に鎧姿でうろちょろしたら警戒されるだろう。
起き上がり、甲板に向かう。
甲板に出て驚いた。この船、予想よりめちゃくちゃデカい。空母か、タンカーくらいのデカさがある。甲板がまるでグラウンドくらいの広さがある。
マストとかは無く、動力は風ではなさそうだ。
魔力で動いているのだろうか。
それにしても、すごい船だ。異世界ってもしかして結構文明が進んでる?
「おう、起きたか、兄ちゃん」
もじゃもじゃ赤髪に白いひげのマッチョ、いかにも船長という男が、近寄ってきた。
握手を求めてくる。第一異世界人。握手の文化あるのね。
第一異世界人は、美人エルフと決まっていると聞いたが、こんなおっさんとは。
贅沢は言ってはいられない、笑顔、笑顔と。
男に向かって手を伸ばすと、どんと叩き落とされた。
握手ちゃうんかい!
「はは、俺の名は、キャプテンマクガイザー、船長と呼んでくれ。あんた、名前は? 鎧はどうした? それにしても変な格好だな!」
うーん、悪いやつではなさそうだ。良い空気感が感じられる。鑑定すると、マクガイザーオーシャンと表示された。名前に嘘もついていない。
「俺はクロガネ。助けてくれてありがとう」
「がははは、この中央大洋で遭難とは、運が悪いな。だが、生き延びてるのは奇跡だが、俺たちに拾われるとは運が良いな。ガハハ。
で、こんな海の真ん中で何があった? 乗ってた船が沈んだか? あんなボートで大洋は無茶だぜ」
いや、その無茶をしてたんですがね。
ちょっと考える。
正直に女神のことを話したものか。
吉と出るか、凶と出るか。
言うメリットを考えてみるが、思いつかない。言わないメリットは、いくつか思いついた。
もし仮に、こいつらが反女神の立場の場合、途端に敵に回る可能性がある。魔王軍とは思えないが、人間に敵対勢力がないとは言えない。つい最近会ったピエロが思い浮かんだ。
仮に女神の勢力として、調査船ということ、航海時期と女神の召喚の時期が合わないことから、俺のことは知らない可能性が高い。
女神も鈍臭い。俺が異世界人に会った時どうすれば良いか全く言ってくれていない。想定外にせよ、ツメが甘い。
逆の立場で考えたら、遭難者を助けて勇者とか言われでもしたら、頭おかしいと思って、海に放り出すだろう。よくて軟禁。危険に感じるに違いない。
どうせ、アルメニアに向かっているというのだから、このまま乗せて行ってもらうのが得策だろう。
この船は十分大きいし、この危険な海を往復する装備を備えているはず。
そんな計算を3秒ほどで終え、にこやかに言った。
「途中頭を打って、記憶がない。名前以外は忘れたようだ」
困った時の記憶喪失。日本の政治家も得意なやつだ。
「だが、どうにもアルメニアに戻るところだったような気がする。雑用でもなんでもするから、放り出さないでくれないか」
俺の言葉に、キャプテンが怪訝そうな顔をした。
キャプテンは腕を組み、うーんと唸ると値踏みするように俺に言った。
「記憶喪失のやつは初めて見た。・・・雑用ねえ、何ができる?」
俺は即答した。
「釣りには自信がある」
釣りならば、スキル上げを兼ねて雑務ができる。
「ほう。おいスペッゾ、竿もってこい!」
キャプテンが声をかけると小僧が竿を持って駆け寄ってきた。
小さいルアーが付いている。ルアーは異世界にもあるんだね。
「餌は?」とキャプテン
「小魚はあるか?」と俺が聞くと、キャプテンが叫ぶ。
「スペッゾ! 小魚刻んでこい!」
そんなやりとりを終えて、バケツに入った小魚が届く。その破片を針に刺して、海へ投げ入れる。
で、あとは、糸に沿って、極限まで細くした鉄の糸を大量に海へ投入。細い鉄糸を海の中で広げて動かし、鉄糸に絡まった魚へ鉄糸を変形させた針を突き刺し、餌を別の鉄糸で口に放り込んで釣り上げる。これなら魚が自然に釣れたように見せかけられる。
これなら、スキルがばれない、はず!
あくまで、俺は一遭難者。か弱い遭難者を装うのだ。
餌を投入して2分。1匹目の魚を釣り上げた。
体長2メートルほどのマグロ、のような目が四つある魚・・・。
食べれるのか、これ?
「おおおお、本よつめマグロじゃねええか」と驚嘆する船長。
お、良いリアクション。
スぺッゾが小声で言った。「これ100万で売れますよ」と。高級魚らしい。
船長の声に呼ばれたように、ギャラリーが増えた。
良い気分。
どんどん釣り上げる。
「まじか、こんな深海でオウゴンヒラメだと!」
「く、クジラ釣りやがった。コメリヤスだ!」
「トビカジキだ! やべえ!」
「ダダイオウイカ! でけえええ」
あ、ちょっとやりすぎた。
振り返ると、甲板に魚が山積みになっていた。
15匹の巨大魚。どんな海域だよ、1メートル以下の魚がいない。
「・・・・・」
無言で睨んでくるキャプテン。
「おい、どんなスキルを使ったんだ」
低い声で聞いてくる。
「い、いや、釣りが得意なだけだ」
とっさにとぼける。
「・・・ふん。大人しくしている分には、詮索しねえが、少しでも危害を加えたら、船から叩きだすからな。覚えとけ。
お前ら! 今日はご馳走だ!」
「うおおーーー」
ギャラリーから歓声が上がる。
船員たちが、俺に詰め寄り、背中を叩く。
「すげえな、お前」「ありがとうな、こんな高級魚、食えるなんて」
俺は、初の異世界人から迎え入れられた気になって、少し嬉しくなった。
ちなみにその後に食堂に案内され食事を分けてもらえた。自炊が続いていたため、これが異世界料理の初の実食となる。出された異世界初食事は、パンと魚の焼いたやつ。久々の炭水化物にちょっと感動した。自分で釣った魚はうまかった。酸っぱいソースが美味しかった。
異世界料理も悪くない。そう思った。
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船室に戻っていく鉄男を見送り、甲板の上のキャプテンは、腕を組んで渋い顔をした。
「おい、見たか?」
横にいるのは、副船長のワイアード。
「鑑定結果は、クロですね」
クロ。クロというのは、黒であり、スキルが読めないということを意味する。
黒く塗りつぶされたように表示されるからそう呼ばれる。
つまり、何らかのスキルを使ってはいるが、何らかの理由で鑑定できないことを意味する。普通は隠蔽スキルで隠している場合が考えられるが、稀に、神から付与されたスキルや、高度なオリジナルスキルは、普通の鑑定では読めないとされる。
「特殊スキル、か」
「どうします、船長」
うーむ、と考えるキャプテンだが、
「悪い奴には見えねえんだよなあ」
とつぶやいて、自分の勘を信じることにした。
こうしてクロガネは、乗船を許されたのだった。




