第26話 強制勇者召喚
時は少し遡り、鉄男がツナミくんと海を漂流している頃。
神聖教国オルベリオンの隣にある小国、スキゾニア公国のベリオン遺跡に五十人ほどが集まっていた。
遺跡は古代から続く設備で、7つの龍脈が重なる龍穴、いわゆるパワースポット上に作られている。
スキゾニア公国は小国ながら、1つの名産物がある。
それは「勇者」であった。
スキゾニアは代々、人民の命を代償にして、強大な兵器である「勇者」を召喚してきた。
人民の命というのは比喩ではない。強制勇者召喚には、最低20名の人の魂を代償とする。
時には、覇権のため、時には金儲けのため、時にはお家争いのため、勇者を召喚してきた。
勇者には当たり外れがあり、高名な「光輝の剣王 勇者ガイル」「発明賢者 勇者ナカマツ」などが知られている。
逆にハズレとして有名なのは「虐殺勇者マニーペイズ」「色ボケ勇者ぽっくん」などが知られる。
いずれも地球からの召喚勇者である。
最後に召喚が行われたのはおよそ50年前である。
50年間召喚が行われなかった、その理由としては、3つある。
1)遺跡の老朽化、および、2)魔王軍の台頭、3)女神の神託がその理由であった。
一つ目。太古からの施設である装置、ベリオン遺跡は老朽化により、いつ壊れてもおかしくない状況だった。太古のテクノロジーが壊れた場合、修理することは不可能。使うことはできても作ることはできない。テレビを見るのと、テレビを作ることの違いのようなものだ。
次の理由、魔王軍が台頭したことにより、勇者召喚に慎重になったというのがある。
勇者召喚は1度行うと、20年は行えないという技術的な制約がある。異世界から勇者を呼ぶための魔力は膨大で、7つの地脈の力を持ってしても、エネルギーを蓄積するのに20年もの時間がかかってしまう。
魔王軍の活動が活発になるにつれて、勇者召喚を行うべきという意見は何度もあったものの、戦況は刻々と変わり予断を許さない。もし勇者ガチャに外れたら酷いことになる。当たり外れがあるため慎重にならざるを得ない。20年に1度のガチャ。やり直せるのは20年後なのだから。
他国のために勇者召喚するほどの余力はスキゾニアにはなかった。その上、無償での勇者召喚論が他国の大勢を占めていた。外交手段として勇者召喚することのメリットはタイミング的に悪い。
そもそも勇者とは、女神による召喚を除けばスキゾニア独自の優位性であり、勇者の戦力は有効な外交手段であり、スキゾニアの切り札であった。
そのため、無償で召喚すべきと言う他国の意見に、ハイそうですかと首肯するわけには行かず、恩を売れるタイミングまで待つべきだと言う意見が国内意見の多数を占めた。
そして最後の理由は女神の神託。女神が対魔王の最終兵器として勇者召喚を行うと宣言したからである。
神託は絶対であるため、女神が勇者を呼ぶのであれば、召喚勇者は不要とされてきた。
これら3つの事情により、強制勇者召喚は今、この時まで見送られてきたのである。
今、五十人ばかりの人間が見守る中、召喚に必要な宝具が運び込まれた。続いて生贄となる犯罪奴隷20名。何も知らされずに連れてこられた。顔に頭巾を被せられたまま、周囲の柱にくくりつけられる。
遺跡は洞窟の最奥にあり、ドーム型の部屋に8つの巨大な円柱、そしてその中央に魔法陣のような模様が描かれた床。
スキゾニア国の外務宰相、クレペリンは、心の中でほくそ笑んでいた。顔には出さないように意識しながら、心の中は弾んでいた。
何故なら、5大国に高い恩を売ることできたからだ。
戦局ギリギリになり、5大国が泣きついてきたことにより、スキゾニアにとっては非常に有利な条件で、勇者召喚を行うことができた。
一つ、戦後、勇者はスキゾニア所属となるという言質。
一つ、5大国各国よりスキゾニア5年分の国家予算に匹敵する金品の授与。
一つ、隣国と争議となっていた領土のスキゾニア帰属の確約。
他にも細々としたこと(例えば行き遅れの皇女の婚約など)が一気に降って湧いたのだ。
これまで、小国ゆえの悩みを抱えていたスキゾニアにとってこれ以上ない条件と言えた。
全ては女神の思し召し。そう思うとクレペリンは笑いが止まらない。しかし、周りは真剣な表情で召喚の準備を行っていた。
いよいよ準備が整って、勇者が召喚される。大神官の祝詞に続いて、五人の処女が祭壇に傅く。
祭壇に強力な魔力が渦巻き、暗黒の球体を形取ると、紫色の雷がバリバリと音を立てた。
激しい閃光が広間を満たし、誰もが目を腕で覆った。
やがて光が収まると、中央の魔法陣に人影があった。
黒髪の青年がキョロキョロと周囲を見渡している。
「ぐへへ、はは、異世界、転生、キタコレ」
男は、小太りで、意地の悪そうな目つきをしていた。
男の名は。
50人の人々が、頭を下げた。クレペリンが声をかける。
「勇者様、よくお越しいただきました。お名前をお聞かせください」
男はぐへへと笑う。
「俺様の名は、サカキバラカイト。榊原 界斗だ」
榊原 界斗。カイトの精神は歪んでいた。
父親は内科医で、母親は薬剤師。一人っ子で、何不自由なく育ったが、容姿はあまり恵まれなかったため、小学校の時にその偉そうな性格によりいじめられ、中学校では女子に嫌われた。高校に入り攻撃的になり、友達がいなくなった。
ファンタジー小説や、ゲームにのめり込み、将来は官僚になって国を支配しようと考えたが、受験勉強の努力が続けられなかった。
大学には入ったが、自宅から通える中途半端な大学を選んだことで、自身の母校をバカにして、2年で退学の道を選んだ。
その後は自宅に引きこもり、8年ほどほぼ外出せずに過ごした。
現在27歳。
その自己中心的な性格と恵まれた家庭環境は、彼を怪物に育てた。
22歳の時、少女を誘拐して殺した。その後、3人誘拐してまだ犯罪は発覚していない。が、捕まるのは時間の問題ではあった。
カイトは親を言いくるめて郊外に別宅を借りた。古びた一戸建てだったので、家賃はそれほどではない。そこが犯行現場だった。
もちろん、両親は愛する息子が恐ろしい犯罪を行っているとは知らない。
何食わぬ顔で生活をしていた。食事は家で取り、気が向いたら別宅で過ごす。優雅な生活だった。
DVDやゲーム機器、漫画、小説に囲まれ、部屋には誰も入れない。
カイトの望みは、王になることで、失敗すれば死のうと思っていた。
クズのエリートであった。
地球にいる頃、カイトは王になるための手段として、少女誘拐という手段を選んだ。課金ゲームでも上位にいた。つぎ込んだ金は数千万円にのぼる。チャットで親の自慢をして、人を馬鹿にするのが生き甲斐だった。
RPGのゲームでは、必ずレベルをカンストさせて魔王をいたぶる。対戦ゲームではチートコードを使って何度か垢BANされた。
しかし叶うのならば、本当は異世界に行って無双したいと思っていた。
宇宙には無限の可能性がある。神や悪魔は何処かにいて、転送はどこかで起こっていると考えていた。
実際、行方不明になる人は年間数万人を軽く超える。
中には次元を超えた人物がいないとも言えない。
カイトはそういうラノベが大好きだったし、超常現象を特集した雑誌、ネットのサイト、ドラマを集めていた。
そうした願いが叶った。ついに叶った。
カイトにとっては、異世界に来たことは必然であった。
そのくらいに強く願っていたからだ。神がその願いを叶えてもおかしくないほどに。
実際、カイトのその強烈な思念を、転送装置が感じ取ったのかもしれない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
遺跡を出た一行は、連なる馬車で、王都へ戻った。
カイトは終始、キョロキョロと周りを確認し、ニヤニヤとしていた。
王宮に入り、小部屋に通された。そして、お風呂に入るように促され、汚れを洗い落とし、豪奢な絹の服を渡されて着替えた。
そのまま、玉座の間に通され、王と謁見することになった。
「勇者カイト、いやカイトさま。ようこそエ・ルガイアへお越しくださいました。今、この世界は滅亡の危機に瀕しています。あなただけが頼りです。何卒、世界をお救いください」
王は、やや尊大に、やや丁寧に言葉を述べた。
「ああ、わかった。当然だ」
カイトは笑顔でそう言った。そして、周囲を見渡し、一同の顔を舐めるように見た。
「その代わり」
まずは、1番の美人を指差して、
「今日の相手はお前な」
と言った。
ぐ、と息がつまる玉座の間の面々。
カイトは、自重したつもりだった。まずは、彼我の戦力を確かめ、圧倒的な差をつけて、傍若無人に振舞おうと思っていた。
カイトには勝算があった。自分を救世主と信じるこいつらなら、どのくらいが許されるのか、全て読みきった気でいた。
明らかに愚かではあるが、あながち読みは外れていなかった。
お前と指名された美女、スキゾニア公国の皇女フレデリカは、絶望の表情ながら、その愛国心と犠牲心で覚悟を決めた。
「ありがたき幸せ、勇者様」
と、本心を悟らせないように満面の笑顔で微笑むと、小太りで目つきの悪いカイトに近寄った。
カイトは、異世界は最高だ、と思った。




