第24話 『嵐とイカ』
自分ではどうにもならない強者と出会った時、人は本能的に凹む。
人に命を弄ばれる恐怖。
暴力は理不尽だ。改めてそう気付く。
あのくそピエロ、適当なことを言って、去っていったが、こっちはモヤモヤした気持ちになった。
またいつ現れるか分からない。
理性では、多分、もうしばらくは来ないだろうなと理解しつつも落ち着かない。
景色は穏やかな海とのどかな空。
逆に、俺の心は乱されていた。
ふう。ちょっと落ち着け。
俺はラッキーだ、生きている。怖がるな。まだ生きている。
あいつは、おちょくりに来ただけだ。おちょくられて腹が立つ? ああ、腹が立つ。が、弱いままでは何もできない。強くなって、一発殴ってやる。
そう考えると、気が少し楽になった。
あいつの空間移動は、厄介。しかも、あの斬撃は、思うに、防御不可。空間ごと切っていると見た。
俺の鉄の能力ごときで、あんな化け物倒せるのか。
いや「倒せるのか」じゃなくて「どうやって倒すか」だ。
さあ、新しい目標ができた。
いつかあいつをぶっ飛ばしてやる。
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それから何事もなく、4日ほど過ぎた。海に出て合計11日過ぎた。
知識の書で確認しながら方角を確かめて航行する。
迷う心配はないものの、海の毎日は相変わらず退屈。
ピノコと鉄の糸であやとりしたり、クロちゃんを遠くに投げて釣り針で引っ張ったり、ゴルフクラブを作って、鉄の玉を海に向かって打つといった遊びを開発した。
ツナミ君は意外と良い話し相手だった。でも、もういない。
敵だったとはいえ、ちょっと楽しい奴だったなあ。
なんてことを考えたりした。
事件が起こったのは、その日の夜。
夕方から雲が厚く垂れ込めてきて、風が強くなってきた。
これまでの晴天が嘘のように嵐の気配。
夜には横殴りの雨。船は揺れる。潜水艦形態に変形すれば沈没することはないと思うが、とにかく船が揺れる。
濡れないように、船の上部も鉄で覆う。潜水艦のように密閉はせず、転覆しないようだけ形を整える。
ここまでの船旅で、酔いには慣れたと思っていたが、これだけ揺られると、流石に気分が悪くなってきた。
外では雷鳴が轟いた。続けざまに、ぴしゃんぴしゃん、雷が落ちる。
船はまるで木の葉のように嵐に翻弄される。
「きゃーでつー」
ピノコが楽しそうに叫んでいた。
ちなみに、もうロックスの死体はポイした。最後はミイラのようになって、ほっそい枯れ木みたいだった。死体は海にポイした。安らかに眠れロックスよ。
船の中でコロコロ回るピノコとクロちゃん。
ナイトメアは微動だにしなかった。まるで磁石でくっついたように微動だにしない。忍者かよ。
グオーーーーン。という大音量の咆哮。
また何か変なのキタ!
もう異世界来てから、このパターンばっかりだよ。人間の立場、低過ぎない?
津波のような高さの波、それをかき分けて現れる巨大イカの足、巨大ゲソ! 鑑定すると、エレキクラーケンと出た。
ヘカトンケイルよりもでかい。もう怪獣ですわ。イカと言っても顔はナマコのようで巨大な口とびっしり生えた歯が、稲光に映される。
触手が伸びてきて、船を掴む。
「きゃあーーーーでつーーーー」
ピノコが叫ぶが、まるでジェットコースターに乗る小学生のような叫び方。お前、本当は怖くないだろ。
ブンブン振り回されて、肩をぶつける俺。
てか、俺だけ必死?
クロちゃんはなんかボールみたいに跳ねてるし、ピノコは笑顔でくるくる回ってる。ナイトメアは、接着でもされてるかのように動かない。
「なんとかしろ、ナイトメア!」
なんだか腹が立って、叫んだ。
「イエスマスター」と言って、海に飛び出すナイトメア。お、おい、嵐の海に飛び出すなよ! まじかよ。
頭上では、雷の切り絵の中、飛び交う人影と、巨大モンスターの黒いシルエット。
知識の書を開く暇もないほど、船が揺らされる。
まずは触手を切らねば、ようやくそう思い付いて、ボートの一部を変形させてクラーケンの触手に食い込まそうとするが、硬い上に滑っていて刃が通らない。
と思った瞬間、ドーンという鼓膜が破れんばかりの轟音。至近距離に雷。
バリバリバリという衝撃と共に、ボートに雷が落ちた。
「ぐううう」感電する。
雷にやられるのは、これで2回目だが、慣れるもんじゃない。
暴風、暴雨、雷、そして巨大モンスター。
もはや災害クラスの出来事だ。
そういえば、こいつの名前、エレキクラーケンだったな。てことは、この雷はこいつが操ってるのか、まさか、この嵐もこいつが操っている?
もう、めんどくさい!!! やるしか無い!
ちくしょおおおおおお。
俺は、この時、やけになっていた。ピエロに負けたせいかもしれない。
ここでまってろ!!! そう叫ぶと、クロちゃん刀を片手に、船を飛び出した。
そこからは、例の蜘蛛の人さながらのワイヤーアクション!
イカの巨体めがけてワイヤーを飛ばし、イカの足に先端を突き刺す。縮める操作で体を引っ張り、空をかけるように体を操る。
やってみるとこれ、楽しい。慣れてくると、背中とか、足からもワイヤーを飛ばせるようになり、どんどん立体的な動きができるようになってきた。
ワイヤーは硬化で強くしてあるので、細くても千切れない。
振り下ろされる巨大なイカの足。ワイヤーを駆使して空中で避ける。
通りすがりにクロちゃん刀で切断。流石にクロちゃん刀なら、豆腐のように切れる。が、足が太すぎて、切断までは至らない。さながら切れ込みを入れるだけ。痛みもなさそうだ。そして見ていると傷口が塞がる。ふざけた回復力だ。
巨体を駆け上がる俺。まるで、蚊を追い払う牛の尻尾のように触手が飛んでくる。
オートマタ、ナイトメアとすれ違う。
ナイトメアは、ワイヤー無しで空中戦を繰り広げていた。触手を蹴り、飛び上がり、駒のように回りながら、クラーケンの体に傷をつけていく。
しかし、流石に空中では如何しようも無い。クラーケンの放った雷が、ジャンプ直後のナイトメアに直撃した。
黒焦げになって、黒い煙をなびかせながら、海へ落ちるナイトメア。
くそ! 命の恩人を見捨てるわけにはいかない。
俺は即座に海に飛び込んだ。タールのような黒い海。うねる波、激しい海流。
沈んでいくオートマタへ、ワイヤーを飛ばす。背後から飛んできた触手が俺を打ち据えた。
背後からの衝撃に海の中できりもみのように吹き飛ばされ、天も地もわからなくなる。洗濯機の中に入ったようだ。
息が漏れる。肺に水が入ってくる。それでも俺はオートマタにつながるワイヤーを手放さない。
吹き飛ばされながらも、ワイヤーを手繰り寄せ、はっきりしない視界の中、ナイトメアの体を抱きしめた。水中にいると重力がわからなくなり、さらに夜ともなればどちらが上か下かもわからななくなる。
なんとか雷の光を頼りに、上下を把握する。
雷が厄介だ。
この時、俺は水中でパニクりそうになりながら、必死になりながら、雷の方へ上昇した。
「ぷはあ」
呼吸できる幸せ。生き返る。が、すぐさま水が口に入ってきて溺れそうになる。
顔に雨のしぶきが容赦無く降り注ぐ。
激しく揺れる海面は、まるで壁のような波が左右から押し寄せ、息継ぎすらさせてくれない。
幸い、敵もこちらを見失ったようだ。今、体勢を立て直さないと。
ピノコは無事だろうか。高い波と夜の闇に遮られ、ボートの位置はわからない。今は祈るしかできない。
クラーケンは、タコなのか、イカなのか。はたまた、ザリガニなのか、海蛇なのか。諸説あり。




