閑話 青春の思い出
すでにお気づきかと思いますが、クロガネは割とサイコパスです。
夜の河原。
バイクに乗ったもの、角材を肩で担ぐもの、リーゼントに鉢巻、特攻服のもの。
釘バット、そして野次。
俺は、横並びのヤンキー達の前に一人で立つ。結構な数だった。
「マジで来たぜ、頭いかれてんのか」
そんな声が聞こえた。
幼馴染の優香は、俺が最も大切にする人。そんな優香を人質に、河原へ呼び出す卑怯者。
それが、目の前にいる集団のリーダー、鬼頭トオル。暴走族鬼蜘蛛の3代目総長だとか。俺には関係ないし、知らん。
集団を見渡す。揃いも揃って、威嚇的。おー怖い。
「優香は無事か?」
俺はつい大声になった。ギャラリーの声が大きすぎて、叫ばないと声が届かない気がしたからだ。
「おい、連れてこい」
黒いマスクをつけた鬼ゾリのチンピラが、制服が破かれた優香を連れてくる。
はい、あいつは死んだな。
「テツくん! 逃げて」
優香が叫んだ。
「うるせえ、このアマ」
鬼ゾリチンピラが、優香の頬を叩いた。
うーん。3回死んだな。
俺は覚悟を決めていた。ここで死のうと。
優香には悪いが、汚されるくらいなら死んだほうがマシと思うに違いない。
運よく生き延びたら、その時はラッキー。優香が汚されたとしても、俺は気にしないが。一生愛してやろうと誓う。
ざっと見て100人くらい。死ぬ気で行かねば、殺される。
「一つ聞く」
俺は大声を上げた。
「お前ら、死ぬ気で来たんだな」
ヒャヒャヒャと大爆笑。
「人数みて物言えや、くそガキが」「誰が殺すって、おら」「勝てる気でいんのか」
飛び交う罵声。
俺は首を回す。
「謝っても許さんぞ。二度とこんなことをする気が起きないように、きっちり教育してやる。優香、ちょっとだけ待ってろよ」
思えば、きっかけは大したことではないと記憶している。
鬼頭に敬語を使わなかったとか、そんなことから始まり、手下に首根っこをつままれたので、反撃した。そんなことだった。
それ以降、ちょっとした脅しを無視。襲ってきたやつを返り討ちにして、相手は勝ち目がないと悟り、今日に至る。
まあ、それが選択ミスだったことを、徹底的に思い知らせてやる。10人は殺す。マジで殺す。
ゆっくりと近づいていく。
「オラー死ねや」角材を持ったチンピラが振りかぶる。
バイクのライトで逆光になった男の影。
角材を素手の右手で受け止め、左手で鼻を折る。
激しく吹き飛ぶチンピラ。
それを見た他の連中が激昂して、押し寄せてくる。
俺は、冷静で、取り囲まれないように集団をコントロールする。
こういった場合、戦法は大きく2つ。弱そうなやつから倒すか、強そうなやつから倒すか。
だが、今の俺には関係ない。向かってくる奴を丁寧に叩き潰す。
二人掛かりで、釘バットとメリケンサックが襲ってきた。
遅い攻撃。スタミナを消費しないよう、最小限の動きで躱す。
俺は昔から特技がいくつかあった。
まず、動体視力。父親に連れて行かれたパチスロのドラムは、すべてゆっくり見えた。他の人があまり見えないと知って、驚いた。
こいつらのパンチは、あくびが出るほど遅い。
特技2つ目。
俺は気配を感じるのが得意だ。
耳が良いのか、鼻が良いのか。今、二人が後ろに回り込んだ。大勢に囲まれつつある状況で、どこに行けば、囲まれないかが、瞬間でわかる。
大きくバックステップをして、左斜め後ろに下がると、右手に回り込んだ奴らがいる。
そいつらはぎょっとして、慌てて殴りかかってくる。
すり抜けて、耳の後ろに拳を叩き込む。つんのめってこける男の脇腹につま先蹴り。
残った一人の挙動を観察、パンチを打とうとする前に、逆に動いて力を入れさせない。
これが特技3。姿勢や視線から、相手の動きを読む能力。力みや踏み込みで、相手の体内の力の加減がわかる。
動体視力と観察眼があれば、あとは、リズムゲーみたいな感じだ。
モグラ叩きにも似ている。
間合いを制し、攻撃モーションを見極め、攻撃される前に順番に叩き潰していく。
2、30人くらいをいなしていったところで、さすがにちょっと疲れてきたのもあり、シャツを掴まれてしまった。
「捕まえたぜ、死ねや」
そう聞こえた時には、頭に角材の衝撃が走った。一瞬、真っ白になり、鉄の味がした。
俺は怒りで吠えた。その後は、はっきりとは覚えていない。
ただ、目の前の標的を、的確にぶちのめしていった。
俺が意識を取り戻したのは、パトカーの中だった。
背中に回された両手が手錠で繋がれている。
「? ここは」
と俺が聞くと、
「なんだよ、喋れるのかよ」と忌々しそうに言う警官。
前の席の警官が「乱闘罪だ、お前ら。事情は署で聞く」
と淡々と言う。
俺はその時思い出した。
「優香は? 優香は無事か」
「女の子なら、無事保護している。お前らで集団レイプしようとしてたんだろう」
と警官が決めつけるように言った。
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警察署を出たのは、次の日の夕方だった。
親父が迎えに来ていた。その横に優香と優香の母親。
優香が俺を見るなり抱きついてきた。
「ありがとうテツくん! 助けてくれてありがとう!」
泣きながらお礼を言う優香に、なんだか照れくさくなって、
「遅くなって悪かったな」とだけ言った。
親父は難しそうな顔をしていた。褒めて良いのか、叱るべきなのかわからないと言った顔だった。
警官に聞いたら、俺以外のほとんどは病院送りになったらしい。
幸い死人や意識不明者はいないが、大数が骨折していた。
事情を優香から聞いた警官は、呆れるように言った。
一人で立ち向かうなぞ、命がいくらあっても足らんぞ。と。
「次からは警察を呼ぶんだよ、いいね」と諭すように言われた。
俺は、大切なのはこれからだと思った。
二度とこんなことが起こらないように、奴らにはたっぷり分からせてやる。
俺はそう誓った。
それから1ヶ月くらいして、事件の整理がついた。俺が未成年であること、また誘拐や傷害は相手側の暴走族にあるとして、俺は不起訴処分。
相手の暴走族は、事件を引き起こしたものの、怪我を負わされたとして保護観察処分となった。
少年院に放り込まれることがなくて、俺はホッとした。
これからやることがあるからだ。
俺は、族につながりのある人間を片っ端から訪問することにした。鬼頭の家を探すためだ。
皆、俺の名を告げると怯えた顔をした。
100人殺しという伝説が、知らないところで生まれていた。俺は、そんなことどうでも良かった。俺のせいで優香が襲われたことも、俺が奴らに舐められたせいだと思っていた。俺がケンカが弱かったら、事態は違っていただろうが、優香が襲われないという保証はない。
何人かに聞いたところで、鬼頭の家がわかった。
俺の家から自転車で30分ほどのところ、住宅街に鬼頭の家はあった。
汚い家で、今にも崩れそうだった。
俺は、玄関の扉を叩いて「鬼頭くんいますか」と叫んだ。
すると家の中から、「いねえよ」と怒鳴り声。
酒ビンを持ったおっさんが出てきた。鬼頭の父親だと思われる。
「鬼頭くんのお父さんですか。僕は、黒金と言います。初めまして」
礼儀良く言った。
「何時頃帰ってきますか?」
「さあ、あいつも子供じゃねえし、知らんよ」
と扉を閉めようとするから、とっさに足を挟んで、
「僕が鬼頭くんを半殺しにした黒鉄ですよ、お父さん」
と微笑んでやった。
鬼頭の父親は目を剥いて、何か言いたげだったが、その後、目を泳がせて口をパクパクさせた。
そして絞り出すような声で言った。
「な、なんだよその目はよ。なんだ、まだやり足りねえのか、狂ってんのか」
「息子さんの行きそうなところに心当たりはありますかね?」
と聞くと、知らんと言って逃げるように扉を閉めた。
「僕が来たことをちゃんと伝えてくださいね」
その日は、そう言って帰った。
もしかしたら、あの家には帰らないかもしれないな、不良のことだから溜まり場とかもあるのだろう。そう考えて、再び、暴走族関係者を手当たり次第に捕まえて情報蒐集した。
すると、駅前のビリヤード場の上に寝泊まりしているという話が出てきた。
俺がビリヤード場へ向かうと、入り口にたむろしていたチンピラが早速絡んできた。
「てめえ、誰だよ、何しに来たんだ、おら」
どうも俺のことを知らないらしい。
「やあ、俺はクロガネって言うんだよ、知らないか」
と笑顔で言うと、腰を引っ込めて後ろに下がった。
「く、クロガネ。あの100人殺しの」
「おい、逃げようぜ、やばいってこいつ」
そう言って、逃げていった。
階段を上がり店に入ると、包帯やら松葉杖やらをついたヤンキーが10人ほど居た。
「う、黒金だ」と誰かが叫んだ。
「てめえ、殺されてえのか」と凄むチンピラに近寄り耳元で「やれるもんならやるか」と言うと、目を泳がせたので、別のチンピラに向かって聞いた。
「鬼頭くんはどこだ?」
その言葉に反応して、何人かが奥の部屋を見た。あそこか。
俺は無言で部屋を進む。誰も俺を止めない。
奥の部屋の扉を開いて、中へ入ると、頭に包帯をぐるぐる巻きにした男がソファーに座ってタバコを吸っていた。
「ああ? てめえ」
と言った後、クロガネ! と叫んで立ち上がった。
「やあ、鬼頭くん」
俺は笑顔で言う。
「仕返しとか怖いからさ、お願いに来たんだよ」
と俺は笑顔で言う。
「ぐっ」鬼頭の息を飲む声がした。
「こないださあ、家まで行ったんだよ。お父さんに聞いた?」
沈黙。
俺は黙って鬼頭を睨む。
鬼頭は汗をダラダラ流しながら、何も言えずにいる。
「お、俺には、バックがいるんだ。お前を殺すようにお願いしている」
へえ、バックねえ。
「ヤクザ? 暗殺者? 俺、金ないよ」
と笑顔で返す。
それに。と付け加える。
「もしさ、俺の周りが襲われたら、誰の仕業だろうと、鬼頭くん、君に仕返しするからね」
と言った後、鼓膜を割るつもりで叫んだ。
「てめえの心が折れるまで、地の果てまで追ってでも毎日来てやるからなあ。覚悟しとけよ」
俺が凄むと、鬼頭は泣きそうな顔になった。案外、器が小さいのかもしれない。
その後、10日くらい鬼頭を付け回してやったら、10日目に鬼頭が土下座してきた。
「勘弁してください。もう、関わりませんから、お願いします」
こうして俺は平穏を取り戻した。
一部の学校の友達や、女子連中から、怖がられたのが嫌な思い出だ。
今となっては微笑ましい。
ずっと忘れていたことを、久々に夢で見た。




