第110話 『秘密の糸』
正面玄関からお見送りされ、外へ出る。
トキミ婆さんの占い待ちの列がまだ残っていた。帰れと言われても帰らなかったのだろうか。
あ、そうだ、鎧。
俺はまた路地裏に向かい、鎧を隠した木箱から取り出し、順番に着ようとしたその時。
「おい、貴様。何をしている。こんな路地で鎧など・・・ちょっと待て。お前は」
やばい。
振り返るまでもなく、これはバレた。
「いたぞお、偽勇者だあ」
鎧は捨ててダッシュする。
スキル、隠密発動。
路地裏に入り、壁に背中をこするように走る。実際にこすると痛いから、当たらないようにする。
積んである木箱を乗り越え、街の外へ飛び出す。
城壁の櫓から、打ち出される魔法。ライトニングアローの魔法だ。追尾機能つき。
収納から刀を取り出し、魔法の矢を切り落とす。
一本くらいならどうと言うことはない。
が、次々に放たれる矢に、対処するのが大変になってきた。
今、俺は荒野を猛烈に駆けている。身体強化LV4。速度はチーター並みのはず。
しかし、このまま正直に逃げても、やがて追いつかれる。
さて、どうしたものか。
一応、見つかった時のためのマジックアイテムがある。
隠者のマント。
スケルトに借りた。
俗に言う透明マントだ。だが、犬や狼の嗅覚には意味がない。
そこで、併用するアイテムが、魚の腐漬け。
シーワルドの名産で、クサヤのような、いやクサヤよりもっと臭い匂いを発する食物だ。
ちなみにスケルトの大好物らしい。
これを通り道に蒔けば、匂いが強すぎて他の匂いが消えると言う。
早速、腐漬けのビンを開け、地面にぶちまける。
このまま進めば川に出るはず。川を超えて林に入ろう。
街道を横目に見ながら、遠くに橋が見えてきた。このまま川に突っ込む。
平原から河原へ抜け、そのまま川に飛び込む。潜り、匂いを消す。
川幅は広く、流れも緩やか。
振り返ると、馬に乗って追ってきた諮問兵が河べりで、馬を止めていた。馬が前足をあげ、嫌がっている。
ざまあ。
なんとか川を泳ぎ切って、対岸に渡ると、5名の諮問兵がお出迎え。あ、橋を渡れば先に行けるわな。
だが遅い。
俺は左にフェイントを入れて、そのまま林に逃げ込んだ。
そこで隠者のマントを纏い、姿を隠す。
あとはゆっくり移動して、スケルト達と合流しよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
合流場所に着いた時にはすっかり陽が暮れていた。
ここは魔法学園都市より西に50キロほどの峡谷。岩場の影の小さな洞窟。
そこに車を入れ、スケルトたちは待機していた。
「待たせたな」
俺が声をかけるとレイアが嬉しそうな顔を見せた。
「クロガネさん。良かった無事で。遅かったから心配したんです」
「ああ、街で見つかってしまって、追っ手を撒いてきた」
「で、成果は?」
「ああ、それが」
俺がトキミの婆さんに言われたことを皆に語る。
俺が出会ったトキミのババアは、以前より若返っていて初対面だったことも話したが、皆、首をかしげた。
スケルトは「ふむ面妖な」と言い、レイアは不思議そうに首をひねるだけ。
田中は、へえ、とわかった風だったが、それに関しては何も言わなかった。
田中が言う。
「スライムですか」
田中が聞き返してくる。
俺は、懐からクロちゃんのカケラを取り出す。
小さな塊がプルプルと震えている。
「これをよく見ろ、と?」
田中が、手に虫眼鏡を出した。
また購入したのか。
「ん?」
「んんん?」
田中が空中を掻くような仕草をする。
「これは・・・見えますか?」
いや、何も見えない。
田中が何かを手のひらに乗せているような仕草をするが、特に何もない。
「よく見てくださいよ。はい、これ」
虫眼鏡を手渡された。覗いてみる。
手のシワ。掌紋までくっきり見える。ん? 細い、何か?
「これは。糸? なのか」
触っても気づかないほどの細さ。髪の毛よりも、蜘蛛の糸よりも細い糸が、うっすらと見える。ホコリよりも細かい。
「触ってもわからない。なんだこの糸は」
「そっと引っ張ってみますね」
切れないように慎重に、田中が糸を持ち上げた。
「意外と頑丈ですね。あっちに向かっています。これは、まさか」
これはまさか? まさか。まさか!?
「クロちゃんの本体に繋がってる、ってことか・・・」
あれはいつだったか・・・。
死の大陸で。ヘカトンケイルをドクロライダーが倒した後、魔王軍に囲まれ、俺は窮余の策で地面を掘って逃げた。
その時、ピノコが混乱の粉を蒔くため、地上に一人出た。
そして戻ってきた。
その時、ピノコは黒い糸を見せて言った。
ーークロちゃんとずっと糸で繋がってるですーー
あの時の再現。糸はずっと繋がっていたのだ・・・。
ずっと気づかなかった。答えはずっと側にあったのだ。
「クロちゃん・・・・」
俺は少し感動していた。クロちゃんは裏切ったのではなく、ウエジへの追跡が可能なように付き従うふりをした。
スライムにそこまでの知性があるのかは不明だが、クロちゃんは不思議なスライムだ。
そこまで考えていたとしても俺には納得できた。
だがしかし・・・そう簡単にはいかない。
仮にこの糸がクロちゃん本体に繋がっているとして、これをたぐるのは容易ではない。オレ達は追われる身なのだ。
諮問兵の目を掻い潜らねばならない。魔族も妨害工作をしてくるだろう。盗賊や魔物も警戒する必要がある。
糸がどこまで続いているのかは不明だが、最後にウエジが目撃された場所は、大陸の南の端。ここから直線距離でも千キロ以上離れている。
糸を手繰って千キロ。気が遠くなる話だ。何日かかるのだろうか。
「グリフィンに乗って、一気に向かうと言うのはどうでしょう」
「糸を手繰りながら歩くってのは、ちょっと無理があるな」
「諮問兵はこの辺りをウロウロしている。出来るだけ遠くへ行った方が良い」
「となると、最後にウエジが目撃されたグウシンへと行き、そこから糸を手繰るのが良いか」
「グウシンまで糸が繋がっている保証はない。ここは丁寧に糸を手繰るべきだ。切れるとそこで終わる」
「いや、ここまで繋がっているってことは、糸は簡単には切れないんじゃないですかね」
「それよりウイユベールちゃんを助けるのが先じゃないの? ウエジを探す緒は見つかったわけだし」
「他の方法はないのか」
色々意見は出るが、どれも解決への決定打としては弱い。それでも動くしかないのだが。
「一つ試したいことがあるんですが、クロガネさん、クロちゃんのカケラに錬成を使ってみてはどうですか?」
「何?」
田中の提案の意図が分からなかった。
「センサーというか、知覚というか。錬成って、魔力を通すと感覚が返ってくるんでしょ? だから変形させられる。ってことは、クロちゃんのカケラから糸へと錬成を通せば、糸電話のような要領で、何かしら通じるかも知れない。
蜘蛛は自分の巣に獲物が掛かったことを糸の振動を通じて感じます。最近の研究では糸への振動を使って蜘蛛とコミュニケーションが取れるかも知れないとか言われています。
少なくとも、錬成でクロちゃんのカケラを変形させて太くすれば、糸を見やすくすることはできますね」
田中が言った。言いたいことの半分くらいは理解できた。
まあ、ものは試し。やってみよう。
クロちゃんのカケラを手に持ち、錬成。魔力を通す。
糸を太くするイメージで錬成した。するとクロちゃんのカケラの丸い体の一部が尖って、糸が少し太くなっていく。まるで矢印のように。
そちらの方向、糸をイメージして錬成を送っていく。目を閉じ、感覚に意識を集中する。
意識。波紋。魔力はどこまでも流れていく。まるで吸い込まれるように。
不思議とどこまでも見渡せるようで、このまま数キロ、数十キロは真っ直ぐに進んでいる。方向は西。
南ではなく西。
つまり。
「一旦、トレンまで戻ろう」と、俺は言う。
糸は俺たちが来た方向を指していた。
「ってことは、糸は来た道に沿って続いている。そういうことですか?」
「おそらく。トレンから、マイン。そして、あのモーゼルが死んだ村まで続いている。そこからは、推測だが、ウエジが逃げたルートで糸は続いている」
「アリアドネの糸ですか。迷宮ならいざ知らず・・・平地でそれやるとか。さすが異世界ですね」
田中が言う。アリアドネの糸が何かは良く分からなかったが昔話なんだろう。関係ないからスルー。
スケルトが頷く。
「その考えは合理的だ。多分、間違えてはいないだろう。一気に戻るのではなく、トレンで確認し、マインまで戻り、その後は地道に糸を手繰る。それで行こう。
あとは、ウイユベールだな」
「ウイユベールの奪還は、どうする」
俺が聞くとスケルトが返事をした。
「俺に考えがある。俺とレイアで救出に向かう。田中とクロガネは、糸を追ってくれ。2人ならグリフィンで向かえるだろう。いや、3人か。クロガネ、トレンへ行ってお屋形様を頼れ。その暗殺者の娘はお屋形様に預けるが良かろう」
「ヒカリのことは了解した。
ならばここで2手に分かれるか。車は俺と田中がいないと動かない。ここで乗り捨てるか、グリフィンはやめて車で移動するか」
「この車は目立つ。ここに置いていくのが良いだろう。俺たちの移動手段は別で考える。10日以内にマインで落ち合おう。待ち合わせ場所はどうする」
「ゴードンの店で会おう。店主に託けすれば、会えなくても連絡は取れる」
こういう時にスマホに慣れた俺たちはダメだな。不便を感じてしまう。
「では、マインで会おう」
スケルトとレイアは、フードに身を包み、行ってしまった。
クロちゃんが残してくれた、文字通り、希望の糸。
俺は、指先で糸をつまみながら、本当に、本当に細い希望をようやく見出した。




