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鉄塊チートの異世界ジャーニー  作者: くえお
第三部 クロガネ、鉄を打つ
110/214

第107話 『レイモンドとの交渉』

レイモンド=フォン=バーゼンハイム。

彼が諮問兵になったのは、必然であった。


神聖教国は、支配階級が2層に分かれている。

世界中の神聖教徒を統べる司祭階層と、ザイオン国内の権力を維持する貴族階層である。


神聖教国内において、司祭階層と貴族階層の血筋は、まるでミルフィーユのように薄く混ざり合っており、貴族と司祭の結婚も盛んであった。


レイモンドの家、バーゼンハイムは歴々たる武門であったが、母親のミレイは、司祭家系カサドラン家の出身である。

厳格な父と、寛容な母。

「国を守る槍となれ」「女神様を守る盾となりなさい」

幼少からそのように教わり、考え、努めてきた。

16歳で僧門を潜り、以降、僧兵として身分を重ね、やがて国の重要事項を扱う諮問兵隊に入隊した。


入隊して1年の訓練の後、部隊へ配備された。

ある村が魔族に襲われた。レイモンドが所属する部隊はその救助に向かった。

レイモンド達が村に着いた時、焼け落ちた廃屋と血塗れの村人の骸が、声もなく迎えた。


魔族はすでに逃げた後。

ぶつけるべき相手のない振り上げた拳をレイモンドは持て余した。

魔族に対する憎しみは、この時以来、一時も忘れていない。

魔族に抵抗するためには、神聖魔法を極める必要がある。


神聖教の兵士、特に諮問官を目指すような敬虔な僧兵の訓練は、過酷である。自らを丸太に括り付け、棘の付いた鞭で打たれる。そしてその中で、自らの魔法を用いて、自らを守る。傷を癒し、結界を張り、敵の武器を無力化する。

血塗れになりながら、自らの信心を強め、何者にも左右されない強い精神力を培う。


レイモンドは、3年の一兵卒を経て、その優秀さ、家柄、そして信心深さで、諮問官に選ばれた。

諮問官になり、始めての仕事。

それは、悪魔憑きを裁くことだった。

悪魔憑き。魔族が精神魔法により純真な人間を堕落させる。


悪魔憑きが出たのは、水都の商家だった。

その家の6歳の息子が悪魔に取り憑かれ、夜な夜な近隣で殺人事件を起こし、追い詰められ、自身の家に火を付けた。

大捕物の末、悪魔憑きは抑えられた。

レイモンドは、その6歳の子供の首を刎ねるように命じられた。


レイモンドは、何の躊躇もなく、首を刎ねた。見た目に幼い6歳の男児の。その細い首を。


悪魔憑きはすでに人では無い。

レイモンドは全く疑問なくそう思っていた。


諮問兵は、特権がある。現場で物事を裁き、決着をつけることができる特権である。

女神の槍として、絶対正義の元、悪を断じていく。

レイモンドは、自身の善性を微塵も疑うことはなかった。


レイモンドは諮問兵としてメキメキと頭角を現し、やがて部隊長となった。50人の部隊を率いて、神敵を追う。


レイモンドの信じる正義とは、女神であり、女神の言葉であり、経典であった。

女神が神託で勇者が反逆したという以上、是非はない。

それが絶対的な真実であった。

もしそれが覆るとすれば、再び神託にてそれが告げられねばならないし、それ以外は、一切受け入れない。


長く諮問官を務めたレイモンドの心は固い。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


水をかけられてレイモンドは目が覚めた。

手を硬い何かで後ろ手に縛られている。地面に寝転がっていた。

顔を上げると、大柄な男の顔。

「目を覚ませ。交渉だ」

スケルトと名乗った男が上から見下ろしてくる。屈辱的な位置関係だ。

「く、貴様、神罰を食らうぞ!」

砂混じりの口の中で、唾を吐きながら叫んだ。

足掻くが、拘束は離れない。感触は鉄の手錠。

鉄を操るという偽勇者の力か。


「落ち着け、貴様も隊長として見苦しい姿は見せたくはなかろう。交渉というのは単純だ。まずは話を聞け。大事な話だ」

ジャリという砂を噛む音がして、別の男が顔を寄せてきた。


忌々しい悪鬼。

「ウイユベールは無事か。まずは話をしよう」

クロガネの口調は冷静だった。


地面に這うレイモンドにクロガネが顔を寄せる。が。奴の目にはクロガネが映っていない。

レイモンドが見ているのは、己の信念だけなのだろう。


レイモンドの目は血走り、口からは呪詛の言葉が続け様に飛び出す。

「これほどの屈辱! 偽勇者め、俺を殺すが良い!! 女神様を裏切り、どれほどの悪を成そうというのか! 人類の敵め!!」

レイモンドが狂ったように吐く言葉に呆れ顔のクロガネは、

「お前、立場を分かってんのかよ。殺すつもりならとっくに殺している。まずは話を聞けよ」


レイモンドの目は焦点すら合わず瞳孔は見開かれている。

「うるさい! 話など、聞く耳持たぬ。殺せ! 今すぐ殺せ!」


「埒が開かないな」

レイモンドの目は怒りに満ち、それはもはや狂気すら感じさせた。


「事実のみ言う。敵の策略に嵌められている。俺は女神と会った。そして、世界を救うよう頼まれた。証拠は今は奪われここには無いが、必ず取り戻す。

次に、女神の神託だが、今は信じない方が良い。俺が女神に会った時、第二の魔王から妨害を受けた。第二の魔王は女神に対抗できるほど力をつけて来ている。

妨害工作を見抜き、人類が力を合わせないと、この戦いには勝てない。

俺を追うのはやめろ。

盲信はやめ、すぐに対処しろ。

第二魔王の将軍マグナや、第三の魔王のピエロは、超絶した戦力を持っている。俺は奴らと対峙したが、未だ勝てる見込みもない。

少なくとも、女神を信じる者たちが力を合わせなければ、決して勝てない。

俺からはそれだけだ。できれば追うのはやめてくれ。

俺はこの世界を救わねばならん」


「・・・」

レイモンドはクロガネを血走った目で見返し、無言で睨むだけだった。


「ウイユベールは、まだ預けておく。だが、酷いことはするなよ。大事な巫女なんだろ」

クロガネの言葉は、レイモンドには届かない。


レイモンドは唇を噛み締め、悔しさを滲ませた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


遠ざかる車を見送りながら、レイモンドは忸怩たる思いでいた。

何を言おうと、偽物の甘言。虚言。

偽勇者は、女神の言葉を語り、情に訴えて来た。


しかし、神の兵は揺るぎはしない。

信じるはずもない。


信じるべきは神託であり、偽勇者の言葉では無い。


後ろ手に鉄で縛られ、まるで芋虫のような体勢。

車が遠のき、魔力が戻ったことが分かった。


神聖魔法、浄化。

シュワーと音がして、鉄が砕けていく。

高濃度の酸素を作り出し、聖なる光で物質を融解させる。レイモンドが得意とする魔法である。

レイモンドの実力ならば、鉄ですら瞬時に崩壊させる。


手足が自由になり、泥を払い立ち上がる。仲間の兵たちも無事で、同じように次々立ち上がる。


「皆の者! 騙されるな。偽勇者の言葉は、悪魔の戯言である。向かう先は、魔法学園都市。先回りして、次こそは息の根を止めるのだ!」


兵士たちは屈辱を顔に浮かべ、怒りに燃えている。自分たちこそ正義。

彼らは、これまでも疑うこともなければ、任務ともなれば、女子供であろうと手にかけて来た。それが正義の力を与えられた諮問兵の責務なのだから。

混沌とした世界で、光を齎す神の兵の、存在理由なのだから。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あれは、聞く耳持たないって顔だったな」

車のハンドルを握りながら、俺が言う。誰に言ったつもりは無いが、俺はほとほと呆れていた。


もし俺が偽勇者なら、あの場でアイツらは皆殺し・・・。でもおかしくない状況。

生かしているだけでも敵対意思はないと考えても良さそうなものだが、あれはもう、狂信者の瞳。

憎しみに燃えた復讐者の目をしていた。


俺が何をしたというのだろうか。

神敵認定されたから、ただそれだけであれだけ恨めるのだろうか。


「神聖教の偉いさんでも、あそこまでの人は珍しいですよ」

田中が言う。

「レイモンドってやつは、どんな奴なんだ?」


「あんまり詳しくは無いですけど、エリートみたいですね。名前は何度か聞きました。アダ名は絶対正義マンとか言ってましたね。本人は知らないみたいですけど。後、女神のイヌとか言われてるみたいです」


「絶対正義マンねえ。名づけたの、お前だろ」


「いやあ。僕じゃ無いですよぉ」

田中が目の前で手を振る。


「何にしても無事逃げられてよかったですね。スケルトさんのスキルがハマりまくりましたね」

「あの手の権力集団は、良いカモだ」

バックミラーのスケルトは、腕を組んでつまらなそうに言った。

「だが、次はこうはいかんぞ。おそらく、田中の持っているような異世界の銃を持ち出すに違いない。俺の戦法はスキル頼りの奴らには効果的だが、物量で対処されれば、どうにもならぬ」


「で、奴らは追ってくるかな」

俺が聞く。

奴らは、鳥を使えるようだから、空からつけてくるのではないか。

何度も妨害されては堪らない。


「すぐには向かって来ぬだろう。体制が整わないうちに追って来たところで、また返り討ちは必定。それが分からぬほどレイモンドは無能ではあるまい」


「ってことは、次は、待ち伏せか」


「ルート的に魔法学園都市に進んでいることは見抜かれているはず。後、車での移動もこの平原ならば見つけやすい。

俺なら、魔法学園都市に戦力を集結して、そこで一網打尽にする。

そう考えると、すぐに向かうのではなく、時期をみて、一旦、やり過ごす方法も考えるべきだな」


「大人数で動くと見つかりやすい。車をどこかに隠して、二手に分かれるのはどうだ」


「現状を整理しましょう。僕はまずヒカリちゃんの安全確保。クロガネさんはトキミさんに会う。レイアさんとスケルトさんはクロガネさんの護衛。猫とヒカリちゃんは待機。現状こんなところですかね。

急ぐ内容としては、ヒカリちゃんの解呪が最優先として、あとは占いですね」

田中が言う。


恋は盲目とはいうが・・・・ヒカリの事となると、視野が狭くなってないか、お前。


「ウイユベールのことも心配だ。ウイユベールを先に奪還するのはどうだ」

レイモンドに釘は刺したが、逆効果の可能性もある。逆上して危害を加えることも、あの狂った信者ならやりかねない。


「レイモンドは執念深い男と見た。検問や、狼での追跡、待ち伏せは当然やるだろうな。俺たちが車で到着する頃には、魔法学園都市には諮問兵がゾロゾロ配備されているはず。何か策を講じる必要はあるな」


「となれば、俺一人で向かうのが一番良いだろう。スケルトはデカいし、レイアは女。俺一人ならなんとでもなると思うが」


「クロガネさん、お金ください」


「なんだよ、唐突に」

「いいから、1万くらいくださいよ」

強引な田中。

1万ゴルドを渡す。田中の手の上に、黒いフサフサと、キラリと光る何かがあった。

それは、カツラとメガネと・・・つけ髭?


「変装グッズでどうですかね。あとはステータスですが、偽造の指輪を持ってるんでしたよね」

「これを使え」

スケルトが鉄のプレートを渡してくる。

「冒険者証だ。指輪の情報はレイアに上書きしてもらえ」


「後で、偽装するわね。任せといて」

ヒカリを介抱している最後部座席のレイアが言った。ちなみにヒカリはずっと眠ったままだ。猫はスケルトの膝の上で寝ている。


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