第104話 『平原の冒険』
彼女が覚えていることを全て話すのに、それほど時間はかからなかった。
異世界に来てからのことは、ほとんど記憶にないという。
俺は憤慨していた。
人をこれほどまでに傷つける魔族に対して。人を人とも思わない所業に対して。
話を総合するに、ヒカリという女が転移したのは、運悪く第二の魔王城の中だったようだ。
死体廃棄場。そこに転移したらしい。
そこで、魔族に捕まり、有用なスキルのおかげで、殺されることなく、道具として生かされた。
そういう話だろう。
嗚咽が止まらない中、そんな話を必死でする彼女は、懺悔だろうか、後悔だろうか、自身を許せないと何度も言った。
田中は、彼女を必死で慰め、もう大丈夫だから、もう大丈夫だから、と繰り返した。
手を握り、優しく、何度も繰り返した。
それは、単純に親切心からなのか、ミーハー魂からなのかは、不明である。後者だと俺は疑っている。
「何にせよ、災難だったな。ひとまず安心だが、まだキミは呪われている。また魔族に出会えば、残酷な殺人マシンに戻るかもしれない。完全に呪文を解けるまで、それまでは申し訳ないが拘束させてもらう」
俺は運転しながら言った。田中に言わせるのは忍びないと思い、嫌われ役を買った。
「はい」
エンジン音でかき消されるほどのか細い声で、返事をした。
車を走らせて、数時間。昼過ぎ、一度休憩することとなった。
荒地の真ん中である。
草木がまばらの茶色の地平。
アメリカの映画にこんな場所があった。
分類としてはここも砂漠なのだろうか。岩がゴロゴロしていて、まばらに草が生えている。
周囲には、所々に、家くらいの大きさの岩がある。
それ以外は起伏はなく、ただただ地平。
「アミット平地の真ん中ですね。陸サメと、アバオアクーが危険です。見たところ周りにはいませんが。蠍もいるので気をつけてくださいね」
アバオアクー。聞いたことがない。
「透明な竜です。ドラゴンタイプではなく東洋の龍タイプですね。蛇に近い体で、空中を漂い、獲物を襲います」
透明な龍ね。聞くからに厄介そう。
周囲を見渡す。
ほとんど草も生えない平原。小石が続く風景。サボテンのような木や、下草がちらほら。
狙われたら、隠れるところはほとんどない。
鳥が飛んでいくのが見える。
遠くに巨大な鳥。あれは、ローだな。以前に倒したことがある。
その時、ローを見て、ふと思い出した。
ピノコ。
ピノコはあのローに食べられて魔大陸まで運ばれたのだろうか。
風呂敷を広げ、元ピノコを取り出す。以前のメンタルなら辛すぎて直視できなかった。
枯れ果てたピノコ。シワシワの干し椎茸のような硬さになり、しおれてよれたエリンギ。もう喋らない・・・。
ピノコの死骸は、必ず水都で埋葬してやろう。
俺は改めて誓った。
ウエジは絶対に許さん。ボコる。必ずボコる。
皆、車から降り、それぞれに肩を回したり、屈伸したりしている。長時間の悪路走行、体に堪える。身体強化を突き抜けて腰が痛い。
「食事はどうする?」
俺が問いかけると、スケルトが言った。
「グリフィンで飛んで、ケルーとかヌーとかを探してはどうだ」
おそらくだが。ケルーとかヌーってのは、食べられる動物だろう。
「田中、そのケルーとかヌーってのはわかるか? 俺が狩るから一緒にきてくれ」
「いや僕はヒカリちゃんのそばに、いてててて」
耳を引っ張って無理やり連れてくる。
「レイアに任しておけよ。お前の道具で楽に狩れるかもしれんし、手伝え」
いてててて。
グリフィンに乗り、荒地の空へと舞い上がる。
晴れた空。
乾いた風が心地よい。
動いてるものは。遠くの方に、動物の気配。
6頭ほどのバッファローの群れが見える。あれは。
近寄り名前鑑定。ヌーとでた。
以前、一度見たことがある。モーゼルの息子を助けに行った時、ローを爆散させた時、群れていた巨獣だ。
「あの牛がヌーか?」
「ええ、そうですね。でかいですね」
「象くらいあるな・・・。1頭で十分だが・・・。どうする」
「どうするも。一頭仕留めて、追い払うしかないんじゃないですか」
まあ、単純にそうなるわな。
大人しく逃げてくれれば良いが。
僕が倒してもいいですか? と田中が聞くので頷く。やりたければどうぞ。
「じゃあ、僕が倒しますね。経験値いただきます!」
グリフィンが急降下して、田中がマグナムを構える。
右目を閉じて、舌を出す。憎たらしい顔だ。
ドフンという音とともに、頭から血をぶちまけるヌー。驚いた仲間が、前足を浮かせて立ち上がる。
「臆病な動物ですからね、空から襲撃されたらホラ」
一斉に逃げ出した。死体を置き去りに。
「流石にあれは、グリフィンでは運べないな。この場で解体して、食えるところだけ往復で運ぶか、それとも車を持ってくるか」
「じゃあ、僕、このままグリフィンで戻って、車を持ってきますね」
と田中。無免許だけど、咎める者はいないし、構わないだろう。事故だけは起こすなよ、と。
俺はその間に解体を進めておこう。
俺が地面に飛び降り、早速ヌーの遺体を解体する。
解体については、不慣れながらもフライドチンキ商隊の狩りで何度かは体験した。ここまでデカイ獲物ではなかったが。
さて、解体は、血抜きと筋切りと皮剥と骨切りと、それぞれ順番がある。
まず、大動脈がある関節部に傷を入れて血を抜く。
しばらく放置した後、筋を切っていく。これで、大きな部分を切り分けることが容易になる。
そして、皮を剥ぐ。先に筋を切っておけば皮剥が楽だ。
最後に骨の部分を取り除き解体完了となる。
身体強化と錬成を持つ俺にかかれば、いくらデカかろうと、簡単に斬れる。
解体はスムーズに進んだ。
ちょっと血まみれになったけども。
しばらくして田中が車を運んできた時には、すでに部分に分けられた肉が並んでいた。
そこまでは良かったのだが、こんな広いところで解体を行なったのは、失敗でもあった。
平原の魔獣が血の匂いを嗅ぎつけたのだ。
ぐらりと揺れる地面。
次の瞬間、
地面がパックリ割れ、大きな牙が並ぶ巨大な口が飛び出してきた。
「陸ザメです! 逃げてください!」
車の窓から田中が叫ぶ。その位置。お前もやばそうだけど。
「いや、もう終わってるんだけど」
地面から飛び出た陸ザメが、俺の目の前で止まった。
体に数十ものワイヤーを食い込ませて、巨大な槍に体を貫かれて、止まった。
「な!」
田中が目を丸くする。
気配察知で敵に感づいた俺は、すでに罠を仕掛けていた。
錬成でワイヤーを地面に張り巡らせ、巨大な槍や、銛も地中に仕掛けていたのだ。
まさか地面にそんなものが埋まっているとは思わないだろう。案の定引っかかってくれた。
「ていうか、こんな奴がいっぱいいるのかよ、やばいな異世界は、相変わらず」
「そんな簡単に対処して、それはないでしょお」田中が突っ込んでくる。
いや、俺だから良いけど、他の人は大変でしょうよ。
そんなことより、鮫は食えるのだろうか。知識の書が無いことが悔やまれる。
「おい、田中。こいつは食えるのか?」
「確か食えますけど、美味しく無いって書いてましたよ。なんでもアンモニア臭いらしいです」
「じゃあ、放置な。ていうか、ビニール袋とか、保冷ボックスとか出せるんじゃ無いのか。ちょっと出してくれよ」
田中がしかめっ面をする。
「最近、ものを出しすぎてお金が尽きました。お金くれたら出せます」
「ああ、いくらだ?」
「ビニール袋は、ああ、高いですね。1千万です。クーラーボックスは50万」
ふざけんなよ! スーパーで1枚5円じゃねえのかよ。
「それは円なのか、ゴルドなのか、どっちだよ! 高すぎる!」
「円ですよ。ただ、1ゴルド1円で換算されます」
もうわけわからない。
ビニール袋は諦める。まさかこいつ、ふっかけて無いだろうな。
信じるぞ、田中。
「じゃあ、血まみれだけど、このまま乗せるしかないか」
「ちょっと待ってくださいね。これでどうです?」
田中は車から降りて、何もない空間から木の板を出した。
「これなら1円でした。裏技で、こっちでも簡単に手に入るものはほとんどタダになるんですよ。石ころとか、木の枝とか。不思議でしょ」
木板の上に、肉を並べていく。車の後部座席のシートを寝かせて、そのまま木の板ごと肉を積む。
!
その時、気配がした。上空。ローが飛ぶ。
遠目で見ると、つま先に何かぶら下げている。
あれは。
「グリフィン、来い」
田中を置き去りに、グリフィンに飛び乗る。
「え、なんですか」田中が驚く。
遠くからかすかに聞こえる声。助けてくれえええ。
という声。
ローの足に掴まれる人間の姿。
おお、俺がいてラッキーだね。助けましょうとも。




