第103話 『メガジープに乗り換えて』
巨龍を見送った後、グリフォンで空を駆け、列車に戻る頃。
延々と続くレールの後ろ側から太陽が顔を出してきた。
夜が明ける。
列車まで追いつき、割れた窓から列車に戻る。
「無事なようだな。でもないか」
俺を見てスケルトが言う。
俺は全身血まみれ。すでに血は乾き、黒ずんできた。
「何度か死にかけた。龍の鱗でズタズタだ」
思わず愚痴が出る。
田中が真新しい貫頭衣を出してくれた。
「これに着替えてください。血は、タオルででも拭いてください」
ついでとばかり濡れたあったかいおしぼりを出す。
・・・まじで便利すぎないか。田中の能力。
「それより、列車は降りた方が良い。俺が何を言おうと・・・こいつを連れていくんだろ」
スケルトが顎で指した方。
眠る暗殺者。異世界アイドルヒカリちゃん。
「当たり前です! 絶対に連れて行きますから!」
田中、わかったから鼻息を抑えろ。
「ちょっと状況だけ共有しよう。そっちの虫はどうなった」
死体に取り憑いた虫。あらかたの顛末は田中に聞いた。
「虫は浄化して完全にとどめを刺した。死体から新たな感染は起こらないはず。他の乗客に寄生したとか、万一のこともある。時間はかかるが調べればわかる。あとは次の駅で適切に対処すれば問題ないだろう」
「その虫ってのはやばいんだろ?」
「ああ、その名の通り、傀儡を作る。知らずに放置すれば、国レベルで崩壊する。国の重鎮を狙ったのは、乗っ取りを考えてのことだろうな」
「クロガネさん、ボディスナッチってやつですよ。映画とかでよくあるでしょ。スナッチャー知らないですか」
はっきり言う。知らん。
「まあ、言いたいことはわかる。つまり、体を乗っ取って文字通り傀儡を作るってわけだ。とはいえ、虫だろう? そんな都合よくばれないのか?」
「確かに、違和感は感じるだろうな。よく知る人物ならば。
だが、フォンハイゼンのような貴族は、元々、冷血なやつも多い。入れ替わるならうってつけだろう」
未然に防げて良かった。と、思いつつ、本当に防げたのか、と言う疑問も残る。今回が最初なのだろうか。
「魔王軍、第二の魔王の連中は、傀儡虫を操れる・・・のか? ただ、混乱を生むために、寄生させるとも考えづらい。支配下におくなんらかの方法があると考えた方が自然だ」
「ああ、そっちの方が問題だな。各国の首脳が傀儡虫に乗っ取られている可能性を考えると、ゾッとせん。お屋形様には連絡を入れる。要人への検査をできるよう政治的な根回しも必要になるだろう。外憂内患を絵に描いたような状況だな。」
「傀儡虫が俺の件にも絡んでいる可能性は?」
「もちろんゼロではない。貴様の不可解な手配の問題もある。神聖教の内部に虫付きが紛れ込んでいる可能性も高い」
と言ったあと、「が、考えるだけ無駄だ」と付け加えた。
スケルトらしい言い方だった。
「話を戻すが、その女を連れて列車から降りることはできない。事情を説明することは不可能だ」
異世界から来た女が、魔族の手先になって五大国の公爵を殺して、さらには傀儡虫、巨龍を誘致して列車への破壊工作を行った。
誰が聞いても死刑に近い判決を下すだろう。例え、洗脳されていたとしても。
生かしておくには危険すぎる。
「僕は、彼女を絶対に守る。クロガネさんたちと離れることになっても、僕は必ず」
田中が珍しく厳しい顔で言った。男の顔だ。
「・・・まあ、田中の気持ちもわからんでもない」
スケルトが言った。
「ならどうする。次の駅まであまり時間がないぞ」
俺が聞く。
「グリフィンで逃げましょうか」
レイアがアイデアを出す。
「トレンで試したろう。重すぎて無理だ」
皆、スケルトの方を見る。
フルプレートアーマーの大男。
スケルト1人で3人分くらいの体重があってもおかしくはない。
「車で行きましょう」
田中が宣言した。
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遠ざかる列車。
俺たちは荒野の中、朝焼けに照らされながら、遠ざかる列車を見ていた。
目の前に、巨大な車。8人乗りの軍用車、メガジープがエンジンを唸らせて揺れている。
「ほんと、値段の基準がわからないですね。百円でしたよ。これ」
日本で買えば2千万くらいするはずの巨大な車が100円。異世界ショッピングの能力が謎すぎる。言い換えれば、それくらい冒険に必要なアイテムなのか。
「国民的RPGでは、船でも飛行船でも車でも、イベントをこなせばタダなんですよ。100円でも不思議はないですよ」
と、自身を納得させるように田中が言った。何度も頷いている。
横並びで3人座れる後部座席。左ハンドル3列シート。黒い革ばり。
なんだよ、この高級車。
「6輪AWDですよ。どんな悪路でも進めそうですね。グリフィンには道案内してもらいましょう」
贅沢なナビである。
ブロンと音をたて、エンジン回転数を上げる。運転は俺。だって他に誰も免許持ってないんだもん。
見渡す限りの平原。民家も集落もない。
「あっちの方ですね」
太陽と反対側を田中が指差す。背中から太陽を受けて、バックミラーが眩しい。
グリフィンの影を追う。
「ここはどの辺だ?」
「アミット平地のどこかですね。パンマギオンまで残り1日くらいでしたから、あと半分くらいじゃないですか。3分の2くらいは来てるかもしれませんけど。1000キロくらいは残ってると思いますよ」
1000キロ・・・。
東京、大阪間の往復。高速道路でもあれば別だが、オフロードを走る距離ではない。サスペンションが効いているとはいえ、ガタガタ揺れる。ケツが腫れてしまうわ。
「休みながら行こう。街道はどっちだ」
「街道は避けろ。追っ手がくる」
「でも平原を突き進むのは不可能だ。窪みにハマれば故障するかもしれん」
タイヤが取られるくらいならまだしも、車ごと崖に落ちるかもしれない。草原にはそういう危険もある。
「クレバスでもあるまいし、そこまでの悪路じゃないと思いますよ。なんとか夜までに集落を探して泊まりましょう。この辺りもモンスターは出ますし、魔族も、諮問官もケアしないと」
田中が言う。ヒカリという娘を膝枕して、一番後部座席に二人で座っている。
「ツウカ、ガソリンはどうするんだよ。こんだけでかいと燃費も悪いだろう」
「あ、後ろに積んでますよ。100キロほど。こっちは30円でした」
ああ、なんという価格破壊。
「・・・で、その娘はどうするんだ。レイア、もう一度聞くが、時間をかけても解呪できないのか」
レイアは助手席で前を見ている。不安そうな表情。車を見るのが初めてでもなかろうに。
「あのチョーカーに呪文が書いてあるんだけど、魔族の術式で、見たこともないわ。やっぱり私じゃ無理。神聖教の司祭か、魔法学園都市の教授クラスなら、わかるかもしれないわね」
「目をさましたらどうするんだ。襲いかかってくるかもしれないぞ」
「そんなことはないですよ」
田中が言った。
すすり泣く女の声が聞こえてきた。
「彼女、もう起きてますもん」
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揺れる車内で、天井が見えた。
これまでのことを思い出し、自然と涙が出てきた。
宗貴ヒカリはトップアイドルだった。
その日。
「ヒカリちゃん、そろそろ出番よ」
マネージャーが声をかける。
はあいと笑顔で立ち上がり、ドアへ向かう。
白いフリルのスカート。メイクもばっちり。
黄色い大きなリボンと、耳には大きな円のイヤリング。
切れ長の目と高身長のヒカリには、この衣装はちょっと幼すぎるかもしれないと自分では思うが、周りは褒めてくれた。
ドッキュンマイハートのセンターに抜擢された時、ヒカリは名実ともにトップになった。連日のCM撮影、バラエティへの出演、映画の主演オファー。
忙しい日々を過ごしていた。
撮影スタジオへ向かう。
眩しいスポットライトの中、マイクを片手に歌う。
満面の笑顔でカメラに向かい、スタジオ中の男性をにやけさせて、終了。
可愛らしく挨拶をして、私服に着替えて建物を出る。
タクシーが用意されていて、マネージャーと乗り込む。
「明日は6時から撮影だから、4時には迎えに行くわね」
メモ帳を開きながら、メガネを持ち上げるマネージャー。
頬を膨らませ、不満顔のヒカリ。「2時間しか眠れない〜」
タクシーが高速に入る。合流で加速した次の瞬間。
眩しいアップライトの中。トラックが突っ込んできた。
急な車線変更による幅寄せからの。
グシャアという音とブレーキの音と、ガラスの割れる音と、ゴムとオイルの匂いと。
そして全員死んだ。
次に目が覚めた時、吐き気を催す腐った匂いと、ヌルヌルとした感触と、魂を搾り取るような絶叫の中にいた。
「あ、え?」
体を持ち上げようとして、掴んだそれは、黒ずんだ腕。それも血まみれの腕。
もげた腕に思考が泊まり、悲鳴をあげて立ち上がった。
自分がいるのは死体置き場で、山積みになった死体のピラミッドの上だと気付いた。
「キャああああああ」と叫び、慌てて口を押える。
「・・・・」上から誰かが覗いた気がした。見つかれば殺されるかもしれない。
ここはどこで、何が起こっているのか。
上から、どさりと音がして、近くに新たな死体が落ちてきた。上?
明かりから、また人が落とされる。
ここは何なのか。
一つ言えることは、ここにいては危険ということ。上から落ちてくる死体に当たれば軽傷では済まない。
さらに、ここが遺体の廃棄場所だとすれば、なんらかの処置が行われる。焼却か、液体での融解か、土で埋めるか、水で流すか。方法は分からないが、危険なことは察知できる。
逃げ場を探そうとして、ハシゴに気付いた。体がやけに軽い。自分の体が羽になったように感じる。
信じられない動きで、はしごにたどり着く。まるで曲芸師のようだ。
体が自在に動く。梯子を登る速さが尋常ではない。
梯子を登ると通路があった。息を飲む。向こうから人が歩いてくる。
隠れられるところは。上下を見渡す。天井に出っ張りがあり、その後ろに掴めるところがある。
気がつけば、天井にぶら下がり、身を潜めていた。
え? 何がどうなっているの? 体がまるで自分のものではないように、自在に動く。
歩いてきた人物は一人で、何やら槍を持った人物。上から見下ろしていると、尻尾が生えている。人間ではない?
目がおかしくなったのだろうか。真上に来た時に、人物の頭の上に星マークが出た。
通り過ぎると、星マークが消えた。
「ん?」振り返った人物と目があった。
トカゲのような顔をしたツノの生えた異生物。ヒカリは黒い埃だらけの顔で、見返した。
「お前は!?」
異生物が槍を構えて、ヒカリに警戒を向ける。気づかれた。
ヒカリは壁をカサカサと動く。どうやって壁にくっついているのか、自分でも分からない。
「敵襲だ!」と叫ぶ異生物。なぜか言葉が分かる。
天井を高速移動していくヒカリを追いかける謎の異生物。
通路へ降り立ち、影のように進むヒカリ。やがて、大広間に出た。
そこは食堂で、見たこともない、汚らしい生き物が、薄汚れた鎧や兜を着て、ガチャガチャと食器を鳴らして食事をしていた。
「ん?」
異生物が持っている皿の上に、明らかに人の腕があった。よく見ればテーブルの上には、目玉とか、頭とか、明らかに人の構成物らしい物が見える。
「キャあああああああ」
思わず悲鳴をあげるヒカリを、全員が一斉に見た。
ヒカリはその風景を最後に、気絶した。
時折、はっきりする意識。裸で直立する自分を鏡で見ている。
そしてまたぼやける。
人の首にナイフを突き立てた瞬間、意識が戻る。目を見開くが、声が出ない。
そしてまたぼやける。
右腕が折れ、激痛で意識がはっきりした。
「12号。戻れ」
そう命令され、折れた腕のまま、異生物の元へ戻る。
次の瞬間、切り取られる折れた腕。
さらなる激痛。
「ああ、また修理が必要か」
というぼやきを聞いて、また意識がぼやけた。
長時間、灰色の風景の中。まるで機械のように感情が無い。
ただ言われたことは理解できて、どのような無理を言われても、何の感情もなくこなす。
時折、意識が戻った時に、自分が犯した罪に絶望の涙が出た。
赤子を殺し、身を捌き、料理して皿に並べる。
異生物の群れに混ざって人の村を襲い、住人を惨殺して回る。
異生物は、人間の女性である自分には興味がなく、ただの道具として扱っているようだ。
ただの殺人兵器として。
ただ、人を殺すための道具として。
ヒカリは時折、はっきりする意識の中で、自分の罪に耐えきれないほど、心が死んでいくのを感じた。
ある日、意識がはっきりしているときに、自殺しようと考えて、体を動かそうとしたが、体が動かない。
自殺行動をすべて禁じられているのだろう。自身にナイフを突き刺そうとする手が、空中で震える。近づかない。
嗚咽しながら、自身にナイフを突き刺そうともがく。
異生物がそれに気づき笑った。
「ははは。面白いな。死んでみるか」
ナイフをぐっと押し込んでくる。ヒカリは安堵した。良かった死ねる。
嬉しそうな顔のヒカリを見て異生物は言った。
「つまらない顔だな。死ねるかよ」
胸に十字の傷をつけ、治療もせずに放置した。
滴る血が、もっと出て、死ねれば良いのにとヒカリは思った。
そしてまた意識が消えた。
最後に気付いた時、柔らかくて暖かい温もりを感じた。目を開けると天井が見えた。どうも自動車のような天井。
ああ、やっと戻れた。ヒカリは涙した。犯してきた罪と、地獄の日々と、安堵と。
おいおいと声を出して、ただただ泣いた。
優しそうな男の人が、ヒカリの顔を覗き込む。微笑んで、涙を拭ってくれた。
ヒカリの涙はそれでも止まらなかった。




