第98話 『誰が殺したフォンハイゼン』
殺人事件があったという通報を受け、2人の乗務員が駆けつけた。フォンハイゼンの部屋を検分する。
乗務員が巨体に鎧を纏った威圧的な冒険者・スケルトに問う。
「ご協力ありがとうございます。で、犯人は?」
「いや、すまぬ。取り逃がしてしまった。黒づくめの大男だった。魔族の暗殺者だろう」
スケルトは悪びれることなく、言い放つ。
乗務員は頷いて、
「鉄道警察が次の駅で待っていますので、大変お手数ですが、調書にご協力いただけますか」
「すまん。なにぶん、極秘の依頼中。その要望には答えかねる」
「しかし」乗務員は食い下がるが。
「文句があるなら、冒険者ギルドへ連絡してくれ。某の名はスケルト。その名前だけで伝わるはずだ」
有無を言わせぬスケルトの迫力に乗務員は黙った。
「話すべきことは話した。少なくとも、まだこの列車に乗っておる。用があれば、部屋まで参れ」
スケルトはそう言ってフォンハイゼン公爵の部屋から去った。
落ち着いた足取りで、数車両、客車を通り、自室へ戻る。
ドアを開け、すぐに締める。
スケルトは間髪入れず、鋭い口調で問うた。
「事情は説明してもらうぞ。タナ」
毛布に包まれ、ガチガチと震える少女。田中が庇った女暗殺者だ。
女は目は焦点があっておらず、空間を見つめていた。
「ええ、いくらでも説明しますよ。クロガネさん、彼女知らないんですか? 本当に」
俺に振るな。知らんよ。
ん、どこかで?
見た目、日本人ぽいなとは思う。
黒髪のストレート。整った目鼻立ち。切れ長の目、
いや、待て。見覚えがある。どこで見た? あ、駅前のポスター?
え? なに?
「彼女、登り坂シスターズの宗貴ヒカリちゃんですよ。国民的アイドルの!」
僕のアイドルです。
と田中は鼻息荒く言った。
「はあ? なんだよそれ」俺は呆れる。
なんで異世界でアイドルが暗殺者してるんだよ。
スケルトが腕を組み、目を閉じた。
「首元に奴隷紋が刻まれている。魔族に操られているのだろう」
俺は鑑定してみる。
名前:ムネタカ ヒカリ
と出た。
国民的アイドルがなぜこんなところに? 魔族の手先として暗殺者をしている?
事態が飲み込めない。
「おそらくですが。僕が転生した時にはまだ彼女はバリバリ活躍していたので、最近、何らかの事情で転移してきたんじゃないですか。
多分、今頃、日本じゃあ大騒ぎでしょう。アイドルが失踪したんだから」
記憶をたぐる。ああ。そういえば、思い出した。
人気絶頂のアイドルが突然事故死したとか、遺体が見つからないとか、なんか。そんな話題がワイドショーで取り上げられていた。興味がなかったらから、適当に流していたが。
それが彼女? うろ覚えすぎて確信が持てない。
「その辺の経緯はさておいて、これからどうする?」
「まずは彼女の正気を取り戻して、事情を聞くところから、でしょうか」
「まずその奴隷紋を何とかする必要があるわね」
レイアが困ったように言う。打つ手がなさげな口ぶりだ。
疑問。奴隷紋とはなんぞや。
「奴隷モンってなんだよ? どうやって外すんだ? レイアでは無理なのか?」
「私じゃ、これは無理ね」とレイア。
田中が口惜しそうに言う。
「奴隷紋は邪法とか聞きますね。人をあやつるための術式ですよ。厄介な呪印ですが。神聖教の司祭なら外せますね。解呪の専門家ですから」
田中が言う。
だが。この娘を連れて旅は無理だろう。
「とはいえ、心神喪失の女を一人抱えて旅を続けるのは不可能じゃないか」
「引き渡すなんてさせませんよ!」
田中が必死に言う。珍しく吠えた。
「・・・・・・」
彼女をしかるべき機関に渡すと言うことは、9割がた、彼女を見殺しにすると同義だ。それは分かる。
だが、俺たちも追われる身。彼女を守るほどの余裕はない。
彼女を犯罪者として引き渡せばほぼ死刑。縦しんば、犯罪奴隷として生かされたとしても、それはそれで地獄。
人権意識の低い、この異世界なら、彼女はすでに詰んだも同然。残る人生は苦難しか無いだろう。
ゆえに田中は必死で擁護する。
「彼女は操られているだけです! 僕が必ずヒカリちゃんを救う! もしお荷物というなら、僕は彼女と行きます。置いていってください。フー」
すごい鼻息だ。いつもはクールな田中がここまで熱くなるのは、ギークな話以外では初めて。
それほどまでに入れあげているのだろうか。まあ、お気に入りのアイドルが目の前で殺されそうなら、田中の態度もわからんでは無いが。
スケルトが腕を組みながら、言う。
「これまでも同じような事態はあった。操られた奴は、ほとんど死んでいる。だが、中には命は助かったものもいる。
奴隷紋で操られ爆弾を抱えさせられ自爆させられたものや、王侯貴族の命を狙った暗殺者として仕立て上げられたもの。
手口はさまざまだが、そのほとんどは、事件の後、処刑された。この娘も五大国の要人に手をかけた以上、重犯罪者だ。
まあ、情状酌量で命が助かったとしても、よくて一生涯労働奴隷だろう。可哀想だが。
気持ちは分かるが、悪いことは言わん。巻き込まれる前に、その女を引き渡せ」
「嫌だ!!」
田中が叫んだ。
子供が駄々をこねるような言い方だが、熱意は感じられる。
「だが、どうする。このまま駅で降りたところで、どうやってこいつを隠す? 高速で走る列車から飛び降りるわけにもいかん」
「田中。冷静になれ。スケルトも結論を急ぐな。
彼女をまず正気に戻そう。可能ならば救ってやりたい。人を殺めたのは、事実だが、邪法で強要されたのであれば、酌量の余地はある」
俺が口を挟むと、二人は黙った。
「レイア、意見は?」俺が聞く。
少女の横に座り、回復呪文を唱えていたレイア。俺の方を向き、困った顔をする。
「正直、判断が付かないわね。お荷物になるけど、放っても置けないわ」
黒髪の美少女は、視線を彷徨わせて、まるで廃人のような目つきだったが、やがてゆっくり目を閉じ、眠った。
「魔法が効いて良かった。しばらく眠らせておきましょう」
「しかし、なぜ、フォンハイゼン公爵を狙ったのか」
俺が口に出すと、スケルトは首を振った。
「さあな。要人を狙った無差別攻撃だと思うが・・・。いや、待て」
何か重大なことに気づいたようで、スケルトにしては珍しく顔にためらいが浮かぶ。
スケルトが思案し次の瞬間、突然、少女の体を探り出した。
黒装束の胸を開き、体に触れる。
「あああ、ヒカリちゃんに触るな!!!」
田中がスケルトに覆いかぶさり、邪魔をする。
「ええい、やましいことなど無い! あった、これか」
スケルトが田中を振りほどき、少女の胸元から小瓶を取り出した。
「くそ、空か。急げ、もう一度、死体を調べる」
スケルトが焦り、走り出した。
「何事だ」と俺が叫ぶと、振り返ることなくスケルトが遠ざかりながら叫び返してきた。
「動機を考えたのだ。飛龍部隊で陽動をしてまで列車を停めた。そこまでして暗殺のためだけに乗り込んだとは考えにくい。もっと致命的な破壊工作。爆弾を仕掛けるとか、毒を蔓延させる。調べてみたら案の定、形跡がある。
奴らは何らかを仕掛けた。瓶の中身を使って遺体に細工をしたはずだ。乗務員が危険だ」
レイアと俺も慌てて追う。振り返ると田中は、ヒカリを心配そうに見ていた。
彼女が心配らしい。田中は付いて来ていないようだ。
ーー周囲の安全が確認できました。運転を再開しますーー
アナウンスが流れる。
ガタンと列車が揺れ、動き出した。危険がないと判断されたのだろう。
流石に、A級冒険者。揺れに足を取られることもなく、走っていく。
と、次の瞬間だった。
強烈な悪寒。
上空に異変を感じた。列車を追いかける強大な魔力の存在。
先ほどの魔族とは桁が違う圧力。これは!?
死体の騒動とは別の攻撃。強大な魔物が空から襲ってきていた。
先程の魔族の部隊など比べ物にならない。驚異的な何かだ。
「くそ、厄介な。次から次へと・・・。
クロガネ、外はお前に任せる。こいつは、列車の防衛機構では手に負えん。
俺も死体を片付けたら、加勢する。
列車に近づけるな。レイアは、こっちを手伝ってくれ。回復術師が必要になる」
と、次の瞬間。ドゴーンという破壊音と共に列車が激しく揺れた。
後ろの車両に攻撃が直撃したようだ。何人か怪我人が出たかもしれない。
すでに列車は上空の敵の攻撃範囲に入ったようだ。
メンバーとの分断は危険。
だが背に腹は変えられない。
事態は待ってはくれないのだから。
「俺はまだ、リハビリ中なんだよ」
思わず愚痴。半ば冗談だが。
「死ぬな」
スケルトは振り向きもせず、俺の言葉を無視して、走っていく。
「ああ、また後でな」
俺はUターンし、後方へ向かう。
気配は空だ。しかし、さっきのようなワイバーンの気配ではない。
こいつは、ドラゴン。それも、マッドドラゴンクラスかそれ以上の。
高速で走る列車は、密閉されていて、開くような窓が無い。
列車の外に出るためには、窓を割る必要がある。
一刻も早く敵を視認する必要がある。
連結部に近い窓を破り、屋根に出る。
列車は先ほどの襲撃の警戒から、そこまで速度は出ていない。
列車は電気ではなく魔導機関で動いているため、電線はない。
暗闇の中、空を見上げる。
薄い月明かりだが、夜目スキルを持つ俺には、ほのかに空の全体が見える。
後方車両から火の手が上がっている。俺たちの客車のさらに後方。
見つけた。
巨大なドラゴンの影が、空を飛んでいた。
今回のタイトル。はっきり言ってパタリロです。
ククロビンて何でしょうね。




