第97話 『暗殺者』
「一体何が目的だ」
答えられることのない問いかけを繰り返す。
「多分、足止めでしょうね。列車襲撃と見せかけて、誰かを乗り込ませるってのは、どうですかね」
田中がしれっと言った。
「で、目的は?」
俺が聞くと、
「目的はどうでも良いじゃないですか。どうせ分からないし。もう一回寝てもいいですか? 何かあれば起こしてください」
田中は悪びれることなく布団に戻った。マイペースなやつだ。
「スケルト、聞きたいことがある。どうやって敵に気づいた? 気配察知というわけでもなさそうだが」
「ああ、スキルではないが、特殊技術だ」
ぽっくんが最後に言った言葉。スキルレスというスキルに関係するのか?
「で、どう思う?」
「余計な敵を自分勝手に作らんことだな。想像の敵は、困難だ。俺が周囲に気を配るから、しっかり眠っておけ」
さっきの悪夢は正夢とかいうことは無いよな。
スケルトは頼れる男だが。不明な事態にちょっと不安になる。
俺一人なら、列車を降りてさっさと危険から逃げるのだが。
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飛竜の背中に乗りながら、魔王軍飛竜部隊第一師団長ヴェロマキアは、作戦の成功を確信した。
すでに作戦はほぼ完了した。
一旦、列車から遠ざかり、様子をみる。
今回は、3重の計画である。
1つ、飛竜部隊による列車へのゲリラ攻撃
2つ、万一見つかった際の内部への破壊工作員の潜伏
3つ、災害的魔獣の誘導
魔族、特に第二魔王軍は、最近こうしたゲリラ活動を活発化している。
転移魔術師を活用して、少数部隊を送り込み、少数での威力偵察を行い、被害なく退出する。
第二の魔王の方針である。
第二の魔王・ブーゲ・ンビリア。喋り方は、すこぶる頭が悪そうだが、指示は的確。
凶暴な魔族を力でねじ伏せて君臨しているのが、第二の魔王である。
今回、クロガネが列車に乗っていることは、魔族側は知らない。
クロガネはただテロに巻き込まれただけである。
彼らが狙っていたのは、人類のインフラの破壊工作と、もう一つ、要人暗殺の任務があった。暗殺と同時に罠も仕込む。地道な嫌がらせの一環だ。
あわよくば。大陸横断鉄道を破壊できれば、人類側は大打撃を受ける。
最悪、部隊を無傷で返せば、それはそれで良い。
ひとまずは。陽動として、列車の周りを散々飛び回り、計画通り足止めした。
あとは、奴が上手くやるだろう。
さて次の仕事に取り掛かろう。
さらなる悪巧みを仕込むため、ヴェロマキアは一旦列車から離れていく。
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予定のポイント近くに列車が停車した。
魔族側が奴と呼んだ暗殺者は、森の中から列車を見る。
列車に備え付けられ一定間隔で並んだスポットライトが、バラバラに回転する。
空を警戒するもの、森を警戒するもの。
「緊急事態です。襲撃を受けています。お客様は自室にて待機し、外へ出ないでください」
機械的なアナウンスが聞こえる。
森の中から、黒ずくめの服を着たその人物が、光の筋をすり抜け、列車の下に張り付いた。
その動きは、野生動物のような動きで、人間離れしていた。
敵の位置は事前に把握している。上級客室、前から3両目。
列車の下を潜りながら、目的の車両に近づいていく。
列車の中は、人の走る音、警戒音、騒ぐ群衆の声が入り乱れて聞こえた。
ちなみに、魔法が発達しているエ・ルガイアでは、探知術師という職業があり、こうした公共の列車や魔空船など、大人数を運搬する移動手段には必ず1人以上は配置されている。現在は第二魔王のゲリラ攻撃が激しく、魔空船はほぼ全てが現在は運休している。一方、大陸の主要な移動手段である大陸鉄道は、探知術師に頼りながらなんとか運行を続けていた。
今、一人の潜伏者が車両の下にいる。
通常なら、探知術者はこうした異常を検知することができる。
術者が探知できない、ということは、この潜伏者は隠形か、隠密か、気配遮断か、それに類する何らかのスキルを有している。
その人物は、音もなく、目的の車両に達した。
這い寄る影、さながらに、するりとドアをすり抜け、車両に入り込んだ。
そして、天井にヤモリのように貼りついた。
廊下に誰も人影がない。天井から声を出す。
「お客様、緊急事態です。避難をお願いします」
その人物は、ドアの上に貼り付いている。
謎の人物の声は、男の声だった。
天井から手を伸ばし、ドアをノックする。
「緊急事態です! お客様、避難の準備を!」
部屋の中から怒鳴り声。
「避難だと! この夜中に、おい。聞いてこい」
天井でじっと潜む不審人物。
床をこする足音がして、客室の扉が横に開いた。
ドアから顔を出したのは、ひょろ長い男だった。
ひょろ長い男が、ドアを開けると、廊下には誰もいない。
変だなと表情に出る。
クロガネ達に難癖をつけた公爵と一緒にいた従者。
この部屋はフォンハイゼン公爵の部屋だった。
次の瞬間、ひょろ長い男の首に、細い紐が巻きつけられ、上に吊るされた。
「!!!」
ぐうという声も出せず、バタつく手足。体が天井に持ち上げられていく。
そして沈黙・・・・。
それからしばらく。沈黙が続く。
1分間、それより短いか。
ほんのそれくらいだったが、あまりにも不自然な沈黙に、公爵が慌てだした。
「おい、どうした。ピーター。何があったのだ。キャサリン。お前、見てこい」
部屋の中。ベッドの中で寝そべったままの公爵から、ドアは見えない。
メイドのキャサリンが、仕事を押し付けられた。
ベッドから首を出して、ドアを覗き込むキャサリン。
次の瞬間。
袋を顔に被せられ、一瞬で首の骨を折られた。
鈍いゴギという音がしたが、布団の衣擦れの音の方が大きい。
外の音が微かに聞こえるが、部屋の中は、沈黙。
「おい、キャサリン、キャサリン、返事をしろ!!」
此の期に及んで、威圧的な態度の公爵に対して、もちろん返事はない。
ベッドからそろそろと飛び起き「おい、聞いているのか!」と叫んだ。
布団を剥ぎ取ると、後ろ向きに腰を抜かした。
「ひいいい」
首がねじれ、舌がだらりと垂れたメイド・キャサリンの死体。
公爵は、尻もちをつきながら後ろに下がる。
公爵フォンハイゼンは腹ばいになり、何とか部屋を出ようと、もがく。
「ヒ、ヒ、た、助け・・・たす・・」
公爵の首に音もなく、ナイフの刃が当てられ。
公爵は目を見開いて、そして。
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今度は俺も気づいた。
魔族かどうか、微妙な気配。動物とは違う。
隠密のスキルだろうか。
列車の外に意識を集中させていたからわかった微かな気配。
停車した列車の下を、何者かが走っている。
「刺客か・・・やはり、本命はこちらか。警戒しろ」
スケルトが言った。
気配は、俺たちの車両の下を通り過ぎ、先頭の方へ向かった。
「列車に侵入されるぞ。どうする」
俺が聞くと、スケルトは首を振った。
「・・・逆に聞くが、行ってどうする? 目立つぞ。貴様らは隠密任務の最中。助ける義理もない。万一こちらを狙うなら、好都合、返り討ちにすれば良い」
スケルトは無情に言い放つ。確かに俺たちは追われる身。
だが、魔族の破壊工作を見過ごすわけにもいかない。
「そんなこと言ってる場合かよ。誰かが狙われてる。救える命があるんだ。追おう」
身バレしたらその時はその時、逃げりゃいい。
俺は言うか否や、部屋を飛び出し、先頭車両方向へ走る。
勝手にすることにした。
「一人にさせるわけにはいかん」
スケルトが追いついてきた。
列車の電気は消えており、窓から照らされるスポットライトの光が、窓から差し込み、車内を照らす。
廊下には人はほとんどいなかった。途中、一般客車では、人々が不安そうに肩を寄せ合って怯えていた。
―――緊急事態です。襲撃を受けています。お客様は自室にて待機し、外へ出ないでください―――
車内アナウンスが繰り返し流れる。
廊下を進むと、連結部分で、乗務員に止められた。
「お客様、緊急事態です。お席にお戻りください」
立ちふさがる乗務員の前に、スケルトが顔を寄せる。
「侵入者がいる。排除せねば、何をされるかわからんぞ。俺たちは冒険者だ。加勢する」
スケルトが言い、冒険者証を見せる。金色のプレート。初めて見た。
「A級の方! すいません。助かります。お気をつけて」
乗務員は目の色を変えて、さっと道を譲った。
スケルト。A級冒険者なのか・・・。
只者ではないとおもったが。
気配を頼りに列車内を走る。
車両をいくつか過ぎ、「ここより貸切。侵入禁止」と書かれた車両の扉まで来た。
A級客室と書かれている。
気配は近い。
「何人か被害が出ている、急ぐぞ」
スケルトがドアを開けた。
長く続く車両の廊下。左手に客室が3つ。違和感を覚えて見上げると、真ん中の客室のドアの上。
天井に何かが見えた。
天井に張り付いた瘤のようなそれは、黒い塊だが、よく見れば手足がある。折れ曲がっているが。
天井にテグスのような糸か何かで、括り付けられていた。
スケルトが指を手に当て、黙るように促す。
この仕草は異世界でも共通のようだ。
ドアの前。スケルトが大剣を構える。
「そこまでだ。魔族の工作員。逃さん」
スケルトが部屋に踏み入った。
ドアから覗くと、倒れる男に馬乗りになって首筋にナイフを当てる黒ずくめの人物が居た。
倒れる男の首からは大量の血が吹き出ていて、もはや手遅れなのは間違いない。
遅かったか・・・。
黒ずくめの人物は、予備動作もなく跳躍し、天井に張り付いた。気づかれたことに驚くでもなく、真っ黒な瞳でこちらを見返している。顔に黒いターバンのようなもので覆面をしており、顔は判別しない。隙間から覗く目だけが大きく鈍く輝いていた。
床の上で倒れている人物。
最初はよく分からなかったが、誰か分かった。
夕方、俺たちに絡んできた貴族。フォンハイゼンとかいう男だ。
スケルトが構える視線の先。天井で、黒づくめの人物が小刻みに揺れている。
どうやって貼り付いているのか、スキルだろうか。
天井に張り付く暗殺者の手足は長く、まるで蜘蛛のような姿勢だった。痩せている。
枝のような手足。
部屋の角で、スケルトを警戒している。逃げ道を探っているようだ。
「ここは某に任せよ。得意な相手だ」
スケルトは腕が立つ。
ぽっくんはそう言い切った。
次の瞬間、壁に張り付いていた人物が、突然、落ちた。
動じることなく、体勢を立て直し、ナイフを構えて突進してくるが。
足がもつれてコケた。
スケルトが一体何をしたのか、皆目分からない。
暗殺者が勝手に転んだように見えるが・・・。
スケルトの能力がそうさせたのだろう。
「某は、こういうスキル任せのやつとは、相性が良い」
スケルトが距離を詰め、ナイフを持つ手を抑えた。
「ガーネ。縛れ」
俺は、何が起こっているのか分からぬまま。言われた通りに手伝う。
鉄を錬成し、ロープ状に伸ばし、暗殺者を拘束する。
錬成した鉄を、ニュルニュルと蛇のように動かした。
暗殺者を締め付け、固める。
床に這いつくばり、ジタバタともがく暗殺者。
自分が殺した男の血で全身血まみれになる。
それにしても。やけに余裕すぎる。
スケルトが強いのか。判断がつかない。拍子抜けだ。
暴れる黒ずくめの暗殺者を見下ろしスケルトが冷徹な声で言った。
「さて、この魔族をどうするか」
さてとか言いつつ、殺す気満々だろ? スケルトよ。
スケルトが暗殺者の顔の布を剥がした。
すると、魔族かと思っていたその人物は、
「女!?」
黒髪の女だった。
「ヒカリちゃん!!!!」
背後にいた田中が叫んだ。
いつの間にか付いてきていたようだ。
え? なに?
薄暗い車室。スポットライトの光。
女の整った顔が、はっきりと映し出される。
田中は、これまで見たことのない速さで俺の横を過ぎ、スケルトを引き剥がすと、女暗殺者を庇うように抱きしめた。
田中が毅然とした顔で、スケルトを睨む。
「彼女は俺が守る!」
え? 知り合い?
意味不明の事態に俺は目が点になった。




