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東洋の青玉4*

 武器とは、これまた物騒なものが出土したものだ。


 マキ人の『温厚で争いを好まない』というイメージとは、真逆のものが出てきたな。

 これは歴史を塗り替える発見だ。しかし、


「その出土した武器は、本当にマキ人が使用していたものなのでしょうか」

「というと?」

「もしかすると、マキ人が侵略を受けた際、本土の兵士が置いていったものだという可能性もあるかと思いまして」


 伯爵の言い方だとこの線はないとは思うのだが、念のため聞いてみた。

 案の定、伯爵の返答は、


「マキ人のもので間違いない。

 本土の侵略を受ける前の時代の地層から出土したそうだし、武器の形状も本土では見られないものだったそうだ。

 血痕も付いていて、刃こぼれもあったらしいから、神事や飾りで使われていたものではないだろうな」


 マキ人にとっては残念なことに、私の予想は当たってしまった。


「ということは」

「どのような場面で使われていたものかは、まだわかっていないが、平和的な使われ方ではないだろうな。

 マキ人やドナーク島の歴史が変わるかもしれない発見だ。しかし、それよりも問題なのは」


 伯爵はあと一本になった干しモイヤーに伸ばしかけた手を止めた。

 最後の一本だから食べていいぞ、と私に譲ってくださった後に発した声は、まさに苦虫を噛み潰した直後のような声色だった。


「武器が出土したことを、なかったことにしようとしている輩がいることだ」


 つまりそれは、


「せっかく出てきた貴重な歴史の遺物を、抹殺しようとしている不届き者がいるということですか」

「ああ」

「研究者の風上にも置けませんね」


 他人がどう考えるかは知らないが、少なくとも私はそう思った。

 どのような遺物であれ、それを直視せずに正しい歴史を紡げるはずがない。

 もしもそのようなことがまかり通ってしまえば、歴史は改竄され放題になってしまうではないか。


 大げさかもしれないが、大地が長年大事にお取り置きしてくれた逸品を、自分たちの好みに合わないからといって放棄するなど、神をも恐れぬ所業だとすら感じてしまう。


「一体誰がそのような大それた事を」

「あなたの意見も聞きたい。少し考えてみてくれ」


 憤る私に伯爵は課題を突き付けると、棒付き飴を手に取った。

 この年代の男性が、棒付き飴を舐める姿を見るのは初めてだ。そのちぐはぐ感に、多少なりとも心が和まされなければ、冷静に頭を働かせられなかったかもしれない。


 私は最後の干しモイヤーをかじりながら考えを巡らせた。


 マキ人にとって武器を使用していたという新事実は、決してありがたいものではないだろう。

 だが、現在マキ人は混血が進んでおり、純血のマキ人は殆ど残っていない。


 こういう言い方は差し障りがあるかもしれないが、いにしえのご先祖様が武器を使って争いをしていたとしても、そこまで事実を受け入れられないものだろうか?


 もっとも、当事者でなければわからない部分もあるだろう。

 仮に私がマキ人の末裔で、ご先祖様が非暴力の平和主義を貫いていたことを誇りに思っていたとしたら、この新事実を受け入れられずに隠したいと考えるかもしれないが。


 そして、そもそもの話として、気になることもある。私はそちらの方から伯爵に聞いてみることにした。


「閣下」

「なんだ」

「調査班の中にマキ人の人はいるのですか?」

「いないと思う。本土のレオンドン大学から派遣されたチームだ。

 あの大学に離島地域から誰か入学したなどという話は、聞いたことがないしな」


 やはりそうか。


「どうした、気になることでもあるのか」


 伯爵の視線が真剣なものになった。

 私は自身の考えを述べることにした。


 こんな言い方をすると、マキ人の末裔の皆さんには申し訳ないのだが、そもそも本土の人間にとって、昔のマキ人がどのような気性だったかは、あまり問題にならないはずだ。


 まして、自分たちが侵略する以前なら尚更のこと。

 かつてのマキ人が、どれだけ優しくてもどれほど残虐であっても、結果として穏便に支配下に入れることができたのだから。

 従って、本土の人間にとって今回の発見は、『マキ人の知られざる一面が判明した』程度の話でしかない。


 そのはずなのに、なぜわざわざ隠そうとするのか。調査班の中にマキ人がいないのであれば、なおさらだ。必要性がない。この一言に尽きる。


 このような趣旨の事を述べると伯爵は、


「そうなんだよな、私も同じことを考えていた」


 とおっしゃって言葉を繋いだ。


「ここまでの話を、以前アリスから聞いたんだ。彼女も私たちと同じことを疑問に思っていてね、それで先日ドナーク島に行ったんだ。

 だから、きっと新たな情報を得てきていると思う」


 伯爵は咥えていた棒付き飴の棒を勢いよく引いた。

 がりっという威勢のいい音の後に見せた姿は、飴本体と完全に分離独立したものになっていた。


 マキ人の遺跡……というより遺跡を調査している人々の中に、このような問題があるとは思わなかった。

 広大な遺跡から歴史のロマンだけを感じられればよかったのだが、そうはいかなさそうだ。


 一体誰が、どのような目的で、武器の発見を隠そうとしているのだろう。

 この事がアリスさんや伯爵に知られている時点で、調査班も一枚岩でないのだろう。

 調査班の中に事実の隠蔽を好ましく思っていない人もいるからこそ、こんな情報が外部に漏れているのだ。


「純粋に遺跡を楽しみたかったですね」

「そうだな。発掘されたものから歴史を知る、ただそれだけでよかったんだがな」


 過去のものが残っているだけでも奇跡なのに、なぜそれを抹消しようとするのか。

 過去のマキ人が武器を使っていたからといって、今の末裔の人々が血気盛んな訳ではない。そんなことくらい誰でも理解できるはずだ。

 更に、本土の人々にとっては隠す必要もない事のはずなのに、なぜ隠す必要があるのだろう。私の頭では理解できないことだらけだ。


「明日、しっかりアリスさんに聞いておきます」

「ああ、頼んだぞ」


 という感じで、マキ人の遺跡の話はひと段落着いた。




 伯爵と私は、その後しばらく雑談をしていたが、大皿の菓子類が空になったところで、打ち合わせはお開きとなった。


 その後自室に戻り、湯浴みのため浴場へ向かっていると、カイラさんに会った。

 この上屋敷の侍女頭は、私を目に留めるなり駆け寄ってくると、昼間通された作業部屋へ再び私を連行した。いわく、


「ドレスのデザインが仲間からあがってまいりましたので、是非ご覧いただけたらと思いまして」

「は、早いですね」

「はい、お任せくださいませ! 我らアーネル縫製団、仕事の質もさることながら、速さも自慢の一つでございます」


 とのことで、部屋の中央にある作業台には、結構な数のドレスの図案が並べられていた。


「どちらのドレスがよろしいでしょうか? じっくりご覧くださいませ」


 カイラさんは非常に誇らしげだった。

 それもそのはず、どの図案も私の希望を充分に叶えてくれるものだった。

 カイラさんが所属するアーネル縫製団は、お針子だけでなくデザイナーも精鋭ぞろいのようだ。


 図案の絵柄を見るに、四人のデザイナーが私の衣装を考えてくれたようだ。

 どのデザイナーの図案にも素晴らしいところがあり、目移りしてしまうが、


「この短時間にこれだけの図案を……本当にありがとうございます。どちらも素敵なドレスですね」

「恐れ入ります」


 フェステルスター伯爵夫人のコステなんとかに仕事を取られたのは、お針子だけではなかった。工房に所属しているデザイナーも暇を持て余していたのだ。

 だから、これほど早く、しかも多くの図案を練ることができたのだろう。


 私は多くの図案の中から一枚を手に取った。


「ドレスの形自体は、この図案のものが特に素敵だと思ったのですが」

「そうですか、ありがとうございます」

「袖の部分はこの図案の型がよいとも思いますし、背中のリボンはこちらの図案のような、軽い生地のものもよいのかと思うのですが……素人考えで恐縮ですが、いかがなものでしょうか」


 押しつけがましくならないよう注意しながら、机に置かれた他の図案も指し示して希望を伝えてみた。


「ご提案ありがとうございます。はい、袖もおリボンも、この型や生地に変更してもよろしいかと存じます」


 カイラさんは私が指した図案に印や文字を書き加えていった。


「それから、小物や靴は、こちらの図案のものが、シンプルで足も疲れなさそうで好みなのですが……このドレスの形に合うでしょうか?」

「そうですね、エリーさまほどの背丈がおありでしたら、高いヒールの靴を履かれなくともよいかと思います。ヘッドドレスやハンドバッグも、こちらのドレスとよく合うでしょう。

 ただ、この靴の形はドレスとは相反する意匠になりますので、一緒に身に付けますと違和感があるかもしれません」

「そうですか……」


 今の私の表情は、あの無遠慮善人面からすれば、餌にありつけなかった熊に例えられるようなものになっているだろう。


 普段から私は、先の尖った靴や踵の高い靴を履いていない。

 なぜなら、非常に足が痛くなり疲れるからだ。

 王宮にいた時分も、自室にいる時は侍女たちと同じ仕事用の靴を履いていたし、王立女子学院や大学に行く時さえ、その靴を愛用していた。

 この靴がまた、こまめに動き回る侍女が愛用しているだけあって、動きやすくてへたれにくく、非常に履き心地がよかった。

 だから、その靴と同じような爪先が丸い形の靴を履きたかったのだ。


 確かにかわいいとは逆の方向性のドレスに、先の丸い靴はあまり合わせないのは理解できる。踵が低いだけでも、ありがたいと思わなくてはなるまい。


 しょぼくれた熊のようになっているに違いない私に、カイラさんは、


「ご安心ください。今、足の疲れにくいドレス用の靴が開発されているのです。知り合いの靴屋に聞いてみます!」


 なんとも素晴らしい提案をしてくださった。


「ああありがとうございます!」

「いえいえ、お客様のご要望にお応えするのが、わたくしどもの仕事ですから」


 カイラさんの笑顔を見ると、ここまでして用意してもらうドレスや小物たちを使わない可能性があることが、改めて申し訳なくなってくる。


 いや、自分で舞踏会に出席してやってもよいとは言ったものの、それもじいに頼まれてのことだし、ここまで申し訳なく思わなくてもよいのかもしれないが、これが貧乏性というのだろうか。どうしてももったいないと考えてしまう。


「エリーさま」

「は、はい」

「どうなさいましたか?」

「いえ、その、申し訳ないと思って」


 カイラさんの心配するような声に、つい本音を漏らしてしまった。


「ハンスさんからの書簡でご存知かと思いますが、ここまでしていただいているのに、作っていただくドレスを着る機会がないかもしれないと思うと、申し訳ないと思って……

 もっとも、私なんかよりもよいお相手が伯爵に見つかれば、そちらの方がよいだろうとは思うのですが」


 こういった愚痴なら淀みなく話せるのが、自分でも腹立たしい。


 カイラさんは私のぼやきをどう捉えたのだろう。

 それはわからなかったが、次の台詞は私の心臓を凍りつかせた。


「ご心配には及びません、エリーさま。エリーさまは必ず舞踏会にご出席なさいます」

「いやあのそれはそれで困」

「恐れながら」


 しどろもどろになっている私に、カイラさんはテーブルの向こう側からずずいっと顔を寄せてきた。


「あのお館さまですよ? あと三日でお相手を見つけられるとお思いですか?」

「そ、それはもちろん」


 見つけてきてもらわねば困るのだが、


「ありえません、カシルダの海の女神に誓ってありえません」


 上屋敷の侍女にまでこの言われようとは、どれだけ女性と縁のない生活を送っているのだあの健康的善人面は。


 そして、上屋敷に到着時から感じていた違和感が改めて顕著になった。

 カイラさんはじめ上屋敷の人々は、なぜ私に親しく接してくれるのだろう。


 全員がカシルダ出身者なら、私の地毛の色に怯えないこともわかるが、本土で雇われている使用人も少なからずいるはずだ。

 にも関わらず、私の来訪に顔をしかめた人は誰一人いなかった。

 昼食時にも私に声をかけてくれたり、なにくれとなく世話を焼いてくれた。


「ブランフォード男爵夫人が舞踏会に出席できないと聞いたときは、どうなることかと思いましたが、エリーさまがいらしてくださって本当によかったです。ありがとうございます」

「いえ、それはその」


 私の心情をよそに、カイラさんは話し続けたが、


「お館さまも、例年よりは少しお元気そうにお見受けしますし」


 少しどころか、かなりひっかかる発言をした。


 例年よりお元気そう、とは?

 元気印というか元気が二足歩行しているようなあやつが、この上屋敷ではお元気でないということか?

 一体どういうことだ。


「例年はお元気ではないのですか?」


 そういう意味も込めて訊ねると、カイラさんは心配と不安が混じったような表情になって、応えるのをためらっていたが、腹を括ったのか正直に語ることにしたようだった。


「恐れながら、エリーさまには正直申し上げますと、こちらにご滞在の時は、あまりお元気ではなさそうなのです。カシルダでお目にかかった時は、あんなにお元気でいらしたのに」


 何をやっているんだあの能天気善人面は。

 使用人に不機嫌な姿を見せるなど、醜態を晒しおって。


「そうだったのですね……こちらにおみえになる時は、領主会談の準備でお疲れが溜まっていらっしゃるのかもしれません。滞在中も難しい議題の多い会議が続くと聞いていますし、頭を悩ませておられるのかもしれません」


 奴がお元気でない理由があるとしたら、この一点に尽きる。

 なぜ私が奴の擁護をしなくてはならならいのか。

 不愉快極まりないが、これも書生の給金の範囲内ということにしておいてやる。


 カイラさんは改めて私をじっと見つめると、何かをひらめいたかのように顔をほころばせた。そして、とんでもない一言を発したのである。


「そうですね。となると今年はやはり、妙齢の王女殿下と舞踏会に行けるのが、相当お館さまの活力になっていらっしゃるのでしょうね!」


 瞬間、私の全身に悪寒がほとばしった。


 誰が誰の活力になっているだと!?

 これはなんとしても訂正しなくてはならない。


「いやそれは絶対にありません」

「ブランフォード男爵夫人も素晴らしいお方でいらっしゃいますが、やはりお若い淑女の方がお話も合うでしょうし、踊っていても体力が釣り合うでしょうしねえ。

 なにより、これほど美しいお方と踊れるなんて! しかも王女殿下と! お館さまは本当に幸せ者でいらっしゃいます!」


 カイラさんのこの能天気発言でわかったことがある。

 この上屋敷の使用人には、カシルダ人しかいないのに違いない。


 私に好意的なのはありがたいと言うべきなのだろうが、少しは王都で発行されている新聞などを見て、わが国の標準常識を頭に入れておいた方がいいと思う。


 しかし、そういう話をし出すと果てしなく長くなりそうだし、第一私には伯爵の使用人に教育的指導を施す権限はない。


 愛想笑いと「いえいえ」「そんなことは」などという曖昧言葉でごまかしつつ、『お館さまが私と踊れることを非常に喜んでいる』という誤解をどうにか解いて、カイラさんの作業部屋をおいとましたのは、小一時間も経った後のことだった。




 まだ領主会談も始まっていないというのに、この疲労ぶりはどういうことだろう。

 領主会談が始まれば、伯爵の愚痴と打ち合わせが更に増え、新聞記者のアリスさんとも接することになる。疲労が増える要素しかないというのに。

 まして万が一、舞踏会に出席するとなれば……そう考えると悪寒が止まらなかった。


 というわけでこの日は、この後入った湯船の恩恵を全く受けることができなかった。

2024.7.1一部訂正しました。

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