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藤の迷宮  作者: 緋月
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瑠奈と葛城藤

 十二月になっても瑠奈は体調がいい日が続いていた。瑠奈は周囲の心配をよそに学校にも通い始めた。期末試験前で部活動の休止期間に入ると、凌は毎日瑠奈を家まで送ることにした。

 「凌君、期末試験まであと一週間ね。ずいぶん休んじゃったから頑張らなくちゃ。結構範囲広いし・・・。」

 「瑠奈、大丈夫なのか?」 

 「え?なにが?」

 「いや、だって、お母さんたちも心配してるんじゃないか?無理してないかって。」

 「そりゃそうだけど、試験を欠席したら留年しちゃうじゃない。そしたら、凌や優里たちと一緒に居られなくなっちゃうもん。大丈夫、無理はしないから。赤点を取らない程度にゆるーく頑張ってるから。」

 「そうか、ならいいけど・・・。」

 凌は瑠奈への不安を持て余しながら、駅に向かって歩いていると、交差点の手前で、優里が待っていて、声を掛けてきた。

 「凌君、瑠奈、待ってたのよ。」

 「優里、どしたの?何か用?」

 「なにか用って、あの二人が瑠奈に頼みがあるんだって。わかるでしょ?」

 優里が振り向いた先には少しバツが悪そうな表情の潤と拓也が立っていた。

 「ははん、あいつらまた瑠奈に試験のヤマを掛けてもらおうとしてるな?」

 「ご名答。さすが凌、よくわかってるじゃん。そこのカフェでどう?」

 「瑠奈はダメだよ。無理すると体に障るし、人ごみに長くいて風邪でも引いたら大変だから。」

 「そんな冷たいこと言わないで、頼むよ。」

 「凌君、ここのところ体調いいし、少しなら大丈夫よ。私も優里と少しおしゃべりしたいし、いいでしょ?」

 「わかったよ。」

 凌は渋い顔で承諾したが、優里たちの配慮がよく伝わって来て胸が熱くなった。

 優里たちは瑠奈の病気の事を知ってからも今までと変わらず接してくれている。何も知らないふりを続けながら、瑠奈を見守ってくれているのだ。

駅前のカフェの一番奥のテーブルに陣取った潤と拓也は次々と主要五科目のヤマを瑠奈からききだし、その傍らで瑠奈は優里とガールズトークに花を咲かせ、時はあっという間に過ぎ、凌と瑠奈がカフェを出たのはすっかり日が暮れていた。

 「瑠奈、寒くないか?遅くなっちゃったな。家に連絡しなくて大丈夫か?」

 「うん、寒くないよ。家にはさっきメールした。でも、久しぶりに楽しかった。」

 笑顔でそっと言った。

 「瑠奈、明日も少し寄り道して勉強していくか?」

 「え?いいの?」

 「ああ、学校と家と病院だけしか行くところがないのはつまんないだろ?図書館くらいならいいだろ。優里たちにも声かけてみんなで一緒にいよう。」

 「うん、うん。それがいい。」

 それから試験が始まるまでの数日、瑠奈は凌や優里たちと今までと変わらぬ高校二年生の時間を過ごした。

 期末試験の初日、瑠奈は久しぶりに葛城藤の処で凌を待っていた。瑠奈はベンチに座り、下から藤棚を見上げ、複雑に絡み合う蔓をひとしきり眺めてから、グラウンドに視線を下ろした。

「誰もいないと広くて静かだけど葛城藤はいつもここにあるのね。暑くても寒くてもにぎやかな時も静かな時もずっとここからいろんなことを見て来たのね。あなたはいつからここにいて何を見て来たの?」

 瑠奈は藤の幹を撫でながら目を閉じて、葛城藤が見て来ただろう長い時に想いを馳せ、瑠奈は大きく深呼吸をすると、優しく葛城藤に語りかけた。

「きっと私がしてることも知ってるよね。あなたが手伝ってくれたんじゃないかって思い始めてる。だって、私のリピートはいつもここからはじまるんだもん。でも、今回が最後にするから・・・だから、お願い、もう少し見守っていてね。もう、ここには来られないから今日はお別れを言いに来たの。これからもここで葛城高校を見守ってね。」

 瑠奈は藤棚を見上げた。涙が一筋落ちた。

 すると、凌の声が聞こえた。

「瑠奈、お待たせ。さあ、帰ろう。」

 瑠奈は慌てて涙を拭いた。

「ちょっと待って。」

「どうした?具合悪いのか?」

「ううん。もうちょっとここにいたい。凌も座って。」

 凌は頷いて、腰を下ろした。

「凌と逢ったのはここだったね。覚えている?」

「ああ、覚えてるさ。見事な藤の花の中から瑠奈が出てきた。」

「この藤は本当にきれいだものね。ねえ、凌、藤の木って二種類あるのを知ってる?」

 凌は首を横に振った。

「藤にはね、ノダ藤とヤマ藤があるの。花も葉も少しずつ違うんだけど、ちょっと見ただけじゃわからない。でもね、決定的に違うことがあるの」

凌が首をかしげて瑠奈を見ると、瑠奈は言葉を続けた。

「ノダ藤は蔓が上から見て時計巻、ヤマ藤反時計巻きなの。この藤棚は両側から立ち上がる三本の木からできているんだけど、ほら、こっち側は二本が絡み合ってるでしょ?この二本の木の一本はノダ藤、もう一本はヤマ藤なの。見て、木の巻き方が反対でしょ?」

「本当だ。巻き方が違う。瑠奈よく知ってるな。」

「ええ、もうずっと長い間貴方をここで見てたから・・・。」

「ずっと?」

「ええ、この葛城藤はいつからここにあるのかは知らないけれど、この二本は巻き方の違う蔓が根元から絡み合って一本の木のようになっている。時計巻と反時計巻が絡み合って一本になってる。お互いを打ち消し合うかのように。相反する巻き方だけど融合している。時の流れにあらがうかのようにね。」

確かに、根元の方は太い幹になった蔓が食い込むようにして絡み合って一本の木のようになっている。

「もう一度、葛城藤の花、見たいなあ。」

瑠奈の言葉に凌は胸を締め付けられた。凌が瑠奈に掛ける言葉を探していると、瑠奈がくるりと凌の方を向いて笑顔で言った。

「もういいわ。凌君、いつものように送ってくれる?」

凌は頷いてためらうことなく瑠奈の手を取りクリスマスに彩られた商店街を抜けて駅へ向かった。途中、瑠奈が呟いた。

「ずっとこうやっていたいな。こうやって毎日凌君や優里たちと一緒の時間が永遠につづくといいな。」

「俺もそうあってほしいよ。」

凌は心からそう思った。

「本当にそう思う?」

「ああ、瑠奈と一緒にいられるなら、それでいい。」

瑠奈は戸惑いの表情を浮かべた。

そして、いつものように瑠奈の家の手前の公園で二人は別れた。

「凌君、ありがとう。じゃ、また明日ね。」

「うん。明日は瑠奈の得意な英語だな。無理しないで、早く寝ろよ。」

「わかってるって。凌君こそ気を付けて帰ってね。ありがとう。」

二人は繋いでいた手を一度解いてから、掌を合わせるように再びギュッと握りなおしてから手を放し、手を振り合って別れた。瑠奈は凌の姿が見えなくなるまで見送ってから家にむかった。

 凌が瑠奈と肩を並べて歩くのはこの時が最後だった。

 次の日の朝、瑠奈は突然意識を失って倒れ、病院に運ばれた。試験を終えた凌が駆けつけた時もまだ眠ったままだった。瑠奈の寝顔はとても穏やかで、呼べばすぐにも目を覚ましそうだった。

「凌君、まだ試験中でしょ?来てくれたてありがとう。まだ、起きないのよ。先生が言うには、急に腫瘍が大きくなった可能性があるんですって。最悪はもう意識が戻ることはないかもって。クリスマスとお正月は元気で過ごせると思っていたけど・・・。意識が戻ったら連絡入れるから、凌君は期末試験、頑張って。」

 

 試験が終わっても連絡がないので、しびれを切らした凌は病院を訪ねた。瑠奈は変わらず穏やかな寝息を立てて眠っている。

 「瑠奈、小さいけどツリーを持ってきたんだ。オーナメントも買ってきた。二人で飾りつけしようと思って・・・。」

 凌は包みを開け、小さなツリーにオーナメントを飾りつけると、床頭台のダッフィーの隣に置いて、瑠奈の寝顔を見つめて、

 「瑠奈、起きてくれ。まだ、君に話したいことがたくさんあるし、君の話ももっと聞きたい」

 と、呟いた。その時、瑠奈の母親が入って来て凌に声を掛けた。

 「あら、凌君、来てくれたの。ツリー持って来てくれたんだ。可愛らしいわね。瑠奈の好きなディズニーキャラクターのオーナメントばかりね。」

 「はい。ディズニーランドに行ったときは本当に楽しそうでしたから・・・。」

 「まだ、目覚めなくてね。でも、陽射しが当たると眩しそうにしたり、手足を動かしたりするのよ。目を覚ますかもしれないって思うの。」

 「ええ、僕もそう思ってます。目覚めたら連絡下さい。何時でも来ますから。じゃあ、今日はこれで帰ります。」

 「わかったわ。あ、凌君、ツリーをありがとう。」


 数日後、瑠奈が意識を取り戻したとの連絡に凌は病院に駆け付けた。病室の外の廊下まで瑠奈のコロコロとした笑い声が聞こえる。凌が病室に入ると、何事もなかったかのように今までと変わらぬ瑠奈がベッドの上で毛布にくるまって笑っていた。凌が近づくと、

 「じゃあ、瑠奈ちゃん、あまりはしゃいじゃダメよ。」

 そう言い残して、看護師が出て行った。

 「瑠奈。」

 「凌君。」

 二人は同時に言った。

 「凌君、ツリーありがと。とってもかわいい。素敵なクリスマスプレゼントね。」

 「え?それはクリスマスプレゼントじゃないよ。」

 「え?」

 「だって、今日がクリスマスイブじゃないか、プレゼントはこれだよ。」

 そう言って凌は瑠奈の前にリボンのついた箱を差し出した。」

 「え?なに?」

 「僕からのクリスマスプレゼントだ。」

 「ほんとに?ありがとう。」

 「凌君、じゃあ、私も。」

 瑠奈は枕元の紙袋を凌に渡した。凌が紙袋の中を覗き込むと中身はオフホワイトのマフラーだった。

 「もしかして、マフラー?しかも手編み?」

 凌が、引っ張り出すと、編み棒と毛糸玉がくっついてきた。

 恨めしそうな顔をして瑠奈が言った。

「ごめんなさい。間に合わなかったの。あと、二玉、編んだら出来上がるわ。ちゃんと完成させるからね。」

 「わかった。待ってるよ。」

 「うん。凌のプレゼント、開けてもいい?」凌が頷くと同時に大原医師が入ってきた。

 「瑠奈ちゃん、すっかりいつも通りだね。ちょっと検査をしたいんだけどいいかな?」

 「あ、じゃあ、瑠奈、今日は帰るよ。明日また来るよ。」

 「うん。待ってる。プレゼント、ありがとう。」

 凌は病室を出て、呟いた。

 「待っててくれよ。待ってて・・・。」

 凌が家に帰り着く頃、瑠奈からメールが届いた。

 「凌、素敵なクリスマスプレゼント、ホントにホントにありがと。」

 メールには凌が贈ったガラスの靴を胸元に抱え込んで微笑む瑠奈の自撮り画像が添付されていた。


 それから、瑠奈は目覚めと昏睡を繰り返して病院で年を越した。凌は、サッカ―部を休部し、放課後や休みの日は殆ど毎を瑠奈の処で過ごした。

 ある日、凌が瑠奈の脇で本を読んでいると、大原医師が部屋に入ってきた。

 「凌君だったね。毎日来てるんだね。勉強かい?」

 「ええ、来年は大学受験ですから。」

 「そうか。大変だね。瑠奈ちゃんも君と同じように大学に行きたいんだろうな。受験勉強も一緒に。」

 「ええ、きっとそうだと思います。元気ならとっくに女子大生です。」

 「そうだったね。でも、だとすれば、君に会えなかったんじゃないか?」

 「そうかもしれませんね。でも、きっと僕と瑠奈はどこかで会うはずです。過去か未来かはわかりませんが・・・。」

 「そうか、そんな風に言えるなんて羨ましいな。」

 大原医師は照れくさそうな笑みを浮かべた。

 「凌君、勉強も大事だが、こうやって瑠奈ちゃんの傍にいるなら、出来るだけたくさん話しかけてあげてほしい。瑠奈ちゃんは深い眠りの中にいる。それでもね、周りの音は聞こえているんだ。今、僕と君が話していることも聞こえているんだ。返事はしてくれないけれど、君が語り掛けてあげることはちゃんと聞こえているし、届いている。たくさん話してあげてほしい。」

 大原医師は凌にそう言うと部屋を出て行った。

 それからの凌は、瑠奈にその日あったことや二人の思い出や将来の事など多くを語った。時には優里や潤達も来て部室さながらの盛り上がりで過ごすこともあった。

大原医師の言葉通り、瑠奈はすべてではないが、眠っている時に聞いたことを目覚めた時に断片的に話題にすることがあった。それを知って凌は、さらに瑠奈にいろんなことを話して聞かせた。


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