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藤の迷宮  作者: 緋月
1/9

凌と瑠奈

 「凌と瑠奈」


 凌は二分程遅れて待ち合わせ場所に着いた。

きょろきょろと周囲を見回して瑠奈の姿を捜していると、

「凌、こっちこっち。」

と、雑踏の中から聞き馴染みのある声が聞こえた。その方向に視線を向けると、ぴょんぴょんと小さくジャンプをしながら手を振っている瑠奈の顔が人ごみの中からちらちらと見え隠れしている。凌は胸がきゅんと締め付けられるのを感じながら、人の波をすり抜けて瑠奈の処へ急いだ。

「ごめん。」

 凌は顔の前で両手を合わせてこくりと頭を下げた。

「何で謝るの?ちゃんと会えたし、遅刻の域じゃないわ。高木先生じゃないんだから。」

「高木?ああ生活指導の高木のことか、あいつ五分前でも校門締めちゃうらしいな。潤たちはよく捕まってるよ。あ、とにかくごめん。地下鉄の出口間違えちゃってさ。悪かった。」

「だからいいって言ってるじゃない。もうおしまい。」

「わかった。じゃあ、行こうか。」

「うん。はい、これ凌の分のチケット。」

「サンキュ。」

 二人は映画館に向かった。夏休みの午後の映画館は混雑していたが、二人はポップコーンとコーラを買うと指定の座席に座わり、ポップコーンを二人の間に置いた。館内が暗くなって映画が始まると、すぐに二人はスクリーンに夢中になった。瑠奈が見たがっていた恋愛ものだ。しばらくして、凌が、そっとポップコーンに手を伸ばすと、そこにあった冷たい瑠奈の手がふれた。凌はピクリとしてすり抜けようとする瑠奈の指先を反射的にギュッと掴んだ。瑠奈は手を止め、凌は一旦力を緩めると今度は瑠奈の手をしっかりと包み込むように握った。二人はスクリーンから目を放し、互いの顔を見合わせて、優しく微笑むとすぐまたスクリーンを見たが握られた手はどちらも放さなかった。映画の中盤になって、瑠奈が凌に顔を寄せて言った。

 「この階段のシーンね、右端に黒猫がいるのよ。胸元にほんのちょっとだけ白い毛がある黒猫なんだけどとっても可愛いの。」

 「フーン。」

 凌は公開されたばかりの映画のワンシーンの片隅にいる猫の事を知っている瑠奈の言葉に一瞬違和感を感じたが、すぐそばに感じる瑠奈の息遣いと手に伝わるぬくもりに舞い上がってしまいどうでもよくなった。確かにその後、主人公が恋人を追いかけて駆け上がる階段の隅には一瞬だが黒い猫が座っていた。

 映画を観終えると、二人は話題のカフェの期間限定のラテをテイクアウトして近くの公園のベンチに座り、今見て来たばかりの映画の事をとりとめもなく話した。

 「あのヒロイン、素敵だったね。長い髪をいろいろアレンジしててかわいかった。私の髪、早く伸びないかな。」

 瑠奈がやっと襟元まで伸びた髪を摘まみながら静かに言った。

 「えー。僕は今の髪型、瑠奈に合っていて好きだけどな。」

 さっきの映画のヒロインは背中まで伸びた髪をシーンによってアップにしたり、三つ編みにしたりしていた。瑠奈はロングヘアが好きで中学の時から伸ばした肩甲骨の下まで届く髪を母親の手を借りて毎日違う髪型にしていたが、二年前、ある理由で仕方なくショートヘアにしたと凌は聞いていた。

 「誰が何と言っても私はロングがいいの。もう絶対に切らない。また伸ばすんだもん。ロングヘアの私も見てみたいでしょ?」

 「はいはい。わかりました。」

 「あん、もう、どうでもいいって感じの返事ね。」

 「髪なんか長かろうが短かろうが、極端な話、瑠奈が坊主頭でも俺には関係ないからさ。」

 瑠奈は笑みを浮かべたが、凌には作り笑いのように映った。

 「買い物があるんじゃなかった?そろそろ行こう。明日は病院に行く日だろ?早めに送るよ。瑠奈の母さんが心配するから。」

 凌が立ち上がって歩きはじめると、後を追いかけるように立ち上がった瑠奈が

「えー。もうちょっと、ゆっくり・・・。」

 と、言いかけて、凌の腕にしがみついてきた。

 「どうした?」

 凌は瑠奈を支えて、今まで座っていたベンチに座らせた。

 「どうした?大丈夫か?」

 「うん。急に立ち上がったからよ。もう大丈夫。」

 そういう瑠奈の顔は真っ白だった。 

 「買い物はまた今度にしよう。お母さんに迎えに来てもらおうか?」

 瑠奈はうつろな目で首を横に振った。凌と一緒に居たいと言う瑠奈の気持ちを察した凌は、瑠奈の背中を撫でながら言った。

 「わかった。もう少し休もう、落ちついたら送っていくよ。」

 低い優しい凌の言葉に瑠奈は小さく頷いた。


 凌が瑠奈を送り届けたのはそれから二時間ほどが過ぎていた。母親に余計な心配を掛けたくないと言う瑠奈は家の前でピンク色のリップクリームを塗って、凌に顔色が悪くないかを聞いた。

 「さっきよりはよくなった。じゃあ、明日、病院が終わったら連絡するんだぞ。」

 そう言って凌は瑠奈の背中を軽く押した。

 「うん。わかった。今日は、ありがとう。」

 瑠奈は、そう言うといつものように明るく自宅の玄関の扉を開け、凌の方を振り返って小さく手を振ってから、家の中に向かって、

 「ただいまー。」

 と、声を掛けて元気に中に入って行った。

 凌は、玄関の扉が閉まるのを見届けると、一人で歩きだした。瑠奈の家は駅までは歩いて六、七分。途中、ブランコとベンチしかない小さな公園がある。凌はその公園のブランコに腰かけると、視線の先には沈んでいく夕陽とそのオレンジ色に染められたスカイツリーが遠くに見えた。

 「へえ、ここからスカイツリーがみえるんだ。初めて知った。そうか、いつもここを通る時は急いで帰るから気がつかなかったのか。きれいだな。」

 凌は刻々と変化する空とスカイツリーを見ながら、頭の中では瑠奈との出会いから今日までを思い返していた。



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