対照的な僕たち
どこへ行っても僕は一人。昼食は誰もいない屋上で食べていた。
本当は入ってはいけないけど、バレなければいいんだ。
空を見上げると雲がかかっていた。あれは何の形だろうと考えながら、卵焼きを口にいれる。
「んー、うさぎじゃない?」
急に声がするから驚いて横を向くと、彼女がいた。
「滝谷さん・・・・・・」
「私の名前知ってるんだ」
「同じクラスだし」
「てっきり興味ないのかと思ってた」
「ないよ」
「ふーん?」とにやける。僕はお弁当を食べ続けた。
「手作り?」
「そうだけど、何?」
「すごいね。私料理できないから羨ましいな」
僕の隣に座る。正直、関わりたくなかった。
彼女、滝谷春奈さんは学校中の人気者だ。先輩にも友達がいて、同級生にも慕われていて、おまけになんでもできる。兄さんみたいだ。だから関わりたくない。
「なんで人を避けるの?」
聞かないフリをする。この人と話していたって僕にメリットはない。
「ねっ、明日十二時に校門前ね」
「行かない」
大事な休みをなんでこの女に使わないといけないんだ。僕は家で勉強するんだ。
期末テストだって近い。中間テストでは思うような成績がとれなかった。学年一位をとれたはいいけど、もっと言い点数がとれたはずなんだ。次のテストのためにケアレスミスを減らさないと。
「来なかったら、学校であなたの勉強の邪魔しちゃうよ?」
彼女を見つめた後、ため息をついた。
勉強の邪魔はされたくないという欲望が強かった。
次の日、僕は約束通り一二時に校門前に来た。
「遅いな」
五分待っても来ない。もうこのまま帰ってしまおうか。
今日は日差しがよく当たる暑い日だ。熱中症にでもなったら僕の貴重な休みがなくなる。
「ごめん! お待たせ」
やっときた、と思ったら・・・・・・。
「行こう!」
僕の手を引いて走り始めた。
「ちょっ!」
乱暴なやつだ。
電車に揺られながら、目的地まで向かうがそれまでにはまだ時間があった。
「来てくれたんだね」
「僕の時間を邪魔されたくないんだよ」
「ふふっ、ありがとう」
「で、何の用?」
彼女は僕に近づく。
「海に行くから、その準備」
僕は嫌な予感がした。だからおそるおそる聞いたのだ。
「誰と?」
「あなたと」
嫌な予感は的中した。何を企んでいるのかわからない、僕のことをおとしめたいのか?
「なんで僕が。嫌だよ」
「そう?でも買い物には手伝ってよ」
せっかく休日のスケジュールを崩してまで外に出たんだ、従おう。
「はあ、早くつれてけよ」
「うん! 次だよ、次」
電車から降り改札ホームを抜ける。人が多かった。僕はこの駅に降りるのが初めてだった。
普段反対方向の駅しか使わないから、少し緊張していた。
「まぶしいね」
大都会だなって、感じるような場所だった。
「どこに向かうの」
「ショッピングモールだよ。こっち、こっち」
僕の腕にしがみついて歩く。
「暑いから離れてくれない?」
「けちだね」
僕はこういう女子が好きじゃない。なんというか、話しにくい。
歩き続けると、大きなモールについた。
「中涼しいね」
エスカレーターで上る。彼女はわくわくしていた。
「よし、決めるよ」
「は?」
み、水着コーナー?
「ぼ、僕あっちのベンチに座って待ってる」
ベンチに向かおうとしたとき、腕を引っ張られた。
「逃げないでよ、手伝ってくれるって言ったよね?」
「水着は別だ」
「変態呼ばわりしちゃうよ?」
「やれるもんならやってみなよ」
できるわけがない。恥をかくのは自分だ。もしやったら僕は知らないふりでもして逃げよう。
「きゃー!!」
みんなの視線が僕たちに向いた。
「! ちょっと、その指やめてよ」
僕が彼女に何かしたとわかるように、僕に指を指していた。
「やーだね。きゃー!ちか・・・・・・、んっ!!」
ちかん、そう言おうとした彼女の口を手で塞いだ。
本当にやるとは思わなくて、心臓の鼓動が早くなった。
「わかった、わかったから、黙って」
僕のほうが恥ずかしかった。
「ふふっ」
彼女は嬉しそうに笑っていた。
「渡辺くんはピンクが好みか~、下着じゃないんだよ?」
「女子はピンクが好きなんだろ」
「みんなじゃないけどね? 私の好みだと思って選んでくれたんだ」
「別にそういうわけじゃない」
お腹がすいたからパスタでも食べた。そしてモールの中を満喫した。
アクセサリー屋に付き合わされたり、僕の行きたい本屋でゆったりしたり、アイスを食べたり。
もうすぐ、日が沈みそうだった。
「あ!! 観覧車乗ろうよ」
本当、僕はあなたのものじゃないんですけど?
「一人で乗ってれば」
「きゃー! ちーかー!! んっ!」
また変態呼ばわりしようとしたから口を塞いだ。
「また電車乗るの?」
「うん。二つくらい」
僕たちは二つ先の駅まで行き、観覧車に乗った。
あたりに人がたくさんいた。僕は見ているだけで酔いそうだった。
元々、大勢の場所は好きじゃなかった。僕は内向的な人間だから、休日はほとんど家に籠もっている。
外に出るなら、公園に行ってベンチで本を読んだり、夕飯の買い物をしたり。
こうやって家族じゃない人と出かけるのは生まれて初めてだ。
「不機嫌だね?」
顔をのぞくように、僕の心配をしていた。
「なんで僕にかまうの?」
僕は彼女の顔を見て話せなかった。だから外を見ていた。
「面白そうだから?」
「なんで疑問形。僕たち、登校の電車内で会っただけじゃん」
そうだよ、深い関わりなんてない。それなのになんで僕にかまうんだ。
「僕が人を避けていることを知っていて、なんで僕にかまうの」
強気で言った。僕は彼女にバカにされているかもしれないから。
遊び半分で僕に近づかないでほしいんだ。兄さんのことといい、もうバカにされるのはごめんだ。
彼女はしばらく黙っていた。少し時間が経つと口を開く。
「初めて見たとき、わからないけど渡辺君が気になったの」
「いつの話」
「入学式の日、一人で教室にいたじゃない」
ああ、そういえば視線を感じた。誰とも関わらないように本を読んでいた、あの時か。
「気になったのよ」
二回言った。
気にもならなかった。どうせ僕を相手にする人はいないだろうから。
彼女につられたんか、僕はいつの間にか一人でペラペラと話し始めた。
「僕は、比べられるのが大嫌いなんだ。幼い頃から人と比べられて、
辛い思いをしながら必死に努力して、それでも報われなかった。
僕は無能なんだ、取り柄がないんだ。だから比べたがるのもわかるんだけどね。
それがすごく嫌だったんだ」
黙って聞いてくれていた。
「だからこの高校に入ったら、最初から人と関わらないようにした。
そうすれば例え僕のことを話していても、無関係な人だから気にしなくて済むんじゃないかなって。
耳を塞いでいれば何も聞こえないのと同じように、人と縁をもたないことで楽になれると思った」
「比べられたくないから人を避けるのね。確かに、私はあなたのこと何も知らないもんね。
いつも本を読んで一人でいる、ただのクラスメイトってだけ」
彼女は僕の手を握った。何事かと思って、僕は彼女の目を見る。
「やっとこっち見たね」
「・・・・・・っ」
なんでだか、僕は視線をそらせなかった。夕日が僕たちを照らす。
引き込まれそうな彼女の蒼い瞳に釘付けだった。
「同情はいらないからね」
「しないよ。渡辺君そういうの嫌いそうだもん」
人の嫌がることはしないように、気をつけてるのか。
「辛い、かぁ。わかんなくもないよ?」
彼女は微笑んでいた。僕はその笑顔の裏に違和感を覚えた。
「他人との関係でそんな経験ないだろ?いつも誰かと一緒にいる」
「私のことよく見てるね?」
「一人で本を読んでいると、他人の話が聞きたくなくても聞こえるんだよ」
いつもキャーキャー女子と戯れて楽しそうに話している。
正直、うるさいから静かにしてほしかったけど僕にそんなこと言う資格ない。
だから黙って、いつも本に集中していた。
「私の噂も?」
「?それは知らない」
「そっか」
一瞬寂しそうな顔を見せたけど、気のせいか。すぐに笑顔に戻った。
色々歩き回ったから疲れたんだろう。
「もう帰ろう」
「うん、そうだね」
観覧車を降りたときには、夕日は沈んでいた。
月曜日からまたいつも通りの日々に戻っていくと、思っていた。